笠原一輝のユビキタス情報局

地震や浸水など被災したPCの「特別修理対応」って何が特別なの? レノボに聞いてきた

レノボ・ジャパン合同会社 執行役員常務 Distinguished Engineer 塚本泰通氏

 2023年9月1日は、大正時代に発生した関東大震災からちょうど100年を迎える節目の日だった。現代を生きる我々にとっては、関東大震災よりも、2011年3月11日の東日本大震災の方が記憶に新しいところだが、首都直下の大地震という意味では、関東大震災は死者・行方不明者が10万人を超えるとされる大被害を日本にもたらしたこともあり、9月1日は「防災の日」として現在でも震災に備える日として記憶されている。

 PCメーカーのいくつかはそうした災害時の特別サービスとして「特別修理対応」を行なっており、災害でPCなどが故障した場合に無償修理を実施している。PCメーカー「レノボ」の日本法人レノボ・ジャパン合同会社(以下本社も含めてレノボ)もその1社で、同社は災害が発生した後で、その地域が災害救助法適用になったときに特別修理対応を行なっている。

 今回、レノボ・ジャパン合同会社 執行役員常務 Distinguished Engineer 塚本泰通氏に「PCの災害対策」というテーマで、同社のビジネス向けPCである「ThinkPad」シリーズの設計に関して話を伺ってきた。

特別修理対応は「災害救助法で災害認定された地域」が対象

レノボの特別修理対応の概要(出典:レノボ災害救助法に伴う特別修理対応について、レノボ・ジャパン合同会社)

 日本という国に住んでいると、災害が身近であることは否定できないだろう。地震、台風、そして集中豪雨といったさまざまな災害が日々発生しており、仮に直接的な被害に遭っていなくても、そうした災害を身近に感じている読者も少なくないと思われる。筆者のようなPCの記者をしていて最もそう感じるのは、PCメーカーから「被災に伴う特別修理対応」というプレスリリースがPCメーカーから送られてくるときだ。

 実はレノボもそうしたプレスリリースを送ってくるPCメーカーの1つだ。そういうメールがあるたびに日本のどこかで災害が発生しているのだなと実感させられる。しかし、よく考えてみればこの「特別修理対応」というのは、どのようなレベルの災害で発動し、いったいどの程度のユーザーが必要としているのか、どこかで発表されているのかを調べ始めたのだが、定量的にまとめられているデータはなかったので、レノボに聞いてみることにした。

特別修理対応が行なわれるプロセス(出典:レノボ災害救助法に伴う特別修理対応について、レノボ・ジャパン合同会社)

 レノボによれば、この特別修理対応というのはレノボ独自の取り組みで、特に特別な法律などに基づいたりしているのではないという。実際に被災されたレノボ製品を購入している顧客への「お見舞の意味」での対応だそうだ。被災地域をどうやって決めているのかというと、「災害救助法」という国の法律の適用が発令された地域が対象になるという。

要因別の特別修理対応数(出典:レノボ災害救助法に伴う特別修理対応について、レノボ・ジャパン合同会社)
災害救助法発令別の対応数(出典:レノボ災害救助法に伴う特別修理対応について、レノボ・ジャパン合同会社)

 どんなことが特別なのかというと、部品代そのものは有償で、作業料と配送料が無料になるというものだ。なお、被害額の保険請求を希望する場合の見積や復旧できない場合でも、本来だとかかる検査・診断料および送料は無料になる。

 レノボの特別修理対応だが、2018年~2023年(8月まで)の約5年半で合計335件の受付実績があり、うち207件は修理まで完了したそうだ。そのうち災害要因で最も多かったのは台風で、その次が地震だということだった。

 また、修理完了までこぎ着けた割合を災害の種類別に見ると、雨や雪が6%と低く、台風が15%、地震は割と高くて35%となっている。そうした結果を見ていると、水につかったりするとなかなか修理するのが難しいというような傾向が見てとれる。

PCの防塵・防水は難しい。堅牢性や充電・バッテリ関連機能の充実が対策に

レノボ・ジャパン合同会社 執行役員常務 Distinguished Engineer 塚本泰通氏

 「災害に強いPC」というのは可能なのだろうか?

 レノボでThinkPadの開発を担う「大和研究所」のリーダーである塚本氏に伺ってみると、「ThinkPadはユーザーの生産性を向上させるツールとして提供している製品。災害時にPCをライフラインとして役立てるような設計をすることが大事だと考えている」という。PCが災害時でも使えるというよりは、災害から復旧したときすぐにPCが使える、あるいはPCを使ってスマートフォンを充電してライフラインを確保する、そうした方向を意識しているとのこと。

 というのも、PC自体は基本的に防塵でも防水でもないため、水に漬かった場合はどうしようもない。これはPCに限らずIT機器一般の課題と言える。先ほどのレノボの調査でも傾向から推測できるように、水が関係する天災の場合は修理完了率が低いというのは、水に漬かってしまうと、修理にかかる部品のコストが高くなってしまうため、修理を断念しているようだ。

 では、PCも防塵・防水設計にすればいいのではないかという声が聞こえてきそうだが、製品の特性を考えると正直それは難しい。なぜかと言うと、PCは何よりも性能を重視したデバイスであるからだ。

 性能を実現するために、CPUやGPUなどのデバイスを十分冷やさないといけない。それを熱設計と呼んでいるが、現代のノートPCは、吸気口から外気を取り込んで、それをファンでヒートシンクに当てることで熱を外気に熱交換し、それを排気口から排出している。そのため、どんなノートPCでも必ずそうした吸気と排気のスリットが用意されているのが一般的だ。こうした仕組みである以上、水やほこりが入ってこないようにして、防塵・防水を実現するのは不可能とは言わないが、かなり難しい。

堅牢性と電力周りという2つの要素(出典:さまざまなシーンでPCを継続利用いただくためのレノボ ThinkPad の提供価値、レノボ・ジャパン合同会社)

 このため、塚本氏が挙げたのもそうした防塵・防水に無理に対応するということではなく「PCとしての堅牢性を確保すること、そしてPCが使えるようにする電力確保とその活用」という2つのポイントだった。より平易にいうのであれば、さすがに水に漬かってしまうという状況に対応するのは前述の通りほぼ不可能だが、たとえば、ちりやほこりが多いような環境でも使い続けられるような堅牢性を実現する設計の工夫と、災害時にバッテリを活用できるソリューションということになるだろう。

 もちろん、これらの要素は決して災害時だけに重要になる機能ではない。たとえば、堅牢性は日々持ち歩く中で重要な要素で、誤って机から落としてしまった、あるいはかばんに入れようとして滑って床に落ちてしまった、などという日常的なシーンの中でも重要になるし、長時間バッテリ駆動は日常の使い方でも求められるのは当然だ。そうした機能を実現しておくことが、いざという時にも役に立つということだと理解しておくといいだろう。

ヒートシンクのフィンにほこりがたまらないように、フィンのアースをGNDに落とす設計にしている

ThinkPadの堅牢性(出典:さまざまなシーンでPCを継続利用いただくためのレノボ ThinkPad の提供価値、レノボ・ジャパン合同会社)

 塚本氏は「最近のモデルのThinkPadはMIL規格のテストに準拠するなどしており、さまざまな堅牢性のテストをパスしている」と述べ、ThinkPadが堅牢性を重視した設計であることを強調した。

防塵テスト、MIL規格のテストに準拠して行なわれている

 MIL規格のテストとは、簡単に言えば「米国国防省制定テスト」という意味で、米国国防省が策定した、ノートPCの堅牢性基準を試すテスト「MIL-STD-810」に準拠した試験を受けて通過していることになる。最近のノートPCではこのMIL-STD-810に準拠したテストを通過していることを売りにした製品が多く、ThinkPadでもそれは同様だ。たとえば、最新製品となるThinkPad X1 Carbon Gen 11では「MIL-STD-810H」準拠のテストを受け、それを通過しているとスペックで説明されている。

 塚本氏は「この大和研究所では耐衝撃性試験、キーボードの上から水を垂らして排水口から排水させる構造の開発やその試験、耐熱・耐寒性試験などさまざまな試験を行なっている」と述べ、ThinkPadを開発している大和研究所ではそうしたさまざまな堅牢性を実現するための試験を行なっていると述べた。

LCD加圧試験
基板ひずみ測定
静電気試験

 実際、2022年の夏にレノボが大和研究所で行なった見学会では、大和研究所で行なわれているさまざまな耐久性テストが行なわれていることが公開されている。過去に衝撃で基板からチップが剝がれてしまったという事態を受けて行なわれるようになったという基板に圧力をかける「基板ひずみ測定」、こうしたテストではおなじみの「落下テスト」、ディスプレイに圧力がかかっても壊れないように実際に圧力をかけてみる「LCD加圧試験」、さらには実際に人間の指先などから発生する静電気をノートPCに高電圧の電気をかけてみる「静電気試験」などなどの耐久性試験の様子を公開している。

ちりやほこりがつきにくいヒートシンクやファンの設計(出典:さまざまなシーンでPCを継続利用いただくためのレノボ ThinkPad の提供価値 補足資料、レノボ・ジャパン合同会社)

 そうした一般的な耐久性試験だけでなく、ThinkPadでは設計レベルでもちりやほこりに対しての対策を行なっていると塚本氏は説明する。具体的には「ThinkPadシリーズの最新製品では、冷却ファンに一工夫しており、ちりやほこりがヒートシンクのフィンにつきにくい構造を採用している。具体的にはヒートシンクフィンのアースをGNDに落とすようにしている」といい、そもそもファンにちりやほこりがつきにくい構造になっていると明かした。

アース線を放熱フィンのGNDに落とす

 塚本氏によれば、これはレノボが特許をとっている方式で、放熱フィンのアースをGNDに取り付けると、フィンに静電気の帯電によりほこりがつくことを減らすことが可能になるという。ヒートシンクのフィンにちりやほこりがたまると、当然冷却性能は落ちるので、長期間買ったときと同じような放熱性能を維持するという意味でも大きな効果がある方法だと言える。

USB Type-Cを利用した充電や、スマートフォンなどへの給電機能も充実

ThinkPad X1 Carbon Gen 11のUSBポート(出典:USB給電仕様、レノボ・ジャパン合同会社)

 バッテリ周りの機能では、ThinkPad自体の充電や他のデバイスへの給電のソリューションを充実させている。近年のThinkPadでは、専用のACアダプタを廃止して、USB Type-CのACアダプタへの移行が進んでいる。

 最新ハイエンドモデル、ThinkPad X1 Carbon Gen 11では、左側面にUSB Type-C(かつThunderbolt 4対応)が2つ、いわゆるUSB 3.0に対応したUSB Type-A端子が1つ、右側面にレノボがPowered USBと呼ぶ電源がオフ(S5)やハイバネーション(S4)の状態でもUSB機器に電源を供給できる仕組みの入ったUSB 3.0 Type-A端子が1つという4つのUSB端子が搭載されている。そのうち2つのUSB Type-C端子はUSB Power Delivery(以下USB PD)の規格に対応しており、最大100Wを供給できるUSB Type-C形状のACアダプタに対応している。

低速充電も可能になっている、ThinkPad同士を接続して給電も可能(出典:さまざまなシーンでPCを継続利用いただくためのレノボ ThinkPad の提供価値、レノボ・ジャパン合同会社)

 塚本氏によれば「USB Type-Cではより大きな電力を供給できるACアダプタにも対応しているが、同時に5V/3A(15W)のようなPCを充電するには少ない容量のACアダプタにも対応している。これは出先でスマートフォン用の充電アダプタしかないような環境でも、非常にゆっくりではあるが充電できるようにするためだ」と述べ、緊急時の利便性を考えてスマートフォン用の充電アダプタで充電できるような仕組みを入れていると説明した。

 PCの場合、たとえばフルパワーで動き、かつバッテリへの充電が必要な環境では40~65W程度のACアダプタが必要になり、15Wしか供給できないようなスマートフォン用のアダプタでは、サスペンドやハイバネーション、電源オフなどの状態でゆっくりバッテリに充電できる程度になる。しかし、それでも、たとえば家にACアダプタを忘れてきて出張にきてしまったけれど、出先にあったスマートフォン用のUSB PD充電器でお昼ご飯の時に充電できれば、少しはバッテリ残量が増え、夕方帰宅するまでバッテリで使えるなどの利用シーンが考えられるだろう。

 また、ユニークな機能としてはThinkPad同士をUSB Type-Cで接続して、ACアダプタがつながっている方からつながっていない方に充電するといった使い方が可能だ。もう片方のThinkPadのユーザーがUSB PDに対応したケーブルは持っているが、ACアダプタを持っていないというシーンはあまり思いつかないのだが、たとえば、USB PDに対応したWindowsタブレットとThinkPadを1つのACアダプタで充電するなどの使い方は想定される。

ThinkPad X1 Carbon Gen 11のUSB給電の仕様(出典:USB給電仕様、レノボ・ジャパン合同会社)

 災害時には、PCがモバイルバッテリの代わりとなり、スマートフォンなどの機器を充電するという使い方も想定される。USB Type-C機器の場合には、BIOSのセットアップメニューやレノボ Commercial Vantageの設定で「Change in Battery Mode」というオプションが用意されている。コンピュータの電源が切れている時にラップトップのバッテリからのUSB充電を有効にするもので、そのオプションがオフの場合にはシステムがACアダプタに接続されていない場合にはUSB Type-Cに接続されたデバイスに給電されず、逆にオンの場合にはシステムがACアダプタに接続されていなくても給電される。

 つまり、この設定がオンになっていると、ThinkPadをUSB Type-Cのモバイルバッテリ的に使えるということだ。逆に言えば、バッテリ駆動時に不必要な給電を有効にして、バッテリの消費を防ぎたいならオフにしておくということになる。

 また、右側のPowered USBと呼ばれるUSB Type-A端子はUSB BC 1.2と呼ばれる給電の規格に対応しており、5V/1.5A(7.5W)という、標準のUSB 3.0の給電仕様(5V/0.9A)を超える給電が可能になっている。こちらは、スマートフォンやタブレットなどUSB BC 1.2に対応している機器であれば、通常のUSB Type-Aよりも高速に充電できるので、充電速度が遅いなと感じたら、こちらの端子に接続すると高速に充電できる可能性がある。

今後はピークシフトの復活も検討。近い将来に搭載を示唆

 取材の最後に塚本氏は、レノボが2011年の3月に発表してThinkPadに投入したが、Windows 10の投入時に機能として落とされた「ピークシフト」機能を、近い将来に復活させることを検討していることを明らかにした。

 ピークシフトは簡単にいうと、ACアダプタに接続されていても、昼間は強制的にバッテリ駆動で動かし、電力消費が少なく、電力のコストも安い夜に充電するというのが基本的なコンセプトだった。

 「2011年の3月、たまたまだったが東日本大震災の直後に発表して搭載したこともあり、電力不足という状況の中で電力のピークを比較的すいている夜にずらせるということで大企業のお客さまを中心に注目された。当時は昼間の電力を15%減らしてほしいという要請が企業に出ていたりしたので、日中はバッテリで使ってもらい夜間にチャージするというこの機能が注目された」という。ちなみに実際にはピークシフト機能はレノボになる前のIBM ThinkPad時代に搭載されており、このタイミングで1度復活したかたちになる。

 日本の企業向けの電気料金は昼間と夜間で違っており、もちろん夜の方が安くなる。このピークシフトを利用すると夜間にノートPCを自動で充電してくれるため、電気代を抑えられるという実益もある。

 しかし、塚本氏によればこの機能はWindows 10の導入時に技術的な制約もあって、搭載されなくなったという。だが、昨今はウクライナ紛争の影響などによりエネルギーコストが増大しており、企業にとって電気代の節約は課題の1つになっているし、たとえば冷房などの利用が増える夏場、その逆に暖房などの利用が増える冬場に電力消費量がピークになり、停電などが発生しないように節電が呼びかけられることもめずらしくなくなっている。そうした環境にも対応するために、再びピークシフトが必要になる機運が高まっているのではないか、と塚本氏は説明する。

 現時点では具体的にどんな製品に搭載するのか、あるいはどのような機能であるのかなどに関する詳細は明らかにできないとのことだが、近い将来に何らかのかたちでピークシフトが復活することを検討していると塚本氏は示唆した。

 通常、レノボは新製品を1月初旬にラスベガスで行なわれるCESで発表することが通例で、そうした機能についても、そのタイミングで搭載など何らかの情報が明らかになる可能性が高いのではないだろうか。続報に期待したいところだ。