大原雄介の半導体業界こぼれ話

x86お得意のSoM/SBCマーケットを浸食するArm

TDA4VM

 今年(2023年)3月14日、ドイツを代表するSoM/SBCベンダー2社が相次いでリリースを出した。1つはCongatecで、TIのビジョンプロセッサである「TDA4VM」を搭載するSMARC CoM(Compute on Module)をリリースするというもの。一方Kontronの方は、IoT向けの用途にMediaTekのGenioシリーズSoCを搭載したSoMおよびSBCを今後ラインナップしていくという話である。

 Congatecの方は、短期的に見ればTIのビジョンプロセッサを利用できるSoMを提供するというだけの話で、大きな動きではないように見えるかもしれないが、長期的には大きな変革となる第一歩のように筆者には感じられる。そしてKontronの方はもう間違いなく大きな変革に繋がるものである。

SBCはx86の天下だった

 もともとSBC(Single Board Computer)やSoM(System on Module)、最近はCoM(Compute on Module)なんて呼び方の方が一般的らしいが、これらはx86ベースのシステムを組み込みマーケットに持ち込むための工夫である。

 ご存じの通りIBM-PCは元々モジュール構造になっているから、周辺回路の類は拡張カードの形で追加することで目的の構成を取るのは容易であり、それもあって通常のオフィスや家庭での利用以外に制御などの組み込み用途でも広く利用されることになったが、いかんせん寸法が大型化することは否めない。

 そこで組み込み向けによく使われる周辺回路を組み込んだ形で、ある程度までは拡張カードなしでも動作するPCが生まれた。これがSBCである。SBCの1つの例を示すとKontronの「3.5-SBC-WLU-2-i7-8665UE」はこんな感じ(写真1)。寸法はECX準拠(146mm×105mm)だからほぼはがきサイズである。

【写真1】第8世代CoreプロセッサとGbE×2、USB×8、RS-232/422/485、SATA×1、M.2×3、LVDS+DP×2がこの1枚のカードに収まっている。さすがにメモリはSO-DIMMを装着する格好だが、DIMMではなく直接DRAMを基板上に半田付けして提供しているものもある

 ちなみに「これどこにCPUあるんだ?」と思われるかもしれないが、基板の裏面である。なので基板と同じ大きさのヒートシンクにそのまま基板ごとマウントすれば、それで完了である。PCをまるごと1台組み込むよりは遥かにコンパクトであるのがお分かりかと思う。

 最近だとNUCに代表される小型PCも多いが、時系列的に言えばSBCの技術を使って普通のPCを作ったのがNUCという感じになる。もっともそのSBCの技術と言うのは、モバイルPC向けの技術をだいぶ応用しているところがあるので、根っこで言えばモバイルPCの技術を転用という言い方の方が正しいかもしれない。

 ただSBCは実装密度が高い分、柔軟性に欠ける部分も多分にある。コア部分(CPUとメモリなど)は同じでも構わないが、周辺回路は機器別に多少バリエーションを持たせたい、なんていう場合には、むやみやたらに製品数が増えてしまうことになる。そこで組み込み向けPCのコア部分と周辺部分を分離、コア部分をモジュール化し、周辺回路を載せたモジュールと組み合わせる、という発想が出てきた。

 古くはPC/104がそれである。PC/104の話は大昔に記事でご紹介した。何が凄いかというと、いまだだにPC/104 Consortiumが活動していることであるが、さすがにISAバスベースのPC/104に代わりPCIベースのPCI-104やPCIeベースのPCIe/104 or PCI/104-Express、さらにはEPIC/EPIC ExpressやEBX/EBX Expressなどにシフトしつつあるが、要するに組み込みに最適化した小型モジュールを組み合わせることで柔軟性を確保しつつ、全体のサイズを小さく収めようという工夫である。

 もっとも、さすがにPC/104やその派生型を使うケースは大分減っており、最近だとCOM Express(これもbasic/compact/miniがある)やCOM-HPC、SMARC、Qsevenなどさまざまなモジュール形状が存在する。

 あと、既存の規格(たとえばM.2とかPCIeカードとか)を流用するケースも存在しており、これをいちいち網羅しているとキリがないのでこの辺で切り上げるが、とにかく多数のSoMが世の中には存在する、と考えて頂ければよい。

 さて、こうしたSoMやSBCであるが、元々はPCの代替というかPCベースだったものを小型化するという目的だから、当然アーキテクチャはx86ベースとなる。開発そのものはPC上で行い、ターゲットはSoMやSBCベースのものという形が一般的であった。この場合ターゲットのOSは、それこそ初期はMS-DOSで、その後Windows系に移っている。

 実際、ちょっと大規模なシステムだとx86ベースのものが使われているのを目にした(写真2)方は少なくないと思う。電光掲示板の類とか、身近なところであればちょっと前までのPOSレジスターやATM、いわゆるKIOSK端末の類はことごとくx86ベースだった。OSの方はやはりWindows系が(過去広く使われており、その資産を流用した関係で)一番シェアは大きかったが、2010年台に入ると少しずつLinux系も増えてきたように思う(写真3)。とは言えまだ大多数はWindowsだった(過去形)。

【写真2】イタリアのボローニャ・ボルゴ・パニゴーレ空港でのスナップ。2018年のことである。まぁ御覧の通りだ
【写真3】Deltaの機内のインフォテイメントシステムを再起動した際のもの。2017年8月。機内のインフォテイメントシステムは割と早期にLinuxベースに移行していた記憶がある(メーカーにもよるだろうが)

プリンタのLinux対応が大きい?

 この風潮が変わってきたのは、2010年台後半、それも2018年頃からではないかと思う(正確な統計が存在しないので、あくまで筆者の体感だが)。たとえばPOS。決済で言えばsquareが日本でサービスを開始したのは2013年であるが、一部のチェーン店ではスマートフォンの類(iPod Touchなんかが良く使われた記憶がある)を使ってのオーダー端末の実装が始まったのが2015年かそのぐらい。ただこの時点でもPOSの主流はx86ベースだったと思う。この辺りが崩れて、全部AndroidなりLinuxなりになり始めたのが2018年辺りである。

 具体的に言えば、2018年のCOMPUTEX TAIPEIでは、まだPOS端末にはx86がかなり幅を利かせていて、Androidなどをベースにした製品の展示は少なかった。これが2019年になると逆転現象が見られるようになり、Androidベースの製品が幅を利かせるようになってきた。2020~2022年はコロナもあって定点観測ができなかったので、今年はどんな状況になってるか楽しみではあるが、まぁx86ベースの製品はかなり少ないだろうと予測される。

 キオスクなどもそうで、かつてはx86ベースだったものがArmベースに切り替わりつつある。これはWindowsベースの旧来のGUIから、最近はAndroidのGUIの方が一般的に広く使われるようになってきたことと無縁ではないかと思う。

 加えて言えば、これはPOSにも言えることだが、これまでx86が組み込み用途で広く使われていた理由の1つがプリンタドライバであった。POSにしてもキオスクにしても、レシートだったりチケットだったり、さまざまなものを印刷するというニーズは多いわけだが、そもそもPOSやキオスクに対応したプリンタはまだこの当時、Linux/Androidへのドライバの対応が稀だった。

 あってもx86ベースで、Armベースのシステムは未対応ということも少なくなかった。また凝ったグラフィックなどを必要とする場合のプリンタ出力用のミドルウェアも、これまたLinux/Androidへの対応が遅れていた。だから2010年台前半にArmベースのシステムでこうした印刷が必要な場合、利用するプリンタを特定した上でアプリケーションからの作り込みでカバーするという、割と力業がまかり通っていた。

 ところが2018年頃から、こうした業務用の特殊なプリンタのドライバがLinux/Androidで随分出そろうようになり、またプリント用のミドルウェアなども対応が進んできた。ターゲットもx86だけでなくArmもカバーするものが増えてきた。こうなってくると、いよいよもってSBCやSoMがx86ベースである必要性が薄れてくることになる。結果的に、2018年のCOMPUTEXでは、多数のArmその他ベースのSoMやSBCが出展されることになった。

 実際イタリアのSECO S.P.A.のSoM(写真4~6)や台湾One Minute TechnologyのSBC(写真7)、中国GeniatechのSBC(写真8)台湾iBASEのSBC(写真9)、台湾IC NexusのSBC(写真10)といった具合に、ずいぶんいろんなArmベースのSoM/SBCが展示されていた。この2018年で言えば、比較的安定して多くの企業に採用されていたのがNXP(旧Freescale)のi.MXシリーズアプリケーションプロセッサで、これはもうある意味定番である。

【写真4】NXPのi.MX 8M搭載のSMARC 2.0モジュール
【写真5】XilinxのZynq Ultrascale+ MPSoC搭載のSMARC 2.0モジュール。この製品の場合、CPUとしてCortex-A53×4+Cortex-R5F×2を搭載している。
【写真6】Tegra T30を搭載したQsevenモジュール。プロセッサはCortex-A9となる
【写真7】中国RockChipのRK3399搭載SBC
【写真8】QualcommのSnapdragon 410搭載SBC。CPUはQuad Cortex-A53。同社は他にAmlogic S905搭載の製品も展示していた
【写真9】搭載しているのはNXPのi.MX6 Dual-Lite
【写真10】中国RockChipのRK3399搭載SBC3100。Photo07と妙に設計が似ているあたり、ひょっとしてRockChipのReference Designそのままなのかもしれない

“安価”もプラスに働く

 ただこれに加え、安価ということもあってRockchipのRK3399搭載製品はかなり多く出展された。それともう1つ、じわじわ増えていたのがQualcommのSnapdragon 400/800シリーズである。

 2018年のCOMPUTEX TAIPEIというのは、まだQualcommによるNXP買収が破談となる直前のタイミングである。実はQualcomm、NXPの買収を発表した2016年10月辺りから、同社のSnapdragonを利用して組み込み市場に参入する動きを見せていた。国内でも2016年10月に説明会を開催、Snapdragon 410E/600Eの外販を発表している(写真11)。代理店としてはArrow Electronicsと組み、チップの供給のみならず設計支援なども行なうことを表明していた。この当時は、長期的にはNXPのi.MXシリーズをSnapdragonで置き換えることも念頭にあったのかもしれない。

【写真11】発表会でのスライド。この当時はまだSnapdragon 410/600のみだったが、この後Snapdragon 820も追加される

 ただQualcommは携帯電話のプラットフォームはお手の物だが、組み込み向けはそれほど明るくない。かといって合併前からNXPのリソースは使えない。そこで水面下でこうした組み込みに強いVIA Technologiesと提携を結び、これもあってVIA Technologiesは2018年8月にはSnapdragon 820Eを搭載したVIA SOM-9X20を発表している。悲しいかな、VIAのSOM-9X20が発表されたのはNXPの買収を断念した直後であり、この後Qualcommは組み込みマーケットへの参入をあっさり放棄する。なのでこの当時Qualcommを担いでいたベンダーはみんな泣きを見た格好だが、状況を鑑みれば致し方ないだろう。

 余談だが、QualcommとArrow Electronicsは最近協業を拡大したが、これはRobotics分野にプラットフォームを提供することが目的で、組み込み一般というわけではない。それはともかくとして、そんなわけでNXP/Rockchip/Qualcommが急成長を見せる勢いだったのが2018年だった。

 これが2019年になると、Qualcommは大分下火になったが、NXPとRockchipのSoCを搭載したSBC/SoMは明らかに増えており、加えてRealtekのArmベースSoCを搭載したSBCも見かけるようになってきた。用途としても、ちょっとしたデジタルサイネージとか掲示板(それこそ電車の到着案内とか空港の発着時刻とか)などにも利用され始めており、明らかにこれまでx86の牙城だったマーケットを浸食しつつある。

 レジスターもご存じの通り、最近はTabletなどにドロワー(現金を入れる箱)を組み合わせた製品が幅を利かせ始めており、もうかつてのレジスターを新品で見かけるケースはかなり減ってきた。ということでさぞかし今はArmベースのSBC/SoMが幅を利かせているであろう、と期待していたら、コロナのおかげで2020~2022年のCOMPUTEXの取材ができなかったので、正直現状どの程度まで浸食したかの感触をつかみ切れていない。

 ただ昨年(2022年)以降は中国製品の供給が不安定になっており、これもあってRockchipのRK3399は敬遠される傾向にある、という話は聞いている。今年は取材予定なのでこの辺りを確認して来たいとは思っている。

Armとの協業を示唆するcongatecとKontron

 そうした矢先に冒頭の発表である。congatecの方は、あくまでもビジョンプロセッサがメインであり、TIのビジョンプロセッサを容易に扱えるようにするための提供と考えればそれほど不思議ではない。NVIDIAのJetsonシリーズを扱うのと同じような格好だ。

 ただリリースの末尾に“TI processors will be an integral part of congatec's Arm technology roadmap. As a result, congatec's high-performance Computer-on-Modules ecosystem will be broadly scalable and cover all major performance levels.”という表現があるあたり、今後congatecはTIとの協業を深めながら、より広範なArmベースSBC/SoMをラインナップしてゆく可能性があることを示唆している。

 もっと直接的なのはKontronで、MediatekのGenioシリーズ製品を利用したSBCをこれからラインナップしていく、とする。GenioシリーズはIoT向けという紹介のされ方になっているが、確かにローエンドのGenio 130はCortex-M33をベースとしたMCU(とはいっても恐ろしくフィーチャーリッチな構成だが)ながら、今回の協業の対象となるGeneo 700はCortex-A78×2+Cortex-A55×6にMali-G57搭載、Geneo 1200はCortex-A78×4+Cortex-A55×4にMali-G57という構成で、これもうAtomベースの製品は遥かに上回り、Core i3とかRyzen 3と同程度の性能を発揮すると考えて良い。既にIoTの範疇は超えて、Edge向けアプリケーションとか所謂組み込み汎用向けとしても十分な性能を確保していると言ってよい。つまり性能的には、Kontronが提供しているハイパフォーマンス/ハイパワー製品以外は、Geneoベースの製品で置き換えが可能ということになる。

 これまでx86ベースのSBC/SoMを提供していた大手であるCongatec/Kontronのこの発表は、何気に大きなインパクトがあると筆者は考える。今後、SBC/SoMを利用した組み込み向けのマーケットは、本格的にx86からArmに移行し始めると考えて良いだろう。

 RISC-VはSoftware Supportの観点でまだArmの牙城を崩すには遠い。今後数年にわたり、Armは加速度的にこのマーケットでのプレセンスを高めてゆくだろう。空港の発着掲示板で、Windowsのデスクトップに代わってペンギンが表示される頻度の方が多くなる日が来るのも、そう遠くないかもしれない。