元半導体設計屋 筑秋 景のシリコン解体新書
財務面から見たIntel最新半導体プロセスの効果
2024年7月31日 06:17
前回の記事では、Intelのファウンドリビジネスのアップデートについて技術的な面を説明した。今回は財務面に焦点を当てる。
まずIntelの「スマートキャピタル戦略」とは何かを説明しておこう。これは、Intelの成長を促進するための戦略で、設備投資の効率を向上させることを目指している。具体的には、AIへの注力、ファウンドリビジネス、半導体微細化技術の進化を促進するために、政府からの補助金やパートナーとの協業を活用することで、直接投資負担を抑えながら設備の強化を進める戦略のことを指す。
最先端技術確立のための投資コストと資本の効率化安定化は、企業の財務予測の際に重要になる。Intelによると、ファウンドリの現在の半導体製造価格と半導体製造利益率は、プロセス技術での競争力不足を反映しているという。Intelがこのことについてはっきりとコメントしたことに、少々驚いた。
だが、導入が遅れていたEUV採用のトランジスタノードへの移行によってリーダーシップを取り戻すことで収益向上を図り、現在の赤字から損益分岐点に達するとしている。Intel 18A以降は2年間でプロセス技術を1世代進めるという、それまでのプロセス進化ペースに戻し、コスト面でも従来のレベルに戻れるという。
このコスト計算はすでに製品のP&L(損益計算書)に反映されていて、2024年から2030年までの財務予測にはこの新経営モデルが導入されている。このP&Lデータは、外部のファブレスメーカーの顧客にとっても製造委託先を検討する際に重要な要素になるという。
新経営モデルでの半導体製造最適化の状況
ファウンドリ事業において、新プロセス技術の立ち上げ時点では、自社製品を大量生産することで新プロセス技術を安定させる。つまり新プロセス技術の立ち上げ時での半導体製造のレシピ調整はIntel製品で行ない、ファウンドリ顧客は新プロセス技術が安定したあとから利用できるようになるということ。Intel製造部門内部では自社製品の製造とファウンドリ顧客のため、半導体製造最適化の大改革が行なわれているようだ。
一方、Intel製品事業部から見ると、外部ファウンドリ製ウェハの導入も決断をしたが、予期できなかった問題もあった。そのため外部ファウンドリ製ウェハから内製ウェハに戻そうとしているという。つまり、Intelは、システムファウンドリとして安定的に製造をすることと、自社製品で内部/外部のファウンドリを活用するという点で、スイートスポットを探している過程にあるように見える。
現時点で、プロセス技術と製品のロードマップは期待通り実行されているようで、内製ウェハの調達量はフル稼働の半導体製造工場2つ分の製造容量に近づいているという。
スマートキャピタル戦略とIDM 2.0
Intelの設備投資に関して、社外の協力を得ることを狙うスマートキャピタル戦略は収益性の点でも重要であり、最新の公表情報ではその効果が確認できる。
US CHIPS(米国半導体競争力強化法:アメリカの半導体の研究開発と製造を強化/活性化するために資本相殺用総額500億ドルをアメリカ政府が提供するプログラム)に関するIntelの発表は、85億ドルの助成金、110億ドルの融資、250億ドル以上の税制優遇措置を得るなど、非常に大きなものだ。EU版CHIPSでは、イスラエル、アイルランド、ドイツ、ポーランドなどが、100億ユーロをはるかに超える助成金をIntelに交付している。IDM 2.0を進める資本面で大きな支援を得たといえる。
スマートキャピタル戦略により半導体製造での必要な投資を調達し、その過程の中で世界中の供給網の見直しも始める。US CHIPS/CHIPS actは、欧米とアジア圏の半導体製造での地域間ギャップの対処だけでなく、EUVエコシステムの稼働による資本効率も向上させる効果もある。
これらにより、4年で5ノードを進化させるペースを、従来の2年で1世代プロセスが進化するペースに戻すとしている。そして、2030年までにROIC(Return On Invested Capital:投下資本利益率は調達した資金(投下資本)に対してどれだけ利益を出したかを示す財務指標)は2桁に近づくと見ている。
AI時代に向けたシステムファウンドリ
現在までにIntelファウンドリの合計取引額は150億ドルを超え、2030年までには年間で150億ドル以上の収益を見込んでいる。この取引額/収益は最先端プロセス技術によるものだ。
そして、最先端プロセス技術に加えて、アドバンスドパッケージング技術を活用したウェハレベルパッケージング、既存のファブでの強力な製造能力、UMC(台湾の半導体ファウンドリ)とTower Semiconductor(アナログ集積回路のファウンドリ)との連携による半導体プロセスでの成熟した世代のトランジスタノードのポートフォリオも活用することができるという。
Intel製品のPC向け製品とデータセンター向け製品でのIntel 18Aでの採用の進捗は順調だ。しかもIntel 18Aが搭載される大規模な製品として、外部の5つのファウンドリ顧客からの受注があり、約50のテストチップが進行中という。Intelがプロセス技術でリーダシップを取り戻す中で、Intel 18Aの進捗状況は予想以上だ。
上記スライドはIntelのDirect Connectイベントで紹介されたもの。Intelが言うところの世界で唯一のシステムファウンドリとして、AI時代に向けて大きな利点を提供できるとしている。高度なパッケージング技術(3D実装でのムーアの法則の追求)に加えて、エッジからクラウドのプラットフォームを支えてきたソフトウェア技術、メモリ技術、放熱設計技術、相互接続技術、システムアーキテクチャ、それらのすべてを外部ファウンドリの顧客は活用できるからだ。
これまではIntel製品のための優位性だったものを、競合になる外部ファウンドリの顧客に開放するということは、Intel製品グループにしてはリスクになると考えられる。しかし、Intelファウンドリグループは、外部ファウンドリ顧客に価値を提供する工場ネットワークを推進し、技術開発を促進している。これにより、Intel製品グループも恩恵を受けると考えている。特に、AI向け製品製造のサプライチェーンに必要な強力なエコシステムの構築が、Intel製品の価値向上に寄与する。
これは将来に向けた有望な戦略となる。半導体製造と、半導体製品の開発販売を分けて効率化を進めるだけでなく、AI時代に向けての新たなエコシステムやサプライチェーンの構築を一番主要なな目標にしているからだ。システムファウンドリとはこのことを指す。
新経営モデルによる財務予想
もう少しIDM 2.0の新経営モデルによる財務予想について掘り下げたい。2024年4月2日での経営モデルの変更は、IntelファウンドリとIntel製品の双方の収益性向上を目指し、損益率で売上総利益率は60%、営業利益率は40%へと、それぞれ目標を引き上げる。
経営モデルの変更は連結業績を変更するものではない。IntelファウンドリとIntel製品それぞれのグループでの会計上の透明性とそれぞれの業績の説明責任を大幅に向上させることで、より良い意思決定と収益性の向上につなげるためだからだ。
以前の経営モデルでは、ファウンドリのコストはIntel製品の製造コストとしての製品事業に配分していたため、Intel製品とIntelファウンドリの両者の根本的な財務処理の結果が不明瞭になっていた。
今回の新経営モデルでは、Intelの半導体製造部門と製品グループの間でのファウンドリ関係を明確にし、Intel製品グループがIntelファウンドリからウェハを購入するようになる。Intel内部でのウェハ購入プロセスは、Intelファウンドリの主要な収益源となる。
そして、Intelファウンドリからのサービス、半導体製造の公正な市場価格、公正な市場免除価格(特定の顧客に対して、市場価格よりも低い価格で半導体の製造サービスを提供する価格)は、Intel製品グループ側のコストとして現れることになる。これはファウンドリを利用する企業がパートナーからウェハを購入する方法と同様だ。
IntelファウンドリとIntel製品グループは、コストを最適化し、収益性を改善するために必要な情報を入手し価格を決定する。公正な市場価格設定プロセスにより、ウェハの相対的な競争力が考慮できることで、半導体業界をベンチマークすることができる。
なお、今回のIntel 8K資料(アメリカ証券取引委員会に提出される公式報告書で日本では決算短信に相当)の中では2020年、2021年、2022年から2023年でIntel製品とIntelファウンドリを分けて新経営モデルでの計算が報告されている。
新経営モデルでの2023年度の結果を見てみると、Intel製品の損益は、かなり健全であることが分かる。外部のファブレス企業と同一条件で比較するために必要な情報が公開されたのは今回の8K資料からだ。Intel製品でのコストを実際より押し上げているものが正確に把握できるようになったので、Intel製品事業で総合的に売上総利益率60%、営業利益率40%の目標を達成していく明確な経理処理が今後可能になるとIntelは考えている。
一方、Intelファウンドリ側を見ると、この新経営モデルでの初回としての損益は明らかに非常に厳しいと見えるが、今後は損益が改善していく十分な可能性があるとしている。
IntelのCFOは今後、数年内でのIntelファウンドリの損益分岐点達成を目指し、最終的には2030年までに売上総利益率40%、営業利益率30%という目標を具体的に示した。
Intel製品での製造コスト(ファウンドリのコスト)についても見てみよう。新経営モデルの導入によるIntelとしての連結業績が変わることはなく、IntelファウンドリとIntel製品間の経理上のやりとりが明確化されることになる。
配分コストモデル(社内ファウンドリの費用を製品グループ内での経理処理、以前の経営モデル)では10%だった営業利益率は、新経営モデルでは24%に増加し、2023年度では堅実な利益を上げていることが確認できる。実際2023年度は大幅な減収にもかかわらず、営業利益率は前年同期比で横ばいだった。これは緊縮策と新経営モデルにおける構造的なコスト削減の実現をかなり初期段階でIntel製品グループ、Intelファウンドリグループともに行なったからだという。
Intelは新経営モデルにおいて、Intel製品事業はアーキテクチャ選択によるコスト削減と、製品のテスト時間の短縮よるコスト削減に焦点を当てている。現在は初期段階だが、これらの投資が成長につながり、営業経費が効率化されることを期待している。Intelは将来的に大幅な収益成長をもたらすビジネスに投資している一方で、現在は支出超過となっていることも理解しているということだ。
Intelファウンドリ:損益分岐点からの収益予想
Intelファウンドリにおいて、今後数年間でビジネスを損益分岐点に到達させるためのさまざまな要因と、最終的には2030年までに売上総利益率を40%とする長期的な目標についての背景をもう少し説明する。
収益性を高める上で、4つの重要な要素がある。
1つはトランジスタ製造技術のリーダーシップ。現在のウェハ製造は、トランジスタの性能やコストにおいて競争力のないノードに大きく偏っている。Intel 18Aに向けて、ASP(Average Selling Price:平均販売価格)の大幅な向上と、より競争力のあるコスト構造により、収益性の向上が見込まれ状況は一変するという。
2つ目は、Intel内製シリコンの供給を増やし、トランジスタ性能向上による需要増加に対応していくこと。Intel 18Aでプロセス技術のリーダーシップを取り戻し、生産規模を拡大し、将来の製品では内製シリコンの採用が進み、外部ファウンドリからの受注も増加する。アドバンスドパッケージング技術によりベースタイルの需要も増加することで、製造規模がさらに拡大し、投資リターンを確保する。
3つ目は、米国とEUのCHIPS法および投資税額控除により設備投資を削減し、減価償却費を改善することで資本コストの効率化を図ること。現在、4年で5ノードを実現するために多額の費用を費やし、2024年にはピークを迎える。その後、通常のプロセス技術移行サイクルに戻り、大きな利益を予想している。
4つ目として、運用効率を改善し収益目標を達成するため、損益分岐点に関わる要因をコントロールしていく。2023年から損益分岐点に向かうプランを実行し、資本効率を向上させるための資本回避策を促進する。迅速な工程対応はファブの効率に悪影響を与えるため、半導体市場ベースの価格設定を導入し、迅速な工程対応を95%削減した。これにより新規プロセス生産のコストが5〜10%改善され、それに加え次世代クライアント製品のテスト時間を75%短縮した。
Intel製品グループが直接請求を受けるようになり、エンジニアリングサンプルのリクエストも10%以上減少した。これらの改善は時間がかかるが、最終的には損益に反映されるとしている。
Intelファウンドリが損益分岐点に達することで、Intel製品面ではリーダーシップ製品による利益率の改善、Intelファウンドリでは運用コストの向上が見込まれる。そして、連結事業の売上総利益率は50%台、営業利益率は30%に近づくという。長期的には2030年までに売上総利益率60%、営業利益率40%を達成できると予想している。
本稿で取り上げた情報は、日本政府や海外の政府が補助金を出している半導体工場での損益がどのようになっているのか理解するのに参考になるだろう。EUV、High NA EUVによるGAAでこの予想が正しいのかを見ていきたい。