福田昭のセミコン業界最前線

放射線とコンピュータと福島原発事故



【お詫びと訂正】初出時に「バリウム-137」を「バリウム-133」と誤記していました。お詫びして訂正させていただきます。

 このたびの東日本大地震および福島原発事故において被害に遭われた皆さまに心よりお見舞い申し上げます。

 福島原発事故により、放射線に対する関心が急速に高まっている。政府(文部科学省)は大気中の放射線量モニタリングに加え、3月18日には水道水と降水(雨や雪など)に含まれる放射性物質のモニタリング結果を都道府県別に、毎日公表し始めた。

 また個人でガイガー・カウンタを自宅に設置して大気中の放射線量をモニターし、リアルタイムで測定値をホームページにアップしている方もいる。

 PCやサーバー、デジタル家電などは、放射線を浴びるとどうなるのだろうか。結論から述べてしまうと「壊れることは考えにくいが、誤動作することがある」だ。マイクロプロセッサやマイクロコントローラ、半導体メモリなどを内蔵する電子機器は、強い放射線を浴びると、動作不良を起こすことがある。

 ただし、機器が破壊されるわけではなく、電源を入れ直したり、再起動をかけたりすると、正常に動作する。

 また強い放射線を浴びることのない、通常の使用環境では放射線が原因でPCがハングアップしたり、フリーズしたりすることは、まず有りえない。3月11日以降にPCのハングアップする頻度が増えたからといって、放射線を疑うのは誤りだ。別の原因を考えよう。

●航空電子機器では放射線対策が必須

 自然界に存在する放射線には、アルファ線、ベータ線、ガンマ線(X線)、中性子線がある。この中で半導体メーカーが問題とする放射線は、アルファ線と中性子線である。

放射線の種類

 シリコンダイを封止する樹脂には、ごく微量だが放射性同位元素が含まれている(人体にはまったく影響のない、僅かな量である)。この放射性同位元素がアルファ線を放出し、すぐ近くのシリコンダイに飛び込むことがある。

 中性子線は主に地球の外、すなわち宇宙から地上に降り注いでくる。中性子線は大気中で減衰するものの、その一部は地上に到達する。半導体チップ内に突入した中性子線のごく一部は、シリコンダイ中のシリコン原子核と衝突し、アルファ線を発生させる。

 アルファ線の正体はヘリウムの原子核である。2価のプラス電荷を有する荷電粒子であり、シリコンダイが維持している電位を破壊する。例えばロジック回路やメモリ回路では、記憶していた論理値が反転することになる。このため半導体チップ、ひいてはコンピュータが誤動作することがある。

 といっても通常の環境下であれば、誤動作の発生はきわめて稀だ。アルファ線に対する対策は半導体メーカーでは常識である。中性子線の頻度は高度に依存する。中性子線は、海面高度近くでは問題にならないくらい少ない。また、高度1万m付近を飛行する国際線の旅客機内でPCを使い続けていた場合でも、中性子線による誤動作が発生する可能性が若干、高まる。

 ただし、国際線に運用される旅客航空機そのものを制御する電子機器は別だ。非常に中性子線による誤動作は重大な問題であり、航空機が搭載する電子機器は普通、中性子線対策が施されている。具体的には冗長構成、多数決論理、誤り訂正などだ。こういった対策を導入しても、飛行高度と飛行位置(緯度)によっては自動操縦装置や客室内娯楽装置などの組み込み型コンピュータに不良が発生し、再起動しなければならなくなることがある。

●ベータ線とガンマ線を半導体製品は想定していない

 残るベータ線とガンマ線は、半導体チップが使われる通常の環境下には存在していない。したがって半導体メーカーは品質保証の手続き(信頼性試験)でベータ線とガンマ線を対象としていない。言い換えると、ベータ線またはガンマ線が照射されることを、半導体チップは想定していない。ベータ線とガンマ線がPCやサーバーなどに与える危険性は、どのくらいなのだろうか。

 ベータ線は厚さ数mmのアルミニウム板あるいはプラスチックによって遮蔽できる。シリコンダイの周囲は樹脂で囲まれており、さらにPCやサーバーなどの筐体は金属あるいはプラスチックの板なので、外部からベータ線がPCやサーバーなどに照射されても、シリコンダイには到達しない。半導体チップに何らかの不具合を起こすとは考えにくい。

 これに対してガンマ線(X線)は、PCやサーバーなどの筐体はもちろんのこと、半導体チップの樹脂でも完全には遮へいできない。したがって外部からガンマ線がPCやサーバーなどに照射された場合、ガンマ線はあまり減衰せずにシリコンダイを通過する。ガンマ線は電磁波なので、シリコンダイが動作中の場合、ガンマ線の強度によっては半導体チップが動作不良を起こす可能性がある。

●福島原発事故の放射線

 東京電力の福島第一原子力発電所が原因とみられる放射線量が関心を集めている。政府や地方自治体がモニターし、公表している放射線量を見る限りは、アルファ線、ベータ線、ガンマ線、中性子線のどの放射線が出ているのかは、区別されていない。放射線のマクロな値である等価線量の値が報告され、放射線を発生する同位元素ではヨウ素(I)とセシウム(Cs)の検出が報じられている。

 ヨウ素の放射性同位元素である「ヨウ素-131」は、原子炉の運転によって発生する代表的な副生成物(核分裂生成物)で、ベータ線とガンマ線を放出する。人体への影響(甲状腺被ばく)が大きいのはベータ線である。ガンマ線の線量は強くない。また半減期が約8日とかなり短いので、ヨウ素-131の影響は約1カ月後(32日後)には約16分の1に減少する。

 セシウムの放射性同位元素である「セシウム-137」も、原子炉の運転によって発生する代表的な核分裂生成物である。セシウム-137は半減期が30年とかなり長い。セシウム-137のほとんど(94.4%)はベータ線を放出しながら、バリウム(Ba)の準安定同位元素「バリウム-137m」に変化する。バリウム-137mの半減期は2.6分で、ガンマ線を放出しながら、バリウム-137になる。なおバリウム-137は放射能を持たない。したがってセシウム-137からは大量のガンマ線が結果的に放出されることになる。

 福島第一原子力発電所の事故で幸いだったのは、すべての原子炉が正常に運転を停止したことだ。これで、中性子線を放出する危険がなくなった。実際に東京電力が計測した福島第一原発正門でのモニタリング結果によると、3月22日時点ではガンマ線は相当な量(およそ250μシーベルト/時間)が検出されているものの、中性子線はまったく検出されていない(0.01μシーベルト/時間未満)。

●使用済み燃料によるガンマ線が今後の懸念材料

 福島第一原発に由来するガンマ線が周囲のPCやサーバー、特に組み込み機器のマイクロプロセッサやメモリなどにどの程度の影響を与えるのかは、分からない。影響がないとは言えないが、影響が必ず出るとも言えない。電源を入れても、ガンマ線によって電子機器が動作不良を起こす可能性は残る。

 明確に言えるのは、使用済み燃料から放出するガンマ線を閉じ込めないと、電子機器はもちろんのこと、そもそも、人体への危険性が減少しないということだ。3月22日現在、3号機と4号機の使用済み燃料プールに対して放水作業が続けられており、今後も放水作業を実施することになっている。

 使用済み燃料が発生するガンマ線の原因はセシウム-137が主体であると考えられるので、100年後でも、使用済み燃料がきわめて危険な存在(高レベルの放射性廃棄物)であることに変わりはない。福島第一原発は合計で1万本を超える使用済み燃料を貯蔵しており、このリスクは無視できない。

福島第一原子力発電所の使用済み燃料貯蔵状況(2010年12月末時点)

 逆にヨウ素-131は半減期が8日と短いので、新たなヨウ素-131の発生が止められれば、1カ月~2カ月で危険性はほとんどなくなる。また主な放射線はベータ線なので、遮へいは難しくない。時間経過とともに、ヨウ素-131のリスクは速やかに減少する。

 これに対してセシウム-137は半減期が長く、60年経過しても放射能が4分の1ほど残る。放射線のほとんどはガンマ線であり、遮蔽はそれほど容易ではない。人体にも電子機器にも、長期間のリスクがつきまとう。

 原発事故の対応において、作業者の放射線管理をするのは当然のことである。ただし、ガンマ線あるいは中性子線(今回は中性子線の心配はなさそうだが)によって陸上車両や航空機などのコンピュータに異常が発生したら、事故対応の作業に影響が出たり、作業者の生命に関わることにもなりかねない。関係者ならびにユーザーは、コンピュータ、そして半導体チップに対する放射線管理にも留意すべきように思える。

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(2011年 3月 24日)

[Text by 福田 昭]