森山和道の「ヒトと機械の境界面」

触覚をデジタルに操作する
~第3回「TECHTILE展 触覚のリアリティ」レポート



 しばらくお休みをいただいていた「ヒトと機械の境界面」の連載を再開します。ユーザーインターフェイスをテーマに月1~2回のレポートをお届けします。(編集部)。


 人は、対象を直接さわって理解したがる動物だ。触らなければ分からない。だが触ると急に分かる。見ただけではピンと来なかったものが、触った瞬間、腑に落ちたりする。だが何が分かったかは、言葉にはならないことも少なくない。そんな体験をしたのは一度や二度ではないだろう。物理的に触りまくらないと、分かったという感覚が得られないのだ。ネット販売がこれだけ盛んになっても、まだ店頭販売が圧倒的に強い理由の1つもここにあるのだろう。最近話題の、電子書籍と実物の書籍の違いも、実際に物理的な重さのある本を持ち、触ってページがめくれるかどうかにあるのかもしれない。

 触覚は、多くの情報を持った豊かな感覚だ。だが一方、感覚的で整理されておらず、工学の対象とするのはなかなか難しい感覚でもある。だがこれをうまく整理して人工的にデザインし、伝送することができれば、我々のインターフェイスはより豊かになる。触覚を再現するデバイスは「ハプティック・デバイス」と呼ばれ、研究は盛んに行なわれているが、まだ大きな産業には繋がっていない。

 大学院では触覚の錯覚の研究に従事し、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科 訪問上席でもある研究者の仲谷正史氏は、「触覚はデジタルに操作できる段階に入っている」と語る。その仲谷氏が企画・幹事を務めた、触覚をインターフェイスとして使った「触感デザインの未来」を見せる展示会、第3回「TECHTILE展 触覚のリアリティ」にお邪魔してきた。

●第3回「TECHTILE展 触覚のリアリティ」

 第3回「TECHTILE展 触覚のリアリティ」は、2月26日~2月28日の日程で、西麻布のパロマプラザ「K-Gallary」で行なわれた。日本バーチャルリアリティ学会 アート&エンタテインメント研究委員会とTECHTILE exhibition #03実行委員会が主催、社団法人 計測自動制御学会SI部門触覚部会が共催。そして株式会社資生堂と社団法人 人間生活工学研究センター(HQL)が協賛している。このほか、慶應義塾大学SFC 筧研究室、電気通信大学 梶本研究室、慶應義塾大学院 舘研究室が協力している産学共同の展示会だ。

入り口の看板もアルミ箔での型押し

 会場内に足を踏み入れて驚いた。壁と床が全てアルミホイルで覆われていたからだ。歩き回る前からしゃりしゃりした感覚が頭のなかで再生されてしまう。よく見ると壁に貼られたアルミ箔には何やら型押しがされている。「Tactile Cave」と名付けられたこれは、広尾駅から会場までの道々にあったもの(タイル、マンホール、タイヤ、パイプ、フェンス、看板など)を型押ししてきたもので、会場へ至るまでの履歴を示したものだという。アルミ箔を使ったのはやはり安いということもあったそうだ。

 展示は全部で8つと多くないので、全部をご紹介する。ただ、写真や動画で「触覚」の展示の魅力は伝わりづらいと思う。ご勘弁頂きたい。

 まず入り口すぐに張られていたのは大建工業株式会社による「紙製の畳」。畳表と同じ折り方で紙を織って、畳の風合いを再現すると同時に、耐久性・耐変色性、撥水性などの機能を加えたものだという。実際に触ってみたところ、畳の風合い、肌触りとの違いは感じられなかった。だが畳の風合いというときには、触感だけではなく独自の香りも重要だろう。香気が感じられるかどうかは会場のサンプルでは分かりにくかったのがやや残念だった。

 カトーテック株式会社は「布の見本帳」を出展していた。織物業界では生地の触感のことを「風合い」と呼ぶが、それを表現する職人たちの言葉(「こし」や「ぬめり」、「しゃり」など)を現在は機械的に定量化しているのだという。

 白土寛和、宮下高明、野々村美宗、前野隆司の4氏による「人肌コレクション」は、シリコンゴム製の人工皮膚を集めたもの。人の皮膚の構造を模倣しており、柔らかいシリコンゴムの上に、0.02mmほどの硬くて薄いウレタンの表層を貼付けることで、人間の皮膚の「はり」を表現しているという。また表面を蜂の巣状に凹凸させることで、粗さや摩擦などを制御できるそうだ。

 この人工皮膚は、当座はクリームやパウダー、化粧品、石けんなど消費材開発のために用いられるものだ。慶応の前野隆司教授は最近は意識に関するユニークな著書でも知られている。この人工皮膚も、将来はロボットへの応用も視野に入れているという。人と接するロボットの親和性を高めたり、人と同様な把持や操り動作のためにはロボットの皮膚も究極的には人間同様であることが望ましいとしている。

アルミ箔の張られた会場内これは多分、タイヤの跡。全部で121のテクスチャを採取したという大建工業株式会社「紙製の畳」
カトーテック株式会社「風合い見本帳」中に生地の見本が張られている。これは「ぬめり」感のある生地の見本慶応前野研究室の「人肌コレクション」。将来はロボットへの応用も視野に入れている
もっとも人肌に近いと評価されたものさまざまな人工皮膚を触ることができた

 レスキューロボットの研究でも知られる東北大学の田所研究室の昆陽雅司、土屋翔、岡本正吾、山内敬大、石井優希の4氏による「Vib-Touch」は、小さなポインティングデバイスを使って、「バーチャル・アクティブ・タッチ」と呼ぶ触力覚・摩擦感を振動刺激で提示するモバイルインターフェイス。画面中のスライダー操作や、ものをなぞったり動かしたりしたときの感覚を提示する。

振動刺激で触覚を呈示する「Vib-Touch」画面上の物体を乗り越えるような動きを、右指への振動刺激で提示する
【動画】個人的にはこの画面が一番リアルに感じられた

 南澤孝太、舘すすむの両氏による「GravityGrabber」は、空の箱やグラスの中に何かが入っているかのような感覚を提示するVRシステム。右手の人差し指と親指にデバイスをつけると、画面上に表示される仮想物体による振動や慣性を感じられる、というものだ。デバイス自体は、指先につけた小さな2つのモーターで、ベルトをひっぱることで指腹を刺激するようになっている。また、ベルトをずらすことで剪断力(横にずらす力)も再現しているという。

 やりたいことは良く分かるのだが、残念ながら筆者にはあまりリアルに感じることはできなかった。仮想物体そのものは人の動きを加速度センサによって計測して物理シミュレーターで動きを計算している。

「GravityGrabber」仮想物体の動きを提示する
【動画】中に入った虫の動きを呈示したりすることも

 野見山雄太、矢島佳澄、木村孝基、山岡潤一、鎌田洋平、大島遼、筧康明の7氏による「River Boots」は、スピーカーを使って、足に触覚を呈示して、仮想の川を歩く体験を再現しようとしたデバイス。足裏に1つ、足の甲の部分に1つ、そして足首に2つのスピーカーのほか、電子コンパス、加速度センサー、照度センサーなどが使われていて、着用して歩き回った動きに対して、スピーカーで振動刺激と音を与えることができる。

 実際に着用して歩き回ったところ、足の動きにともなうズレにまだ問題がありそうだった。一方、密着させてしまうと、蒸れなどが生じてしまって、川の中っぽい感じが失われてしまうとのことだった。用途としては、屋外で古地図を見ながら歩き回ることで今は地下に埋められてしまった川の存在を感じさせるといった用途を考えているという。特に足首への刺激にこだわって、今後も開発を続けていきたいとのことだった。川のなか独特の清涼感を呈示するのはなかなか難しいが、ランニングシューズなどと組み合わせた面白いアプリケーションができると良いかもしれない。

履いて使うハプティックデバイス「River Boots」足裏にもセンサー。小石を踏んだときの感覚なども呈示したいという
【動画】「River Boots」の出力する音

 plaplaxによる出展作品「naadee」は、iPod touchを使った五感拡張デバイスだ。特に触感を視覚化し拡張することをねらったもので、デバイスを手に持って、身の回りのものをなでる。すると、ディスプレイに材質と触り方に応じたアニメーションと、音を言葉で表現したさまざまなオノマトペがリアルタイムに表示される。また触った音は、体験者が着用したヘッドフォンで拡大して聞くことができる。子供にウケそうな楽しく分かりやすい体験型作品である。

plaplax「naadee」iPod touchを使った五感拡張デバイス
【動画】naadeeを試す。触ったものの音のオノマトペが出力される。同時に、体験者は着用したヘッドホンで、そのリアルな音を聞いている

 小島雄一郎、橋本悠希、梶本裕之の3氏による「Addictive Handle」は、手動鉛筆削りの感覚を再現した作品。ハンドルを回すと、鉛筆を削るあの感覚が伝わってくる。最初見た時は「だから何だ」と思ったのだが、電源を入れてもらい、回してみると、意外といい。「∞(無限)プチプチ」を何度もやってしまうようなあの感覚と似ていて、何度もぐるぐる回してしまう。

 中にはエンコーダ付きのマクソン製DCモーターが入っている。そして回転数に応じた抵抗を持たせることで、鉛筆を削るときの、あの引っかかり感を再現している。同時に音も再生している。元データは実際に鉛筆を削ったときのものなのだが、それをそのまま再現しているのではなく、かなり間引いてアウトプットしているという。だが人にはそれなりにリアルに感じられるということは、触覚情報を圧縮して呈示できることを示している。

 体験者たちがみんな一様に、回したとたん「ああ……(笑)」という反応を示していたのが面白かった。言葉にはならないのだが、「ああ……(笑)」と声を出してなぜか笑う。個人的にも1番ツボにハマって、何度もグルグル回してしまった。もともと「触覚的心地よさ」の要因を探るという研究の一環として作られたものだそうだが、見た目以上に、なかなか深い作品だと感じた。

鉛筆削りの感覚を再現する「Addictive Handle」モーターで鉛筆を削る時の引っかかり感を再現する

 人工物をデザインする上での触覚感覚を評価するための定量的な指標、特に分野横断的な指標のニーズはどんどん高まっている。また、「つるつる」とか「ぬるっと」といった定性的な言葉が、単なる触覚だけを表現する言葉に留まらず、他の感覚にもまたがって使われていることはサイエンスの対象としても面白い。ここがもし定量的・分野横断的に共通言語として表現できるようになれば、より深いレベルでのプロダクト設計が可能になる。「TECHTILE展」の企画・幹事の仲谷正史氏らはそのようなことをやりたいと語る。

 触覚は、単に触って得られる情報が全てではない。たとえば能動的に自ら触りにいく時と、受動的に触れられるときではまったく異なる。ではどのような情報がどの程度使われているのか、例えば振動で再現するとして、どのような情報ならば再現できるのか。それらの情報がまだ整理されてないのが現状だという。だからそれを整理して呈示することで、多くの研究者が実際に使えるものとして触覚を認知するようになると、今はまだなかなか見えてこない触覚デバイスの未来が開けるのかもしれない。

 なお、研究者インタビューコンテンツをウェブ上で提供している「Zukan.TV」が2007年、東大大学院情報理工学系研究科 博士過程時代の仲谷氏にインタビューした動画がこちらにある。マン・マシーン・インターフェイス、すなわち「人と機械の境界面」に興味がある方なら、間違いなく面白いと思うので、興味を持たれた方は併せてご覧になることをおすすめする。