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SCEがE3で発表した次世代携帯ゲーム機「PS Vita」の戦略



●SCEが次世代ゲーム機PS Vitaの価格を発表

 ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)は、ポータブルゲーム機「PlayStation Vita(ヴィータ)」(PS Vita)について、価格や対応タイトルなどを正式に発表した。米ロサンゼルスで開催されているゲームショウ「E3」に合わせたカンファレンスで、SCEはPSP後継となるPS Vitaが、今年(2011年)末から発売される予定であると説明した。PS Vitaは、従来「NGP(Next Generation Portable)」(コードネーム)と呼ばれていたが、正式名はラテン語で「Life」を意味するVitaとなった。

 E3カンファレンスでは、平井一夫氏(ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCEI)代表取締役社長兼グループCEO)がPS Vitaの価格も発表した。PS VitaはWi-Fiモデルと3Gモデルの2機種で発売される。Wi-Fiのみのモデルは日本では24,980円、米国で249.99ドル、ヨーロッパ圏では249ユーロ。3G/Wi-Fi両対応モデルは日本ではプラス5,000円の29,980円で米国では299.99ドル、欧州では299ユーロとなる。

ソニー・コンピュータエンタテインメント 代表取締役社長兼グループCEO 平井一夫氏PlayStation Vitaは3G/Wi-Fiモデルを用意Wi-Fiモデルは24,980円、3G/Wi-Fiモデルは29,980円

 初代PSPの発売時の価格が20,790円だったことを考えるとPS Vitaはやや価格レンジが高い。PSPは、部品コストがかかるメカ部分であるUMDドライブを含めても2万円ちょっとに抑えていた。そのため、前世代から見ると割高に感じられる部分もある。

 しかし、対抗馬である任天堂の3DSが25,000円なので、PS Vitaの価格は、今世代機としては妥当とも言える。さらに、裸眼立体視といった部分を除いた、ゲーム機としての基本機能は3DSよりPS Vitaの方が全体に高パフォーマンス(フルプログラマブルな機能では)であるため、PS Vitaは相対的に割安に映る。PS Vitaは、CPUにクアッドコアのARM Cortex-A9に、Imagination TechnologiesのPowerVR SGX543MP4クアッドコアGPUを採用している。

ARM Cortex-A9ブロックダイヤグラム(PDF版はこちら)

 ただし、開発コストを考慮すると、また違う視点が見えてくる。SCEは今回、SOC(System on a Chip)のIP開発にあまりコストをかけておらず、初期費用の大きな割合を占める開発費は前回のPSPより相対的に抑えていると見られる。今回のPS Vitaでは、CPUコアとGPUコアはどちらも自社開発ではなく、標準的なIPまたは標準品に若干のカスタマイズ(PowerVRの+の部分)を加えたものを使っていた。しかし、前回のPSPでは、GPUコアを自社設計し、CPUコアは標準品を大幅にカスタマイズ、特殊なチップパッケージを使っていた。

 従来と較べると価格はやや高めで、その一方開発コストは抑える。これは、ゲーム機を囲む状況の変化を端的に表している。まず、ゲーム機本体の利幅は薄くてもコンテンツで稼ぐというモデルが取りにくくなっている。また、膨大な開発コストを右肩上がりの出荷台数予想で割るという従来のモデルに疑問符がついてしまったため、開発コストを抑える方向に向かっている。加えて、開発費のうちハードウェア部分よりソフトウェアとサービス部分の比率が増大している。そのため、相対的にハードウェア開発コストは抑えなければならなくなっている。

●ゲームプレイにフォーカスしたPS Vitaの紹介

 SCEはVitaと名付けた理由を、ユーザーの日常生活そのものを変えて行くためと説明する。しかし、実際のE3でのデモは、幅広く生活を変えるといったプレゼンテーションではなく、ゲームにフォーカスしたものだった。PS Vitaがゲーム以外にも他用途(例えば映像や音楽など)に使えることを強調するのではなく、ゲームがいかに楽しめるかを強調するものだった。

 特に、E3でのプレスカンファレンスでは、SCEはPS Vitaのデモでグラフィックスやコンピューティングパフォーマンスだけでなく、多彩な入力系を使った操作感の面での革新にフォーカスして説明を行なった。PS Vitaは、タッチスクリーン、背面タッチパネル、3軸のジャイロと3軸の加速度センサー、3軸コンパス、GPSといった多様な入力とセンサーを搭載する。加えて、アクションゲームにも向いたマイクロアナログスティックを両側に備え、スマートフォン的な入力系統とゲーム機的な入力系統の両方を充実させた構成となっている。今回は、そうしたセンサー群でどんなゲームプレイができるかが強調された。

 今回のカンファレンスで逆に目立たなかったのは、ソーシャルなどスマートフォン&携帯電話を意識したキーワード。1月にSCEがNGPの概要を発表した際には、ソーシャル型のサービス「near」について時間を割いて説明した。しかし、今回はゲーム機能の説明にフォーカスした。ゲームのトレードショウE3での発表ということもあるが、PS Vitaを純粋にゲームに絞り込んだ紹介することで、ゲーム機としての印象を強めた。

フレンドとチャットやマッチングを行なう「PARTY」アイテムやメッセージを交換する「near」

 SCEはPS Vitaのプランを、対スマートフォンを強烈に意識した当初の企画から徐々に変化させ、ゲーム機へと回帰させて行った。当初はPSP goタイプのフォームファクタを計画していたが、昨年(2010年)の終わり頃に現在のゲーム機らしいフォームファクタへと切り替えた。今回のE3では、ますますPS Vitaはゲーム専用機としての印象を強めた。

 これは、SCEがポータブルゲーム機でスマートフォン&タブレットに対抗するためには、ゲーム機ならではの部分を徹底して強めるべきだと判断したことを意味している。そして、特に強味となるのは、ゲームを遊ぶために設計されたマシンならではの操作性だと見ていると推定される。逆に、CPUやGPUのパフォーマンスは、ある程度言及されたものの、過度に強調されることはなかった。

●同世代のスマートフォン&タブレットより高いCPUとGPUの性能

 SCEがPS3の時のようにプロセッサ性能をとりわけ誇示しないのは、将来、スマートフォン&タブレットに抜かれるため、その部分を強調するのは藪蛇と考えたためかもしれない。もっとも、今年(2011年)末の登場時点では、PS Vitaのコア構成は、他のスマートフォン&タブレットより1段高いものとなっている。

 下はPS Vitaとスマートフォン&タブレットのモバイルプロセッサの構成の比較だ。汎用のCPUコアとGPUコアだけを抜き出したものとなっている。左がPS Vita、真ん中がiPad 2のApple A5、右が今秋のAndroidタブレットに採用されるNVIDIAのKal-El(Tegra 3)だ。CPUコアは、いずれもARM命令セットアーキテクチャで、2命令発行、Out-of-Order実行スーパースカラパイプラインのARM Cortex-A9だ。PS Vitaは、Apple A5の2倍に相当する構成。Kal-ElはCPUコアはクアッド構成でPS Vitaと同じだが、GPUコアはVertex Shaderが1、Pixel Shaderが2の構成と見られる。

PS Vita、Apple A5、Tegra 3のプロセッサ比較(PDF版はこちら)

 Kal-ElのGPUコアアーキテクチャはG7x系に近いため、各シェーダプロセッサはVec4構成の4way SIMDプロセッサにミニALUが付属した構成だと推測される。NVIDIAとPowerVRのシェーダ数を同等に比較はできない。パイプラインアーキテクチャもTegra系はイミーデットモードレンダリング(IMR)であるのに対して、PowerVR系はタイルベースドディファードレンダリング(TBDR)で異なる。だが、PS Vitaがよりリッチな構成であることは間違いがない。

IMR、TBR、TBDRのレンダリング方法の違い(PDF版はこちら)

 上の3プロセッサは、いずれも40~45nmプロセスで製造されていると見られる。PS Vitaのプロセス技術は不明だが、昨年(2010年)から開発機が提供されていることから40nmクラスだと推定(28nmは今年中盤以降)される。A5は45nmプロセスで120平方mmとPC向けCPUレベルのダイサイズ(半導体本体の面積)。そのため、PS Vitaはさらに大型で、モバイル機器向けプロセッサとしては、かなり大きなチップサイズになっていると推定される。

 このことは、PS Vitaの製造技術のターゲットが、実際には28/32nmプロセスであることを意味している可能性が高い。最初のチップは大型だが、次のプロセス移行でチップサイズを減らして、コストと、おそらく消費電力も引き下げる。ファウンドリのプロセス技術では、28/32nmからHigh-K/Metal-Gateの導入のところが多いため、プロセス移行でゲートリーク電流(Leakage)も削減されると推定される。アクティブ電力も技術上は70%程度に下がる(トランジスタの小型化のため)。しかし、電力密度(Power Density)が高くなるため廃熱は逆に難しくなる可能性がある。

 PS Vitaの構成は、おそらく28~32nmプロセス世代では、他のモバイルプロセッサに追いつかれ始めると推定される。そして、次の20~22nmプロセス世代では、追い抜かれるケースが出ると見られる。

●まだ見えないPlayStation Suiteの行方

 SCEはPS Vitaの価格は発表したものの、ある部分の料金については発表を行なわなかった。それは3Gネットワークの契約料金体系だ。ゲームユースに特化したPS Vitaでの3Gネットワーク利用では、通信キャリアとどのようなコントラクトを結ぶことができるかが、1つのポイントだ。SCEだけで決められるものではないが、今回は契約が必要になることだけが明らかにされた。

米国の3G通信キャリアはAT&T

 キャリアについては、米国ではAT&Tがパートナーとなったことが発表された。AT&Tの名前が挙がった瞬間、会場からは落胆と取れるうめき声が聞こえた。米国ではAT&Tネットワークが、iPhoneによるデータトラフィックの負荷によって、都市部では重いネットワークとして不評を買っているためだ。

 もう1つ今回の発表で言及が少なかったのは「PlayStation Suite」だ。SCEはPS Vitaをゲームにフォーカスしたハードウェアとする一方、迫るスマートフォン&タブレット市場に対してはソフトウェアプラットフォームのPlayStation Suiteを提供することで足場を築く戦略を取ることを明らかにした。いわば、PS VitaとPlayStation Suiteは、SCEのモバイル戦略の両輪のような役割を担っている。

 しかし、ソニー・エリクソンのプレステスマートフォン「Xperia Play」で始動したPlayStation Suiteは、現状では目立った成果を上げることができていない。PlayStation Suiteは、Android上でのPlayStation 1のエミュレータと、今後のAndroidゲームのためのフレームワークの2段階で構成されている。しかし、後者の新フレームワークも、ゲーム開発者の受けがあまりよくないと言われている。ある業界関係者は「PlayStation Suiteの新フレームワークは、ファーストパーティだけになってしまうかも知れない」と危惧する。

 こうした問題は、PlayStation SuiteにSCEが割いているリソースの少なさに起因しているかもしれない。SCEは、現在、PS Vitaのためのソフトウェアスタックの開発を行ないながら、PlayStation Suiteを進めている。SCEの内部リソースが、両方をハンドルできるほどの厚みを持っていない可能性もある。

 ちなみに、今回のPS Vitaから、SCEは自社開発OSの構造を変え、プリエンプティブマルチタスキングや常駐するOS UI(従来はゲームが立ち上がるとUIはメモリから待避させられていた)などを備える。つまり、PC OSのようなOSへと変わる。