■山口真弘の電子辞書最前線■
シャープの電子辞書「PW-A9200」は、主にビジネス向けの130コンテンツを搭載した電子辞書だ。ベーシックな国語・英語系に加えて、TOEIC向けのコンテンツ、ビジネス向けの用語辞典、旅行会話集など、ビジネス利用を中心とした多数のコンテンツを網羅している。
従来モデルとの相違点としては、「美文字機能」と称される、フォントのアンチエイリアス表示に対応するほか、全文検索機能を搭載するなど、辞書としての基本機能が強化されていることが挙げられる。本稿ではこれら機能を中心に紹介していく。
●本体の軽量化、処理速度の向上など細かな改良の跡が見られるまずは外観と基本スペックから見ていこう。
画面サイズは5型(480×320ドット)、画面左右にイージータブレットと呼ばれる操作パネルを搭載しているほか、キーボード手前に手書きパッドを備えるなど、見た目は従来モデルにあたる「PW-A9000」とそっくりだ。しかし一方でボディは奥行きが短くなっていたり、また一部のキー配列が変更になるなど、ソフトウェア系の変更だけにはとどまらないマイナーチェンジが施されている。
従来モデルのPW-A9000(右)との比較。わずかながら奥行きが減少していることが分かる | 手書きパネル部の比較。左が本製品、右が従来モデルのPW-A9000。手書きパネル左側の「文字大小」ボタンが右側へ、「音量大小」が上部液晶画面に移動したことで、手書きのエリア全体が広くなっている。また手書きのマスも従来の2文字から3文字分へと拡張された |
スペック上、大きく変化したのが重量だ。約305gと、従来モデルの約348gから大幅に軽量化されている。競合であるカシオ製品と比較する際、シャープ製品の重さはどうしてもネックになっていたのだが、今回のモデルで完全に肩を並べたことになる。
単に本体が軽くなっただけではなく、ボディの重量バランスも改善されている。従来モデルでは、キーボード面に比べて画面部分が重かったため、不安定な場所に置いた際にうしろに倒れやすいのがウィークポイントだったが、本製品ではバランスが見直され、安定感が増している。カタログスペックなどには現れない部分だが、こうした地道な改良は好印象だ。
単3電池による駆動なども、従来モデルの特徴をそのまま引き継いでいる。駆動時間はアルカリ電池使用時で約150時間だったのが約130時間とやや短くなっているが、もともとの時間が長いこともあり、大きな影響はないだろう。
また、処理速度が高速化されているのも特徴だ。リリースには「高性能プロセッサの採用により、処理能力が従来比約2倍」とある。筆者は今回このことを知らないまま実機に触れたのだが、従来モデルであるPW-A9000と使い比べて検索のスピードが速くなっていることにすぐ気づいたほどだ。もともと従来モデルでかなり高速化していただけに、さらに快適に使える方向に製品が進化したのは嬉しい限りだ。
ちなみに本体メモリ容量については、従来モデルは約300MBだったのが本製品では約150MBと半減しているので、Brainライブラリーからコンテンツをたくさん追加したいユーザーなどにとっては、やや不安なところもあるかもしれない。とはいえ足りなければmicroSDカードに保存すればいいだけの話なので、ハードウェアのスペックダウンと見るよりは、ユーザーの使い方に依存する機能について、最適化が図られたと解釈するほうが正しいだろう。
●ビジネス向けを中心とした130コンテンツを搭載。新たに解説文の全文検索に対応続いてメニューとコンテンツについて見ていこう。
コンテンツ数は130で、ビジネス向けを中心としたラインナップだ。具体的には、ベーシックな国語・英語系に加えて、TOEIC向けのコンテンツ、ビジネス向けの用語辞典、旅行会話集などが含まれる。
総コンテンツ数は従来モデルのPW-A9000(140コンテンツ)に比べると10コンテンツ減っているのだが、日本語検定の公式テキストやその他雑学系のコンテンツなど、ビジネスモデルとしてはあまり優先度の高くないコンテンツを整理した結果、たまたま数が減っただけという印象が強い。一方で英会話および英語表現に関するコンテンツが追加されているので、ビジネス向け電子辞書としては以前に増してパワーアップしている。見た目のコンテンツの数の違いをことさら気にする必要はないだろう。
国語系コンテンツ。従来と大きな変化はない | 従来ここにあった「例解慣用句辞典」や、日本語まわりの雑学辞典がなくなった | 英語系コンテンツ。ジーニアス英和辞典第4版が英和大辞典に差し替えられている。ちなみに語彙数ベースでは前者が9万6千点、後者が25万5千点とかなりの差がある |
能力開発系コンテンツ。電子書籍として搭載されていた日本語検定の公式テキストが省かれた | ビジネス関連の用語辞典も増強されている |
辞書メニューの上位階層にHome画面がある構成は従来モデルと同様 | 動画コンテンツも健在。ビジネス向けとしては違和感のあった古文・漢文のコンテンツがなくなった |
さて、機能として新しいのは全文検索機能だ。つまり見出し語だけでなく、解説文に含まれる語句も検索できるようになったわけだ。キーボードからの入力だとカナもしくはアルファベットのみだが、手書きパネルを使えば漢字での検索も行なえる。
さすがに全文に対する検索はCPUに負荷がかかるのか、全コンテンツを串刺しで一括検索する機能はなく、例えば広辞苑だけ、ブリタニカだけといったコンテンツ単位でしか使えないが、まあこれは仕方ないだろう。見出しだけを検索対象にした場合とは比較にならないほど大量の結果が表示されるので、実用的な数に制限するという意味合いもありそうだ。
検索は別画面に分かれており、各コンテンツのトップページにある「全文検索する」のボタンを押して専用の検索画面に移動する。別画面に分かれているぶん一手間余計にかかってしまう上、誤って通常の検索ウィンドウに語句を入れてしまい「あっ、この欄じゃなかった」とやり直さなくてはいけないことがよくある。画面遷移時に検索語句を引き継げるようにするか、あるいは同じ画面に検索ウィンドウを統合してほしいところだ。
広辞苑の画面。検索窓の下に「全文検索する」のボタンが追加されている | こちらは漢字源。同じく「全文検索する」のボタンが追加されている | 全文検索には、日立ソリューションズの「Entier」が採用されている。後述するAND検索などの機能は、こちらのシステムに依存する部分も大きそうだ |
通常の検索方法で「金魚」という語句を検索したところ。見出しに「金魚」を含む語句12個が表示された | こちらは全文検索で「金魚」を含む語句を検索したところ。見出しや本文に「金魚」を含む語句47個が表示された。 |
5個までのAND検索にも対応している。「学問のすすめ」のフレーズである「天は人の上に人を造らず」を検索しようと「天&人&造」と入力したところ、まったく関係ないものを含めて70個もヒットした。あまりに一般的な単語の組み合わせだとこのように無関係なものが大量に表示される場合があるので、使い方にはややコツが必要 |
また、5個までの語句をつないでAND検索が行なうことができ、これはこれで便利なのだが、実際に使ってみた限りではAND検索よりもむしろ除外検索がほしいと感じた。さすがに全文検索ともなると、まったく無関係な項目がひっかかってくることも多く、そうした項目で画面が埋め尽くされてしまうことが多いからだ。AND検索よりも直感的にこれらをフィルタリングできる除外検索はぜひとも搭載を期待したいところだ。
ちなみに現状では、検索にヒットした件数が数字で表示されないため、ページをめくってもめくっても終わらずに閉口することもしばしばだ。全文検索自体は有益な機能であり、他製品との差別化ポイントでもあるだけに、さらなる使い勝手の向上に期待したいところだ。
●アンチエイリアス処理を施した「美文字」機能は好みが分かれそう
本製品の大きな特徴である「美文字」機能についてもチェックしておこう。
この機能は、文字にアンチエイリアス処理を施すことで、文字を拡大表示した際に目立っていたドットをなくすというものだ。適用されるのは24ドット以上のフォントで、メニューに使われている大きめのフォントがこれに該当する。それ以下、つまり16ドット以下の文字についてはアンチエイリアスが適用されない従来と同じフォントだ。普通の表示であれば、見出しだけがアンチエイリアスがかかったフォント、本文はこれまでと同じフォント、ということになる。
アンチエイリアス処理が施されたことで、拡大表示時のエッジのギザギザ感がなくなるほか、明朝体の「とめ」や「はね」などがはっきりと視認できるようになった。以下、従来モデルとの画面の比較で確認してほしい。
メニュー画面。左が本製品、右が従来モデル(XD-A9000) | |
本文。左が本製品、右が従来モデル(XD-A9000)。24ドット以上のフォントに適用される | |
最大文字サイズが従来の48ドット(左)から300ドット(右)へと大幅にアップしていることから、画面全体に1文字だけを拡大表示することも可能だ。もっともここまで大きいとなると、ややプロモーションの色が強いことは否めない |
またこれに加えて、24ドット以上の文字について、フォントを明朝/ゴシックの2種類から選べるようになった。そのため、メニュー画面は従来の明朝に加えてゴシックでの表示ができるようになった。
設定画面に「フォント設定」の項目が新たに追加されている | デフォルトの明朝体からゴシック体に変更できる |
メニュー画面をゴシック体に変更したところ | 先ほどの「薇」の字の最大サイズ(300ドット)をゴシックに切り替えて表示したところ |
文字サイズは従来の5段階可変(9/12/16/24/48)から7段階可変(12/16/24/48/64/92/300)へと変更されているが、もっとも小さな文字サイズ(9ドット)が廃止されている |
カシオ製品のメニュー表示。写真の関係でモアレがかかっているが、こちらのほうがむしろメリハリがあって見やすい印象 |
で、これら機能についての評価だが、良いところも悪いところもある、というのが率直な感想だ。従来モデルでフォントのギザギザ感が気になっていたのは事実であり、そこを改善点として捉えたことは間違っていないと思うのだが、アンチエイリアス処理が災いしてむしろボケたように見える場合も少なくなく、単純に見た目だけで言うと評価が難しい。
なかでもメニューに使われている24ドットのフォントについてはこのボケた感が強く、好みが分かれそうだ。改善ポイントは合っているのだが、結果としてできあがったものがちょっと違う方向に行ってしまったという印象が、個人的には強い。文字サイズが小さく、なおかつアンチエイリアスでないカシオのメニューのほうが美しく見えてしまうのは、やや皮肉ではある。
メニュー画面における、シャープ製品独特の「半角ひらがな」の例。2行目「もっと読めそうで読めない漢字」と3行目「やっぱり読めそうで読めない漢字」のひらがな部分がそれに当たる。全角にすることで1行に収まりきらないという問題はありそうだが、全体の見づらさにつながっていることは否めない |
話が逸れるが、むしろ改善してほしいのは、メニュー画面などに、シャープ製品独特の「半角ひらがな」が依然として残っていることだ。半角と全角が同じ文章の中に混在している気持ち悪さというのは、半角NGのルールをネットで刷り込まれている人ほど強いはず。今回のモデルでは単に文字をアンチエイリアス対応に置き換えただけだったが、次のステップではこれら半角文字の置き換えを切に願いたい。見た目の印象としては、こちらのほうがはるかに大きな問題ではないかと感じる。
●「検索しやすさ」「持ち歩きやすさ」に主眼を置いた正統進化のモデル
以上ざっと見てきたが、セールスポイントである「美文字」機能こそ個人的にはいまいちピンと来ないものの、全文検索の対応、CPUの高速化、またハードウェアの面では本体の軽量化など、電子辞書としての完成度がさらに上がっている点は好感が持てる。コンテンツは従来モデルから若干減ってはいるものの、雑学や古文・漢文の動画などがなくなってビジネス向けに特化されたことにより、モデルとしてのまとまりはむしろ従来より向上した感がある。
製品の進化というのは、なにも目新しい機能を追加することだけにあるのではない。むしろ、ユーザーがさらに快適に使えるようになることにこそ、製品を進化させる意味があるはずだ。その点で今回のモデルは、電子辞書本来の「検索しやすさ」「持ち歩きやすさ」に主眼を置いた、正統進化のモデルそのものであり、十分におすすめできる製品だといっていいだろう。
【表】主な仕様製品名 | PW-A9200 |
メーカー希望小売価格 | オープンプライス |
ディスプレイ | 5型カラー |
ドット数 | 480×320ドット |
電源 | 単3電池×2 |
使用時間 | 約130時間 |
拡張機能 | microSD、USB |
本体サイズ(突起部含む) | 149.0×110.2×19.4mm (幅×奥行き×高さ) |
重量 | 約305g(電池含む) |
収録コンテンツ数 | 130(コンテンツ一覧はこちら) |