大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」
ブラザー三島氏、「他社と同じ土俵で戦えるようになった」と新インクジェットに自信
2021年10月14日 06:45
ブラザー販売は、A4インクジェットプリンタ「PRIVIO」シリーズのラインアップを、2018年以来、3年ぶりに大幅刷新した。大容量インクモデルの「First Tank(ファーストタンク)」では、新たにエントリーモデルを追加するなど、ラインアップを5機種にまで拡張。ユーザーとつながるためのサービスを強化し、これまでとは異なる戦略を打ち出す。
ブラザー販売の三島勉社長は、「インクジェットプリンタを取り巻く環境が大きく変化するなか、新たなニーズに応えるために1年間準備をしてきた。在宅勤務や在宅学習はもちろん、おうち時間を楽しむツールとして進化する一方、お客様とつながりつづけることで、新たな価値を提供し、さらに役立つことを考えた製品」と位置づける。そして、「ブラザーがA4インクジェットブリンター市場でも戦える環境が整ってきた」と語る。ブラザー販売の三島社長(以下、敬称略)に、同社のプリンタ戦略などについて聞いた。
――2021年のA4インクジェットプリンタ「PRIVIO」シリーズは、3年ぶりのフルモデルチェンジとなりました。新製品の狙いを教えてください。
三島 この3年間で、インクジェットプリンタを取り巻く環境は大きく変化しました。とくに新型コロナウイルスの広がりとともに、働き方や生活スタイルが変化し、その影響はプリンティング市場にも及んでいます。在宅勤務や在宅学習はもちろん、おうち時間を楽しむツールとしてプリンタが活用され、家で仕事をするためのプリントアウトが増えたり、学習用のプリントも増えました。また、オフィスでも、大型複合機を設置して、全員がそこでプリントアウトするのではなく、新たな働き方への移行にあわせて、オフィスプリンタを分散配置するといったことも増えています。
新製品は、1年間をかけて、新たな需要に応えることができる機能やサービスを取り揃えたものです。開発段階でモックアップを見たときに、見た目があまり変わらなかったので、「あれっ? 」と思ったのですが(笑)、中身はまったく異なるものになっています。たとえば、耐久性や剛性は、いままでの家庭用インクジェットプリンタとは異なり、仕事でヘビーに使ってもらえるものになっています。
大容量インクモデルの市場拡大にあわせて、「First Tank(ファーストタンク)」のラインアップを5機種にまで拡張したり、ブラックを含めた全色で顔料インクを採用したり、SOHOをはじめとして、ビジネス機として利用する観点からも大きな進化を遂げました。普通紙に文字やグラフがくっきり鮮明に印刷できますから、在宅勤務で増加するビジネス文書の印刷に適した品質を実現しています。First Tankでは、従来機種と比べて連続印刷スピードが約2倍に向上し、1枚目の印刷スピードも従来機種よりも大幅に向上しています。スピードや印刷品質でも、大きな進化を遂げています。
かつては毎年のように新製品を発表し、印刷速度を少しあげたり、色を変えてみたり
といったことをしていましたが、今年の新製品は、3年ぶりのフルモデルチェンジにより、新しい暮らしに寄り添う待望の新製品が完成したと自負しています。
――他社に先駆けていち早く新製品をしましたが、出足はどうですか。
三島 いい手応えを感じています。ただ、市場全体がサプライチェーンの影響を受けて、部品の供給が遅れたり、生産数量が確保できないという状況が続いています。供給力があるとか、在庫があるメーカーの製品が売れているということも起きていますから、まだ手放しでは喜べません。ただ、品薄の状況だからこそ、ブラザーの新製品を、フルラインアップで展示をしていただいた大手量販店もあります。こうしたことも前向きに捉えたいと思っています。
――これまで、A4インクジェットプリンタ市場においては、エプソン、キヤノンがそれぞれ約40%ずつのシェアを確保し、ブラザーは約10%という状況が長年続いています。この状況は崩せますか。
三島 ご指摘のように、2社の後塵を拝している状況が続いてきたわけですが、市場環境の変化に伴い、ブラザーには追い風が吹き始めたと思っています。たとえば、家庭内での利用をみると、写真印刷や年賀状印刷の利用が減り、在宅勤務や在宅学習などの印刷用途が増加しています。競合他社は6色や8色を採用しているのに、ブラザーはなぜ4色なのかということも言われました。
もちろん、プロフェッショナル用途では、6色が欲しいということもあるでしょう。しかし、いまの家庭内での用途を捉えれば、最適なコストで、長く使ってもらえるプリンタとして、ブラザーを選択していただけるチャンスが広がったといえます。しかも、今年の新製品では、本体機構の改良によって、約10万ページの高耐久を実現しています。こうした強みがお客様に響くタイミングに入ってきたといえます。また、ブラザーが目指してきたプリンタの姿が、ようやく仕上がってきたという手応えもあります。
これまでは、購入時の候補にもあがらなかったブラザーのプリンタが、今年は同じ土俵、いや同じ土俵以上(笑)で戦えると思っています。ブラザーは、国内レーザープリンタでは50%のシェアがあり、A3インクジェットプリンタでも強い。しかし、家庭向けA4インクジェットプリンタだけが、10%のシェアに留まっている。今年は、お客様が求めているニーズにミートする製品が完成しましたし、使ってもらえるチャンスが増えた。プリンタ市場は、2、3年前とは異なり、状況が大きく変わるタイミングが訪れたと捉えています。
――40%、40%、10%という状況ではなくなると。
三島 いや、社内でもシェアは言わないことにしています(笑)。シェアは、自然についてくるものです。市場環境の変化に対して、ブラザーのプリンタが、しっかりとした提案や訴求を行なえるかどうかが大切だと考えています。
――大容量インクモデルのエントリーモデルでは、本体には、液晶パネルがない製品を新たに追加しましたね。
三島 在宅勤務や在宅学習などで、たくさんの印刷をしたいといったユーザーが、初期費用を少なく、手軽に始めたいといった際に、最適なモデルとして投入しました。電源やコピー開始などのボタンだけを配置し、細かい操作は、スマホアプリで行なうことができるようにしています。
実は、この仕組みは、ラベルライターのP-TOUCH CUBEで、すでに採用しています。P-TOUCH CUBEでは、液晶画面などは搭載せずに、スマホだけで操作できるようにしています。実際に市場投入してみると、これが、いまの時代の使い方に最適であることがわかりました。その結果、万年3位だったブラザーが、トップシェアにまで上昇するという結果が出ています。
これまでは、ハードウェアを購入して、それを便利に使うためにアプリが必要であり、ダウンロードするという形でしたが、アプリを先にダウンロードして、なにができるのかということを理解してから、ハードウェアを購入するというように、新たな購買行動が生まれていることにも気がつきました。実際、ハードウェアの販売台数よりも、アプリのダウンロード数の方が圧倒的に多いですね。こうした経験を通じて、お客様と直接つながることの大切さを知ることもできました。
――確かに、今年のインクジェットプリンタでは、スマホアプリを刷新し、新たに「Brother Mobile Connect」の提供を開始したり、新たに「トク刷るポイント」の提供を開始したりといったように、ユーザーとつながることに力を注いでいる印象を受けます。
三島 それが、時代の大きな変化だと捉えています。これまでは、量販店でプリンタを購入していただいたら、あとは買い替えのタイミングとなる5年後まで、お客様との接点はなるべく少ない方がいいというものでした。壊れずに、安心して使い続けられることが求められており、問題なく使い続けられたら、また次もブラザーを選んでいただけるというものでした。次の買い替えまでの期間、お客様自身も、ブラザー側から連絡をもらわなくていいという意識が強かったのではないでしょうか。
しかし、これからは積極的につながっていくことが求められる時代になっていきます。これまでにもサポート体制を敷き、CSという言葉を使い、お客様を大切にするという姿勢はありましたが、そのつながり方が変化し、むしろ、売りっぱなしの製品を出していることはありえないという時代になってくると考えています。以前は、コストの問題もあり、何10万人のお客様とつながるということは不可能でしたが、デジタルを活用することで、それも可能になりました。お客様と積極的に関わっていく環境も整ったといえます。
プリンタを購入してもらったら終わりということではなく、購入してもらってからが始まる時代が訪れています。プリンタを5年間使っていただく間に、これまで以上に使い倒していただき、満足していただくための仕掛けが必要になります。
――「トク刷るポイント」では、ユーザー登録をしたり、インクカートリッジを交換したり、長期間利用していると、特典ポイントが付与されるという仕組みです。しかも、貯めたポイントはコンビニやデパートなどで使えるギフトチケットと交換することができます。なぜ、このようなサービスを開始したのでしょうか。
三島 お客様とつながる取り組みの1つが、「トク刷るポイント」です。プリンタを使うほどポイントが貯まるサービスというのは、これまでにはありません。しかし、こうしたアプローチを通じて、プリンタを使うことで、お客様にもっと得してもらいたい、ブラザーを好きになってもらいたいと思い、このサービスを作りあげました。
これは、ブラザーのファンを増やすための施策です。がっかりさせてしまっては、ブラザーのファンにはなってくれませんし、ファンを減らすだけです。ですから、面倒な仕組みにしたり、ブラザーの商品だけにポイントが使えたり、ブラザーのサイトだけで使えるようなものにはするな、と言ってきました。使いやすくすること、すぐにお得感を実感できることを目指しました。
たとえば、初期登録するだけで、コンビニのコーヒーやお菓子がポイントで購入できます。手続きが面倒なキャッシュバックキャンペーンよりは、かなり使いやすいですし(笑)、プリンタを使ってもらえれば、ますますお得になります。つながることで、ブラザーを好きになってもらいたいという思いを持ったサービスなのです。
――ブラザーでは、現在、数%に留まっているネット接続ユーザーの比率を、将来的には50%にまで高める計画を打ち出しました。これが達成されると、どんなことが起こりますか。
三島 いつまでに50%のユヨーザーとつなげてほしいという指示は出していません。ただし、早いタイミングでこの比率をあげていかないと、ブラザーのプリンタ事業が次のステップに行くことができないと考えています。それは、お客様とつながることでビジネスが大きく変化するからです。お客様の声をもとに、商品開発に活かしたり、使用状況などのデータを活用して、個人に最適化したサービスを生み出すということもありますが、そのほかにも、つながることでサブスクリプションモデルを展開したり、修理して長年使ってもらう提案をしたり、さらには、不要になったプリンタを回収したりといった提案も可能になります。
半分の人がつながると、環境に配慮した提案や、サーキュラーエコノミー(循環型経済)をしっかりと捉えた提案も可能になり、その観点からも、ブラザーを選んでもらえるというシーンも増えるのではないでしょうか。フラザーが、プリンタビジネスを継続していくためにも、50%のお客様とつながっていることが大切だと思っています。
――プリンタ本体の性能だけでなく、つながることやサービスの提供が、ブラザーを選んでもらえための仕掛けになるというわけですね。
三島 サービスをきっかけに、ブラザーを選んでくれる人を増やしたいですね。ただ、今年のサービスのレベルでは、そこまでいきません。まだまだ足りません。サービスを広げていく必要もありますし、それを遂行する組織体制も強化していく必要があります。ここからが新たな挑戦であり、正念場です。ハードウェアへの投資だけでなく、アプリやつながる部分に投資をし、いまブラザーのプリンタを使っていただいているユーザーを、大事にしていくことが大切です。これまでのメーカーという立場では考えられないようなことにも挑戦をしていきたい。
繰り返しになりますが、第一歩は、ブラザーのファンの人たちに満足して、使ってもらう環境を作ることです。その良さが、ブラザーのファンから口コミで広がっていくことを目指したいですね。年間販売台数シェアよりも、満足して使い続けているブラザーユーザーがこれだけいる、ということの方が大切であり、それをベースにビジネスをしていきたいと考えています。
――コロナ禍において、ブラザー販売のビジネスには追い風が吹いているように感じます。たとえば、ラベルライターやミシンなども、特需ともいえる動きが見られていますね。
三島 ラベルライターのP-TOUCH CUBEは、コロナ禍において、断捨離をしたり、模様替えしたりといったときに便利だというニーズがあり、それが続いています。私も自分の書斎を模様替えするときに、とても便利です。P-TOUCH CUBEは、専用アプリを使って、簡単にラベルデザインが行なえ、モノや引き出しなどにラベルを貼れば、どこに何があるかがわかりやすくなります。豊富な種類のフォントやテープから選んで、こだわったデザインや、おしゃれなラベルを貼ることで、「ラベル生活」を楽しむことができます。12ミリ幅や24ミリ幅に加えて、最上位モデルでは36ミリテープ幅にも対応し、家庭内だけでなく、オフィス内や店舗内といったビジネスシーンでも利用できます。今後は、アプリを進化させ、用途提案の幅を広げていくつもりです。
また、ミシンは、2020年2月以降、業界全体で売れ行きがよく、2020年度は、歴史上、最もミシンが売れた1年となりました。手づくりマスクや、巣ごもり需要などが下支えとなり、一般ユーザーだけでなく、芸能人の方々がミシンで作った作品をSNS上に掲載するなど、ミシンに関する情報が数多く発信されました。ミシンが写り込んでいる写真が増えたり、テレビで頻繁に取り上げられるようになりましたし、ミシンが欲しいと思う人が増加し、欲しいものリストのなかにミシンが入るという状況が生まれています。社内では、久しぶりにミシンが「市民権」を取り戻したといっています(笑)。実際、手作りマスクの型紙、作り方レシピサイトでは、前年比1,000倍以上の閲覧数になったほどです。
もともとミシンは、子供の入園や入学にあわせて、手づくりのための購入するケースと、子育てや仕事が落ち着き、自分の時間が生まれたタイミングで、改めて高機能のミシンを購入するという2つの需要がありました。コロナ禍をきっかけに、家でなにかを作りたいという機運や、サステナビテリティへの関心が高まって、アップサイクルやリメイクが注目を集めはじめたことも追い風になりました。せっかく広がったモメンタムを、なんとか継続させたいですね。
ミシンのビジネスは、パートナーによる販売網がしっかりしており、これが大きな強みである一方、メーカーの立場からすれば、エンドユーザーから遠く、売りっぱなしになってしまうという弱みがありました。将来に向けて、どんな形でユーザーとつながるのかといったことも考えていく必要がありそうですね。
――ちなみに、希望小売価格が200万円(税別)という超高級モデルを、2021年1月から発売しましたが、年間20台の販売目標に対する成果はどうですか。
三島 20台の販売目標は超えました。このミシンに関しては、どのお客様に販売したのかをすべて把握していますから、直接、つながっている製品だともいえますね(笑)。今後は、このミシンに搭載された技術が、他の機種に順次展開されることになります。
――産業用印刷分野でも新たな成果があがっていますね。
三島 ガーメントプリンタの「GTX」が、パートナーであるイメージ・マジックのオンデマンドプリントシステム「ODPS」に採用されました。これが2021年から稼働し、国内最大級となるオンデマンドTシャツの生産拠点が誕生しました。Tシャツのオンデマンド印刷は、店先での利用を想定していたのですが、これを大量生産の仕組みのなかで活用し、多品種大量生産が実現できました。すでに商談がいくつか始まっており、これから楽しみな事業です。
――ブラザーグループの中期計画「「CS B2021」が最終年度を迎えています。このなかでは、プリンティングビジネスの変革が1つのテーマになっていましたが、成果はどうですか。
三島 いま紹介したガーメントプリンタは、これまでやっていなかった事業ですが、海外で先行した事例をもとに国内で展開し、業界におけるプレゼンスを高めることができたといえます。また、BtoB系のラベルビジネスでも、新たなビジネスを展開できる素地を作りあげることができました。次の数年間で、しっかりとしたビジネスに育てていきたいですね。そして、今回のA4インクジェットブリンターの投入によって、この分野でも新たな一歩を踏み出すことができました。プリンティングビジネスの変革という点では、着実に成果が出ています。
ブラザーグループの経理理念は、「At your side」です。お客様の視点から物事を見つめ、お客様一人ひとりと真摯に向き合い、寄り添っていくことを目指しています。時代が変化し、この役割がますます重要になり、BtoBやBtoCを問わず、「At your side」の姿勢が求められ、それを実践しなければ生き残れない時代になってきたともいえます。
いいハードウェアを作って、それを安く売るという姿勢だけではなく、新たな時代にあわせた関係づくり、モノづくりをしなくてはならないと思っています。これからのブラザー販売に求められているのはそうした姿勢であり、迅速性と柔軟性を持って取り組んでいきたいと思っています。