大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」
パナソニックオープン/スタジアム吹田で見た、VR生配信など最新技術の来場者向けサービス
2018年4月26日 11:00
パナソニックが、「パナソニックオープン ゴルフチャンピオンシップ 2018」(以下、パナソニックオープン)で、最新映像技術などを活用したギャラリー向けサービスを提供した。
パナソニックオープンは、2018年4月19日~22日まで、大阪府茨木市の茨木カンツリー倶楽部西コースで開催。賞金総額は1億5千万円。ラヒル・ガンジー選手が、14アンダーのスコアで、日本ツアーで初優勝した。
関西エリアでは、「ハマった人が、見に行くのか。見に行った人が、ハマるのか。」など、複数のキャッチフレーズを使用した積極的な告知を展開。事前の誘客活動を行なってきたこともあり、4日間の開催期間中、約2万人が来場した。
今回のパナソニックオープンでは、開催期間中を通じて、パナソニックの最新映像技術によるギャラリーサービスとして、ドーム型シアターでのVR映像の生配信のほか、特別招待客を対象にタブレットへのマルチ映像配信を行なう場内映像配信システムを活用したサービスも提供。光ID通信のLinkrayを使ったスタンプラリーも行なった。
ドーム型シアターでのVR映像の生配信では、各種イベントや即売会を行なっていた「ギャラリープラザ」において、直径3mのドーム型シアターを設置。ここにリアルタイムで、17番ホールの映像を表示した。
17番のショートホールは、グリーンDJの掛け声にあわせて、ドリンクを片手に、ワイワイ観戦が楽しめる「ザ・ギャラリーホール」としており、通常は静かに観戦したり、写真撮影が禁止されたりといったルールを排除し、楽しみながら観戦できる、関西初の取り組みを行なったホールだった。
ゴルフ解説者のタケ小山氏と、ゴルフキャスターの薬師寺広氏による軽快なトークにあわせて、みんなで掛け声をかけたり、声援を送ったりと、盛り上がりながら観戦できるホールになっており、その様子を、ドーム型シアターにリアルタイムで配信した。
17番ホールには、190度までの撮影が可能な魚眼レンズを装着したパナソニックのミラーレス一眼カメラ「LUMIX GH5」を2台配備。これを、動画撮影用としてスタンド上段に設置した。これに、放送用のビデオカメラ2台の映像を組み合わせて、ドーム型シアターに映像を表示する形だ。
17番ホール横の特設テントに、放送用機材を設置。LUMIXで撮影した映像を切り替えたり、放送用の映像素材をワイプで挿入したりといったスイッチング操作や編集操作を行なったほか、HDMI信号をHD-SDIに変換して、伝送距離を長距離化。さらに、ギャラリープラザまでは約1km半の距離があるため、光ファイバーケーブルをこの日のために敷設して映像を送信した。
一方、ドーム型シアターは、直径3mの半円状のスクリーンに、4台のプロジェクタを使用して、臨場感のある映像を映し出した。
メインとなるLUMIXで撮影した魚眼レンズによる映像は観客席の最上段付近に取りつけられており、まるで観客席からグリーンを見ているような感覚で視聴できた。
スクリーン上には、上下左右それぞれに180度までの映像が表示可能であり、伝送された190度の映像を使用して、レバーを使って、上下左右に映像を動かせるようにした。実際には、カメラそのものは上下左右には動いておらず、配信された映像範囲を動かしているだけだが、操作するとまるでカメラそのものを動かしているような感覚だった。
ドーム型シアターは、映像をプロジェクタで表示するため、黒いカーテンで仕切られた特設ブース内に設置されており、来場者は、1分~2分程度の視聴で入れ替えするというスタイルになっていた。取材をした大会3日目の土曜日(4月21日)には、午前中だけで、体験した人が300人を突破。予想を上回る人気ぶりとなった。
パナソニック システムソリューションズジャパン IoT・サービス事業センターコンテンツ・メディアサービス部の溝田京司主事は、「一般家庭などにVR映像を配信するには、広い帯域が必要であり、インフラ整備の観点から、現時点では現実的ではない。だが、将来的には、より臨場感のあるスポーツ観戦を、家庭でも手軽に楽しむものとして活用してもらいたい。
たとえば、ゴルフではショットのさいに、ギャラリーは静かにしなくてはならないため、子供を連れた観戦が難しいが、そうした課題も解決できる。まずはスポーツバーやスポーツカフェ、パブリックビューイングなどの用途での利用を提案していきたい」とした。
2つ目は、特別招待客を対象にしたマルチ映像配信サービスだ。
これは、パナソニックが日本国内での独占販売契約を結んでいる仏VOGO SASが開発した「VOGO Sport」を活用したものだ。
1番ホールおよび17番ホールの放送映像を、パナソニックのWindows 10搭載タブレットモバイルPC「レッツノートCF-XZ」に、画面を分割して表示。タッチ操作によって、配信されたマルチ映像を、見たいところで再生したり、拡大/縮小、一時停止、スローモーションで視聴したりできるようにした。
今回は、特別招待客が利用できるホスピテントの各テーブルに、20台の「レッツノートCF-XZ」を設置し、ホスピテント内には、4台の無線LANアクセスポイントを用意。約500m離れたところにある配信サーバーから映像を配信した。
VOGO Sportは、無線LANが接続されたところでは、タブレット上に一度映像を蓄積するため、画面上のスライダーを動かして、目的の映像をストレスなく検索できたり、複数の映像を切り替えて見ることが可能だ。
また、無線LANのエリアから一度離れると、デバイス上に蓄積された映像が消去され、スポーツコンテンツの著作権を保護する仕組みになっている。現場での映像サービスに特化した環境を実現できる点が、スポーツ主催者側に評価されているという。
VOGO Sportは、配信サーバーと通信装置などを1台に集約し、押して運ぶことができる可搬型専用システムを用意しており、スポーツ会場に容易に設置できるようにしているのも特徴だ。今回は、VOGO Sportのサービスを行なうための専用エリアが用意されたため、汎用サーバーを利用して、映像を配信しており、環境やコストに応じて使い分けることができる。
「ホスピテントは、18番ホールに設置されているため、選手が18番ホールに来る前に、1番ホールや17番ホールの映像をタブレットで見ている招待客が多かった。画像をタッチするだけで再生できるなど、直感的な操作で利用できるため、事前の説明を行なったり、机の上に説明書を置くといったことをしなくても、自由に使っている人が多かった」という。
なお、現在、VOGO Sport では、iOS版およびAndroid版を正式にリリースしているが、今回は、未発表のWindows 10版を使用しており、Windows環境の端末でも利用できるように開発していることを示す格好となった。
さらに会場では、Linkrayスタンプラリー「ナイスSHOT」を実施した。
Linkrayは、LEDの光や、サイネージとして使用されているディスプレイから発せられる光を、ID信号として、スマートフォンで読み取り、専用アプリ上にコンテンツなどを表示できる技術。
たとえば、ショーウィンドウに展示された商品にあたっている照明の光を使って、スマートフォン上にその商品の説明を表示したり、交通案内のデジタルサイネージにスマートフォンをかざせば、英語での案内などを表示して、外国人観光客にも内容を知らせたりといった使い方が可能だ。
2018年3月9日に一般公開を開始した大阪府門真市のパナソニックミュージアムでは、Linkrayと多言語翻訳システムを連動。日本語、英語、中国語(簡体字、繁体字)、韓国語、インドネシア語、タイ語、ベトナム語、スペイン語の9カ国語をスマートフォンに表示できるようにした。また、2018年10月には、飲食店への導入が決定。本格的な運用が開始される予定だ。
今回のパナソニックオープンでは、専用アプリをダウンロードして、会場6カ所のポイントで、スマートフォンをかざすと、スタンプを手に入れることができ、これを6つ集めるとオリジナルのボールマーカーをプレゼント。
さらに、3月26日~4月15日までの期間前に、大阪・梅田の阪急梅田駅BIGMAN前で行なったLinkrayを活用した事前キャンペーンで、スマートフォンをかざした人には、パナソニックセンター大阪でのコーヒー無料サービスのほか、パナソニックオープンの会場の6つのポイントを組み合わせることができた人には、特別なパナソニックオープンオリジナルのボールマーカーをプレゼントした。
パナソニックオープンでは、会期中に300人にアプリをダウンロードしてもらうことを想定していたが、初日から目標を上回る実績となり、会期中には1,417件のアプリがダウンロードされ、予想を大きく上回る結果になったという。
ゴルフの観戦者の年齢層が高いことを考慮し、家族連れの来場者を中心にしたアプリのダウンロードを想定していたが、結果としては、シニア層にもスマートフォンを使ったスタンプラリーを楽しんでもらえたという。これはうれしい誤算だったようだ。
なお、阪急梅田駅での事前キャンペーンでは、約200人がコーヒーを飲みに、パナソニックセンター大阪を訪れたという。
リンクレイマーケティングの今西雅也社長は、「開催3日目以降は、驚くほどの快晴に恵まれ、屋外ではタッチポイントの光が読み取れないという状態になった。ここは改善の余地がある部分でもあり、急きょ、傘を使って日影を作ったり、光を増幅させるための板を取り外して、LED光源の光を読み取りやすいようにした」という。今回は、快晴のなか、屋外での初めての活用となったが、屋外での利用における課題も浮き彫りになり、今後の改良につなげていくことになりそうだ。
リンクレイマーケティングでは、2018年中に、Linkrayのタッチポイント数を1万カ所、2020年には3万カ所以上にするほか、現在、5万件のアプリのダウンロード数を、2018年中には10万件に増やす計画だ。
一方、パナソニックオープンを取材した2018年4月21日には、午後7時から、吹田市千里万博公園のPanasonic Stadium SUITA(市立吹田サッカースタジアム)において、2018明治安田生命J1リーグ第9節「ガンバ大阪VSセレッソ大阪」が行なわれ、それにあわせて、同スタジアムにおける設備について取材する機会を得た。
パナソニックオープンが行なわれた茨木カンツリー倶楽部からは、それぞれの大阪モノレールの最寄り駅で1駅。車でも15分ほどの距離だ。
サッカー専用スタジアムとして建設された市立吹田サッカースタジアムは、日本初のみんなでつくるスタジアムと位置づけられ、関西財界、サッカー界、ガンバ大阪、地域住民などの寄付により、140億円を募集。721社の法人募金、34,627人の個人募金と、日本スポーツ振興センター、国土交通省、環境省の助成金を活用して建設されたユニークなスタジアムだ。
ピッチに近い臨場感があふれるスタンドや、すべての座席を屋根がカバーした快適な観戦環境、回遊可能なコンコース、国内最大規模となる2,000席のVIPフロアなどを備えたほか、自然エネルギーを活用した地域防災拠点としても活用できるように整備。大規模災害時には、災害対策本部のバックアップ機能をはたすことができるようにもしている。
Panasonic Stadium SUITAでは、パナソニック コネクティッドソリューショズ社を中心にしたパナソニックの製品、ソリューションを数多く導入しており、「設備や施設、来場者向けのサービスソリューション、警備ソリューションなどを含めて、1社に集約したことで、運用が効率的であるほか、メンテナンスにおいてもメリットがある」(ガンバ大阪管理部施設管理課・唐津昌美主任)とする。
スタジアム内には、520型の大型ビジョンを2面設置し、ゴールシーンなどをリプレイしたり、試合に関する各種情報やスポンサーの広告などを表示したりといったことを可能にしており、さらに、ゴール裏には、横長のリボンビジョンを配置。スタジアム内には約650台のスピーカーを配置し、効果的な演出を可能にしている。
また、スタンドエリアには、248台の業務用液晶ディスプレイを配置。来場者にさまざまな情報を提供する。これらのサイネージディスプレイでは、光IDのLinkrayを活用。スマートフォンをかざすと、チームや試合に関する情報を入手することができる。
なお、大型ビジョンやゴール裏リボンビジョン、スタジアム内のサイネージディスプレイは、すべて総合操作室で操作、制御されている。
そのほか、スタジアム内には、29店舗の飲食店やグッズ売り場などを設置。これらのPOS情報を一元的に管理して、販売に関する情報をテナントが共有することが可能だ。
スタジアムでは、パナソニックによる全面LED投光器を採用。中角タイプ236台、広角タイプ132台、拡散タイプ16台の合計384台を設置し、Jリーグ試合開催時の最低照度と規定されている1,500ルクスを確保。パナソニックでは、照明装置の設置に当たって、選手がプレイする環境をシミュレーションし、選手の目に直接光が入らないように工夫した構造を採用。選手からは、フィールドが明るいこと、試合がしやすい環境だという声があがっているという。
このノウハウは、サッカースタジアム以外にも活用されており、プロ野球が行なわれる東京ドームでも、パナソニックのLED投光器を採用しているという。また、LEDの特性を生かして、瞬時点灯、瞬時再点灯が可能であるため、演出効果に適しているほか、HIDランプに比べて、約30%の省エネを実現している点も見逃せない。
スタジアムの屋根には、3カ所にわたって、パナソニック製の太陽光パネルを設置。約500kwの発電が可能だという。発電量は一般家庭の184軒分に達し、余った分は売電したり、隣接するEXPO CITYの蓄電池に蓄積して使用したりといったことが行なわれている。環境面では、雨水の再利用にも取り組んでおり、雨水を浄水して、トイレの洗浄水やフィールドへの水まきなどに使用しているという。
スタジアムは中央監視設備で制御。ここでは、照明、空調などを管理。また、スタジアムには、44台の監視カメラが設置されており、つねに状況をモニタリング。映像は警察本部、消防本部と共有しているという。監視カメラの映像はすべて録画されており、必要に応じて再生を行ない、不審者の動きなどを、あとから確認することもできる。
さらに、最新の避難誘導システムを導入しており、自動火災報知設備、誘導灯、非常放送、大型映像装置と連動。火災エリアを表示したり、安全なエリアへと誘導することができる。大型ビジョンや非常放送では、日本語と英語で情報を発信することができるという。
昨シーズン、パナソニックとの実証実験として、フィールドを利用したプロジェクションマッピングによる演出が、2回にわたって行なわれた点も特筆できるだろう。
試合終了後に、フィールドに白いシートを敷き、リオデジャネイロオリンピックの開幕式や閉幕式で見せたパナソニックの立体映像による演出技術を活用。来場者を驚かせた。
1回目には、20台のプロジェクタを設置し、メインスタンド側から立体的に見えるように表示。2回目は18台のプロジェクタで、メインスタンドだけでなく、ホーム、アウェイ、パックスタンドを含めた4方向から立体的に見ることができるように進化させたという。
Panasonic Stadium SUITAでは、観客席の座席を、4隅が見えない場所には設置しないコンセプトを採用しており、柱部分には座席がないデッドスペースが生まれることになる。プロジェクションマッピング用のプロジェクタは、その部分に設置したという。
なお、白いシートを敷いたのは、グリーンの芝生に投影するとガンバ大阪のチームカラーであるブルーがきれいに映し出されないという理由によるものだ。
装置への投資額が大きく、調整などにも時間がかかるため、Panasonic Stadium SUITAでは、プロジェクションマッピング用のプロジェクタを常設しているわけではない。そのため、ガンバ大阪の試合が開催されるたびに楽しむことはできないが、同スタジアムでは、「今後も機会があればやったみたい」という意向を示している。
ハードルは高いかもしれないが、Panasonic Stadium SUITAの代表的な演出手法として、数多く行なわれることを期待したい。
このように、パナソニックとPanasonic Stadium SUITAでは、新たな技術の実証実験の場として、スタジアムを利用している点が見逃せない。
そして、Panasonic Stadium SUITAにおける新たな実証実験として、パナソニックは、高速電力線通信技術「HD-PLC」の利用拡大に向けた取り組みを開始することを、このほど発表した。
HD-PLCは、パナソニックが開発した通信技術で、既存の電力線を利用するため、新たな通信線の配線が不要であり、無線が届きにくい場所でも利用できるのが特徴だ。モーター系の動力用三相電力線や、LED照明に使用される基幹の三相電力線などを通信に利用できる。また、複数の端末間をホップさせて、長距離通信を可能にする「HD-PLC」マルチホップ技術を活用することで、大規模施設などでのネットワーク化にも対応できる。
パナソニックでは、「高速PLCの国際規格であるIEEE 1901に、マルチホップ技術のITU-T G.9905を対応させることで、端末を1,000台規模まで接続できるシステムを実現でき、電力線を使った数Km程度の長距離通信が可能となる。これにより、大規模施設などでのネットワーク化に対応できるようになった。
頻繁に発生するレイアウト変更にも柔軟に対応でき、無線通信に比べセキュリティ強度が高いネットワークを、安価に構築できる。国際規模のスポーツ大会やイベントが開催される競技施設、コンサートホールなどで使用する照明設備は、調光制御のために電力線に加えて多くの制御用通信線の配線が必要になる場合があるが、HD-PLCマルチホップを活用することで、制御用通信線が不要となり、施工の簡素化と導入コストの削減が期待できる」という。
大規模施設での導入としては、すでに同社の福岡事業場、佐賀工場で実証実験を行なっているほか、2018年2月からは、東京・有明のパナソニックセンター東京で、三相電力線を屋外に配線した群衆誘導システム「スマートガイド」と組み合わせた実証実験を開始している。
Panasonic Stadium SUITAでは、2018年4月から、既存の三相電力線を利用して、パナソニック製照明設備の制御に活用するための実証実験を開始。スタジアムの一部の配電盤、分電盤および照明器具の近くの電源に「PLCモデム」を設置して、スタジアム建物外または建物内で、PLC信号の漏洩測定などを行なうことになる。これにより、将来は、照明設備の設置が容易になり、イベントなどでの活用が可能になるという。
パナソニックでは、HD-PLCのライセンス提供を2010年から開始。家庭用LANとしての活用にとどまらず、産業用途や社会システムの通信インフラとしての活用へと用途を広げている。
パナソニックでは、HD-PLCを、IoTの基盤技術の1つに位置づけ、活用メリットや利用ノウハウなどを提案していく姿勢を見せるが、そこにも、Panasonic Stadium SUITAでの実証実験の成果が生かされることになるだろう。
なお、大阪ダービーとなったこの日の試合は、ホームグランドのガンバ大阪が、今シーズン2勝目となる1対0で勝利。日本代表キーパーの東口順昭選手が、顔面を強打して負傷交代するというアクシデントがあったものの、この勝利で最下位を脱出。試合終了後もサポーターの熱気に包まれていた。