大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」
目指すのは「PC一本足打法」からの脱却と「データ・カンパニー」
~インテル・江田麻季子社長インタビュー
2016年12月16日 12:01
インテルの江田麻季子社長は、本誌などとの共同インタビューに答え、「インテルは、これまでのPC一本足打法から脱却するとともに、今後は、データ・カンパニーを目指すことになる」と発言。さらに、「日本は課題先進国であるとともに、インテルが、今後注力する自動運転、IoT、AI/機械学習、5G、VR/ゲーム/e-Sportsといった取り組みが行なえる環境が全て揃っている数少ない国の1つである。日本法人の役割はその点で重要になる」などとした。なお、江田社長が今回初めて使った「データ・カンパニー」とは、「データを作る「デバイス」、データを運ぶ「ネットワーク」、データを解析する「クラウド/データセンター」という全てにインテルは関わるといった意味を持つという。
--現在のインテルを取り巻く環境をどう観ているか。
江田 現在、膨大なデータを活用する社会が訪れ、IoTの流れが急速に進展している。ありとあらゆるデータが集まってくる世界が、すぐそこまで来ている。現在、インターネットに繋がっているデバイスが150億台~200億台と言われているが、2020年には、500億台のデバイスが繋がることになる。予測の中にはもっと大きな数字が掲げられているものもある。さらに、2020年には2,120億個のセンサーが繋がると予測されており、そのうち半分近くになる47%が、人を介さない機器間同士での通信になる。
技術革新が進み、経済的効果も生まれている。過去10年の間に、センサーの価格は2分の1に、ネットワークの価格は40分の1に、プロセッシングの価格は60分の1にも下がっている。一方で、流れるデータ量も増加している。インターネットユーザーが生み出すデータ量は、昨年(2015年)は1日1GB以下であったが、これが1.5GBに増加し、自動運転では4,000GB、工場では100万GBものデータが生まれることになる。ビッグデータや解析にビジネスチャンスを見いだす人たちも増えている。
そうした中で、インテルの役割も大きく変化をしてきた。
これまでのインテルであれば、企業のIT部門と話をしていればよかったが、経営の根幹に、デジタルが影響し、ビジネスにどんなインパクトがあるのか、新たなビジネスをどう生み出していくのかといった話題が増えてきた。エネルギー分野や教育分野、自動運転、交通・物流など、さまざまな領域でデジタルビジネスが広がっている。経営トップとの話し合いも増えてきている。企業を変えていこうと考えているCEOやCクラスの人たちに、技術の選択は戦略的なものであるということをもっと伝えたい。技術がビジネスを変えていくのは確かである。CEOには、これを人任せにしないでもらいたいと考えている。
また、インテルの営業の対象は、メーカー企業だけではなくなり、エンドユーザー企業も入ってきた。例えば、エネルギー分野では、東京電力や東京ガスと話をするといったことが始まっている。そうした話し合いの場を通じて、「この点を、こうすれば、この課題を解決できる」ということが理解でき、それをもとにして、メーカー企業とともにソリューションを提案することもできる。
インテルは、成長に向けた「戦略的サイクル」というものを示している。これは、社内では「好循環のサイクル」とも呼んでいる。
クラウド&データセンターにデータが集まり、よりデータを有効に活用するといったニーズが生まれる。一方で、PCやウェアラブル、クルマ、製造機器といった各種のデバイスがネットワークに接続することになる。ここから発生する新たなデータによって、さらにクラウド&データセンターに対する要求が高まる。こうしたサイクルを、高速に、効率的に回すことができるかどうかが、これからのインテルの成長を左右することになる。これを回すためにはネットワークが重要であり、そこに対して、インテルは5Gのような次世代の通信技術に対して積極的に投資している。
さらに、メモリとFPGAも、このサイクルの実現に重要な役割を果たす。インテルは、メモリの会社でスタートしたが、その後撤退した経緯がある。だが、データが溢れ出るような世界になり、メモリも、CPUと同じように技術革新が進まないと、このサイクルを回せなくなった。そこでインテルは、メモリにおいて革新的技術を活用するとともに、2016年から、中国・大連にあるインテルの自社工場で、3D NANDメモリの生産を開始した。これは順調に立ち上がっている。FPGAは、2015年12月に、アルテラを買収し、インテルの製品ポートフォリオに加えた。メモリとFPGAは、戦略的サイクルを高速で回転させるためのアクセラレータのような役割を果たすものなる。
この戦略的サイクルを、ポジティブに、好循環に動かすことで、成長していくのがインテルの基本的な姿勢である。
--インテルの日本法人の役割に変化はないのか。
江田 日本法人にとっては大きなチャンスがあると考えている。インテルは、「PC一本足打法」から脱却し、さまざまなハードウェアを組み合わせた価値を提供していくことになる。いわば、インテルは、「データ・カンパニー」になっていくことになる。データを作る「デバイス」、データを運ぶ「ネットワーク」、データを解析する「クラウド/データセンター」という全てにインテルは関わることになる。データを生み出して、送り、分析するサイクルに関わる会社がインテルである。自動運転の実現1つをとっても、こうしたサイクルが必要であり、そこにインテルの技術が活用されることになる。全ての領域にインテルのキーの技術が活用され、チップが活用されている。これらの全てのものを組み合わせて、新たな時代作り上げていくことになる。
日本はインフラが整っており、優れた技術を持ったパートナーがいる一方で、解決しなくてはならない課題が多い。こうした国は数が少ない。そこに日本法人の役割がある。
私が米国本社から求められているのは、インテルのハードウェアがさまざまな場面で活用されることによって出てくる価値を、日本から創造することである。その中には、PCもデバイスとして重要な役割を果たすのに加えて、製造機器やクルマも同様に、情報を発信するデバイスとしての役割を担う。新たな使い方を提案することが大切であり、市場を巻き込んで新たなビジネスモデルを作り上げることが、インテルの収益に繋がる。
--PC市場が縮小し、日本のPCメーカーも再編の中にあるが。
江田 インテルにとって、PCが、もっとも大きなビジネスであることは当面変わらない。5年後も同じだろう。現時点でも売上高の約3分の2は、クライアント事業から計上されている。だが、利益面でみると、65%はクライアント事業以外の領域から生まれている。これもしばらくは変わらないだろう。
顧客との話では、単品での話題が減り、さまざまなハードウェアを一緒に提供していく話が多くなった。クライアントの領域においても、CPUの話だけでなく、メモリの話や、データセンター、通信環境の話などを一緒にするケースが増加している。つまり、インテルの多くの社員が、ソリューションづくりの話をするようになっている。今後5年はデータセンター事業の成長に力を注ぎ、IoT事業も成長していくことになるだろう。
もちろん、PCは、引き続き重要なビジネスであることに変わりはない。創意工夫をしながら、VRなどの新たな提案や、企業におけるモバイルワーカーの支援をどうするかといったことにも積極的に取り組んでいく。
--2016年の日本法人におけるトピックスは何か。
江田 1976年にインテル日本法人が設立してから、2016年4月に40周年を迎えた。米インテルの設立は1968年であり、1971年には営業所を置いていた。日本には早い時期から進出しており、長きに渡り、日本の企業とともに、テクノロジーで経済を成長させ、日本の社会を豊かにする役割を果たしてきた。これをとてもうれしく思っている。
また、今年発表した第6世代のインテル Core vProプロセッサーを投入してから、約10年が経過。企業用クライアントでは、セキュリティやマネージャビリティの強化において欠かせない製品に成長してきた。
さらに、IoTを支えるOpenfog Commitee日本を発足し、日本の各種コンソーシアムとも連携。クラウドだけでなく、分散コンピューティングの考え方を活用した取り組みを行なう組織を、世界に先駆けて発足した。
エンドユーザーとのエンゲージメントとしては、教育分野において内田洋行と連携。子供の学習理解度の進捗に合わせたり、生徒が前向きに取り組めるようなアダプティブラーニングおよびアクティブラーニングに一緒に取り組むことを発表した。また、「エネルギー×IoTフォーラム」を開催し、エネルギー分野の課題をデジタルでどう解決するのかといった勉強会も行なった。そのほか、NTTドコモとは、5Gにおいて、技術的な連携だけでなく、ユースケースをいかに増やしていくかというところにまで踏み出している。さらに、11月には、インテルのAIについて発表した。こうした10個のテーマは、どれが大きくて、どれが小さいというわけではない。
--インテルは、今後、どの領域に力を注いでいくのか。
江田 インテルは、PCを主軸に置いた企業から、クラウド環境を提供したり、ネット対応のスマートデバイスを提供する企業へと進化する。その中で、具体的には、「自動運転」、「AI/機械学習」、「IoT」、「5G」、「VR/ゲーム/e-Sports」という5つの分野に注力していくことになる。これらは技術的な取り組みだけでなく、コンソーシアム活動などを通じた標準化への取り組み、あるいはビジネスモデルとしてどう変えていくのかというところまで踏み込んでいくことになる。インテルが持つ技術力で新たな世界に貢献していく。
自動運転では、車載コンピューティングのスマートコックピットなどのほか、運転者の顔の様子を認識して、眠気を感じた場合には警告を発するといったヒューマン・マシンインターフェイスや、2020年にも日本で商用サービスが開始される5Gや、クルマから発信されるデータを蓄積し、分析するデータセンターといった観点からも、インテルは研究開発を進めていくことになる。
さらに、ほかの分野向けに開発した技術を、車載分野に応用するといったことも行なっている。BMWおよびMOBILEEYEとの協業のほか、アリゾナのインテルの研究拠点では、インテルの技術を活用した自動運転車による研究を実施している。ユーザーインターフェイスの設計、AI関連企業であるnervanaを始めとするさまざまな関連企業の買収、そして、マッチメイクのサポートを行なうコネクテッドカー基金を用意するといったことにも取り組んできた。PC事業とはビジネスのサイクルが異なり、それに合わせた改革も必要である。車載分野の売上高は着実に増えている。
AIについては、企業や社会の基盤になるとインテルは考えており、データセンターからIoT、ソフトウェアまでのポートフォリオを用意している。AIには、データの蓄積が大切であり、全世界のデータセンターのサーバーにおいて、97%はインテルベースで稼働している。ディープラーニングの世界においては、今後3年間で100倍に性能を向上させることになる。ここでは、GPUソリューションとの比較で、開発、トレーニングにかかる時間を最大100分の1に短縮することを目指す。買収した企業の技術を取り込んで、社会、企業にAIを広げていきたい。インテルのAI戦略は、オープンなフレームワークを提供し、多くの人が参加できるような環境を作ることにある。
インテルはソリューションプロバイダではなく、ハードウェアプロバイダである。CPUなどの技術を組み合わせたインテルアーキテクチャの上で、ソフトウェアを構築するパートナーとの関係を強くしていくのが基本戦略である。そうした点が、他社のAI戦略と異なる。日本においても、AIの専門知識を持った人材の配置も行なう予定だ。日本はAIが国家戦略の1つになっている。大規模プロジェクトにも関わってきたい。意外なところに、インテルのAI技術が関わる可能性もあるだろう。日本での取り組みは、重要な役割を持つことになる。
一方、IoTは、既に実証実験の段階を過ぎ、活用フェーズに入ってきている。ヘルスケア分野では、24時間365日に渡って、生体情報のモニタリングが可能になり、リモート医療の提供なども可能になる。パーキンソン病については、24時間のデータ収集と、その情報をAIによって分析することで、新たな知見が生まれるといった動きもみられている。小売業は、IoTで貢献できる分野であり、リーバイスの店舗では、ジーンズのサイズや形をセンサーで把握して在庫を管理する例が出ている。
物流分野では、人手が足りないという課題に、IoTが活用できる。倉庫での管理や、効率的な輸送ルートの検出などのほか、将来的にはドローンを活用した新たな物流技術も誕生することになるだろう。エネルギー分野では、送電網の効率化や、電力自由化に伴って開始される個人ごとのサービス提案などにIoTが活用されている。電力自由化によって、競争環境が生まれ、そこにIoTが活用されている。
また、5Gに関しては、より多くのデータがネットワークを通じて、データセンターやクラウドに送られる環境が必要であると考えており、インテル全社をあげて、未来への投資という観点で力強く取り組んでいる。ここでは、データ量に応じて柔軟な対応が可能になるSDNの広がりも期待される。インテルの技術は、デバイスだけでなく、アクセス技術、ネットワークインフラ、コアネットワーク、クラウドでも活用されることになる。2020年の5Gの商用化を目指して、NTTドコモと協業しているところである。
VR/ゲーム/e-Sportsでは、臨場感があるVRゲームなどの広がりに向けてインテルの技術が活用されることになる。これはインテルの得意分野の1つであり、多くのデータをより速く処理することで、新たな世界を提案できると考えている。
--これまでは、PCにインテルチップが活用されているといった分かりやすい訴求ができたが、今後、取り組む領域ではインテルの存在感が発揮しにくくなるのではないか。
江田 確かにPCの領域ではインテルチップの性能の高さが分かり、それによってインテルの良さが伝わった。しかし、IoTになり、その裏で活用されるデータセンターにインテルのチップが活用されていても、それがどんな強みが発揮されているのかということは、一般ユーザーには分かりにくくなる。ネットワークも同様である。こうしたインフラを構築する人たちに対しては、インテルの強みをしっかりと訴求していくことになる。運用のしやすさ、ソリューションの作りやすさなどがポイントになる。そこは変わっていくことになるだろう。