笠原一輝のユビキタス情報局

PC一本足打法から、データセンター/IoTへと軸足を増やすIntelの戦略

~Intelリストラの背景にあるもの

Intel CEOのブライアン・クルザニッチ氏(1月のCESで撮影)

 米Intelが現地時間の19日付けで、グローバルに最大12,000人の従業員を削減するリストラ策を発表した(別記事参照)。

 実はIntelは既に企業の形を大きく変えてきている。従来のIntelの花形事業部と言えば、PC事業を統括するクライアントコンピューティング事業本部(CCG)だったのだが、今ではサーバープロセッサ事業を展開するデータセンター事業本部(DCG)や、IoT事業を統括するIoT事業本部(IOTG)などに脚光があたるようになりつつある。つまり、企業の成長のエンジンとしてデータセンターやIoTを重視するという戦略は既に打ち出されていたのだ。

PC依存の体制からデータセンターとIoTにも軸足を置く体制へと移行を目指す

 今回Intelが発表したリストラ策の概要をまとめると、以下のようになる。

(1)グローバルに12,000人の従業員の削減
(2)PC依存の体制からデータセンター/IoTにも軸足を置く体制に移行する

 グローバルに12,000人の従業員というのは、Intelの全社員の11%に相当する非常に大きな規模だ。今後2カ月の間に、対象となる社員に対して通知が行なわれ、自己都合ないしは会社都合での退職が実施される。

 公開された全従業員宛のメールの中でクルザニッチ氏は「私が3年前にCEOに就任して以来、PC依存の企業からクラウドと数十億台のスマートで接続されたデバイスの企業へと脱皮させる努力を続けてきた。データセンターとIoTビジネスはIntelにとって成長エンジンになっており、今後メモリとFPGAが加わっていくだろう。既に示した戦略が将来の確実な成長に繋がっていくだろう」と述べており、これまでの、言うならば「PC一本足打法」からデータセンターとIoTも軸足としていく新戦略の集大成として、今回のリストラが必要になったと説明している。

決算内容は依然絶好調。しかし、普通の会社に転落するかもしれないという危機感

 Intelはこうしたリストラを行なわなければならないほど、危機的な状況なのだろうか? 実は全然そうではない。同時に発表された第1四半期の決算資料を読むとIntelの2016年第1四半期の総売上は137億ドル(日本円で約1兆5,070億円、1ドル=110円換算)で、前年同時期に比べて7%の上昇。売り上げ総利益は若干下がって59.3%、税引き後利益が20億ドル(日本円で約2,200億円、同)と数字だけを見れば、非常に健全な決算と言っていいだろう。

 ではなぜリストラを行なわないといけないのか? そこには、Intelの経営陣の危機感があるのだと筆者は考えている。その危機感とは、今が絶好調でも、ただの好調な会社か普通の会社に転落してしまうのではないかという恐れだ。企業の形を変え、これからの成長の主軸をデータセンターとIoTに置き、経営資源を集中させ、会社としてのさらなる成長を目指す。それが今回のリストラの主眼だと考えられる。

 実際、Intelのデータセンター事業本部(DCG)は成長著しい事業部となっている。以下のグラフは、Intelが公表した「2015 ANNUAL REPORT」(2015年次報告)の中で示した、事業部ごとの売り上げの割合になる。

Intelの事業別の売り上げの変化(出典: 2015 ANNUAL REPORT、Intel Corporation、2016年)

 PC向け製品を扱うクライアントコンピューティング事業本部(CCG)の売り上げが、2013年にはIntel全体の66%を占めていたのに対して、2014年には62%に、2015年には58%に下がっている。その逆に増えているのがDCGで2013年には23%だったのに対して、2014年には26%、2015年には29%となっている。クライアント向けのプロセッサの売り上げが減少しているのを、サーバー向けのプロセッサの売り上げが補っている、それがIntelの現状だ。

 Intelのデータセンター事業は好調な理由は2つある。1つは、クラウドサーバーの需要が年々高まっていることだ。スマートフォンやタブレットは、基本的にクラウドベースで動作するアプリと組み合わせて利用される。スマートフォンやタブレットの台数が増えるのに従い、データセンターサーバーの需要も増え続けていく。もう1つの理由は、競合の不在だ。x86サーバーという意味では、競合他社になるAMDはIntelのXeon E5シリーズに対抗できるような製品をリリースできておらず、2ソケットや4ソケット向けでシェアを落とし続けている。また、ARMを採用したSoCベースのサーバー向けプロセッサも、Intelがx86ベースの低消費電力なSoCを投入したことで、控えめに言ってもうまくいっているとは言えない状況だ。Intelはデータセンター向けプロセッサの売り上げを毎年伸ばし続けている状況で、2016年第1四半期は前年同時期との比較で9%売り上げが伸びている。

3月31日(現地時間)に発表されたXeon E5 v4のウェハ

 IoTも、Intelにとって成長市場の1つとなっている。2016年第1四半期の決算では、前年同期に比べて22%の売上増。ここで言うIoTとは、従来は組み込み向けと言っていた製品を含んでおり、ゲートウェイと呼ばれるネットワーク機器なども含んでいる。Intelは近年IoTに非常に力を入れており、実際ここ数年のクルザニッチ氏の講演は、ほぼ例外なくIoTが主役で、PCは脇役だった。

 そうした傾向は、先週中国の深セン市で行われたIDF 16 Shenzhenでもそうだった。IDF 16 Shenzhenの展示会場では、非常に多数のIntel製品に基づくIoT機器が展示されており、ロボット、ドローン、自転車など、Intelが力を入れている(つまり投資を行なっている)様子がそこからも伺うことができる。

 今回Intelが発表した、PC依存からデータセンター/IoTへと軸足を移していく戦略というのは、Intel社内では静かに進行してきていたのだ。

RealSenseをベースに作られたヒューマノイドのソフィア
RealSenseを利用して作られたロボット
Qurieをベースに作られたブレスレット。動かすとその動きがリアルタイムにPCへデータが出力される
Qurieを利用して作られたマウンテンバイク、ハンドルを動かすと、その動きがリアルタイムでPC上で確認出来る
RealSenseを利用したドローン

PCはメンテナンスモードへ、2in1などの新しい提案を増やすことで減少分を補う

 だが、IntelはPCビジネスを捨ててしまうわけではない。割合は下がってきているとは言え、PC関連の売り上げは2015年の段階で58%を占めており、依然としてIntelにとって大事業であることには何も変わりはない。

 ただ、今後の大きな成長は望みにくい。調査会社Gartnerの発表によれば、2015年のPCのグローバルな出荷台数は2億8,870万台で、前年に比べて8%の減少。IDCに関しても同様で、具体的な数値は出ていないが、やはり3億台は切っていると発表している。業界での受け止められ方は、今後減ることはあれ、増えていく可能性は高くないというところ。しばらくはクライアントPCがメンテナンスモードが続くことになるので、それに備えて別の成長の軸があることを打ち出していきたい。それが今回のIntelの狙いだと筆者は考えている。

 なお、大きく減っていないというのはグローバルの話であって、日本に関しては大きく減っているのが現実だ。2014年まで概ね1,500万台を維持してきた日本のPC市場だが、2015年に関しては調査会社により異なるのだが、1,000万台~1,100万台という数字になったとされている(別記事参照)。ざっくり言えば、市場が3分の2程度になってしまったということだ。2014年第1四半期までのXP買い換え特需が終わった反動などとされているが、それが2015年だけの特殊な事情なのか、2016年も続くのかで話は大きく変わってくるだろう。

 Intelの日本法人であるインテル株式会社でも、多くの社員が会社を去っている。それがリストラによるものなのか、従業員本人の私的な事情なのかは分からないが、別にこのこと自体は驚くことではない。というのも、既にグローバルにPCビジネスを行なっている日本企業は、東芝と富士通、パナソニック、そしてこれから再び海外に出て行こうとしているVAIOの4社しかないのだ。NEC PCは実質的にはLenovoであり、ソニーはPC事業を分離した。しかも、その上位2社である東芝と富士通が今1社になろうとしている、そんな現状の前で日本のインテルの規模が縮少されるというのは当然の流れだ。

 PC業界としては、従来型のノートPC中心では市場が復活していくことはあり得ない状況なので、2in1デバイスなどの新しい形のPCをしっかり提案していくことが重要になる。Intelとしてもそうした製品を増やしている状況で、今後もCore mのような新しいフォームファクタを実現可能にする製品を投入できるかどうかが重要になってくる。そうした中で、HuaweiやTCLといったスマートデバイスメーカーが、IntelのSoCを採用した2in1デバイス事業に参入したのはIntelにとってはいいニュースと言える。

IoTの事業はまだ十分には成長していない、サーバーではFPGAの活用が鍵となる

 Intelにとって今後の課題は、IoT事業のビジネスを屋台骨を支えられる程度に成長させることにある。IoT事業本部(IOTG)の売り上げは、Intel全体の売り上げの4%に過ぎない。確かに面白いアプリケーションや採用例は増えているが、売上が伴わなければ、Intelという巨大企業を支えられる軸と言うのは難しい。

 データセンターの方は、既に売り上げの30%近くを占めており、こちらは軸になっていると言えるだろう。2ソケットのx86サーバーの市場では競合はいないも同然になっているが、HPCサーバーの分野ではNVIDIA+IBM連合などの難敵もおり、決して盤石というような環境ではない。また、今後は一度は立ち上げに失敗したARM陣営も巻き返してくるだろうし、競争はより激しくなっていくと予想されている。

IntelではFPGAをアクセラレータとして使うソリューションを提案している
XeonにFPGAを統合したプロセッサ、新しい市場を開拓していく製品となる

 だが、Intelは2015年にAlteraを買収したことで、新しい武器としてFPGA(Field-Programmable Gate Array)の技術を手に入れている。IntelはこのFPGAをXeonと組み合わせた製品を既に発表しており(別記事参照)、今後もラインナップを増やしていく。実際、IDF 16 Shenzhenでは、AlteraのFPGAを利用した機械学習などのソリューションを提案しており、従来はHPCサーバーで行なわれていたようなアプリケーションをXeon+FPGAで実現するソリューションの提案なども行なった。そこは、Intelのデータセンター事業にとって次の成長の牽引役となる可能性を秘めており、要注目と言えるだろう。

(笠原 一輝)