■山田祥平のRe:config.sys■
米カリフォルニア・サンフランシスコで開催された開発者向けイベントIDFは、無事に3日間の会期を終えたが、業界の再構築は始まったばかりだ。スタープレーヤーたちは、虎視眈々と次のビジネスチャンスを狙っている。
●複数のプラットフォーム対応の難しさIDF会期の2日目は、Renee James氏(Senior Vice President General Manager, Software and Services Group)による基調講演で始まった。
彼女はIntelのソフトウェア戦略全般を統括する立場のエグゼクティブだ。James氏は、Intelが、今のスマートフォンなどで再定義された、すべてのデバイスがコミュニケーションする世界の到来を1994年頃から予測していたという。そして、ユーザーは、ソフトウェアをプラットフォームを問わずに使いたいと願うようになったと指摘。だが、James氏は、その願いをかなえることが、開発者にとってはきわめて難しいことだという。
Windows 3.1の華やかかりし頃、確かにあの時代、Windowsが世界標準のプラットフォームになったことで、ハードウェアの差異は吸収されるようになった。どのベンダーのどのPCを購入しても、ソフトウェア的にはほぼ同様の体験が得られていた。諸外国ではすでにIBM PC/ATの世界が標準だったので、それほど大きな変化だとはとらえられていないかもしれないが、少なくとも日本人にとっては、外国製のソフトウェアがそのまま使えることや、外国製のPCが選択肢に入ってきたことは、いわゆる国民機としてのPC-9800シリーズのしがらみから離れることができなかった時代が続いていたことから、画期的とも言えることだった。
James氏は、複数のプラットフォームへの対応は、限られたリソースとのトレードオフになるという。だから、開発者はバランスを考えなければならない。というのも、1つのプラットフォームに投資すればするほど、他のプラットフォームに移植する際に障害になるからだ。ある環境だけにリソースを集中すると、その環境が失速したときに巻き添えをくってしまう。つまり急所になってしまうわけだ。当然、そのことはソフトウェアベンダーの収益に大きな影響をもたらすだろう。
開発者がお金を儲けるのは難しいとJames氏。世の中にある3分の1のアプリは1カ月当たり500ドルしか売り上げることができないでいる。1,000ドルのラインでみても、13%だ。これは決して健全な状況ではないと彼女はいう。
●信憑性のあるソリューションとしてのHTML5もし、1つのアプリが複数のエコシステムで通用すれば……と、James氏。それならさまざまな問題が解決するかもしれない。そのためにIntelが注力しているのがHTML5だ。HTML5を使えば、さまざまなプラットフォームでソフトウェアを共有できる。これは、Transparent Computingという考え方で、シームレスにプラットフォームを渡り歩ける点で優位性が高い。
マルチプラットフォームは、業界全体が、その明日のために、ユビキタスの次にくるものとして真剣に取り組まなければならないテーマだとJames氏は指摘する。MITが1990年代の後半から提唱していたテーマでもあり、今、ハイスピードのネットワークや、ワイヤレスネットワークなど、かつてのユーザーが夢であったことが実現している中で、ユーザーはOSを意識したくないと思うようになり、ハードウェアのアーキテクチャよりも、やりたいことができて、知りたいことがわかればいいと思う気持ちは強くなる一方だともいう。
Intelとしては、HTML5を、さまざまなプラットフォームで活用できる技術だと考え、信憑性のあるソリューションだとする。先だって、Facebookが、iOS用のアプリでHTML5を採用したことが失敗であったという表明をしたことがニュースになった。その理由は、あまりにも遅くて、ユーザーがFacebookを体験する時間が短くなってしまったからだ。滞在時間が短くなれば、当然広告収入も減る。それではまずいと、同社ではネイティブアプリへの移行をたくらんでいるところだ。
かつて、PCなんてメールとインターネットができればそれで十分といわれた時代があった。でも、HTML5アプリを快適に使うためには、ハードウェアにそれなりのリソースが要求される。遅いハードウェアではダメなのだ。
James氏は、業界全体がそちらの方向に向かわなければならないとし、他の言語が犯した失敗を避けなければならないともいう。そして、もしそれができれば、他のメディアとの統合もでき、理想のプラットフォームになるのではないかというのだ。
●なぜMicrosoftはかつてのMetroをもっと煽ろうとしないのか穿った見方をすれば、今Microsoftが、Windows 8の一般向けリリースを前に、かつてMetroと呼ばれた環境用のアプリのリクルーティングに、ちっとも急いでいるように見えないのは、同じようなことを考えているんからじゃないかとも思う。かつてのビル・ゲイツ氏だったら、土下座してでもGoogleやFacebook、TwitterにMetro UIの公式アプリを書いてくれと各社に頼んでいたにちがいない。
というのも、Metro用のIEが、しっかりとHTML5をサポートすれば、箸にも棒にもひっかからないようなアプリを使うよりも、ずっと快適にMetroの世界を堪能できるからだ。そして、各種サービスのHTML5化が進めば、最小限の作業で、それをそのままMetroアプリに移行させることもできる。
ただし、すでに書いたように、HTML5アプリを快適に使うには、力業が必要になる。つまり、消費電力の低い処理能力の高いプロセッサが必要だ。もちろん、グラフィックスも相応のものが求められる。そして、それこそがIntelにゆだねられ、満を持してHaswellが登場するというわけだ。IntelがWindows 8を強力に推進しようとしているのには、そんな背景があるようにも感じられる。
いずれにしても、今は、競合の時代ではなく、共存の時代だ。だから、業界はそれを目指して走り続けなければならない。ハードウェアの時代が終わり、アプリの時代が過ぎ、プラットフォームの時代を通り過ぎた先にあるものは何なのか。少なくとも、AppleのiPhoneでしか体験できないことはなくなっていくだろう。
その世界には何が残るのだろう。手で持って、触って心地のいいデバイス、操作性がよく使い勝手のいいOSだ。かくして、トレンドは、ハードウェアの時代に回帰していく。そのとき笑うのは誰になるのだろう。