山田祥平のRe:config.sys

IMEとグローバル化




 中国の検索サービス大手BaiduがAndroid用日本語入力システム「Simeji」に関するすべての事業を獲得した。同社にとって、日本はグローバル市場進出の第一歩であり、これを足がかりに、アジア諸国への展開につなげていきたいという。

●グローバル化とは何なのか

 ここのところ、IMEに関する発表が相次いでいる。先週は、ジャストシステムが2012年に発売する「ATOK 2012」を発表したし、週が明けてBaiduがSimeji獲得の発表、その翌々日には、Googleが、Android版のGoogle日本語入力のベータ版を発表した。

 Android版のGoogle日本語入力は、今までなかった方が不思議なくらいの製品で、これでAndroid端末における日本語入力の選択肢がまた広がることになる。SimejiはSimejiで、Baiduのビジネスに組み込まれることで、また、新しい発展があるのだろう。これからどのような変化が起こるのか、その内容も興味深い。

 ぼくらがコンピュータを使うときに、母国語である日本語を効率よく入力するために、いわゆるIMEは欠かせない存在だ。だから、新しい勢力の参入は大歓迎で、そこに競争の原理が働くことで、入力環境がより良くなることも期待できる。

 ただ、サービスのグローバル化の一環として、その国用のIMEを提供するというビジネスは、果たしてこれでよいのだろうかという疑問も残る。グローバル化とは、海外の市場に参入し、その市場の既存勢力と戦うことだけをいうのだろうか。

 ご存じの通り、Baiduは中国における検索サービスの最大手として有名だ。ろくに中国語を知らないぼくでさえ、中国国内においては、Googleよりも、Yahooよりも、そして、Bingよりもずっとずっと役にたつと思っているし、中国国内でのレスポンスも上々だ。もちろん、日本国内にいながら、中国の情報を調べたいときにも、Baiduはとても便利だと感じることが多い。

 ただ、Baiduの中国向け検索サービスをより便利に使うには、必ず中国語のスキルが求められる。というのも、Baiduは、中国語でしかサービスを提供していないからだ。残念ながら、ぼく自身も、中国語に精通しているわけではないので、なかなかその恩恵に預かることができず、もどかしい思いをしている。

 こうした状況は、何も、中国語、日本語といったことに限らず、英語でもフランス語でもドイツ語でもロシア語でも、あらゆる言語間で起こっている。

 もちろん、Baidu JAPANなら、普通に日本語での利用が可能だが、これはBaidu本家とは似て非なるサービスであり、中国の情報を見つけるのに特化しているわけではない。これならいつも使い慣れているGoogleを使おうということになってしまう。実際、Googleの検索サービスでは、日本語のキーワードを他国語に翻訳し、それを使って検索して、検索結果を日本語はもちろん、任意の言語に翻訳されたものを表示する機能が用意されている。

●IMEを使うには対応言語の理解が必須

 それにしても、Baiduのような企業が、他の国の市場に参入しようというときに、なぜIMEのような難しい分野を選ぼうとするのだろう。Windows版はすでにあるし、今回は、Simeji獲得という方法をとったが、他の地域でも入力システムを提供する可能性があるというが、他の国でも同様の手法でビジネスを進めていくのだろうか。

 もし、同社が各国の市場で認知されるように、ビジネスを推し進めていくつもりなら、中国向けのBaidu検索を各国語でサービスするようなことの方が、ずっと効果があると思うし、便利に使ってもらえるのではないだろうか。特に、現在の中国は、世界の工場から市場へと変遷しつつある。中国を知るためにBaiduを使いたい諸国のユーザーは決して少なくないはずだ。

 各メニューを各国語化するのは、それほど難しいことではないだろうし、検索結果としてリストアップされる中国語のページを各国語に翻訳する機能を持たせることで、多くの国のユーザーに中国という国を知ってもらうことができるはずだ。

 ちなみにBaiduは、中国語を入力するためのIMEも製品として持っている。中国語簡体字が含まれるので、ここでは製品名を書かないが、「http://ime.baidu.com/」でダウンロードすることができる。Windowsにも中国語のIMEは含まれているが、使いやすさの点ではBaiduのそれが圧倒的に上だとWebをちょっと調べれば、そうした口コミの情報があふれている。

 ところが、この製品は、中国語がわかる人だけを対象にしている。インストーラの進行も中国語のみだし、設定なども中国語だ。でも、中国語の勉強のためにIMEをインストールしたいと思うユーザーは少なくないはずだとも思うのだ。日本語とはいわないまでも、せめて英語に切り替えることができれば思うが、それができない。インストーラや設定のダイアログボックスで使われる中国語は、それを翻訳ソフトにかけるというわけにもいかず、お手上げだ。

 Googleもまた、中国語を入力するためのIMEを製品として持っているが、状況は同じで、中国語がわからなければ、インストールも設定もたいへんだ。

●日本語化された中国語IMEが欲しい、中国語化された日本語IMEが欲しい

 中国語を入力したいというニーズは中国語を理解できる人にしかない、という判断がそこにあるように思えてならない。

 この傾向は、WindowsのIMEだけではなく、AndroidやiOS向けのIMEを含め、各国語のあらゆるIMEで同様のようだ。かといって、日本のATOKなどが、きちんとこうした対応ができているかというと、決してそうはなっていない。英語版のWindowsにATOKをセットアップしても、日本語でのセットアップが始まり、設定等も日本語でやるしかない。OSのロケールが日本以外になっていても、日本語決め打ちなのだ。

 例えば、ようやくひらがなだけを覚えてくれた外国人が、ローマ字入力のかな漢字変換で漢字仮名交じり文を入力したいと思ってATOKを手に入れても、そのセットアップで挫折してしまうかもしれないし、たとえセットアップできたとしても、便利な機能の多くを知らないままになってしまうだろう。

 そして、ぼくのように中国語をろくに知らないユーザーが、BaiduやGoogleの中国語入力ソフトを使おうとしても、やっぱり同じような障壁につきあたる。

 この点、さすがにWindowsそのものや、その各国語IME、Microsoft Officeなどは、ちゃんとしたグローバル化ができていると思う。また、発表されたばかりのAndroid版Google日本語入力も、英語ロケールでは英語で設定ができる。こうあるべきだ。

 特にアジア圏では、隣の国といってもいい韓国のハングルや、繁体字、簡体字による中国語を日本人はあまり理解していない。これで本当にいいのかどうか。手軽に各国のIMEが使えるようになれば、この状況はちょっと変わっていけるんじゃないかとも思う。

 Simejiに関するすべての事業をBaiduが獲得したのなら、Simejiは日本生まれの日本語入力ソフトとして、中国人が日本語を学び理解するための手助けをするような面も兼ね備えてほしいと思う。つまり、日本語を入力するためのソフトの中国語化であり、同様に、中国語を入力するソフトの日本語化を求めたい。Baiduは、国際化の一環として中国と各国を結ぶことも考えているとのことなので、こうしたことも、ぜひ、実践していってほしいと思う。