山田祥平のRe:config.sys
見る映画、読む映画、そして聴く映画
2020年11月28日 06:55
Audibleの躍進
Amazonのオーディオブックが好調だという。そのサービスブランドとしてのAudible(オーディブル)は、プロのナレーターが朗読した本をアプリで聴けるサービスだ。5年前から存在していた有料の会員向けサービスだが、コロナ禍で、人々のライフスタイルが変わり、それを背景にポッドキャスト的なオーディオコンテンツがさらなる注目を集めるようになったという。
AudibleのAPAC シニア バイス プレジデントであるマシュー・ゲイン氏は「コロナウイルス発生当初は、重要な利用シーンの1つである通勤時間の減少によりAudibleの利用者は減少しました。しかし、人々はより生活を豊かにするため、すき間時間のスキルアップや、運動や家事の合間にAudibleを取り入れはじめました。結果、世界中で私たちのビジネスにとってポジティブな影響がありました。とくに日本では、オーディオエンターテイメントは急速に普及し、2020年は飛躍的な成長を遂げています」と述べている。
パンデミックで日本はもちろん海外でもステイホームで生活を豊かにする方法を考えはじめたとゲイン氏。Audibleにとって、ビジネスにはポジティブな影響があったという。世界中で自宅での過ごし方を有意義なものにするための、かつてない需要を目の当たりにしているようだ。
また、近年のポッドキャストへの関心の高まりもある。そこに今まで以上に投資しようというのが彼らの戦略だ。全世界的なAudibleの利用状況は、平均1日2時間、1年に20タイトルを購入といった数字になる。この数字は、日本人のリアル本の購入冊数より多いらしい。ちなみに日本のユーザーは週に14.8時間、ポッドキャストを楽しんでいるとのことだ。
こうした流れのなかで、Audibleではさまざまな分野のクリエイターに投資することを決めた。そして革新的なコンテンツの開発をしようというわけだ。早い話がAudibleオリジナルの作品を作ろうというものだ。まずは、3作品がポッドキャストとして配信される。
『アレク氏2120』、『DARK SIDE OF JAPAN -ヤクザサーガ-』、『THE LEADER’S GUIDE リーンスタートアップ式 新時代の組織を作る方法 超実践編』の3作品がそれで、Audibleの会員であればポッドキャストとして追加料金なしで楽しめる。Audibleは月額1,500円の聴き放題サブスクリプションサービスで、12月14日まではAmazon.co.jpで新規会員2カ月無料キャンペーン中だ。
AmazonはポッドキャストのサービスをAmazonミュージックでも提供しているが、これとは扱いが別となる。ポッドキャストという言葉は音声コンテンツの一般名詞として使われている。
最初のオリジナルに堤幸彦監督を起用
オリジナル作品の筆頭となる『アレク氏2120』は、『ケイゾク』、『TRICK』、『SPEC』、『池袋ウエストゲートパーク』といった数々のドラマや映画を手掛けてきた堤幸彦監督による作品だ。オーディオだけで展開する本格派のSFミステリーとして全12話の構成となっている。
揚げ足をとるわけではないが、作品の紹介ページには著者とナレーターというかたちで堤氏や熱演した声優陣が記されている。Audibleにとって、そのくらいイレギュラーなコンテンツだということを想像できると言ってもいい。また、脚本家の名前がわからないというのもちょっと納得がいかない。
発表会には主演の山寺宏一氏、梶裕貴氏、窪塚洋介氏が登壇、また、同作に出演している声優の三石琴乃さんも、リモートで参加してのトークセッションが披露された。
まさに聴く映画としての作品であることは疑いの余地もない。しかもストーリーはオリジナルで映画のノベライズでもなければ、コミックの映画化でもない。
Amazonも映像作品についてのオリジナルコンテンツの制作には熱心だが、巨額の製作費が必要な映像作品と比べると、オーディオコンテンツのコストはどのくらいの規模なのだろうか。関わる人間の数がまったく違うので、単純に比較することはできないが、安くはなっても高くはならないだろう。
こうした流れのなかで、オーディオコンテンツ専門のシナリオライターや、演出家、音楽家が注目を集めるようになるとおもしろいことになるんじゃないか。それを機に、高校生や大学生などの若い世代が仲間内でつくり上げたコンテンツに興味深いものが出てきたりするかもしれない。
コミックの音声コンテンツ化が最初に話題になったのは1982年にラジオ局のニッポン放送がコミック「超人ロック」をラジメーションと称してオーディオエンタテイメントにしたものだと思う。いわば声優ブームを盛り上げるラジオドラマの発展系としておおいに人気を集めた。
全国各地で、イヤフォンとラジカセを持参でリスナーを集合させ、スライドでコミックの絵が大きく映し出される空間で、観客はめいめいがFM小電力の電波でブロードキャストされて展開されるオーディオコンテンツで、1人だけの世界に浸るというシュールなイベントだった。
今回の発表会で、まっさきに思い出したのは生放送に立ち会った40年前のあの光景だった。マイクに向かった声優陣が熱演する様子そのものだった。もう何次目だかよくわからなくなっている声優ブームだが、ファンにとってはビジュアルでも見たいと思う光景のはずだが、ストイックにそれをしないのがAudibleのコンテンツだ。
AIと声優
Audibleオリジナルということは、当然、そのコンテンツのグルーバル化も視野に入っているだろう。日本語がつきまとうコンテンツだが、シナリオの翻訳を外国人の声優が演じるというのではどうなのだろう。グローバル展開にはどのような方法があるのか。声優的には声をAI処理して他国語になるようなことを許容できるのかということも気になる。
発表会でこのことをゲストの声優陣に質問してみたところ、どうやらAIが表現する自分の演技というのが、そう遠くない未来には実現することを覚悟しているようにも感じられた。だが、それは声優不在でAIが演技するというものではなく、あくまでも自分の日本語による演技の他言語化だ。そのあたりはボーカロイドの世界観とはちょっと違うみたいだ。
いずれにしても聴く映画の登場は、新しい世代のリスナーを惹きつけるコンテンツとして、新しい一歩を踏み出したと言える。本を読むのではなく聴くという気軽さではなく、真剣に世界にのめりこむことができそうだ。この先の、コンテンツの充実が楽しみだ。