山口真弘の電子書籍タッチアンドトライ
国内サービスインしたオーディオブックサービス「Audible」を試す
~Amazon関連会社による提供。現状ではKindleと連携せず
(2015/7/23 13:21)
「Audible(オーディブル)」は、Amazonの関連会社であるAudibleが提供する、オーディオブックサービスだ。文学やビジネス書など、書籍で刊行されているタイトルのほかに、落語などのコンテンツも用意されており、これらを耳で聴くことができる。1コンテンツごとに課金されるのではなく、月額1,500円の定額制で、最初の1カ月は無料で利用できることが特徴だ。
1995年の創業以来、オーディオブックの提供サービスとして海外で人気を博していた「Audible」がAmazonに買収されたのが2008年のこと。もともとAmazonの電子書籍サービス「Kindle」はText-to-Speech機能が用意されているが、これはあくまで機械音声による読み上げであり、また対応するのも洋書の一部だけで、和書の音声読み上げはサポートされていない。
また専用端末「Kindle」も、かつては音声読み上げをサポートしていたが、2011年のKindle Touchをもってイヤフォン端子が廃止され、Kindle Paperwhite以降は音声読み上げが利用できなくなったという経緯がある。アプリについては、iOSではVoiceOver、AndroidではTalkBackなど、OS標準のアクセシビリティ機能を使うことで音声読み上げを行なうことは可能だが、こちらも機械音声による読み上げだ。
さて、Amazonの買収後もサービスを継続していたAudibleは、2012年からKindleとの連携が行なえるようになり、Kindleで読んでいた本の続きをAudibleによって音声で聴くといったシームレスな連携が可能になった(Whispersync for Voice)。KindleとAudibleにそれぞれ同じタイトルが存在しており、かつその両方を所有している場合に限定されるものの、自宅では電子書籍を読み、その続きは通勤電車内で音声で聴くといった連携が可能になるわけだ。
今回日本でサービスインしたAudibleは、今のところこのKindleとの連携機能は用意されておらず、現時点ではあくまでオーディオブック単体のサービスという位置付けだが、将来的にはKindleとの連携に踏み込んでくることが予想される。本稿では、今回リリースされたAndroid版の「Audible」アプリを用い、Audibleの特徴および基本的な使い方をチェックしていく。
Kindleストアに準ずるジャンル分け。検索性の向上は今後の課題
7月16日にリリースされたこのAudibleだが、今のところ用意されているのはAndroidアプリだけで、iOS版は「近日開始予定」とだけ予告されている。海外ではiOSに加えてWindowsやMac OS、Windows Phone、さらにはFireでも利用できるので、とりあえずお目見えしただけといった状況である。
コンテンツ数は、Audibleのサイトによると「数千」とされている。Androidアプリで表示されるジャンルは「文学・評論」、「人文・思想」、「社会・政治」、「ノンフィクション」、「歴史・地理」、「ビジネス・経済」、「投資・金融・会社経営」、「科学・テクノロジー」、「医学・薬学・看護学・歯科学」、「コンピューター・IT」、「アート・建築・デザイン」、「趣味・実用」、「資格・検定・就職」、「暮らし・健康・子育て」、「旅行ガイド・マップ」、「語学・辞典」、「教育・学習参考書」、「絵本・児童書」、「ライトノベル・BL・声優」、「ゲーム攻略・ゲームブック」、「エンターテインメント」、「雑誌」、「アダルト」と、電子書籍ストアのジャンル分けに近い。
ちなみにこのジャンルをKindleストアと比較すると、音声読み上げには不向きと思われる「コミック」、「タレント写真集」、「楽譜・スコア・音楽書」や「スポーツ・アウトドア」がなく、それに替わって「ゲーム攻略・ゲームブック」、「雑誌」という2ジャンルが追加されている。ただし、追加の2ジャンル合わせてコンテンツ数は現時点で3点しかないので、実質的にKindleの既存ジャンルをオーディオブックの特性に合わせて絞り込んだものと考えれば良い。ちなみにこのジャンルはPCから見ると全く違うのだが、詳しくは後述する。
コンテンツの検索については、「おすすめ」、「ジャンル」のいずれかから選ぶか、フリーワードでの検索の2択となる。スマートフォンで見る場合、1画面に表示できるコンテンツ数はせいぜい4つ程度で、またリスト表示に切り替えることもできないので、延々と上下スクロールするしか方法がない。ソート条件の切り替え機能もなく、シリーズ作品が順序通りに並んでいないこともざらだ。このあたり、何かしらの対策がいずれ必要になるだろう。
ところでネットで本サービスに対するコメントを見ていると、PCからAudibleのコンテンツが検索できないとの嘆きの声をちらほらと見かけるが、実際にはAmazon.co.jpのサイトに「Audible・オーディオブック」という区分が追加されており、そこからコンテンツを検索することができる。Androidアプリには検索機能がなく、一覧性も低いので、現状ではこちらから探した方が良いだろう。
余談だが、このAmazon.co.jpのサイト上でのジャンル構成はAndroidアプリとは全く異なっており、本稿執筆時点では「フィクション」、「絵本・童話」、「ビジネス」、「落語・講談」、「思想・社会」、「ヒーリング」、「ライトノベル・BL・声優」、「語学・学習」、「その他」という大分類があり、その下に小分類が並ぶ階層構造になっている。Androidアプリからだとどこに属するのか分からない落語がきちんとカテゴリーとして独立しているなど、こちらの方が実情に則したジャンルと言えそうだ。
電子書籍とメディアプレーヤーをミックスしたインターフェイス
使い方としては、聴きたいコンテンツのページを開いて「ライブラリーに追加」ボタンをタップし、すぐに聴きたい場合はさらに「ダウンロード」をタップしてデータをローカルに保存する。フロー自体は電子書籍や音楽コンテンツの購入と似ているが、定額制サービスであるため、カートに入れて決済するプロセスはない。非常にスマートな印象だ。
再生機能はごく一般的で、タップして再生、もう一度タップすると一時停止となるほか、巻き戻し/早送りボタンを使えばワンタップで前後に移動することができる(デフォルトでは30秒、設定画面から変更が可能)。ストリーミングではなくダウンロードしたデータを再生しているので、レスポンスは速い。
再生周りでは、いくつかの特徴的な機能が用意されている。1つは再生スピードを変更できる機能で、0.5倍速から3倍速の範囲で再生スピードを変更できる。ただし速度の段階は0.5/1/1.25/1.5/2/3倍とかなり大雑把で、1倍速(等速)を除いて実用的なのは1.25倍のみと言っても過言ではない。動画プレーヤーでは0.1倍速刻みで速度を調節できることも珍しくない中、もう少し小刻みにコントロールできてほしいところである。
このほか、スリープタイマー機能も用意されている。15分/30分/60分/章の終わり/ファイルの終わりで、再生を自動的に停止するという機能だ。会議やセミナーなどを聞いていると睡魔が襲ってくるという人にとっては、就寝時にこの機能を利用することで、またとない効果を発揮しそうだ。毎日1章ずつ聴きたいという場合にも便利だろう。
このほか、再生ボタンに触れずに音声で操作する機能や、ブックマーク機能、再生中に他のアプリの通知音が重なる時に自動調節する機能、イヤフォンを外した際に再生を自動停止する機能、Wi-Fi接続時にのみダウンロードを許可する機能、ロック画面にカバーアートを表示する機能などが用意されている。電子書籍サービスにある機能と、メディアプレーヤーにある機能とが、それぞれミックスされている印象だ。
ちなみにライブラリーは、「クラウド」と「端末」が切り替えられ、「端末」にはダウンロード済みのコンテンツが、「クラウド」には過去にライブラリーに追加した全てのコンテンツが並ぶという仕組みになっている。「クラウド」、「端末」といった文言はKindleと同じであり、Amazonのグループでインターフェイスを統一するという意図が感じられる。
肉声にこだわったコンテンツ。電子書籍にはないオーディオならではの作品も
Audibleは機械音声ではなく肉声にこだわっているのも特徴の1つだ。サイトによると「プロのナレーターによる音声の物語」が売りとのことで、ストアをざっと見ても、本職の声優やナレーターの名前が数多く見られる。オーディオブックなので当然と言えばそうだが、玉石混交といった印象のあるポッドキャストサービスとは一線を画している印象だ。
コンテンツ数については、電子書籍と比較するのはやや酷なところがあるが、例えば銀河英雄伝説シリーズは、本伝10巻、外伝5巻の計15巻がラインナップされており、これだけでも総再生時間はざっと十数時間あるので、仮に通勤電車に乗っているのが1日1時間だとして、全部聴き終えるのに3週間はかかる。本サービスは最初の1カ月は無料で利用できるので、こうしたシリーズものの中にピンと来るコンテンツがあれば、試してみる価値はあるだろう。
また、これまで読む機会を逸したままになっている作品でも、このオーディオブックであれば聴いてみようという気になりやすいのが面白い。今回の試用中、今まで読んだことがなかった青空文庫収録の作品をいくつか聴いてみたが、オーディオブック化されたことにより、わざわざ時間を割いて読もうと思わなかった作品に触れられるのは、機会の再創造という意味で貴重だ。
このほか、紙および電子書籍では成立しない、オーディオならではのコンテンツに目を向けてみるのもよいだろう。大きく扱われている落語などは好きな人にはたまらないコンテンツだろうし、ヒーリング系のコンテンツもニーズは大きいだろう。また絵本については、将来的にKindleと連携すれば、子供への読み聞かせなど、可能性が広がりそうだ。
ところでこのオーディオブック、人によっては気になるかもしれないのが、文学作品で作中に登場人物のセリフがあった場合、1人の話者が全てを演じなくてはいけないことだ。男性2人を1人の男性声優が演じ分けるのならまだしも、1人の声優が男性と女性を演じ分けるとなると、声優の演技力うんぬんとは関係なく違和感が大きい。これはオーディオブックサービスの特性でもあるのだが、映画やアニメの音声だけを抜き出した、一昔前の「ドラマ編」のような内容をイメージしていると、戸惑うことがあるかもしれない。全く異なるコンテンツであることを理解しておくべきだろう。
最後になったが「マイデータ」機能についても紹介しておきたい。これはオーディオブックを聴いた時間をカウントしてグラフ化したり、トータルの時間に応じて「入門」、「見習い」、「前座」、「二つ目」、「真打」といったレベルが与えられるほか、活動履歴をもとにバッジがもらえるというもの。電子書籍に詳しい人ならピンと来るだろうが、Koboの採用している読書データ機能やバッジ機能によく似ており、モチベーションの向上に役立つようになっている。
クオリティは十分、将来的なKindleとの連携にも期待
電子書籍を音声で楽しみたいというニーズは少なからず存在するが、日本語での音声読み上げの難しさはあるほか、全ての電子書籍に肉声による音声ファイルを追加するのはコストの面からも現実的ではなく、またコンテンツの刊行ペースが落ちることも容易に想像できる。事実、東芝の電子書籍サービス「BookPlace」は音声読上げサービスを当初前面に打ち出し、専用端末「BookPlace MONO」も音声読み上げをサポートしていたが、いまやサイトを見ても、対応コンテンツを探すことすら難しい有り様だ。
こうした点からも、オーディオブック単体としてサービスを成立させ、それを既存の電子書籍とシームレスに連携させるというのは、1つの解と言える。要するに「音声でも聴きたい人は追加料金を払ってください」というわけだが、オーディオファイルの費用がコストとして電子書籍の価格に上乗せされるよりは、こちらの方が合理的だろう。
十数時間分のコンテンツを聴いてみた限りでは、オーディオブック自体のクオリティは十分で、ラインナップについても今後の増加が期待できる。ただ、ポッドキャストに慣れ親しんでいるユーザーであれば想像がつきやすいサービスだが、それ以外のユーザーにとってどれだけ生活に欠かせないものになるかは、全く未体験のサービスなだけに、かなりの個人差がありそうというのが、数日使っての感想だ。1,500円という月額料金も、これまで全く使ったことがないユーザーからするとややハードルが高い。これが980円であれば、だいぶ印象は違ったかもしれない。
もっとも、本サービスは最初の1カ月は無料という“切り札”がある。ユーザーからすると気軽に試すことができ、その1カ月でどっぷりと馴染めば、その後も抵抗なく月額料金を払えるというわけだ。このあたり、プロモーションの手法としてはなかなかよく出来ていると感じる。あとは興味のあるコンテンツをどれだけ継続的に提供できるかによっても変わってくるだろう。
筆者個人の経験から言っても、目の疲れなどから活字を追いたくない場合や、作業中で手が離せない場合に、音声で聴けるコンテンツがあればよいのに、と感じたことは何度もある。話題の新刊などをタイムリーに聴けるという性格のサービスではない点を考慮すると、本サービスの登場によってオーディオブックが大ブームを迎える……とまではいかない気がするが、価値を見出したユーザーの間で静かな盛り上がりを見せる、というシナリオはありそうに思える。将来的に予想されるKindleとの連携も含め、今後に注目していきたいサービスだ。