山田祥平のRe:config.sys

耳をふさげば

 ソニーモバイルの「Xperia Ear Duo」。発売されたばかりのヘッドフォンだが、とにかく評判がいい(ソニーモバイル、耳を塞がない無線ヘッドセット「Xperia Ear Duo」参照)。周りの環境音と再生音を両立させ、音楽などに集中することを否定する、イヤフォンとしてはまったく新しいコンセプトがそこにある。

音楽に没入する世界観を真っ向から否定

 これまでのイヤフォン、ヘッドフォン類は、周りの環境音にいかに邪魔をされずに再生音を楽しめるかを追求してきた。音楽にしても、TVやラジオの音声にしても、喧噪のなかで環境音をシャットアウトして没入することをめざしてきたわけだ。ノイズキャンセルヘッドフォンなどはその極みと言えるだろう。

 中学生、高校生のころにLPレコードで音楽の洗礼を受けたぼくらの世代は、決してハイファイとは言えないようなおんぼろスピーカーとアンプで好きな音楽を再生し、その大音量で周りに迷惑をかけてきた。親からもっと小さな音にしろと怒られるのは日常茶飯事だった。音は歪みの産物であり、いい音はあまりうるさい印象を受けないが、ひどい音はうるさい。それでも楽しかった。音楽に没入できることがうれしかった。

 ぼくらはラジオの深夜放送の世代でもある。毎深夜1時から3時までのオールナイトニッポン、セイヤング、パックインミュージックは必修科目だったと言ってもいい。勉強しながらを口実に、寝床に入ってからもスピーカーから音を出して聴いていた。親にとってはいい迷惑だったと思う。

 東京から遠く離れた地方の田舎町では深夜になると東京の放送局の電波が明瞭に受信できるようになり、明け方近くになると電波が薄れていき、実質的に音がなくなる。だから朝になればラジオはシャーシャーいっているだけだった。そういうラジオの楽しみ方をしていた。でも、深夜放送ではお約束のえっちなコンテンツもある。そのコンテンツに集中し、周りに内容をさとられたくないような、そんなときはおもむろにヘッドフォンで聴いたりもした。そういう世代である。

 音楽は自分の居場所で没入して楽しむもの。それが常識だった。BGMというのは、毒にも薬にもならない、耳に心地よいだけのイージーリスニング系音楽であり、心を揺さぶる音楽の範疇として認めたくはなかった。

 ラジカセはすでにあったが、それを持ち出すようなことはなかった。その常識を打ち破った新しい当たり前が当時のソニーのウォークマンだった。1979年、アルバイト代をはたいて発売と同時に購入した。スピーカーのついていない、そして、録音ができない再生専用機は従来の常識をくつがえした。

 同梱されていたのはオープンエアーのヘッドフォンで、今で言うシャカシャカ音をまき散らして聴いていたはずだ。オープンエアーだから、ある程度周りの音も聞こえた。そして、それを打ち消したいから音量を上げる。すでに東京での暮らしだったから、満員電車にも乗ったと思う。あちこちでそういう人たちがシャカチャカ音を漏らしていたはずだ。人の迷惑なんて考えもしなかった。

音楽を聴かないときにもつけっぱなし

 ウォークマンは来年(2019年)40周年を迎えることになるが、その40年間、音楽を身にまとい、いつでもどこでも誰にも邪魔されずに音楽を楽しめるという点では、状況はなにも変わっていない。iPhoneで聴く音楽も、持ち歩ける音楽の量が飛躍的に多くなっただけで、基本的にはなにも変わらないと言っていいだろう。

 かつてのウォークマンにはヘッドフォンジャックが2つ装備されていて、オレンジのホットラインボタンを押すと、2つのヘッドフォンの間で、本体内蔵マイクを介して会話ができる。ここでも2人だけの世界を演出する。まわりのことはてんで考えていないのだ。それでよかった。

 ところが今回の「Xperia Ear Duo」は違う。音の漏れを最小限にし、環境音と再生音を両立することをめざした。

 音楽を聴きながら会話ができる。環境音がちゃんと聞こえる。しかもわずらわしいケーブルの引き回しが必要のない左右分離型で音楽をステレオ再生する。なにもかもが新しい。

 左右のユニットは耳たぶの下から耳を挟み込むようにして装着する。この下がけ方式は慣れないうちはやっかいだが、すぐにすばやく装着できるようになった。それに、コンビニなどで買い物をするさいにも、外したりすることなく普通に会話ができる。だからつけたりはずしたりの必要性がない。

 さらに、「Xperia Ear Duo」はAndroid端末とペアリングした場合、さまざまなアシスタンス通知を発声する。たとえばメールやメッセージが到着すればその内容を読み上げたりもする。もちろん通話もできる。だから、基本的には無音であっても丸一日、耳に付けっぱなしという使い方をすることが想定されている。会議のときも、食事のときもずっと耳に装着したままで使う。そして、音楽が聴きたくなったら音楽を再生する。

 ハウジングはまさに耳元のスピーカーとして機能する。耳穴に突っ込む内耳型ではなく、耳穴の直前で鳴るスピーカーだ。音導管でアコースティックに導かれた音が、耳穴の直前で鳴るようになっている。だからこそ周りの環境音も再生音と同じように聞こえてくる。再生音は環境音の1つなのだ。

 かぎりなく耳元に近い位置で音が鳴るため、音漏れの心配もほとんどない。左右独立型イヤフォンにありがちな左右の音の途切れもほぼない。両耳を手で覆うと途切れてしまう製品が多いのだが、この製品ではそれがなかった。

次の世代の新製品に大きな期待

 ただ、個人的にはこれを丸一日つけていろと言われるのはつらい。言葉は悪いがうっとうしいのだ。没入して音楽を聴くという観点では、そのために作られた製品ではないといっていいだろう。没入できるからこそ許される耳穴の窮屈感だったのだ。どちらかと言うと音楽の世界に入り込むというよりは、音楽を消費するというイメージだ。環境音との両立のために音量も足りない。都市部の電車のなかで使うにはちょっとつらいくらいだ。やはり東京はうるさい。

 ただ、これがB2Bでの利用となると評価は一変する。たとえば、職業的に勤務中はずっとイヤフォンをつけていなければならない勤務もある。警備業務、駅や空港の案内業務などいろいろだ。JALはこの製品をCAに貸与し、機内で音声グループチャットができるようにする実証実験をするそうだが、悪くない使い方だ。

 また、博物館や美術館、そしてツアーなどのガイド音声を聴くようなケースでも重宝するはずだ。

 音が出る口を内耳近くにおきながら環境音との両立を実現したことで、少なくともこれまでのイヤフォンがはたしてきた役割は再定義される。いつでもどこでも音楽に没入することができる世界をめざしたウォークマンの世界が40年目を前に変わるのだ。

 まだこの製品は第1世代。これからまだまだ高みに向かうことができるだろう。装着感もさらに向上するに違いない。それを楽しみにして、今回の製品はパスすることにする。