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四半世紀もの間、格ゲー界頂点に君臨する梅原氏が出した、一度別れたリュウに戻る理由

~自分で決めたと思っていたことが、そうでなかったと気付いた

 去る1月19日、プロゲーマーの梅原大悟氏が「一日ひとつだけ強くなる」と題した講演を慶應丸の内シティキャンパスにて行なった。慶應丸の内シティキャンパスでは、「夕学五十講」(せきがくごじゅっこう)と言う年間50回の定期講義を開催しており、梅原氏の講義もその1つだ。

 講師には、大学の教授・研究者や、大企業のトップなどが名を連ねる中、「ただのゲーム好き」と自らを呼ぶ梅原氏は、その経歴や35歳という若さにおいても、異色の存在と言える。

 だが、遊びとは言え、四半世紀もの間、格闘ゲームという勝負の世界でトッププレイヤーとしてひた走り続けてきた梅原氏の人生観、価値観、方法論には、老若男女、職業、立場を問わず、教訓となるところが非常に多い。

 その講義の内容を収録した動画が、YouTubeの公式チャネルにアップロードされている。

 講演のテーマは、氏の著書の題名でもある「一日ひとつだけ強くなる」となっているが、実は、講義直前になって、梅原氏は内容を大幅に変えた。自分の意思、価値観で物事を決断するということがテーマとなっている。

 梅原氏は、ここ1カ月程度の動画配信において、「ストリートファイター5」のシーズン2へのアップデートに伴う、自分のメインキャラの変更、そして元のキャラに立ち戻ったことについて、時間が足りないからと、細かな説明をしないでいた。今回は、その理由が明確に語られたのだが、それはゲームの勝敗という視点に基づくものではなく、彼の価値観を俯瞰した上での決断だった。

 勝ち続けるための方法論も興味深いが、氏が自ら赤裸々に明かす苦悩や劣等感にも学ばされる点が多い。質疑応答を含めると、2時間に渡る講義となっている。ここでは、後半部分を中心に抜粋して紹介させていただくが、最後の質疑応答も示唆に富んだ回答が多いので、ぜひ、元の動画で全編をご覧頂きたい。

「一日ひとつだけ強くなる」より

スト4以前の数年間、ゲームから距離を置いていた梅原氏

 梅原氏が格闘ゲームに出会ったのは11歳。格闘ゲームの楽しさに目覚め、同時にめきめきと上達し、自他共に認めるトッププレイヤーとなった。

 だが、22歳から27歳くらいまでの数年間、梅原氏はゲームから離れていた。以降、自分の弱点とだけ向き合う生活をするようになる。これまでの人生、ゲームに全てを捧げていたので、ゲームをやらない自分には、短所しかない。何の仕事をしてもミスばかり。領収書に「前株」も書けないで怒られる。働くことが本当に大変だと感じだ。要領悪いなりに、勉強してしていれば、もう少し楽に生きられた。バカなことしたと後悔した。

 27歳の頃、梅原氏は、介護の仕事をしていた。介護の世界には、もちろん勝ち負けなどなく、ゲームの世界しか知らなかった梅原氏は、勝たないでも給料をもらえることに驚きすら感じた。だが、ゲームしかできないため、職場ではどんくさいやつと思われる。給料をもらえてありがたいが、悔しいと感じた。

 しかし時間の経過とともに、それにすら甘んじた。若い頃に普通の人のような準備をしなかったのだから、失敗して当たり前。あとの人生は精算するしかないと消極的な考えをするようになった。

 だが、そんなときに「ストリートファイター4」が登場し、友人からプレイしようと誘いを受けた。例えゲームが人生にとって役に立たないものであっても、取り柄がないまま生きるよりマシと考え、ゲームを再開した。

 数年のブランクがあったにも関わらず、梅原氏は面白いように勝ち星を積み重ねた。そして、海外での世界大会への招待も受けた。海外まで行くのは、面倒くさいと感じたが、今後、自分の人生で、海外に招待されることなんかないだろうと考え、参加を決めた。結果、やる気もなくやったにも関わらず、優勝した。

復帰後の世界大会に優勝し、プロゲーマーに

 その実績を受け、2010年、MAD CATZからプロのオファー、つまりスポンサー契約を打診された。梅原氏は、その申し出に飛びつきたい気持ちでいっぱいだった。まだゲームは日陰の存在。梅原氏も、知人に休日は何をしているのかと聞かれると、映画を観ている嘘を付いていた。だが、プロになればそれが帳消しになると思った。

 同時に、これまでのことが思い返された。長年ゲームをやってきて、その世界では実績を積んでも、やはり、たかがゲーム。一般社会では、爪弾き者にされた。自分は、勝負の世界に向いていると思っていたけど、実は向いてないのではとも思った。

 大会に優勝し、その一時の興奮や熱狂だけで、プロになれと言われても、今後の人生がかかってると考えると、簡単には受け入れられない。結果、断わったのだが、それでも粘り強くオファーされ、悩んだ末に、プロになると決断した。

 プロになって成功した場合と失敗した場合、そして、プロにならずに成功した場合と失敗した場合の4通りの人生を考えると、例えプロになって失敗しても、後悔しない気がする。

 だが、プロにならないで成功したとしても、唯一自分が得意なモノで勝負せず、世間的な安定を得たところで、自分の中には、ずっとわだかまりと後悔が残る。それが決め手となった。

 プロになって1年目は、1日18時間もゲームをした。好きなことを仕事にさせてもらった、ようやく自分の特技を活かせて、やりがいを感じられる仕事をもらったと感じたからだ。その結果、その年の世界大会も優勝の成績を収めた。

ゲームのしすぎで体に異変。誰のためにゲームをするのか?

 だが、その頃から体に異変が起き始めた。まず、まぶたが痙攣し始めた。でも、念願のプロゲーマーになれたんだと、医者にも行かずゲームに打ち込んだ。次に顔中にニキビができ始めた。

 それでも、過去の悩みや試練に比べればへっちゃらと思い、寸暇を惜しんで練習をした。しかし、次第に勝てなくなった。練習時間は誰よりもあるのに。

 格闘ゲームにはメンタルが重要だ。技術や知識あっても、脳が疲れていれば勝てない。昔からそれは分かってたけど、それでも、梅原氏はがむしゃらにプレイした。最終的には、レバーを持つと気持ち悪い、画面を見ると吐き気がするほど追い詰められた。これでは仕事にならない。だが、吐き気するからといって辞められるほど、仕事は甘くない。

 そんな時考えたのが、18時間やるのは誰のためかということだ。結局、それは自己満足だった。スポンサーから1日18時間やれ、と言われたわけじゃない。

 良いプレイをして、観客を興奮させ、喜ばせて、実績を残すのがプロの仕事だ。1日の練習が5分でも、成果を残せれば良いのだ。プロの使命をはき違えていた。

 以降、梅原氏は、勝ち続ける方法論を考えるようになった。それによって、また良い成績を残し続けられるようになった。勝負の世界では、努力を継続しないと勝てない。だが、1日18時間やるのが努力ではない。成長し、意味のある努力をするのが大事なのだ。

成長を実感し、自分を飽きさせないために

 そのために重要と気付いたのが、自分を飽きさせないことだった。

 ゲームは好きなことであり、やっていて楽しい。しかし誰しも、同じ事ばかりやっていればいつしか飽きる。でも、新鮮な気持ちがないと、前向きにはなれない。

 ゲームの初心者が、最初は上達するが、しばらくすると「飽きた。ゲームに飽きた」と言う。だが、梅原氏に言わせるとそれは違う。ゲーム自体ではなく、自分が成長しないことに飽きたのだ。昨日と今日でやっていることが一緒だから飽きる。つまり、飽きる問題は自分にある。

 一方で、何事でも、やればやっただけ成長速度は鈍化する。ある程度行き着くと、今さらどこを成長させるのかも分からなくなる。それを防ぐため、梅原氏はメモを取るようにした。その日の発見、成長を書き留める。次の日に読み返すことで、成長を実感し、「昨日の俺は一昨日の俺より強い」と思え、今日もゲーセンに行こうという気になれる。

 だが、発見や成長がない日もある。そこで、成長を実感しやすくするために、梅原氏は意識的にプレイスタイルを変化させることにした。

 現状、高い勝率を維持できていたとする。しかし、勝率は相対的だ。ゲームに飽きて、成長がなければ、周囲に追いつかれる。むしろ、今のやりかたで上手くいっていても、必ず変化しないといけないのだ。

 ゲームは競争であり、今は勝てていても、その内対策される。新しい手法や戦法を試し、たとえそのために一時的に勝率が落ちたとしても、新たな開拓を行ない先手を打っておくことで、将来の勝率に投資する。

 では、どこまで変化させるのか? 一般論で言っても、10ある仕事の内、どれも変えてはいけないということはない。全てが完璧、変化させる余地がないことはありえないからだ。競争なら、その内誰かに追いつかれる。

 だから、短期的には悪い結果に繋がるかもしれないけど、10の内、9は今まで通りで、残りの1は自由にやってみようとした。1変えても大きな影響はないし、新しい発見に繋がるかもしれない。

 結果、それが新しい発見に繋がった。そして、「これ、2まで変えられるんじゃ? 10正しいと思ってたけど、3変えても良いんじゃないか?」と気付く。そうやって、変化の幅を増やし、知っていること、できることを増やすのが、自分を飽きさせず、勝ち続けるために必要なことだと分かった。

上手くいって、持ち上げられた末、知らず知らずのうちに人に合わせていた。だからリュウを使い続ける

 そして梅原氏は、「ここからが、今日話したかったこと。みなさんは、興味ないかもしれないし。人前では初めて話すこと」と前置きした上で、「皆さん充実してますか? 楽しんでいますか?」と会場に問いかけた。

 当の梅原氏は、ここ2年くらい、あまり楽しくないなと感じていたそうだ。ストレスかなとも思ったが、そうでもない。年かなとも思ったが、同世代でも生き生きしてる人がいる。でも、若い頃のように楽しめていない。

 だが、最近になって、その悩みが解消された。自分がやっていることに満足してるつもりだったけど、つまらなかった。そのつまらないことが何なのかに気付いたのだ。

 現在のストリートファイター5は、2016年12月のバージョンアップで、それまで梅原氏がメインに使っていたキャラクターのリュウが相対的に弱くなった。そして、氏がサブで使っていたガイルが強くなった。普通なら強くなったサブキャラをメインにする。プロならなおのこと、実績も求められるし、周囲の期待もあるため、1%でも勝率が上がるキャラを使うべきだ。

 だが、ガイルを使っても、つまらなかった。一方で、前のパートナーであるリュウを使うと、弱いながらも、子供の頃感じてた充実感が返ってきた。久しぶりの感覚だった。その時は、理由は分からなかったし、理屈にも合わないけれど、リュウを使ってしまう。

 最近になって分かったのが、ガイルをつまらないと感じたのは、使うことを「自分で決めていなかった」からだった。

 梅原氏の行動を端から見ると、自分で決めているように見える。「実際、かなり自由にやらせてもらってる」、と梅原氏。少しずつだが、スポンサーも付き、ギネスにも載り、TVにも雑誌にも出るようになった。だが、それが自分を変えてしまった。本当にやりたいこと、好きなことが分からなくなってきた。無意識の内に、周りの価値観に合わせ始めていた。自分はプロだし、業界も盛り上がっている。自分は勝つべきだ。

 その理屈なら、リュウを選ぶのはとんでもない行為。なぜ、わざわざ勝ちづらいキャラでやるのか? そこには、次のバージョンアップで、リュウがまともになるという打算もなくはない。だが、梅原氏は、そうならなかったとしても使い続けると宣言する。

 梅原氏はある時、女性友達と話していて、「私が、母親から言われるのが、付き合ってる人がいる時に、常にもっと良い人を捕まえる努力をしつつ付き合いなさい。彼氏がいても、出会いの場に行け。自分にとって最高の条件の人と付き合って、結婚しろと言われる」と聞かされた。

 それに対して梅原氏が、「自分はどう思ってるの?」と聞くと、「親をがっかりさせたくないし、それが良いと思うので、言うこと聞いてる」との答え。その後、その女性の前に、完璧な男が現われた。東大卒のイケメン、高身長で、良い会社に入っていて、家柄も良く、食事の趣味も合う。向こうも自分のことが好き。

 しばらくして、その女性に彼氏ができた。だが、その男性とは別の人だった。さらに好条件の男性に出会ったのかと思ったが、そんなことはないという。顔も家も普通で、多くの面で前の男より条件は悪いけど、その彼を選んだ。そっちの人の方が「話が面白い」からだという。

 思わず梅原氏は、「それだけ?」と聞いた。母親は納得しないのでは? だが、彼女は「だけど、なるようになるでしょう」と答えた。梅原氏は、当時はそのことを重要と思わなかったと振り返るが、今はその女性の気持ちが分かるという。なぜなら、彼女が選択したのは自分の人生で、親の人生ではないからだ。

 梅原氏が再度リュウを使うのは、それと同じ理由。ガイルは全部を持っている。だが、その全部持っているというのは、他人が決めたこと。学歴が高い方が良いと言うのは、人の価値観だ。人の価値観に合わせて、自分の感情を押し込めるのは愚かなことだ。

 今の梅原氏にとってリュウは、ちょっとだけ面白いキャラ。たったそれだけのことだ。だが、今のリュウを使っていて、ここ2年くらい退屈だった気持ちが晴れた。毎日楽しくてしょうがない。人生って楽しいものなんだなと再認識した。

 今まで自分は、人の価値観に流されていないつもりだった。だが、上手くいって持ち上げられた末、知らず知らずのうちに人に合わせていた。定石に従ってガイルを使っていたら、人生がつまらなくなるところだった。

あなたの思う形、想像の範囲では、期待に応えません

 梅原氏が、プロになり始めた時の思い。それは、まず感謝だった。好き勝手して、無責任なゲームオタクを企業が支援してくれる。物珍しさでメディアも注目してくれる。それに感謝した。

 だが、肩書きや実績など、「大人」が喜ぶものが自分に付いててきて、それとは別の「悪い考え」が脳裏をよぎるようになった。

 「これ復讐のチャンスじゃね?」。

 その復讐の対象は世間だ。

 氏が20歳くらいの時、特別な日に、人に紹介してもらった広尾の和食屋に行った。その時、間違えて和食屋のある地下ではなく、2階に行ってしまった。そこでは、結婚式の2次会が行なわれており、きちんとした身なりの人だらけ。広尾と言うことで、梅原氏自身は、一応、小奇麗にしていったつもりだったが、世間的にはそうではなかったため、受付の女性に、怪訝な顔で対応されてしまった。

 初めての広尾で、世間知らずの田舎者がびくびくしていた中、そんな対応をされショックだった。人生を否定された気がした。自分にはこういう人たちと対等に接する権利がないらしいと思った。だが、それは自分が悪いのだ。人脈、地位など、その人たちと同じ物差しを持っていればそんな対応をされなかったハズだと。

 しかし、プロゲーマーになり、世間と対等になれる環境を手にし、見返せると思った。「今の自分を見たら、その受付の女性はどう対応しただろう?」。自分の中で復讐が完了した気になっていた。

 だが裏を返すと、「また、ああいう顔をされたくない」、「今の地位を保たねば」と、他人の顔色をうかがって、周りの言うように動き、強いキャラを使って無難にやらなければ、と知らず知らずのうちに考えるようになっていたと気付いた。

 梅原家の教えはシンプルで、「歯を磨け」、「靴を揃えろ」、「保証人になるな」、「人を騙してまで成功するな」、「人に迷惑かけるな」だけだった。迷惑をかけなければ自由にやって良いと教えられた。当然、人間は生きてるだけで多かれ少なかれ誰かに迷惑をかけるが、それでも常識の範囲内で迷惑はかけないよう心がけた。だが、最近になり、こう考えるようになった。

 「周囲の期待に応えないのは、迷惑をかけることなのか?」。

 先の子は母親の期待に応えなかったけど、それが迷惑なのか? 「俺はそうだとは思わない」と梅原氏。家族、上司、友達からの期待。そんなものは、知ったことではない。なぜなら、他人の期待はあいまいで、勝手なもので、時に相手を追い詰めるからだ。もし期待に応えて、それで自分がつまらなかったら、何のために生きてるのか?

 梅原氏は、次のように締めくくる。

 「自分は、親からは、人の期待に応えろとは言われなかった。

 期待に応えないと言っても、何もしないわけじゃない。

 あなたの思う形、想像の範囲では、期待に応えませんよ。自分のやり方で期待に応えます」。