笠原一輝のユビキタス情報局
トリニティの「NuAns Neo」でのContinuum対応が“暫定的”な背景
(2015/12/1 12:39)
トリニティ株式会社は11月30日に東京都内で記者会見を開催し、Windows 10 Mobile搭載スマートフォン「NuAns Neo」を正式に発表した。この中で同社は、NuAns Neoが、Windows 10 Mobileの特徴的な機能の1つである「Continuum」(コンティニュアム)に対応する予定であることを明らかにした。
トリニティ 代表取締役 星川哲視氏は「NuAns NEOにはSnapdragon 617を採用した、Continuumをサポートしたかったからだ」と述べ、まだ出荷が開始されてもいないSnapdragon 617を採用したことを明らかにした。
しかし、その一方で「Snapdragon 617でのContinuum対応はMicrosoft公式ではない」とも述べ、Continuum対応が“Preliminary”(暫定的な)スペックであることも認めている。それはどういうことなのだろうか。
ミドルレンジをカバーするSnapdragon 617を採用しているNuAns NEOでContinuum対応
今回トリニティが開催した同社初のスマートフォンとなるNuAns NEOの発表会で、筆者が「おっ」と思ったのは、NuAns NEOがMicrosoftがWindows 10 Mobileでサポートしている新機能“Continuum”に対応している点だ。
というのも、前回の記事で書いたとおり、Microsoftが現時点でOEM/ODMメーカーに対して正式にContinuumに対応しているSoCだとしているのは、QualcommのSnapdragon 810/808の2製品だけだからだ。それ以外のSoCに関しては、性能面の問題があるため非対応とされており、そのため現在日本で出荷されているWindows 10 Mobile搭載デバイスはいずれもContinuumには非対応となっている。
現状でWindowsスマートフォン(以下Winodws 10 Mobile搭載スマートフォンをこのように総称する)に採用可能なSoCとしては、以下のような選択肢があると考えられている。
ブランド | Snapdragon 820 | Snapdragon 810 | Snapdragon 808 |
---|---|---|---|
型番 | MSM8996 | MSM8994 | MSM8992 |
CPU | Kyrox4/2.2GHz | Cortex-A57×4/A53×4(2GHz) | Cortex-A57×2/A53×4(1.8GHz) |
GPU | Adreno 530 | Adreno 430 | Adreno 418 |
メモリ | LPDDR4-1866(デュアルチャネル) | LPDDR4-1600(2x32bit) | LPDDR3-1866(2x32bit) |
ストレージ | eMMC5.0 | eMMC5.0 | eMMC5.0 |
ディスプレイ | 4K+4K(外付) | 4K+4K(外付) | QHD+4K(外付) |
Miracast | 非公表 | 1080p/60Hz | 1080p/60Hz |
USB | USB 3.0/2.0 | USB 3.0/2.0 | USB 3.0/2.0 |
Wi-Fi/BT | 802.11ac/BT4.1 | 802.11ac/BT4.1 | 802.11ac/BT4.1 |
モデム | X12 LTE(CAT12/13) | X10 LTE(CAT9) | X10 LTE(CAT9) |
製造プロセスルール | 14nm | 20nm | 20nm |
出荷時期 | 16年前半 | 出荷済み | 出荷済み |
Windowsスマートフォンでの採用例 | - | - | Microsoft Lumia950/950XL、Acer Jade Primo |
ブランド | Snapdragon 617 | Snapdragon 410 | Snapdragon 210 |
---|---|---|---|
型番 | MSM8952 | MSM8916 | MSM8909 |
CPU | Cortex-A53×8/1.5GHz | Cortex-A53×4/1.2GHz | Cortex-A7×4/1.1GHz |
GPU | Adreno 405 | Adreno 306 | Adreno 304 |
メモリ | LPDDR3-1866 | LPDDR2/3-1066MHz | LPDDR2/3-1066MHz |
ストレージ | eMMC5.1 | eMMC4.5 | eMMC4.5 |
ディスプレイ | FHD+外付け | WUXGA+720p(外付) | 720p+外付け |
Miracast | 非公表 | 720p | 非公表 |
USB | USB 2.0 | USB 2.0 | USB 2.0 |
Wi-Fi/BT | 802.11ac/BT4.1 | 802.11n/BT4.1 | 802.11n/BT4.1 |
モデム | X8 LTE(CAT7) | CAT4 | X5 LTE(CAT4) |
製造プロセスルール | 28nm LP | 28nm LP | 28nm LP |
出荷時期 | 12月中? | 出荷済み | 出荷済み |
Windowsスマートフォンでの採用例 | トリニティ NuAns Neo | マウスコンピューター MADOSMA | プラスワンマーケティング FREETEL KATANA 01 |
Microsoftが公式にWindows対応を謳っているSoCはQualcommだけで、今後IntelやほかのチップベンダーのARM SoCも追加される見通しだが、現在それらを搭載した製品はまだ市場には登場していない。
大きく言うと、ローエンド向けのSnapdragon 210(MSM8909)、メインストリーム向けのSnapdragon 410(MSM8916)、ミドルレンジ向けのSnapdragon 617(MSM8952)、プレミアム向けのSnapdragon 808(MSM8992)/Snapdragon 808(MSM8994)が選択肢となっている。なお、Snapdragon 820(MSM8996)は来年(2016年)の前半に出荷が予定されているQualcommの最新フラッグシップ製品で、Snapdragon 810の後継となる製品となる。出荷まで後半年程度の時間があるためここでは選択肢からは除外する。
それぞれの製品の位置付けを、最終製品の価格でカテゴライズしたのが以下の図となる。
Snapdragon 210は2万円を切るような低価格の製品に、Snapdragon 410は2~4万円程度の普及価格帯の製品に、Snapdragon 617は4~6万円程度の中級機の製品に、そしてSnapdragon 808は6万円を超えるような高級機に採用される見込みだ。
Continuum対応を正式に表明していたスマートフォンのは、Snapdragon 808(MSM8992)を搭載したMicrosoft自身の「Lumia 950/950XL」と、Acerの「Jade Primo」だけという状況になっていた。一方NuAns NEOはSoCにSnapdragon 617を搭載しており、従来は図1で言えば(1)の赤い破線のところにあったContinuumのカットラインが、(2)の赤い破線のところまで下がることを意味する。
NuAns NEOのContinuum対応は、Miracastによる無線接続のディスプレイ出力のみに対応
ただし、NuAns NEOがサポートするContinuumは、Lumia 950/950XLやJade PrimoなどがサポートするContinuumとは若干機能が異なる。Lumia 950/950XL用にはオプションとして“Microsoft Display Dock"という製品が用意されており、このドッキングステーションにUSB Type-Cケーブルで接続することで、DisplayPortないしはHDMIから出力できる。また、同時にUSB 2.0ポートを2ポート備えており、USBのキーボードやマウスを有線で接続可能だ。
しかしNuAns NEOのディスプレイの出力はWi-Fiで、Miracastのレシーバー(FHD=1,920×1,080ドットまでの対応)を経由してのみとなる。内部的に言えば、Snapdragon 617がUSB 2.0コントローラしか内蔵しておらず、仮にLumia 950/950XLと同じようにUSB Type-Cコネクタ経由でDisplayPortの出力をしようとすれば、別途USB 3.xのチップを搭載する必要があるからだ。もちろんそれも不可能ではないが、コストアップになるし、マザーボードの大きさも増やさなければならなくなる。また、別途自前でUSB Type-CからDisplayPortなどへ変換するドッキングソリューションも開発する必要もでてくるので、そこは今回は見送ったということではないだろうか(ここは筆者の推測だ、念のため)。
ユーザーの使い勝手を考えれば、ドックにすっと挿せばすぐにContinuumとして使えるドッキングソリューションの方が優れているが、ワイヤレスでも1度繋いでしまえば同じように使えるので、便利に使えるのは間違いない。
Continuum対応がMicrosoft公式でないということの意味は
この問題は、トリニティ自身も認めており、現在のところSnapdragon 617を搭載したデバイスでのContinuumは、Microsoftが公式に認めているソリューションではない。
星川氏は「Snapdragon 617はまだ出荷されていない。出荷が遅れてもこのSoCを採用したかったのは、Continuumをサポートしたかったから。ただし、現状ではMicrosoftでの検証が終わっておらず、Microsoftの公式としては謳うことができない。中国の開発の方では動いており、これからMicrosoft、Qualcommと協力して、公式サポートされるよう、現在検証中」と説明しだ。
星川氏も話している通り、実はSnapdragon 617はまだOEMメーカーに対して製品版が出荷されていない。ODMメーカー筋の情報によれば、12月中の出荷を目指して調整中とのことだ。Snapdragon 617の出荷時期が12月中ということを考えれば、NuAns NEOが1月末から出荷されるのは妥当な線である。
話を戻すと、Snapdragon 617に関してはSoCのUSBコントローラがUSB 2.0までの対応となるため、有線のContinuum対応は技術的に難しいが、無線でフルHD+内蔵ディスプレイのHDという構成であれば対応可能な、SoCとしての性能を持っていると考えられている。GPUに関してはSnapdragon 810/808などに採用されているAdreno400シリーズの流れを汲むAdreno 405になっており、メモリはLPDDR3-1866が搭載可能。公式スペックでもフルHD+外付けディスプレイがサポート可能となっており、外付けディスプレイの解像度がどこまでかは公表されていないが、フルHD×2が可能だと考えれば、フルHD+HDという構成は不可能ではない。
現状ではSnapdragon 617が出荷すら始まっていない状況であるので検証が済んでおらず、可否についてどちらとも言えない、それがMicrosoftの立場なのだろう。それが星川氏のコメントの意味するところだ。しかし、星川氏がMicrosoftとQualcommの名前を出して協力して検証していくというコメントを出すということは、当然両社の了解があると理解すべきだろう。
実際、質疑応答で筆者は仮にMicrosoftからNGでたらどうするのかという質問をしたところ「万が一そういう事態になった場合には別途考える」と星川氏は解答している。裏を返せば「万が一にもそういうことはない」という意味だ。つまりそこには自信があり、何らかの裏付け(Microsoftからほぼ大丈夫だというお墨付きをもらっているなど)があるのではないだろうか。
いきなり上から下まで豊富にラインナップがそろってきたWindowsスマートフォン
トリニティの計画通りにことが進めば、Continuumの導入のハードルが1つ下がることになり、トリニティだけでなくほかのベンダーもSnapdragon 617を搭載したWindowsスマートフォンでContinuumをサポートできることになる。これはエンドユーザーとしては歓迎して良い。
10月に行なわれたMicrosoftの記者会見では、Windows 10 Mobile搭載スマートフォンの開発意向表明を行なったメーカーのうち、いくつかのメーカーはまだ製品を発表していない。今回のWindows 10 Mobile出荷版完成のタイミングで製品を出さないということは、トリニティと同じようにSnapdragon 617のContinuum対応待ち、という可能性はある。
例えば、10月のMicrosoftの記者会見でWindowsスマートフォンの開発意向表明を行なったVAIOは、その後何もアナウンスをしていない。その沈黙が意味するところは、Snapdragon 410/210搭載のメインストリーム向けの製品をスキップして、Snapdragon 617ないしはSnapdragon 810/808搭載製品辺りを作り込んでいるからではないだろうか。また、Windows Phone 8.1ベースの「MADOSMA」を、Windows 10 Mobileにした製品を出したマウスコンピュータが、完全な新製品を出していないのも筆者としては気になっている。ここにもその可能性があるのではないだろうか。実際にどうかは蓋を開けてみないと分からないが、期待したいところだ。
Windows 10 Mobileスマートフォンというプラットフォームにとって、スタート段階からローエンドの1万円そこそこの製品と、2~4万円のメインストリーム、4~6万円のミドルレンジと、いきなり選択肢が豊富になってきた。その中で、今回のNuAns NEOは、周辺機器メーカーでもあるトリニティの製品であることもあり、ケースやカバーなどが充実しており、本稿のテーマでもContinuumにも“対応予定”であることは、他製品との差別化ポイントになり得るだけに、今後の展開にも期待だ。