笠原一輝のユビキタス情報局

ダイサイズを縮小したRadeon HD 6800の狙い



 AMDが「Northern Islands」(ノーザンアイランド)の開発コードネームで知られる次世代GPU「Radeon HD 6000」シリーズの詳細を明らかにした。それぞれの製品のスペックやベンチマーク結果などに関しては関連記事に譲るとして、本稿ではRadeon HD 6000シリーズがビデオカード市場にどのような影響を与えるのかについて考えていきたい。

 開発コードネーム「Barts」ことRadeon HD 6800シリーズは、前世代に比べて25%ダイサイズを縮小しており、消費電力が大幅に下がっているのが特徴になる。ダイサイズの縮小により、AMDはRadeon HD 5800シリーズと同等かそれ以上の性能を持つRadeon HD 6800シリーズを、安い価格で販売することが可能になり、ライバルのNVIDIAに対して価格面で優位に立つことを目指している。

●Bartsの最大の改良ポイントは効率改善

 今回AMDはNorthern Islandsに3つの製品バリエーションを用意している。それが開発コードネームで「Barts」(バーツ)、「Cayman」(ケイマン)、「Antilles」(アンティルス)だ。このうちAntillesはGPUを2つ搭載した製品になるので、ダイのバリエーションという意味ではBarts、Caymanの2製品となる。なお、今回AMDは公表しなかったが、メインストリーム向けのTurks(トゥリュク)、Caicos(カイコス)と呼ばれる2つの製品も2011年以降に投入される計画と、AMDに近い筋は伝えている。

 このうち今回正式発表されたのはBartsこと「Radeon HD 6870」、「同6850」の2製品で、CaymanベースのRadeon HD 6970/6950、AntillesベースのRadeon HD 6990はやや遅れての出荷になる。AMD 副社長兼グラフィックス事業部 事業本部長 マット・スキナー氏によれば「CaymanのリリースはBartsの1カ月程度後になる」との事なので、11月のリリースが予想されている。また、「Antillesは第4四半期中」(スキナー氏)とのことであるので、12月中になるものと思われる。

 今回Bartsだけが先行し、CaymanとAntillesがやや遅れたスケジュールになっていることについてAMD 副社長兼GPU事業部CTO エリック・デマース氏は「リスクマネージメントの問題だ。Caymanのようなマニア向けの製品はコストや時期をあまり気にして開発する必要がないので、さまざまな事ができる。これに対してメインストリーム向けの製品では、常にコストを気にする必要があるし、クリスマス商戦に間に合わせるなどスケジュールの問題も意識する必要がある」とし、Bartsに比べてCaymanが非常に大きな改良が加えられているためスケジュールが後ろにずれ込んでいることを示唆した。

AMD 副社長兼グラフィックス事業部 事業本部長 マット・スキナー氏AMD 副社長兼GPU事業部CTO エリック・デマース氏、手に持つのがRadeon HD 6800シリーズのビデオカード

 Radeon HD 6870/6850は、Evergreenシリーズ(Radeon HD 5000シリーズ)の改良版という位置づけが正しい評価だろう。このことはAMD自身も認めており「基本的な内部構造は大きくは変わっていない。しかし、効率の改善に注力しており、ストリームプロセッサの数は減らしているが、クロック周波数を上げることで補っているほか、周辺部分、特にI/O周りの効率を改善している。これらの改良により同じプロセスルールであるのにRadeon HD 5850よりも25%小さいダイサイズで、より良いパフォーマンスを発揮している」(デマース氏)との通り、テッセレータなどに新しい機能は追加されているものの、基本的にはRadeon HD 5800のデザインを見直し、電力あたりの性能を改善することにフォーカスした製品になる。

 従って、ベンチマークの結果だけを見ると、Radeon HD 5800シリーズとRadeon HD 6800シリーズの差はあまり大きくない。しかし、アイドルパワーはRadeon HD 5850が27Wであったのに対して、Radeon HD 6870は19Wに下がっており、ワット当たりの性能は向上しているとしている。

Radeon HD 6800シリーズを説明するスライド。基本的な内部構造は大きくは変わっていないが、周辺部分(I/O)を含めて効率の見直しが行なわれている。SPの数は減ってはいるが、逆にクロックは上がっており、トータルでの性能は前世代から向上している同じプロセスルールでありながらダイサイズは25%縮小。それに伴いアイドル時の消費電力が大幅に下がっていることがわかる

●UVD3へ対応することでBlu-ray 3Dへと本格的に対応

 基本構造こそ大きな手が入っていないものの、周辺部分には大きく手が入っている。その代表といるのが、UVD3への対応だろう。

 UVDはAMDのGPUに内蔵されているビデオエンジンで、Radeon HD 2000シリーズで初めて内蔵された。Radeon HD 2000シリーズに内蔵されたのはUVD1で、VC-1(WMV-HD)とH.264(MPEG-4 AVC)という2つのコーデックをハードウェアの固定回路を利用してデコードすることが可能になった。これにより、CPUに負荷をかけること無く、Blu-ray Disc(BD)の再生が可能になったのだ。その後、Radeon HD 4000シリーズで導入されたUVD2では、デュアルストリーム再生が可能になった。

 これに対してUVD3では、新たにMPEG-4 MVC(Blu-ray 3Dで利用されているコーデック)のハードウェアデコードに対応した。MPEG-4 MVCは、MPEG-4 AVCに比べてビットレートが上がっており、ビデオ再生ハードウェアに対してより高いスループットが必要とされているため、従来のRadeon HD 5000シリーズまでに搭載されていたUVD2では十分ではなかった。このため、Radeon HD 5000シリーズでBlu-ray 3Dを再生する場合には、一部の処理にCPUが利用されている。また、UVD3ではDivX/Xvidのハードウェアデコーダ機能も追加されており、ほぼ主要な動画フォーマットへ対応したと言っていいだろう。

 なお、UVD3を利用するには再生ソフトウェア側の対応が必要になる。AMDによれば、CyberLink、ArcSoft、Roxio、Corelの再生プレーヤーでUVD3がサポートされる予定であるという。

 MPEG-4 MVCに対応したことにあわせて、AMDのGPU環境におけるAMDの3D立体視のソリューションも徐々に整ってきつつある。スキナー氏によれば、3D立体視戦略は“オープン戦略”ということで、AMD自身がメガネやエミッターなどを準備するのではなく、サードパーティーが用意するメガネやエミッターなどをAMDのドライバが対応していくという戦略をとる。

 NVIDIAが自社でメガネやエミッターなどに対応していることと比較すると、ユーザー側の選択肢が広がることはAMD側のメリットと言える。しかし、逆に言えば、多くのメガネやエミッターを自社ドライバでサポートしていかなければならないため、互換性の問題の対応に時間がかかる可能性があるというデメリットが懸念される。ただ、いずれにせよ、UVD3の登場でNVIDIAにやや遅れをとっていた状況は改善され、3D立体視の面でもAMDはNVIDIAに追いつく土壌が整った。

UVD3では、Blu-ray 3DのコーデックであるMPEG-4 MVCに対応しているほか、DivX/Xvidのハードウェアデコードに対応AMDの3D立体視ソリューションはオープン戦略で提供される。メガネやエミッターなどはサードパーティから提供されるCyberLink、ArcSoft、Roxio(ここには掲載されていないが)、Corelの4社のソフトウェアがUVD3に対応予定

●ダイサイズの縮小がAMD GPUの価格競争力を増すことになる

 AMDはRadeon HD 6800シリーズの価格については150~250ドルの価格帯とだけ明らかにしているが、AMD Technology Forum and Exhibitの会場にいたOEMメーカーの関係者に取材したところ、Radeon HD 6870を搭載したビデオカードが239ドル、Radeon HD 6850を搭載したビデオカードが179ドルという価格が想定されているという。

 これはRadeon HD 5800シリーズが250ドル以上の価格帯に設定されていたのに比べると、圧倒的に安価になっている。消費電力が改善され、性能もRadeon HD 5800シリーズと同等程度なのに、価格が下げられているのだ。これは別にマジックでもなんでもない。これはダイサイズが小さくなっているためだ。ダイサイズとコストが比例している。ダイサイズが小さくなれば、それだけ安価に販売することが可能になるのだ。Radeon HD 6800シリーズの最大のメリットはこの点にあると言っていいだろう。

 AMDから見れば、このことは特に競合他社(もちろんNVIDIAだ)との競争にはプラスに働くだろう。というのも、今まではRadeon HD 5800シリーズは、Radeon HD 5850がGeForce GTX 460 1GB(200ドル前後)、Radeon HD 5830がGeForce GTX 460 768MBと同じぐらいの価格帯にあった(表1)。

【表1】ビデオカードの価格帯の変化
Radeon HD 6800シリーズ登場前
価格対(米ドル)AMDNVIDIA
500以上Radeon HD 5970GeForce GTX 480
300~400Radeon HD 5870GeForce GTX 470
200~300Radeon HD 5850GeForce GTX 460 1GB
150~200Radeon HD 5830GeForce GTX 460 768MB
Radeon HD 6800シリーズ登場後
価格対(米ドル)AMDNVIDIA
500AntillesGeForce GTX 480
300~400CaymanGeForce GTX 470
200~300Radeon HD 6870GeForce GTX 460 1GB
150~200Radeon HD 6850GeForce GTX 460 768MB

 しかし、これがRadeon HD 6800シリーズでは価格帯が1つずつ降りてくる形になるため、Radeon HD 6870がGeForce GTX 460 1GBと、Radeon HD 6850がGeForce GTX 460 768MBと価格面で競合することになる。このため、「NVIDIAはGeForce GTX 460やGTX 470の価格改定をせざるを得ないだろう」と、ビデオカードメーカー関係者は見ているようだ。

●来年にはノートPC版の“Vancouver”が登場予定

 なお、今回のNortern IslandsシリーズはデスクトップPC版だが、AMDは同じコアでモバイル版を出す計画もある。

 AMDに近い筋によれば、Northern Islandsのモバイル版は「Vancouver」(バンクーバー)の開発コードネームで呼ばれており、「Blackcomb」(ブラッコム)、「Whistler」(ウィスラー)、「Seymour」(セイモア)の3つのダイが用意されている。BlackcombがBartsと同じダイ、WhistlerとSeymourは未発表のNorthern Islandsのメインストリーム向けバージョン(Turks、Caicos)と同等のダイになると考えられている。

 なお、Vancouverは2011年に入ってからの発表が予定されており、早ければ1月にラスベガスで行なわれるInternational CESで発表される可能性が高い(実際、Mobility Radeon HD 5000シリーズは2010年1月のCESで発表された)。

 このようにAMDは矢継ぎ早に多数の製品を発表していくことで、単体GPU市場におけるリードをより広げていきたい意向だ。スキナー氏は同社の単体GPUでの市場シェアを「第2四半期の終わりで51.5%の市場シェアを獲得している。デスクトップPCでは45%、ノートブックPCでは56%になっている」と述べた。デスクトップPCでも立場を覆す意味で、Northern Islandsは非常に重要な武器になるだろう。

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(2010年 10月 22日)

[Text by 笠原 一輝]