笠原一輝のユビキタス情報局

低価格IA Androidがタブレット市場を変える

 Androidタブレットと言えば、ARM SoCを搭載する……今やそういう常識が大きく変わりつつある。市場ではIntelの22nmで製造されるAtomプロセッサを搭載したタブレットが続々と登場し、それらの中には、低価格さから売れ筋製品になりつつある製品も登場している。

 すでに本連載ではIA(Intel Architecture)Androidタブレットに関しては度々紹介しているが、IA Androidは、Houdini Binary Translator(別記事参照)を用意し、IA向けに書かれたAndroidアプリケーションだけでなく、ARM向けに書かれたAndroidアプリケーションも走る。希な例外を除けば、現在Android用として配布しているアプリケーションをほぼそのまま利用することができ、ユーザーにISA(命令セットアーキテクチャ)の違いを感じさせない(つまり、それがIA Androidであると知らずに使っているユーザーも少なくない)。

 そうしたIA Androidの現状を、実際の製品などを取り上げながら、紹介していきたい。最新製品をテストして分かったことは、Bay Trail-Tを搭載したAndroidタブレットはハイエンドのスマートフォンなどにも匹敵する性能を持ちながら、1万円台の半ばという高いコストパフォーマンスを実現しているという事実だ。

3つのモバイル製品がある22nm世代のAtom

 現在IntelがAndroid向けに提供しているSoCは、以下のような製品になっている。

【表1】IntelがIA Android向けに販売しているSoC
ブランド名開発コードネーム製造プロセスルールCPUコアコア数GPU
Atom Z2400シリーズMedfield32nmSaltwell1コア/2スレッドPower VR SGX 540
Atom Z2500シリーズClover Trail+32nmSaltwell2コア/4スレッドPower VR SGX 544MP2
Atom Z3400シリーズMerrifield22nmSilvermont2コアPowerVR G6400
Atom Z3500シリーズMoorefield22nmSilvermont4コアPowerVR G6430
Atom Z3700シリーズBay Trail-T22nmSilvermont4コアIntel HD Graphics(Gen7)

 大きく分けると32nmと22nm世代があり、現行製品が22nm世代だ。今回取り上げるのは、Bay Trail-Tを搭載した「Atom Z3700」シリーズの製品となる。

 現行世代の22nmの製品に3つの製品があるのは、それぞれターゲットが異なるからだ。具体的に言えば、Merrifieldこと「Atom Z3400」シリーズ、Moorefieldこと「Atom Z3500」はタブレットだけでなく、スマートフォンにも入るような低消費電力を実現した製品となる。CPUに関してはBay Trail-Tと同じSilvermontコアだが、GPUはImagination Technologies製の「PowerVR 6」シリーズのGPUを搭載している。

 PowerVR 6シリーズは、32nmプロセスルール世代に搭載されていた「PowerVR 5」シリーズに比べると、処理能力が大きく向上している。Merrifieldに搭載されている「PowerVR G6400」は、Clover Trail+の「PowerVR SGX544MP2」に比べて2倍の性能を実現していると言われている。それでも、スマートフォンに内蔵させることが可能な程度に消費電力が抑えられている。

 なお、Merrifieldを搭載した製品としてはデルの「Venue 8」(別記事参照)、Moorefiledを搭載した製品としてはKDDIから「ASUS MeMO Pad 8」(別記事参照)がすでに発表されており、今後LTEモデム内蔵のタブレットやスマートフォンなどに採用されていくことになるだろう。

 これに対して、Atom Z3700ことBay Trail-Tは、どちらかと言えば高性能タブレット向けの製品となる。Merrifield、Moorefieldとの大きな差は、Intel自身が開発したIntel HD GraphicsがGPUとして採用されていることだ。このGPUは、第3世代Coreプロセッサ(Ivy Bridge)のGPU(第7世代と呼ばれる)と同じエンジンを採用しており、PCクラスのGPU性能を実現している。

 ただ、エンジン数はIvy Bridgeが最大16エンジンであるのに対して、Bay Trail-Tは4エンジンに留まっており、純粋な性能という意味ではCoreプロセッサが優位という立場は変わらない。ちなみに現行世代Haswell=第4世代CoreプロセッサはGT2が20エンジン、GT3が40エンジンとなっている。

 ご存知の通り、Bay Trail-Tは多数のWindowsタブレットに採用されているが、Bay Trail-TにはAndroid用のドライバも提供されており、OEMメーカーはAndroidのタブレットにも利用できるのだ。

Bay Trail-Tを搭載したAndroidタブレットが徐々に市場に姿を現しつつある

 Bay Trail自体は、昨年(2013年)9月にサンフランシスコで行なわれたIDF13で発表され、搭載されたWindowsタブレットに関しては、2013年末頃から市場に出回り始めている。これに対してAndroidに関しては若干遅れて、今年(2014年)に入ってようやく市場にいくつかの製品が出回り始めた。

 その代表的な製品となりそうなのが、ASUSの「MeMO Pad 7」(ME176C)だ(レビュー記事は別途掲載されているので、興味がある方はそちらを参照していただきたい)。ASUSのAndroidタブレットと言えば、Googleとのダブルブランドである「Nexus 7」がよく知られていると思われるが、その自社ブランド版がMeMO Padとなる。

 本誌を読む熱心なユーザーにとっては、ハイエンドユーザー向けのスペックとも言えるNexus 7の方が興味は高いと思われるが、実はグローバルに見ても、そして日本市場を見ても、どちらかと言えば数が出ているのはこのMeMO Padの方だ。理由は単純に価格であり、Nexus 7が2万円半ばからの価格帯になっているのに対して、MeMO Padは1万円台となっており、価格重視のユーザーに受けているのだ。ASUSが全世界のタブレット市場で、Apple、Samsung、Lenovoに次いで市場シェアが4位であるのも、このMeMO Padが大きく貢献している。

 そのMeMO Pad 7(ME176C)だが、すでに販売が終了している「MeMO Pad HD 7」(ME173X)の後継という位置付けになる。従来製品のME173Xは、プロセッサにMediaTekのMTK8125(1.2GHz、クアッドコア)を搭載しており、メモリ1GB、16GB eMMC、1,280×800ドットの7型LEDバックライト液晶というスペックになっていた。これに対して、ME176CはCPUにAtom Z3745(1.33GHz、クアッドコア)、メモリ1GB、16GB eMMC、1,280×800ドットの7型LEDバックライト液晶と、ハードウェア面ではほぼCPUが置き換わっただけと見ていい。

【表2】ME176CとME173Xのスペック

MeMO Pad 7(ME176C)MeMO Pad HD7(ME173X)
SoCAtom Z3745(1.33GHz、クアッドコア)MTK8125(1.2GHz、クアッドコア)
メモリ1GB1GB
ストレージ16GB(eMMC)16GB(eMMC)
ストレージ拡張microSDXCmicroSDHC
ディスプレイ7型 LEDバックライト(1,280×800ドット)7型 LEDバックライト(1,280×800ドット)
カメラ500万画素(背面)/200万画素(前面)500万画素(背面)/120万画素(前面)
バッテリー駆動時間約9時間約10時間
重量295g302g
OSAndroid 4.4Android 4.2.1

 一方ソフトウェアに関してはME176Cの方が進化しており、OSがAndroid 4.4になっているほか、ASUSの最新Androidスマートフォン/タブレットに共通して採用されている新しい「Zen UI」を搭載しているのが強化点となる。

 気になる価格帯だが、ほぼ同じでどちらも2万円弱という価格帯からスタートしている。なお、ME176Cもすでに若干価格が下がっており、家電量販店の多くでは10%ポイント還元を含む価格が18,000円弱になっており、実質的に1万円台半ばという価格帯になってきている。

ASUSのMeMO Pad 7。Atom Z3745を搭載した7型Androidタブレットで、価格は1万円台の半ば~後半
microSDXCに対応したカードスロットが用意されている
裏面にはIA Android共通のIntelロゴが刻印されている

32nm世代のAtomに比べて大幅に性能が強化されたBay Trail-T

 さて、こうしたBay Trail-Tを搭載したAndroidタブレットの性能を見ていくと、実に興味深い。というのも、ベンチマークテストの結果を見る限り、従来の低価格向けのAndroidタブレットに比べると、性能が大きく上がっているからだ。

 今回比較対象として用意したのは、過去のAndroidタブレット/スマートフォン向けSoC(Atom Z2580=Clover Trail+、Atom Z2480=Medfield)を搭載したスマートフォン、さらには低価格タブレットで多く採用されているMT8125を搭載したタブレット、加えて2013年のQualcommのハイエンド製品であるSnapdragon 800(MSM8974)を搭載したスマートフォン、そして2年前のタブレットのメインストリーム向け製品であるNexus 7(2012)を用意した。

 なお、3Dテストの3DMarkに関しては、Windowsと共通のテストとして実行できるので、同じBay Trail-TのAtom Z3745を搭載したWindowsタブレットと、Core i5-4200U(GT2)とCore i7 4650U(GT3)を搭載したVAIO Duo 13の結果も併せて参考として掲載している。

 テスト環境と結果は以下の通りだ。

【表3】テスト環境

SoCGPUメモリストレージOS
Motorola Razor i(XT890)Atom Z2480(最大2GHz)PowerVR SGX 5401GB8GB(eMMC)Android 4.1
ASUS ZenFone5(T00F)Atom Z2580(最大2GHz)PowerVR SGX 544MP21GB16GB(eMMC)Android 4.3
ASUSMeMOPad 7(ME176C)Atom Z3745(1.33/1.86GHz)Intel HD Graphics(Gen7)1GB16GB(eMMC)Android 4.4
SONY Xperia Z1f(NTTドコモ SO-02F)Snapdragon 800(MSM8974,2.2GHz)Adreno 3302GB16GB(eMMC)Android 4.4
Lenovo Yoga Tablet 8MT8125(1.2GHz、クアッドコア)PowerVR SGX5441GB16GB(eMMC)Android 4.2
Nexus 7(2012)Tegra3(1.3GHz、クアッドコア)NVIDIA名称不明1GB8GB(eMMC)Android 4.4
ASUS T100TAAtom Z3745(1.33/1.86GHz)Intel HD Graphics(Gen7)2GB32GB(eMMC)Windows 8.1 Update(32bit)
VAIO Duo 13Core i5-4200UIntel HD Graphics/GT24GB128GB(SSD)Windows 8.1 Update(64bit)
VAIO Duo 13Core i7-4650UIntel HD Graphics/GT38GB256GB(SSD)Windows 8.1 Pro Update(64bit)

 ベンチマークテストに用意したのは、3D描画性能を計測する3DMark(グラフ1)、Android環境における一般的なベンチマークとしてユーザーに利用されることが多いAntutu(グラフ2、3、表4)、そして実際のアプリケーションを実行して応答速度を計測することで、ユーザーの体感に近い結果を出すMobileXPRT2013/Performance Test(グラフ4、5)の3つだ。いずれもGoogle Playマーケットからダウンロードできるので、興味があるユーザーは自分の端末でどの程度の結果を残すか調べてからチェックすると分かりやすいだろう。

【グラフ1】3DMark(Ice Storm Unlimited)
【グラフ2】Antutu 総合結果
【グラフ3】Antutu詳細結果
【表4】Antutuの詳細結果

Tegra3 T30LMTK8125Snapdragon 800/MSM8974Atom Z2480Atom Z2580Atom Z3745
UX/マルチタスク290626406168177635026521
UX/Dalvik1053903376992817663507
RAM/演算性能15321117146367514082289
RAM/速度4505102453117721822762
CPU/整数演算19711816300377016672856
CPU/浮動小数点13211260335174818424113
GPU/2D8128761602118516481634
GPU/3D232629938939308554048332
IO/ストレージ955821158840412151455
IO/データベース530625670245630640
【グラフ4】MobileXPRT2013/Performance Test総合
【グラフ5】MobileXPRT2013/Performance Test詳細

 3Dでも、総合ベンチマークでも、そしてアプリケーションベンチマークでも、Atom Z3745を搭載しているMeMO Pad 7は、Atom Z2580、Atom Z2480のいずれの製品に比べても大幅な性能向上になっている。特に、QualcommのSnapdragonシリーズに比べて弱点となっていた3Dも、Intel HD Graphicsへと変更されたことで大幅に改善されていることが分かる。

 また、同じ価格帯でこれまで多くの製品が採用してきたMTK8125に比べても性能が高いことが分かる。3Dでも、Antutuでも、MobileXPRT2013でも大きく上回っている。また、3Dを除けば、QualcommのSnapdragon 800よりも高い性能を示しており、ほぼ同等か、それを上回る性能と言って良いだろう。

 こうした結果から言えることは、1万円台半ばという低価格なBay Trail-Tを搭載したタブレットは、従来の低価格Androidタブレットと比較すると段違いで、1ランク上の価格帯の製品に匹敵する性能を実現しているということだろう。

内蔵EUが16個と4倍に増やされるCherry Trailは年末に登場予定

 Intelは今年4,000万台のIntelベースタブレットの出荷を目指すと公言しており、先日発表された2014年の第2四半期の決算発表においてもその目標が達成される見通しで順調に進んでいることを明らかにしている(別記事参照)。現在Clover Trail+ベースが中心になっているIA Androidタブレットも、徐々にBay Trail-TやMerrifield、Moorefieldなど22nmの製品へ切り替わっていくことになる。とすると、今回のMeMO Pad 7のように、低価格でしかも高性能を実現している製品が多数登場することになるだろう。

 Intelは今後も、タブレット向けのSoCを拡張していく。今年の後半には、14nmプロセスルールで製造されるCherry Trail(チェリートレイル)の開発コードネームで知られる製品を投入する。Intelは14nmで製造されるAtomはこのCherry Trailと、その後継となるBroxtonがあるのだが、BroxtonはCPUのマイクロアーキテクチャが完全な新型(Goldmont)に更新されるのに対して、Cherry Trailは引き続き現行のSilvermontコアの改良版となるAirmontに留まる。では、何が新しくなるのかと言えば、それは内蔵GPUだ。

 Cherry Trailの内蔵GPUは、同じ14nm世代のCoreプロセッサとなるBroadwellと同じIntelの第8世代(Gen8)の内蔵GPUが採用されている。かつ、Bay Trailでは4エンジンだったGPUに対して、Cherry Trailでは4倍の16エンジンになる。つまり、14nmに微細化されて増えるトランジスタが内蔵GPUの強化に使われるのだ。すでにベンチマークで見てきたように、Bay Trail-Tでも内蔵GPUの性能は大幅に強化されているが、Cherry Trailではそれがさらに引き上げられることになる。

 このCherry Trailは年末といっても年末商戦よりは早い時期をターゲットにして開発が進められており、うまくいけば年末商戦に発売される製品に採用されることになるが、まずはWindowsタブレットに採用され、その後Androidタブレットへの採用が進むことになるだろう。

(笠原 一輝)