笠原一輝のユビキタス情報局

MWC2014で見えてくる業界の風景

〜今後2年間で急成長する199ドル以下の低価格デバイス

MWCの会場となるFira Gran Via(2013年撮影撮影)

 2月24日(現地時間)からスペインのバルセロナでMWC(Mobile World Congress)が開催される。MWCは通信業界向けのソリューションを展示する展示会で、スマートフォンやタブレットなどに関する新製品が多数展示されることでもよく知られており、今年(2014年)もそうした製品が多数展示される見通しだ。筆者も現在そのMWCに参加するためにスペインへ向かう機内でこの記事を書いているところだが、今年のMWCでは例年とは異なり日本のユーザー向けのハイエンドデバイスというよりは、どちらかと言えば低価格向けの製品が話題の中心になりそうだ。

 というのも、今年から来年にかけてグローバル市場において最も成長すると見られているのが199ドル(日本円で約2万円)以下、もっと言えば99ドル(日本円で約1万円)以下の低価格デバイスで、成長市場と言われている中国、東南アジアなどを中心とした新興国市場向けのデバイスの数が増え、そこがデバイス市場の成長の鍵となっていきそうだからだ。

Android搭載デバイス今後2年間で急成長するというガートナーの予測

 MWCに限らず、トレードショーの直前になるとさまざまな会社からさまざまな資料が送られてくる。今年のMWCも例外ではなくて、実に多くのデータや取材の依頼などのメールが来るのだが、その中に、1つ筆者の目を引いたメールがあった。それは調査会社ガートナーから送られてきたMWCに関連の各市場における最新の公表値という資料だった。

 その中でガートナーは、PC、スマートフォン、タブレットの市場規模に関する数値などを公開しているのだが、筆者の目を引いたのは以下の数字だ。

【表1】セグメント別ワールドワイドデバイス出荷数(単位:千台) 出典:ガートナー(2014年、1月)
2012年 2013年 2014年 2015年
PC(デスクトップ/クラムシェル) 341,273 299,342 277,939 268,491
タブレット 119,529 179,531 263,450 324,565
携帯電話 1,746,177 1,804,334 1,893,425 1,964,788
それ以外の携帯電子機器(ハイブリッドなど) 9,344 17,195 39,636 63,835
合計 2,216,322 2,300,402 2,474,451 2,621,678
【表2】OS別ワールドワイドデバイス出荷数(単位:千台) 出典:ガートナー(2014年、1月)
2012 2013 2014 2015
Android 503,690 877,885 1,102,572 1,254,367
Windows 346,272 327,956 359,855 422,726
iOS/Mac OS 213,690 266,769 344,206 397,234
RIM 34,581 24,019 15,416 10,597
Chrome 185 1,841 4,793 8,000
その他 1,117,905 801,932 647,572 528,755
合計 2,216,322 2,300,402 2,474,414 2,621,678

 PCが減りタブレットが増えるというのが、PCユーザーには気になるところだと思うが、これは自然なことだ。というのも、PCでもフォームファクターの変化は常に起きており、古くはデスクトップPCからクラムシェル型へのノートPCへのシフトが2000年代の前半から後半へと起きた。これから起こるのは、クラムシェル型からタブレットへのシフトだ。

 デスクトップPCからノートPCへのシフト時との違いは、ノートPCへのシフトの時はプラットフォームはWintelのままフォームファクタのみが変わったが、今回はプラットフォームがWintelの組み合わせだけではないという点だ。ただし、Wintel陣営ももちろんタブレットへのシフトを強めており、Microsoft自身のSurfaceシリーズ、各社の8型級Windowsタブレットなどは、PCそしてタブレット、どちらとも言えるので、これをPCとカウントするのか、タブレットにカウントするのかで、話は全然違ってくるので、議論がややこしくなっている。“PCが衰退する”と言う人は少なくないが、それがフォームファクタのことを言っているのか、プラットフォームとしてのWintelの事を言っているのかで全然意味合いが違ってくるということだ。前者であればその通りだが、後者であればまだ答えは出ていないというのが現状である。

 ただ、Windowsの地位低下という意味では、表2の方の数字を見れば明らかだろう。2000年代にはITのプラットフォームとしてのほぼ独占的な地位を占めていたWindowsだが、今やそうではない、3強の1つに過ぎないというのが、数字からも明らかだろう。かつその地位は年々低下していっている。その最大要因はAndroidの急速な立ち上がりだ。Androidは、2012年にはすでにWindowsを上回っており、昨年(2013年)の段階でダブルスコアに、そしてガートナーの予測が正しければ今年はトリプルスコアになり、再来年に至ってはクアッドスコア、つまり4倍の出荷数になる。

 なぜこうなるのだろうか。その理由は1つだ。今年から来年にかけて起こることは、中国や東南アジアなどの市場におけるAndroid搭載スマートフォン/タブレットの急速な普及だ。それに合わせてAndroidを搭載したデバイスの出荷数が増えていくと予想されているのだ。実際、あるODMメーカーの関係者は「中国や台湾のODMメーカーなどに案件の多くは199ドル以下、もっと言えば99ドルといった低価格のデバイス。ブランドメーカーも含めてそうした製品をそうした成長市場に出していくという流れになっている」と言っている。そのほとんどがAndroidになると見られている。

プラットフォームベンダは199ドル以下の市場への取り組みを強めている

 今、プラットフォームベンダーの誰もがこうした低価格デバイスに対するソリューションを提供しようとやっきになっている。例えば、ARM SoCのベンダに対してIPデザインを提供するARMは、64bitのARMアーキテクチャを採用したCortex-A57や32bitの高性能版Cortex-A15だけでなく、ローエンド向けのCortex-A12(別記事参照)、ミドルレンジ向けのCortex-A17(別記事参照)などを投入しており、GPUに関しても同様でMali-T720(別記事参照)といったローエンド向けラインナップを増やしている。

 多くの読者も感じられていると思うが、スマートフォンは急速に成熟した製品になり、今後はメンテナンスモードに入ると見られている。現在のPCがそうであるように、置き換え需要を意識した製品展開だ。そうした中で、今後も成長を遂げていくためには成長市場での低価格デバイスが鍵になる、それが業界の共通認識だ。

 その中で今後はGoogleの一人勝ちになる可能性が高いというのも、多くの業界関係者が持っている認識だ。その理由は単純で、競合他社がこの低価格市場に対して対処できていないからだ。例えば、Appleは昨年の秋に低価格モデルとして「iPhone 5c」を出したが、それでも価格は日本円で6万円を超えている。つまり、2万円以下の価格帯にはまったくアクセスできていない。Appleにとって難しいのは、コスト的に2万円以下の製品を出すのは不可能ではないが、その場合彼等の言うところの「最高の体験」というのがぶち壊しになる可能性があるし、逆にぶち壊しにならなければ、じゃあ、なぜ6万円の製品があるのか、という話しになる。このジレンマをどうするのか、今のところAppleは何も回答を出せていない。

Microsoft、1GBデザインの導入は来年に

 そしてもう一方のMicrosoftだが、同社もこの市場にアクセスできていない。Microsoftがスマートフォン向けに用意しているOSはWindows Phone、タブレットに用意しているのがWindows 8.1(RTを含む、以下同)だが、やはり今のところどちらも低価格市場にはほどんとミートしていない。

 まず、Windows Phoneの方だが、昨年Microsoftが買収したNokiaのDevices & Services部門が、199ドル以下の市場にいくつか製品を出しているものの、それ以外のOEMメーカーで低価格製品に採用した例はほぼない。Windows Phoneの最新版Windows Phone 8はQualcommとの強力なパートナーシップでプラットフォームを推進しているが、Qualcommのメインターゲットがプレミアム向けだったことも影響して、なかなかそこには入れていないのが現状だ。

 Windows 8.1でも同様だ。各社のWindowsタブレットは、199ドル以下の市場には参入できていない。その代表例ではMicrosoft自身の「Surface 2」の米国での価格は499ドルに設定されているほか、各社の8型Windowsタブレットは299ドルというのが価格設定だ。なぜ、Windows 8.1では199ドル以下の価格帯の製品が実現できないのだろうか。もちろんOS自体に価格がかかっていることもそうなのだが、それ以外にハードウェアのBOM(Bill of Material、部材価格)が高いということも影響している。というのも、Windows 8.1ではハードウェアへの要求が、Androidに比べて高いからだ。わかりやすい例でいえば、メモリでAndroidでは1GBでもそれなりに動くが、Windowsでは1GBではかなり厳しく2GBが最小となる。

 同じことはGPUにも言える。ARMが用意しているMali-T700シリーズは上位版のMaliーT760ではWindows RTをサポートしているが、ローエンド版のMali-T720はAndroidのみをサポートしている。Windowsの方がGPUへの負荷が高いからだ。現状でも、Windows RTで使えるSoCの選択肢は、Intel、Qualcomm、NVIDIAといったハイエンド向けのSoCのみで、ローエンドGPUしか内蔵していないMediaTek、Rockchip、AllwinnerといったARM SoCは選択できないのだ(もちろんMicrosoftがそうした低価格SoCベンダーを現状ではサポートしていないという側面もある)。

 もちろんMicrosoftもこうした問題があることは認識をしており、OEMメーカーに対してオプションを提供しようと計画している。あるOEMメーカーの関係者によれば「Microsoftは今年提供される予定のWindows 8.1のUpdate 1で、メモリ1GBのデザインを可能にするオプションを提供すると検討していたが、それは中止になり来年からとなった」とのことだ。

 Microsoftは4月にWindows 8.1の大規模バージョンアップを提供する計画だった。具体的にどのようなものだったかはわからないのだが、おそらくOSの機能を削るなどして、OSのフットプリントを小さくして、少ないメモリでも動くようなデザインだったと思われる。あるいは、タブレット向けのデザインとして、Windowsデスクトップの機能を削り、Modern UIだけで動作するようにするということも考えられる(もちろんそのためにはModern UI版Officeが必要だが……)。

 ただ、前出の関係者によれば、現在ではMicrosoftはその計画を2015年に実施する予定で進めているとのことなので、2015年に導入されることになるWindows 9で、何らかの対応がされると考えて間違いないだろう。おそらく、4月に行なわれるBuildでその概要は明らかになるだろう。

Intelの武器はローコストパッケージ版Bay Trailと統合性を高めたSoFIA

 Wintel陣営のもう1つの雄であるIntelにも、同じ課題はある。IntelのBay Trailは、SoCとしての完成度が高く、消費電力も他のARM SoC並みになったため、8型Windowsタブレットなどに搭載され好評を博している。また、Intelは間もなく(第1四半期内に)、Merrifieldの開発コードネームで知られる製品をスマートフォン向けSoCとして投入する。

 Intelにとってそれらの製品は、QualcommやNVIDIAといったハイエンドSoCを製造するメーカーに対抗する製品としては十分に競争力があると言えるのだが、問題はそれらのメーカーと同じく199ドル以下の製品に搭載されるようなラインナップが今のところないということだ。低価格向けではないというのは、SoC単体の価格が、競合に比べて高いというのもそうなのだが、周辺部分のデザインにかかるコストも問題になっている。

ThinkPad 8の基板は、10層という高密度実装基板を採用しているが、ThinkPad 8のようなプレミアム製品向けでは問題ないが、199ドル以下の製品にはややコスト高

 例えば、現在のBay Trailを搭載した製品は、例えば「ThinkPad 8」などがその代表例(別記事参照)だが、基板を小さくするためには高密度実装基板を利用する必要がある。ThinkPad 8では10層基板を利用しているのだが、399ドルの価格レンジではそうしたデザインが利用できても、199ドル以下の製品ではそれがコスト的には利用できないのだ。

 そこで、IntelはOEMメーカーに対して旧世代の製品(例えば、Clover Trail+/Atom Z2500シリーズ)を低価格で提供し、場合によってはマーケティングファンドを提供することで、市場への浸透を図っている。ASUSが1月のCESで発表したZenFone(別記事参照)はその代表例で、SoCにはClover Trail+を搭載し4型が99ドル、5型が149ドル、6型が199ドルという価格になっている。Intelが大幅なディスカウントをしなければこういう価格は無理だと、多くのOEMメーカーの関係者が指摘している。

 もちろん、そうした手法がいつまでも続くわけはないので、Intelも状況を改善する手を打っていく見通しだ。まずは、第2四半期にBay Trailのローコストパッケージ版を投入する。このローコストパッケージを利用すると、一般的な6層基板が使えるようになり、基板にかかるコストを大幅に下げることができる。

 また、今年の後半にはさらにローコスト向けSoCとなるSoFIA(ソフィア、開発コードネーム、別記事参照)を投入する。SoFIAでは現在のBay Trailなどでは外部チップとなっているモデム、Wi-Fi、Bluetooth、GPSなどもSoCに統合する。これにより、OEMメーカーはさらに低コストでデバイスを作れるようになる。

ソニーにとっては難しい選択

 最後にこうした動向が、日本のメーカーにとってどんな意味があるのかについて触れておきたい。現在市場で起こっていることは、クラムシェル型からタブレットへの急速なシフト、そしてハイエンドスマートフォンの急速な成熟により、成長のフォーカスが低価格なスマートフォンへと移り変わっていったという市場状況の変化だ。従って、その市場動向について行くことが重要になる。

 その中で激しい動きをしたのは、先々週にPCビジネスから撤退し、ファンドへPCビジネスの売却を決めたソニーだ。確かに、昨年(2013年)、ソニーの子会社でスマートフォン/タブレットビジネスを担当しているソニーモバイルは、急速に成熟するハイエンド市場の中で目立った存在となった。Xperia Z/Z1などのスマートフォンは完成度も高く、日本だけでなく世界中の市場で注目される製品となった。

 ソニーモバイルにとって重要なことは今年、そして来年、変わりつつある市場環境の変化についていくことだろう。ソニーモバイルが取るべき道は2つある。1つはプレミアム向けの市場で、Appleに匹敵するか、できれば上回るブランドになることだ。現在はプレミアム向け市場の2大ブランドはAppleとSamsung ElectronicsのGalaxyシリーズであり、少なくともソニーはSamsungは抜く必要があるだろう。仮にそれに失敗すれば、PCの市場において、ソニーがAppleのようなプレミアムブランドになりきれず、事業売却に至ったような事態が繰り返される可能性がある。

 もう1つは低価格スマートフォンへのシフトという波に乗って、ソニーも低価格製品を展開していくという道だ。ただ、そこにはすでにSamsungとNokiaという成長市場に強いメーカーもいるし、中国市場を征してグローバルで3位のメーカーにのし上がったLenovoもいる。低価格製品を展開していくなら、少なくとも今年と来年でかなりのシェアを獲得していく必要があり、大変な戦いだが、こうした製品ではシェアは力と同義なので、今後もグローバルにビジネスを展開してきたいと思うなら、ここに参入するのが正しいと思う。

 もちろん海外勢も低価格端末への展開を強める。Microsoftが買収したNokiaのデバイス部門は、MWCにおいてAndroid端末を発表すると噂されている。現時点ではその真偽は不明だが、199ドル、さらにその下の99ドル端末に注力するなら、そのエコシステムができあがっているAndroid端末を出すというのは論理的な解だ。Samsungなども、毎年のように低価格端末を充実されており、MWCでもそうした展示をしてくるものと考えられる。このほか、中国のLenovo、ZTE、Hauweiなどもブースを構えてそうした端末を展示してくるだろう。

 日本のユーザーからすれば、Xperia Z1の後継製品ようなハイエンド端末が出るかどうかが興味の中心だと思われるが、業界のトレンドということを追いかけるのであれば、そうした視点でMWCのニュースを追いかけてみると、また違う風景が見えてくる。

(笠原 一輝)