笠原一輝のユビキタス情報局
電波も通すアルミボディ設計に秘められた「ThinkPad 8」開発者の想い
(2014/2/20 06:00)
レノボ・ジャパンの「ThinkPad 8」は、8.3型WUXGA(1,920×1,200ドット)液晶を搭載したWindowsタブレットで、1月の末から日本でも販売が開始されている。本連載でも、ワイヤレスWANのモデムの件で取り上げたが、その後ThinkPadシリーズの研究開発を担当しているレノボ・ジャパンの開発拠点である大和研究所のエンジニアにお話を伺う機会を得たので、そうした取材を通じて分かったThinkPad 8のスペックや外見からでは分からない秘密に迫っていきたい。
大和研究所だけでなく、NEC PC米沢事業所のエンジニアも加わってチームを構成
ThinkPad 8の開発は、神奈川県横浜市にある大和研究所で行なわれている。よく知られているように、Lenovoグループは世界中で主に4つの開発拠点を持っている。内2つは本社のある北京と旧IBM PC事業部の本拠地だった米国ノースカロライナ州のローリー(ラーレイ)に設置されている。残り2つは日本国内にあり、1つが大和研究所であり、もう1つがNEC PCが山形県米沢市に持っている米沢事業所になる。
ちなみに、一口にLenovoといっても、先進国の市場(日本や欧米など)は、旧IBM PCの流れを汲むローリーがグローバルな本社機能として機能しており、言ってみれば米国流の経営がされている。従って中国資本のLenovoだが、どちらかといえば経営方針などがHewlett-Packard(HP)やDellなど米国資本のメーカーに近い背景にはそうしたことも影響している。
横浜にある大和研究所では主にThinkPadブランドの製品を研究、開発している。レノボ・ジャパン株式会社 大和研究所 ThinkPadビジネスユニット タブレット開発 部長の加藤敬幸氏が率いているのは、2013年1月に発足した新組織で、LenovoがPC+(ピーシープラス)と呼んでいる、PC+ガジェットのようなタブレットや2-in-1デバイスなど従来のPCの範囲には入りきらない新しいデバイスを開発する部隊だ。この部隊は既存の製品で言えば「ThinkPad Tablet 2」、「ThinkPad Helix」といった製品を担当し、今回発表されたThinkPad 8はその新組織がゼロから設計を担当した最初の製品となる。
しかも、この組織は純粋にLenovo、もっと言えば旧IBM PCの流れを汲むエンジニアだけが担当しているわけではないという。加藤氏によれば「このチームは、LenovoとNEC PCのエンジニアによるハイブリッドチーム。これまでも交換留学という形で、米沢のエンジニアが大和に来たり、その逆もあったが、現在はLenovoとNEC PCの協業の2段階目として、4分の1程度がNEC PCのエンジニアになっている。NEC PCはコンシューマ向け製品の経験が長く、その経験を今回のThinkPad 8の開発に役立ててもらっている」と、LenovoとNEC PCの混合チームであることを明らかにした。
プレミアム向け製品を意識して設計されたThinkPad 8
ThinkPad 8は、8型Windowsタブレットという括りの製品の中でも、ハイエンドに属する製品だ。例えば、8型のWindowsタブレットは、多くの製品が4万円台になっている。同じ64GBのストレージ、Office Home and Business 2013、無印Windows 8.1を搭載する製品としては、同社の「Miix 2 8」や他社製品が47,800円(実際には量販店などで10%ポイント還元付き)程度なのに対し、ThinkPad 8は同じ64GBストレージ、Office Home and Business 2013、無印Windows 8.1というスペックで55,000円前後という価格設定になっており、やや高めであるのは事実だ。
加藤氏によればそもそもThinkPad 8の開発は“プレミアム製品”ということを意識して、最初からこの価格帯を狙った製品にすることを前提に設計したのだという。ThinkPad 8をプレミアム製品と位置付けた理由は2つあるという。
1つは、すでに紹介した通り、Lenovoのラインナップとして1クラス下の価格帯(4万円台)にMiix 2 8が存在しており、メインストリーム市場はそちらがカバーするため、それと棲み分けることはある程度設計段階から意識していたという。8.3型WUXGAの高解像度、やや大きめの液晶パネルや、SoCの最上位SKUを採用するなど8型Windowsタブレットとしてはハイスペックになっているのはそのためだ。
そしてもう1つがいわゆるコンシューマライゼーションと呼ばれるような、コンシューマ向けの機器をユーザーが自分で購入して、それを会社のネットワークに接続して使うという使い方があたり前になりつつあることだ。「もちろんThinkPadということでビジネスユーザーを意識しているのはもちろんだが、それに加えてBYOD(Bring Your Own Device、従業員が私物のデバイスを企業に持ち込んでネットワークに接続して利用する形態のこと)で使うような用途なども意識している。コンシューマ向けの味付けが大事だと考え、製品のデザインや機能なども所有する喜びを持ってもらえるような設計にしている」(加藤氏)。そのために全面アルミニウムを採用した裏蓋のデザインや、後述するクイックショットと呼ばれるカバーと連動してカメラが起動する機能などを実装したのだという。
おそらく本誌の読者にとって、ThinkPadと言えば、“The Notebook PC”と言ってよい典型的なビジネス向けのクラムシェル型のノートPCという位置付けだろう。だが、近年Lenovoはその位置付けを変えており、従来はビジネス向けだったThinkブランドを、今はプレミアムブランドと位置付けており、ターゲットを企業の一括導入だけでなく、BYODで利用するプロシューマや、ハイエンドのコンシューマユーザーもターゲットにしている。1月のCESで発表された新しいThinkPad X1 Carbonの適応型キーボードなどもそうした流れの中で作られた製品で、ThinkPad 8も新戦略(彼等はこれを総称してPC+と呼んでいる)の中での戦略的な位置付けの製品となる。
そうしたこともあり、ThinkPad 8は徹底的にデザインにこだわっているという。例えば全面アルミの裏面のデザイン、側面はラバーコーティングされたフレームなど、薄く見え、かつ高級感があるデザインを採用している。また、色に関しては最終的にはThinkPadのイメージカラーであるブラックが採用されたが、企画段階ではシルバーも検討されていたという。実際に製品サンプルが作られるレベルまで検討されたそうだが「セールス担当者などに見せたところ、ほとんど全員がブラックがよいということになったので、最終的にはブラックのみになった」(加藤氏)と見送られたものの、もう少しで久々に黒ではないThinkPadが登場する可能性もあったのだという。
筆者個人としては黒の落ち着いた色が好みだが、人によってはシルバーの方がいいという人もいるだろうから、ぜひ将来の製品では、そうした新しいカラーにもチャレンジしてもらいたい。
全面アルミニウムの裏面カバーは特別なWi-Fi設計のおかげ
コンシューマライゼーションも意識したというThinkPad 8のデザインだが、確かに裏面全面にアルミニウムを採用し、サイドのラバーコーディングとマッチしてより薄く高級感があるように見せる効果がある。
しかし、アルミニウムにはタブレットのボディで採用するのにある決定的な弱点がある。それはアルミニウムという素材が電波を通しにくいという点だ。このため、一般的にアルミボディを採用するタブレットは、アンテナ部分に切り込みを入れて、その部分を樹脂製にしている。その場合、どうしても色が違ってしまうなど、どこか継ぎ接ぎが出てしまい、ちょっと安っぽい感じになってしまうのだ。
だが、今回のThinkPad 8ではそうせず、裏面は全面アルミになっており、樹脂製の部分はないのだという。では、Wi-FiやBluetoothなどの電波はどうやって通すのだろうか? 加藤氏によれば「Wi-Fi/Bluetoothのモジュールもアンテナも特別に設計し直している。Broadcomの協力を仰ぎ、特別の外部回路を内蔵したモジュールを設計しており、送信側は出力を高め、受信側はアンプリファイヤー(アンプ)を入れて信号を増幅している」とのことで、Wi-Fi/Bluetoothのモジュールそのものに手を入れ、さらにアンテナ出力を調整することで対処しているのだという。
今回のThinkPad 8では、IntelのAtom Z3770という、いわゆるBay Trailの開発コードネームで知られるSoCを採用している。このBay Trailや、その前の世代となるClover Trailの世代では、Intelは、SoCの周辺部分(例えばWi-Fi/BluetoothはBroadcomのチップ、オーディオならRealTekなど)などをベンダー決め打ちにしてリファレンスデザインをOEMメーカーに対して提供しており、OEMメーカーはそのデザイン通りに作れば簡単に製品を設計できる。OEMメーカーにとっては、そのデザイン通りに作っておけば、低コストで設計できるというメリットがある。つまり、逆に言えばそれからはみ出す設計をすれば、それだけコストが増えることになり、OEMメーカーにとっては負担となる。
それなのに、今回のThinkPad 8ではそれを覚悟の上で独自設計にしたということだ。このため、搭載されているWi-Fi/Bluetoothチップは、Intelのリファレンスデザインと同じBroadcomのICだが、デバイスIDはThinkPad 8用特別版となっており、デバイスドライバもこの製品用に変更されたモノが用意されるという。このため、いわゆるWHQL(ウィクルと読む)と呼ばれる、デバイスベンダーが取得する必要があるWindowsのデバイスドライバ認証も通常の製品とは別に、ThinkPad 8用にBroadcomが取得しているのだという。そこまでしてでも、裏面全面アルミにこだわったというのがこのThinkPad 8なのだ。
ただ、この手段が効くのは、Wi-Fi/Bluetoothまでで、グローバルモデルなどで提供される予定のワイヤレスWAN(LTEモデルと3Gモデルがある、国や地域により異なる、GPSはこのモジュール上に実装されている)を搭載したモデルでは同じ手が使えない。このため、ワイヤレスWANを内蔵したモデルでは、裏面のカバーはワイヤレスWANアンテナ部分が樹脂製になっているとこのことだった。
4GBメモリも実装可能な設計、ユニークなUSB 3.0 Micro B端子を採用
ThinkPad 8の内部構造は、非常に単純な構造になっており、液晶ディスプレイの裏面に、上からメインボード、バッテリ、タッチ/液晶のコントローラ/Windowsボタン部分という3つの部分が重なる形になっている。
メインボードはノートPCの基板としてはやや高コストとされる10層基板が採用されている。加藤氏によれば「今回はバッテリを置くスペースを最大化するために、基板をできるだけ小さくするのがポイントだった。そのため、高コストではあるが10層基板を採用し、SoCとメモリ周りの配線をIntelと共同でさまざまなシミュレーションをすることにより実現している」との通り。高密度な基板を採用した最大の理由は、多少コストがかかってもメインボードをできるだけ小さくし、その分バッテリを大きくしたかったからだ。
Bay Trailは確かに前世代のClover Trail世代に比べると強力な性能を持っているが、基板設計はClover Trailよりも厳しくなっている。その最大の要因は、メモリの実装方法だ。Clover TrailではPoP(Package on Package)と呼ばれる、SoCのパッケージの上にメモリを重ねて置くという実装方法が採用されていた。このPoPでは、SoCとメモリが、SoCの実装面積だけで基板上に実装できるため、メインボードを非常に小さくできるというメリットがあったのだ。しかし、Bay TrailではPoPは採用されておらず、メモリ(LPDDR3)は基板上に実装する必要があるため、どうしてもメインボードが若干大きくなってしまうのだ。
そこで、ThinkPad 8では、コンピュータ上で基板配線を行なうシミュレーションをIntelと協力して行ない、より最適な設計を探り、写真で見て分かるように、SoCとメモリが非常に近いが、きちんと内部を配線できているというデザインを実現したのだという。
なお、加藤氏によれば、このThinkPad 8のメインボードは、ボードデザイン上は、4GBの実装も可能だという。現在のデザインでは1GBのモジュールが2つ乗る構成になっているが、2GBのモジュールを利用することで、4GBが可能になる計算だ。ただし、現時点では、IntelがBay Trail用の64bitデバイスドライバなどを提供していないため、4GBを搭載したメインボードは製品化されていない(Bay Trailはハードウェア的にはすでにx64に対応している)。なお、Intelはすでに2013年秋のIDFでBay Trailの64bit Windows対応を今春に行なう計画を明らかにしており、Bay Trailでの64bitサポートが開始されれば、将来的に4GBのThinkPad 8が登場する可能性はあると言える。ただし、あくまで可能性であって、Lenovoがそうしたことを公式に表明したわけでは無いことに注意して欲しい。
この基板にはMicro HDMIとUSB 3.0のMicro Bコネクタが実装されている。USB 3.0のMicro Bコネクタは、USB HDDなどの周辺機器に採用されている例は多いが、こうしたThinkPad 8のようなタブレットに採用されている例はほとんど見たことがない。加藤氏によればLenovoがこのコネクタを採用したのは「ThinkPad Tablet 2でMicro USBを採用したが、無理に入れれば逆に入ってしまい壊してしまうというクレームがあった。そこでThinkPad 8ではそうしたことがないように逆に挿せないようにUSB 3.0のMicro B端子を採用した」とのことで、理由はUSB 3.0にしたかったからではなく、逆に挿せないようにということが先にあり、その中で最適だったのがUSB 3.0のMicro B端子だったからだということだった。
なお、USB 3.0のMicro B端子はUSB 3.0で拡張された部分を利用しなければ、USB 2.0のMicro B端子として利用できる。このため、USB 3.0のMicro B用ケーブルを持っていない場合でも、USB 2.0のMicro Bケーブルを利用して充電したり、USB機器を利用できる。ただ、一口に利用できるといってもそんなに単純な話ではなく、問題なくUSB 2.0のケーブルを利用できるようにするのは実は結構大変だったという。「USB 3.0のMicro Bコネクタは、USB 3.0ケーブルで利用することを前提としているので、USB 2.0のケーブルで利用した場合には、中間の部分がもろくて壊れてしまうことが設計段階で確認できた。このため、実際の製品ではその部分を強化している」という。
具体的には、USBコネクタ部分に金属製のブラケットを追加することで仮にケーブル側のコネクタに力がかかったとしても、本体側のコネクタは壊れないようになっているという。何気ない部分ではあるが、ユーザーとしてはケーブルよりも本体が壊れる方が(お財布的に)痛いのは言うまでもなく、その意味ではありがたい配慮だと言える。
ThinkPad Tablet 2よりも高解像度で薄く、低消費電力になった液晶パネル
そして、ThinkPad 8の他製品との最大の差別化ポイントと言えば、8.3型WUXGAの液晶を採用していることだろう。なお、1,920×1,200ドットのパネルを、フルHDと呼ぶ場合もあり、決して間違いではないのだが、1,920×1,080ドットのパネルのことをフルHDと呼ぶのが一般的なので、ここではWUXGAに統一して表現する。
Lenovo自身が販売しているMiix 2 8を含めて、現在まで発表、発売されている8型Windowsタブレットは、例外なく8型WXGA(1,280×800ドット)液晶が採用さており、WUXGAのようなフルHDを超える解像度のパネルを採用したのは、このThinkPad 8が初めての製品となる。
それだけでも説明が要らないセールスポイントと言えるが、一概に高解像度のパネルを搭載するのがモバイル製品で正解かどうかは難しいところだ。というのも、高解像度になればなるほど、コストと消費電力が上がってしまう、オマケに新規開発のパネルの場合、数世代を経たパネルに比べてしまうと最適化が進んでいないため、実装面積や厚みがでてしまったりすることがある。言うまでもなく、バッテリ駆動時間とサイズは、こうしたモバイル製品では最も重要なスペックの1つであり、そこに大きな影響が出てしまうなら、採用できないという決断になってもおかしくない。
だが、今回のThinkPad 8の場合、それらの問題を複数の工夫で回避しているという。レノボ・ジャパン株式会社 プラットフォーム技術・ディスプレイ&タッチ技術担当 鄭懿氏によれば「液晶の上に貼り合わせるガラス(旭硝子のDragontrail)の薄さを、2012年に発売したThinkPad Tablet 2では0.77mm厚だったのを、このThinkPad 8では0.55mmとして薄くしている。さらにダイレクトボンディングでガラスと液晶を貼り合わせるための樹脂の量も最小限にしており、トータルの厚みで7.8%薄くしている」と、採用しているガラスを最新版へと進化させ、さらに樹脂(要するに接着剤)の厚みを抑えることで、トータルではThinkPad Tablet 2に採用されていた液晶パネルよりも薄くできているという。さらに「従来製品と同じ耐衝撃性は確保している」(鄭氏)との通りで、ThinkPad基準の強度は確保されているとのことだった。
さらに、8型WXGA液晶を搭載しているMiix 2 8と比較して、横方向はほぼ同じで、縦方向だけ伸びているという形状を実現するために、薄型のベゼルを採用しているという。ただ、一口に薄型のベゼルといっても、薄くすればそれだけシステム全体としての強度を確保するのが難しくなる。そこで、ThinkPad 8では、裏面から板金で覆って強度を得る仕組みになっている。ただし、裏面から板金で強度を確保すれば、結果的に重量が増してしまう。そこで、「液晶メーカーと相談しながら可能なだけ板金に穴を空けて、強度は確保しながら重量を減らす工夫を加えた」(鄭氏)と、見えない部分でも軽量化しているのだ。
もう1つの課題である消費電力に関しても液晶ベンダーとやりとりをしながら解決していったという。鄭氏によれば「試作当初では消費電力が大きすぎて、ターゲットに収まらないことが分かった。そこで、液晶の駆動基板部分を液晶ベンダーと一緒に解決していき、最終的に消費電力を(規定の枠内に)収めるようにした」という。液晶モジュール自体を液晶ベンダーと共同開発し、Lenovo側の要望を聞いてもらえることに繋がり、最終的にはターゲットとなる消費電力を実現できたという。具体的な数値は「ThinkPad Tablet 2の時には液晶モジュールで1.48Wだったのが、ThinkPad 8では解像度が上がっているのに1.28Wに収まっている」(加藤氏)とのことだった。
なお、このThinkPad 8の液晶モジュールは、液晶ベンダーとの共同開発になったので、いわゆるシングルソース(調達先が1つしかない)になる。通常PCメーカーは、調達先が製造でトラブルが起きても対処できるように、マルチソース(複数の調達先を用意)にしておくことが多いのだが、挑戦的な製品の場合にはシングルソースにする場合もある。その場合は、シングルソースにするリスクよりも、革新的なことを優先するという意味合いがあるのだが、そうした意味ではこのThinkPad 8もそうしたリスクを恐れず、挑戦的な事に挑む製品という意味合いがあると言えるだろう。
ハードウェア、ファームウェア、ソフトウェアが揃って実現したクイックショット・カバー
ThinkPad 8独特の新機能と言えば、純正オプションで用意されている「ThinkPad 8 クイックショット・カバー」(製品番号:4X80E53053)というカバーを利用したユニークなカメラの自動起動機能だ。
仕組みは、簡単で本体の2カ所にマグネットが入っていて、1つは蓋が開いたことを認識してThinkPad 8をスリープ状態から復帰させる機能、もう1つが蓋を本体の裏側に回した状態でLenovo社内で“ドッグイヤー”(犬の耳)と呼ばれる部分を折り曲げることで、カメラアプリが自動起動して写真撮影できる状態になるという機能だ。なお、このクイックショットの機能は、LenovoがModern UI用に用意しているWindowsストアアプリ「Lenovo Setteing」から使わないように設定でき、Windowsがロックされている状態でもカメラを起動できる機能も用意されているが、それもWindowsの設定を利用してオフにできる。
こうしたユニークなクイックショット機能だが、実に複雑な構造で実現されている。レノボ・ジャパン株式会社 タブレット開発・タブレットソフトウェア マネージャ 内田宏幸氏は「このクイックショットは、単にソフトウェアだけで実現しているわけでも、ハードウェアだけで実現しているわけでも無く、ハードウェア、ファームウェア、ソフトウェアそれら3つの要素が揃って初めて実現できている」と説明する。
クイックショットの基本的な構造は、本体に2つのセンサーが用意されており、1つが2軸(スイッチが2つあるという意味)で蓋の開閉状態を検出し、もう1つが1軸でドックイヤーが開いたことを検出するという仕組みになっている。それぞれのセンサーは、本体側に内蔵されている磁石とカバー側の磁石が近づくことで発生する磁気の変化を検出し、メインボード上に実装されているエンベデッドコントローラ(ファームウェアなどに周辺部分の状態やバッテリなどをコントロールするための専用IC、ThinkPadシリーズではLenovo自社製のエンベデッドコントローラを採用)ないしは、SoCに通知する仕組みになっている。
蓋の開閉状態を示すセンサーは、蓋が閉じたとき、または蓋が開いた時には直接SoCに対してスリープモード、またはその逆にスリープからの復帰に入るように通知を出し、蓋が完全に開いたという状態を認識した場合にはエンベデッドコントローラに対してタブレットモードに入ったと通知する役目を持っている。蓋が完全に背後に回り、タブレットモードに入ったと認識された状態で、ユーザーがドッグイヤーを折り曲げたことを2つ目の1軸センサーが認識すると、初めてエンベデッドコントローラがSoCに対してカメラアプリを起動せよという指示を出すという仕組みになっている。
こうした仕組みが実現できるのも、Lenovoが自社でエンベデッドコントローラを設計しているからであり、そのエンベデッドコントローラと密接に関連して動くファームウェア、ソフトウェアを自社で設計できる能力があるからだと内田氏は説明する。なお、実際には蓋のセンサーの機能は、Windowsから見ると、クラムシェルの液晶が開いている、閉じているのを検出するのと同じスキームを利用しており、そこはWindows標準の機能を上手に利用している。同じように、ロック時のカメラの起動も、Windows 8.1で追加されたロック画面で下側にスワイプするとカメラアプリが起動するという機能を使っているそうで、ファームウェアからWindowsに渡されているのはユーザーがスワイプしたというアクションをソフトウェア的にエミュレートしたデータだという。
ただ、内田氏によれば課題は磁石の位置にあったという。「磁石を内蔵するのはよいが、問題は微弱な地磁気を検出して方位を検出する電子コンパスに影響を与えないようにするのは難事業だった。結局何度もトライアンドエラーをすることで、電子コンパスに1番近い磁石のNSを1つだけ逆にすることで影響を最小限にできた」(内田氏)とする。このように、我々も説明する時に、マグネットが入っていてカバーの状態を検出すると一言でまとめてしまいがちだが、その裏にはこんなに苦労があるのだ。
カメラの画質にもこだわり、Bay TrailのISPのパラメータを独自にチューニング
加藤氏によれば、ThinkPad 8では背面カメラの画質にもこだわっているという。タブレットのカメラと言うと、多くのユーザーがオマケ機能的に考えていて、あまり画質は気にされることはないのだが、「画質がよくないと使ってもらえないと考え、カメラの画質にもできる限りこだわった」(加藤氏)と、実際に他社のスマートフォンなどと比較して、決して負けていないという自信を持つ出来になったという。
もっともThinkPad 8の背面カメラは800万画素と、CMOSセンサーの画素数は決して多い方ではないし、カメラアプリもWindows標準のモノをそのまま利用しており、今Androidスマートフォンなどで流行のソフトウェア的にさまざまな処理をする高機能なカメラアプリが付属しているわけではない。加藤氏によれば「IntelのISP(Image Signal Processor)のパラメータに手を入れ、ThinkPad 8で採用しているレンズやCMOSで最大限よい画質になるようにチューニングしている」という。
Bay Trailを搭載しているタブレットでは、SoCに内蔵されているISPが撮影時に画像の圧縮や色味の調整などの処理を行なう仕組みになっている。そのISPのパラメータはIntelが提供する開発キットなどを利用してOEMメーカー側で調整できるようになっているのだが、実際にはほとんどのメーカーではあまり手を入れていないことが多い。タブレットではカメラの機能はオマケと考えられていて、あまりユーザーに使われていないということの裏返しでもあるのだが、ThinkPad 8ではそこにもこだわって手を入れているのだ。加藤氏によれば、解像感、ノイズ処理などでより自然な画像になるように手を入れて、他社製のスマートフォンと比較しても遜色なく、製品によっては上回る画質が実現できたということだった。
もっとも、画質などは評価する人などによっても異なるし、好みもあるだろうから一概にあれがよい、これがよいというのは難しいが、ぜひ買ってみたユーザーはそのカメラの画質がどうなのかを、スマートフォンなどと比較してみるといいだろう。
プレミアム向け製品を意識して設計されたThinkPad 8、1万円増で手に入る!
以上のように、ThinkPad 8のスペックからは分からないこだわりポイントを多数見てきたが、筆者にとって最も印象的だったのは、全面アルミニウムの裏蓋を実現するために、Wi-Fi/Bluetoothの設計に工夫を加えてアルミニウムでも電波を通すようにした工夫だ。言ってしまえば、当たり前の話なのだが、これまでのPCの世界ではそうしたデザインよりも利便性が優先され、一部を樹脂製にするのが常識だった。しかし、ThinkPad 8ではWi-FiやBluetoothの機能を損なうこと無く、アルミボディによるデザイン性も実現するという、機能性とデザインのバランスを取るというアプローチが徹底されているのは、非常に好感を持った。
他の8型Windowsタブレットに比べると0.3型分だけ大きな8.3型で、解像度もWUXGAを実現している点、さらにBay Trailの最上位SKUであるAtom Z3770を採用している点などがスペック面でのThinkPad 8のアドバンテージとなるが、本記事を読んでくださった読者には、スペック以外の見えない部分でも細かなところで工夫されていることが伝わっただろう。そうした点を評価すれば、1万円の上乗せは決して高くはないと思っていただけるのではないだろうか。