福田昭のセミコン業界最前線

国有化されるルネサス

 ルネサス エレクトロニクス株式会社(以下は「ルネサス」)は2012年12月10日、同社の取締役会において同日、第三者割り当てによる増資を決議したと発表した。割当先企業は産業革新機構とコンソーシアム8社(トヨタ自動車、日産自動車、ケーヒン、デンソー、キヤノン、ニコン、パナソニック、安川電機)の合計9社である。発行する株式数は普通株式で12億5,000万株。その92%に相当する11億5,291万7,000株を産業革新機構が購入する。この第三者割当増資の結果、産業革新機構はルネサスの発行株式の69.16%を保有する最大株主となる。

 ここで産業革新機構について簡単に説明しておこう。産業革新機構とは政府(財務大臣)が91%を出資する株式会社で、2009年7月17日に設立された。技術主導型の事業活動に対して資金を投資するとともに経営を支援することで事業の成長や再生などを促すことを目的とする。過去の大型投資案件では中小型ディスプレイの統合会社「ジャパンディスプレイ」が2011年11月に発足した際に、第三者割当増資によって産業革新機構は発行株式の70%を保有するとともに、2,000億円を出資したことがある。

第三者割当増資の概要
第三者割当増資の前後における株主構成の変化

3年前のおよそ8分の1に目減りしたルネサスの株式価値

 今回の第三者割当増資で産業革新機構が出資する金額は1,383億5,000万円に達する。コンソーシアム8社は116億5,000万円を出資する。合計で1,500億円の資金をルネサスは調達することになる。

 ここで不思議なのは、1,500億円を出資しただけで、ルネサスの総発行株式の74.98%、すなわち4分の3を占めてしまうことだ。言い換えると、第三者割当増資以前の株式数を「1」とすると、第三者割当増資による新株の発行数は「3」だということだ。現在の株式数のおよそ3倍に達する膨大な株式を新規に発行することになる。初めに説明した新規発行数の「12億5,000万株」は、異様なほどの多さだと言える。

 ルネサスの現在の発行済株式数は4億1,712万4,490株である。この中には、ルネサスが2010年4月1日に発足したときの第三者割当増資が含まれている。このときの発行株数は1億4,678万2,990株。約1億5,000万株といえる。増資を引き受けたNEC、日立製作所、三菱電機の3社は合計で1,341億円を支払った。

 2つの第三者割当増資を比べてみよう。2010年4月にNECと日立、三菱の3社は1,341億円を支払ってルネサスの株式約1億5,000万株を取得した。これに対し、産業革新機構は2013年2月以降に1,383.5億円を支払ってルネサスの株式約11億5,000万株を取得する。支払額は3%しか違わないのに、取得する株式数は7.6倍も違う。すなわち1株当たりの金額が約7.6分の1に減ったことを意味する。ちなみに2010年4月1日の第三者割当増資では、1株当たり917円で株式を発行していた。ところが今回は、1株当たりの金額はわずか120円である。

 ルネサスは東京証券取引所第1部に上場している。過去半年の株価は280円〜300円で推移してきたので、市場価格からみても、120円というのは大幅な値引き価格であることがわかる。

議決権数ベースで見た株主構成の変化。大量の新株発行(第三者割当増資)によって株主構成を塗り替えたことが分かる
ルネサス エレクトロニクスが発足した2010年4月1日に実施された第三者割当増資の概要

深刻な現金不足が招いた株式の大安売り

 ここまでして現金を新たに調達しなければならない。そのことがルネサスの窮状を雄弁に語っている。2012年10月3日付けの本コラムで指摘したように、ルネサスの財務体質は2011年4月1日以降、急速に悪化しており、2012年4月以降には現金の不足が顕著になっていた。この10月1日には、親会社(NEC、日立、三菱)から総額970億円の金融支援を受けた。この金融支援は、現金不足によって大規模な早期退職制度の実施が困難になっていたのを打開することが主な目的で実施されたとみられる。

 この大規模な早期退職制度は当初、5,000名強の応募を想定していたものの、実際には想定を上回る7,446名が応募した。早期退職制度の実施に伴い、特別損失が発生。約840億円の特別損失を2012会計年度第2四半期(2012年7〜9月期)に計上した。早期退職制度の応募者は10月31日付けで全員がルネサスを離れた。10月1日付けの金融支援970億円の9割近くが早期退職制度の実施に費やされ、130億円しか残らなかったことになる。

 一方で従業員が減少したことにより、人件費を削減できた。ルネサスの発表資料によると年間の削減効果は約530億円になる。2011会計年度(2011年4月〜2012年3月期)の営業赤字は567億5,000万円だったので、単純計算では収支トントンにかなり近づくことになる。また四半期ベースでの削減額は132億5,000万円、月間ベースでの削減額は44億円なので、2012年第3四半期(2012年10月〜12月期)では2カ月分の88億円、2012年第4四半期(2013年1月〜3月期)では132.5億円の固定費削減が期待できる。

 ただし、現金不足が続くことに変わりはない。ルネサスの四半期報告書によると2012年9月末時点の「現金及び現金等価物」の金額は696億円であり、同年6月末時点の870億円から、さらに減少した。ルネサスが存続するためには、何らかの手段で現金を調達することは喫緊の課題となっていた。

早期退職制度の実施結果
「現金及び現金等価物」と「短期借入金」の推移。直近で短期借入金が大幅に減少したのは、長期借入金への借り換えを実施したため

慢性的な赤字体質を断ち切れるか

 第三者割当増資がほぼ決定(正式な決定は2013年2月22日の臨時株主総会で承認された後)したことにより、現在の親会社であるNECと日立、三菱からルネサスは来年(2013年)には独立し、産業革新機構を親会社とする半導体専業メーカーとなる。産業革新機構の株式の約9割は政府が所有しているので、ルネサスは半ば国有化されたとも言える。

 ルネサスは2010年4月の発足以降、四半期ベースの純損益では一度も黒字になったことがない。直近の四半期(2012年7月〜9月期)では早期退職制度の実施により、過去最大となる943億円の純損失を計上した。2010年4月から2012年9月までの累積では、2,928億円もの純損失を出したことになる。営業損益でも赤字が続いている。2011年4月以降、6四半期連続で営業赤字を計上した。

 慢性的な赤字の理由はいくつかあり、すでに多くの指摘がなされている。過剰な従業員(過大な人件費)、過剰な生産設備(過大な減価償却費)、売上高比率の国内市場偏重、海外成長市場への出遅れ、親会社3社の思惑の違いが招く経営判断の遅れ、不明確な経営戦略、リーダーシップの不在、などである。

ルネサスの営業損益と純損益の推移(四半期ベース)
ルネサスの売上高と営業損益の推移(四半期ベース)

ルネサスの元会長山口氏は競合他社の会長に

 産業革新機構が親会社となることで、経営の独自性はこれまでに比べると発揮しやすくなり、経営判断は迅速になるだろう。3社の親会社にお伺いを立てるのと、1社の親会社にお伺いを立てるのでは、明らかに手間が違う。

 だが、実はそんなことは些細なことに過ぎない。以前にも主張したことだが、ルネサスの最大の問題は経営トップにある。2010年2月2日付けの本コラムでは「「次の社長」が新ルネサスの最も重要な課題」であると述べた。このとき主張した重要なポイントを再掲する。

 「新ルネサスの経営トップは、海外現地法人のトップに有能な人材を雇用するとともに、そのトップと密にコミュニケーションできなければならない。現地法人トップに具体的なビジョンとコミットメント(必達目標)を提示し、あとは自由にやらせる。具体的なビジョンとコミットメントと記したのは、日本語であいまいに記述すると英語あるいは現地語に翻訳したときに、さらに抽象的な、何だかわけのわからないものへと変貌してしまう危険性が高いからだ」。

 「日立製作所と三菱電機の半導体部門が統合してルネサス テクノロジ(以降は「旧ルネサス」と表記)が2003年4月1日に発足したときは、三菱電機出身者が代表取締役会長、日立製作所出身者が代表取締役社長に就任するという、たすき掛け人事だった。そしてその後も、三菱出身者と日立出身者が交互に社長に就任するという、たすき掛け人事が旧ルネサスでは実施されてきた。(中略)発足当時は仕方のないことだと思うが、発足後も旧ルネサスと同様に、たすき掛けの社長人事が実施されていくことは、率直に言って想像したくない。それでは希望を持つことは難しい」。

 2010年2月に上記の主張を執筆した当時には、想像していなかったことがある。旧ルネサス テクノロジの代表取締役社長だった赤尾泰氏が、ルネサス エレクトロニクスが発足した後もずっと、代表取締役社長を務めてきたことだ。これは予想外だった。

 しかもルネサス エレクトロニクスが発足当初に代表取締役会長を務めていた旧NECエレクトロニクスの山口純史氏はルネサスを退社し、現在では競合企業であるNXPセミコンダクターズジャパンの会長を務めている(2012年7月に就任)。これも予想外のできごとだ。

 ただしルネサスを辞めた人材がほかの半導体メーカーに転職することは、大量の退職者を出した今後は、ごく普通に起こるだろう。例えば山口氏と同じNECの半導体部門出身でルネサスエレクトロニクス販売の執行役員を務めた原島弘明氏が11月15日には、NXPセミコンダクターズジャパンの社長に就任した。

ルネサスの最重要課題は「次の社長」

 2012年12月10日の午後5時半には東京・秋葉原で第三者割当増資に関する記者会見が開催された。会見には、産業革新機構の代表取締役社長(CEO)を務める能見公一氏とルネサスの代表取締役社長を務める赤尾泰氏が出席した。その模様は数多くの新聞やWebサイトなどで報道済みなので、本コラムでは詳細を省くことにする。

 なぜかというと、産業革新機構が株式の3分の2以上を握った後は、原理的には取締役と監査役のすべてを刷新できるからだ。だからと言って増資がほぼ決定した直後である現時点では、変革を期待させるような発言は期待できない。変革を期待させる発言は現在の経営トップを否定することにつながりかねない。実際、記者会見における能見社長の発言はかなり曖昧で、抽象的なものだった。2013年2月22日に臨時株主総会が開催されて増資が決定し、実際に増資が完了した後にならないと、本当のところは分からない。

 繰り返しになるが、ルネサスの最重要課題は「次の社長」だ。そのことは今でも変わらない。ここで失敗すると再び、何百億円、何千億円といったカネを穴の開いたバケツに注ぎ込むはめになる。そんな未来は、絶対に見たくない。

(福田 昭)