福田昭のセミコン業界最前線

ついに製品化が始まったスピン注入メモリ



 次世代不揮発性メモリの有力候補とされる「スピン注入メモリ(STT-RAM:Spin Transfer Torque RAM)」の製品化が始まった。STT-RAMは磁気メモリ(MRAM:Magnetoresistive Random Access Memory)の一種で、DRAMと同等の高速性と記憶容量を実現可能であるとともに、電源を切ってもデータが消えない性質(不揮発性)を有する。

 2012年11月12日に、MRAMの代表的な量産販売会社である米国のEverspin Technologiesは、STT-RAMのサンプルを一部顧客に出荷中であると発表した。11月22日には、Everspin Technologiesの日本国内代理店パネトロンの親会社で、半導体商社の東京エレクトロンデバイスが、ほぼ同じ内容を日本語リリースで発表した。

●磁気メモリはSTT-RAMで第2世代へ

 MRAM(エムラム)は、磁気モーメントの方向の違い(磁化の向きの違い)を論理データとして記憶する。データの書き換えは、原理的には劣化がない。このため、ほぼ無限にデータを書き換えられる。ただし初期型のMRAMは、データの書き換え(磁化反転)に磁界発生用の配線を必要としていた。電流によって磁界を発生し、磁化の向きを回転させるためである。この結果、メモリセルの面積が巨大化してしまい、大容量化には不向きとされていた。またデータ書き換えの消費電流が大きめになるという問題が生じていた。

 Everspin Technologiesはこの初期型、あるいは「第1世代」とも呼ばれるMRAMを最初に製品化し、量産販売した企業だ。現在では最大容量で16MbitのMRAMを販売中である。

 しかし、記憶容量をこれ以上に増やそうとすると、第1世代の原理ではシリコン面積が無視できないほど増大し、製造コストを非現実的なものに押し上げてしまう。そこで考案されたのが電子のスピン(自転)による磁気モーメントを利用して磁化反転を起こす、スピン注入メモリ(STT-RAM)である。STT-RAMでは磁界発生用配線が不要になるので、メモリセルを小さくできる。このため、「第2世代」の磁気メモリ(MRAM)とも呼ばれる。

MRAMのメモリセル。磁気トンネル接合(MTJ)と呼ぶデータ記憶素子と、メモリセルを選択するトランジスタ(選択トランジスタ)で1個のメモリセルを構成し、1bitのデータを記憶する初期型のMRAMセル(左)とスピン注入型(STT-RAM)のメモリセル(右)。なおEverspin Technologiesはスピン注入型の磁気メモリを「ST-MRAM」と呼称している

●最初の製品は64Mbit品、SSDのキャッシュを狙う

 Everspin Technologiesが半導体業界で初めて製品化するSTT-RAM「EMD3D064M」の記憶容量は64Mbit。製品化された磁気メモリでは、過去最大容量となる。ここで注目すべきは、入出力インターフェイスだろう。過去、同社が製品化してきたMRAMは基本的に非同期式SRAMと互換の入出力インターフェイスを採用していた。小容量SRAMのバッテリバックアップを不要にしたり、ソフトエラーに弱いSRAMを航空宇宙用途で代替するといった用途が少なくなかったからだ。

 それがSTT-RAMでは、入出力インターフェイスがDDR3 SDRAMと互換のインターフェイスに変更された。DRAMで64Mbitという記憶容量はそれほど大きくないものの、明確にDRAMの置き換えを狙ってきたとみなせる。最初に想定される用途は、SSD(Solid State Drive)のキャッシュメモリだろう。現在のところ、SSDのキャッシュメモリには主にDRAMが使われている。DRAMがキャッシュの場合はSSDの電源を切るときに、DRAM内部のデータをSSDのストレージ部分、すなわちNANDフラッシュメモリに素早く格納しなければならない。このためデータ格納を完了するまで電源電圧を維持するための工夫が必要となる。MRAMあるいはSTT-RAMをキャッシュメモリにすると、キャッシュにデータを残したままで電源を切れる。電源電圧を維持するための回路や部品などが不要になるので、設計が簡素になる。

 STT-RAM「EMD3D064M」の入出力ピン当たりのデータ転送速度は1,600MT/sec。語構成は×4bit品と×8bit品、×16bit品がある。×16bit品の場合は1チップ最大3.2GB/secのバンド幅を得られることになる。パッケージはDDR3 SDRAMと互換のファインピッチBGAである。また電源電圧は1.5Vで、これもDDR3と同じにしてある。

STT-RAM「EMD3D064M」の概要。アクセス時間や消費電力などの詳細は2013年に公表する予定STT-RAM「EMD3D064M」のシリコンダイ写真。シリコンダイ面積は公表していない

●メモリモジュールと評価ボードを提供
STT-RAMのメモリモジュールと評価ボード

 サンプル出荷を始めたSTT-RAM「EMD3D064M」の詳しい仕様は、まだ公表されていない。2013年に、詳細を発表する予定である。製造ラインは米国アリゾナ州チャンドラーにあるEverspin Technologiesの工場で、直径200mmのシリコンウェハを扱う。量産段階では、大手半導体製造企業と共同で、直径300mmのシリコンウェハを扱う製造ラインを構築する計画である。製造技術(微細加工寸法)は公表していないが、2012年5月に国際学会「Intermag 2012」で発表された16Mbitテストチップの製造技術が90nm CMOSであったことから、「EMD3D064M」も90nm CMOS技術で製造している可能性が高い。

 またSTT-RAM「EMD3D064M」の普及を促すため、メモリモジュール(DIMM)と評価ボードを今後、提供していく予定である。評価ボードにはFPGAとDIMMが載り、Everspin Technologiesが提供するメモリコントローラIP(回路データ)をFPGAに格納することで、メモリサブシステムを構築できる。

●1Gbit以上に大容量化してDRAMの置き換えを促す
Everspin Technologiesが2011年8月に公表したMRAMの開発ロードマップ。スピン注入メモリ(STT-RAM)技術によって1Gbit以上の記憶容量を達成する

 今後は、記憶容量の大容量化を進める。2011年8月にEverspin Technologiesが示したSTT-RAMの開発ロードマップによると、1Gbitの容量は開発目標に入っている。実用的には、DRAMを置き換えるためには1Gbit以上の容量は必須だろう。例えば東芝と韓国SK HynixのSTT-RAM共同開発プロジェクトでは、最初の製品(シリコンダイベース)の容量を4Gbitとしている。東芝らが考えているサンプル出荷の時期は、2013年末が目標である。

●相変化メモリと抵抗変化メモリの開発状況

 次世代不揮発性メモリの候補には磁気メモリのほかに、相変化メモリ(PCM)と抵抗変化メモリ(ReRAM)がある。PCMはすでに製品化されており、ReRAMはマイコンの内蔵メモリとして実用化されている。ReRAM単体での製品化はこれからだ。

 PCMでは記憶容量が128MbitのメモリをMicron Technologyが製品化しており、量産中である。入出力インターフェイスはNORフラッシュメモリと互換性を備えている。このほか、相変化メモリを内蔵したマルチチップパッケージのメモリ製品をSamsung Electronicsが2010年に製品化した。512MbitのPCM(Samsungは「PRAM」と呼称)シリコンダイと128Mbitの擬似SRAM(Samsungは「UtRAM」と呼称)シリコンダイを積層して1個のパッケージに収納した製品である。また2012年7月には、Micron Technologyが1GbitのPCMシリコンダイと512MbitのLPDDR2 SDRAMシリコンダイを1個のパッケージに収納したマルチチップパッケージ品を製品化した。これらのマルチチップパッケージ品はいずれも、携帯電話機やスマートフォンなどのモバイル機器への応用を想定して開発された。

 ReRAMでは、パナソニックがReRAMを内蔵する8bitマイコンを製品化したと2012年5月に発表した。128KBのプログラム格納用メモリと8KBのデータ格納用メモリをReRAMで実現したマイコン「MN101L」シリーズである。

 ReRAMの単体メモリ製品、それも大容量製品の開発を積極的に進めているのは、NANDフラッシュメモリ応用製品の開発企業SanDiskである。本コラムでは前回、SanDiskと東芝が大容量ReRAMの開発で共同歩調を採っていると述べた。11月19日には、両者が実際に共同開発を進めていることが明らかになった。同日に公表された、2013年2月に開催予定の国際学会「ISSCC 2013」のプログラムで、SanDiskと東芝が共同で32Gbitと極めて大容量のReRAMの試作内容を発表することが分かったからだ。

 それぞれ方向性は異なるものの、次世代不揮発性メモリの製品がこれで出揃ったことになる。現在の方向性は、STT-RAMがDRAM代替、PCMがNORフラッシュメモリ代替、ReRAMがNANDフラッシュメモリ代替である。これにフラッシュマイコンの置き換えが加わる。2013年に向けて、次世代不揮発性メモリの開発はさらに活発になりそうだ。

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(2012年 11月 27日)

[Text by 福田 昭]