福田昭のセミコン業界最前線

秒読みに入ったNECエレとルネサスの事業統合



 NECエレクトロニクスとルネサス テクノロジはともに日本を代表するマイコンメーカーであり、国内マイコン市場では最大の競争相手でもある。その両社が合併した新会社「ルネサス エレクトロニクス」の発足が秒読みに入った。

●たすき掛けの社長人事では希望が持てない

 新会社の発足予定日は今年(2010年)の4月1日だ。残り期間は2カ月を切ったことになる。2月上旬にはNECエレクトロニクスとルネサス テクノロジの両社がそれぞれ、臨時株主総会を招集する。2月24日に両社はそれぞれ、臨時株主総会を開催する。総会では株主が合併を承認する。NECエレクトロニクスの株式の65%はNECが所有しており、ルネサス テクノロジの株式の55%は日立製作所、45%は三菱電機が所有している。これらの親会社3社はすでに合併に合意しているので、合併が承認されることは間違いない。

 NECエレクトロニクスの臨時株主総会では、新会社の取締役を選任するとともに、資本増強を決議する。選任予定の取締役は常勤取締役および社外取締役(非常勤取締役)とも1名を除いて昨年(2009年)の12月15日に公表されており、残る1名の社外取締役も2月1日に元マイクロソフト社長の古川亨氏が内定したことが公表された。

 新会社の代表取締役会長にはNECエレクトロニクスの代表取締役社長である山口純史氏が就任し、新会社の代表取締役社長にはルネサス テクノロジの代表取締役 取締役社長である赤尾泰氏が就任する。

 日立製作所と三菱電機の半導体部門が統合してルネサス テクノロジ(以降は「旧ルネサス」と表記)が2003年4月1日に発足したときは、三菱電機出身者が代表取締役会長、日立製作所出身者が代表取締役社長に就任するという、たすき掛け人事だった。そしてその後も、三菱出身者と日立出身者が交互に社長に就任するという、たすき掛け人事が旧ルネサスでは実施されてきた。

 新会社(新ルネサス)の常勤取締役4名はNECエレ出身者が2名、旧ルネサス出身者が2名ときれいに2名ずつが選任される。発足当時は仕方のないことだと思うが、発足後も旧ルネサスと同様に、たすきが掛けの社長人事が実施されていくことは、率直に言って想像したくない。それでは希望を持つことは難しい。

新会社「ルネサス エレクトロニクス」発足までの主なスケジュール

●「半導体で世界第3位」の座を東芝に奪われる

 NECエレと旧ルネサス、それから親会社であるNECと日立製作所、三菱電機の経営陣が事業統合の検討開始で合意したことを報道関係者に発表したのは昨年の春、2009年4月27日のことだ。このときに発表資料は「統合後の新会社は、マイコン、システムLSI、個別半導体という3つの製品群を持ち、半導体全体では世界第3位の会社となります」と述べていた

 半導体販売額の世界第2位の座は韓国Samsung Electronics、世界第1位の座は米国Intelが占めている。世界第3位とは日本で第1位、という意味でもある。実際、前年度(2009年3月期)のNECエレと旧ルネサスの販売額を合計すると1兆2,500億円近くになり、当時としては紛れもなく世界第3位と言えた。

 ところが、新会社発足時点での世界第3位と日本最大がともに怪しくなってきた。2010年3月期ではNECエレと旧ルネサスの販売額を合計しても、東芝の半導体販売額を上回れない可能性が大きくなってきたのだ。それは市場調査会社が通年ベースで発表した数値に現れている。

 市場調査会社のiSuppliが2009年11月23日に発表した半導体メーカーの2009年販売額ランキング(速報値)によると、東芝の販売額が106億4,000万ドル、旧ルネサスの販売額は56億6,400万ドル、NECエレの販売額は44億300万ドルとなっている。旧ルネサスとNECエレの販売額を合計すると100億6,700万ドルであり、iSuppliのランキングに当てはめると東芝の下に来る。世界では第4位、日本企業では第2位となる。

 別の市場調査会社であるIC Insightsは、2009年第1四半期~第3四半期の累計で半導体販売額ランキングを2009年11月6日に発表している。このランキングでも旧ルネサスとNECエレの販売額合計72億8,500万ドルが、東芝の販売額73億2,000万ドルをわずかに下回り、世界第4位となってしまう。

 このままだと今年4月1日の新会社発足時点で新ルネサスは「世界第3位の半導体メーカー」を名乗れなくなる公算が大きい。

●2010年3月期で営業黒字化の目論みが崩壊

 昨年4月27日時点の見通しと現実がずれてしまった事柄にはもう1つ、営業収支がある。2009年3月期に巨額の営業赤字を出したNECエレと旧ルネサスは、それぞれ固定費を大規模に削減し、2010年3月期の営業収支を均衡(イーブン)状態にして新会社を発足させる目論みだった。

 NECエレの固定費削減額は900億円、旧ルネサスの固定費削減額は1,100億円という大きな金額である。その後、両社の固定費削減は目論み通りに進んだものの、売上高が思うようには推移しなかった。このため、両社ともに2010年3月期の営業収支は大幅な赤字となるもようだ。

NECエレクトロニクスの2010年3月期(2009年度)業績見通し

 NECエレが先月(1月)27日に発表した業績見通しによると、2010年3月期の売上高予想は前年比16%減の4,620億円、営業損益予想は営業赤字475億円となっている。旧ルネサスは2010年3月期の上半期(2009年4月~9月)業績を売上高2,835億円、営業赤字510億円と説明しており、通期では前年度の売上高7,027億円を少なからず割り込むとともに数百億円規模の営業赤字を計上することが確実とみられる。単純合計では、営業赤字は1,000億円規模に達するだろう。

 昨年12月15日にNECエレと旧ルネサスが報道関係者向けに発表した新会社の事業方針によると、新会社は発足初年度に営業黒字を目指すとなっている。今年1月27日にNECエレが開催した四半期業績の記者会見でも、その目標は変わっていなかった。初年度に営業黒字、次年度に当期純利益を出すことを新会社は現在でも目標としている。12月15日の発表では、グローバルな売り上げの拡大と収益の拡大によってこれらの経営目標を達成すると述べていた。


NECエレクトロニクスが2010年1月27日に発表した業績のロードマップ。右端の「成長分野の更なる売上拡大」と「黒字化」は、新会社「ルネサス エレクトロニクス」全体を意味するNECエレクトロニクスとルネサス テクノロジが2009年12月15日に発表した新会社の売上高ロードマップ

●世界第3位と営業黒字を確保する道

 世界の半導体市場は2010年に、10%前後の成長が見込まれている。会計年度は4月~3月なので期間に少しずれはあるものの、新ルネサスの発足初年度に世界の半導体市場が10%成長すると考えても大きなずれは生じないだろう。

NECエレと旧ルネサスの合計売上高推移。2003年度~2008年度は両社の発表資料から。2009年度は筆者の推定

 新ルネサスの2010年3月期の売上高は、NECエレと旧ルネサスの単純合計で1兆円前後になるとみられる。仮に、「世界の半導体市場の成長率と同じ成長率で新ルネサスの売上高が伸びる」とするならば、売上高は1,000億円程度、拡大することになる。2010年3月期と2011年3月期で営業経費がまったく変わらなければ、売上高1,000億円の上積みによって営業収支は均衡(イーブン)状態になるはずである。

 ただし中期的には、日本国内での売上高比率を現在の50~60%から、20%程度にまで大幅に下げない限り、世界の半導体市場の拡大と歩調を合わせて新ルネサスが成長することは難しいだろう。言い換えると海外市場での売上比率を現在の40~50%から、早急に80%に拡大しなければならない。なぜかというと、世界の半導体市場に占める日本市場の比率は20%しかないからだ。

 日本市場が世界市場よりもはるかに高い伸びを示せば、新ルネサスの売上高は大きく拡大するだろう。しかし日本の半導体市場は世界平均に比べるとすでに低い成長率となっており、今後も高い成長率を予測する向きは皆無に等しい。半導体市場が高い成長を示すと期待されているのは中国市場であり、インド市場であり、ブラジルそのほかの新興国市場である。日本でも米国でも欧州でもないこの市場(半導体業界の市場調査機関であるWSTSの分類では「アジア太平洋」市場)は、2008年に世界市場の半分を占めるまでに拡大している。すなわち新ルネサスが安定に販売額を拡大し、世界第3位を奪回するためには、残り80%の海外市場に死に物狂いで打って出るしか道はないのだ。

 海外市場の売上比率を80%にするとは、具体的にはこういうことである。日本市場での売上高を一定、全体の売上高に占める比率を50%とみた場合に、海外市場での売上高を現在の4倍に拡大することに相当する。売り上げが総額1兆円、日本国内での売り上げ5,000億円、海外市場での売り上げ5,000億円の企業にあてはめると、海外比率80%とは海外市場での売上高を2兆円に増やすことを意味する。

 それでは何年かけて海外売上高を4倍に増やせばよいのだろうか。仮に年率20%で売り上げを伸ばしていくと、4年後に売上高は2倍に拡大する。このくらいのペースで海外売り上げを増やさないと、2015年~2020年には半導体トップスリーどころか、半導体トップテンからも脱落する恐れが少なくない。

 4年間で売上高を2倍になんて「何を馬鹿なことを」と思われるかもしれない。しかし2003年~2007年の4年間で実際に、アジア太平洋市場は約2倍に拡大した。WSTSの調査結果によると、2003年の市場規模は628億ドルであったのに対し、2007年の市場規模は1,235億ドルとなっている。したがってこの4年間にアジア太平洋市場で一定の市場シェアを維持し続けていると、売上高は2倍に増えたことになる。

●「次の社長」が新ルネサスの最も重要な課題

 新ルネサスが発足しても、しばらくは合併に伴うさまざまな作業に足をとられてしまう。現実には、すぐに1つの企業として有機的に動くことは難しい。例えば海外現地法人の整理統合にしても、ある程度の期間はかかるだろう。

 でも競合他社は新ルネサスの都合を考慮してはくれない。新ルネサスは一刻も早く、1つの企業として機能する状態を構築する必要がある。旧ルネサスには幸い、2003年の旧ルネサス発足時の事業統合経験者が存在する。迅速に合併作業を進めることを期待しても良いだろう。

 例えばSTMicronicsとIntelのフラッシュメモリ部門が統合したNumonyxは、発足後1年でおおむね、1つの企業としてのビジョンを持って動けるようになった(筆者にはそう見えた)。新ルネサスが1年以内に海外を含めて合併作業を完了させ、具体的かつ現実的な事業戦略(ビジョン)を打ち立てられれば、相当に凄い企業になると期待できる。

 ここで具体的とは「分かりやすい」こと、現実的とは「納得できる」あるいは「賭けるに値すると思える」という意味である。このようなビジョンを経営トップが打ち立てておかないと、海外市場でのシェアアップは難しいだろう。海外市場でのシェアアップには、海外現地法人のトップに有能な人材を確保することが不可欠だからだ。海外現地法人のトップは日本人ではなく、現地の人材が望ましい。現地市場の特性を深く理解することは、特殊な事情(例えば現地で育ったといった事情)がない限り、日本人には難しい。そして現地で有能な人材を確保するには、具体的なビジョンが必要だと考える。

 言い換えると新ルネサスの経営トップは、海外現地法人のトップに有能な人材を雇用するとともに、そのトップと密にコミュニケーションできなければならない。現地法人トップに具体的なビジョンとコミットメント(必達目標)を提示し、あとは自由にやらせる。具体的なビジョンとコミットメントと記したのは、日本語であいまいに記述すると英語あるいは現地語に翻訳したときに、さらに抽象的な、何だかわけのわからないものへと変貌してしまう危険性が高いからだ。

 たすき掛けの社長人事で「希望を持つことは難しい」と前半で書いたのは、こういった事情による。旧ルネサスは、たすき掛けと繰り上がりの社長人事によって高度成長の貴重な機会を失った。旧ルネサスの繰り返しは辛い。辛すぎる。2月1日に新ルネサス海外販売法人の経営トップ(内定者)が発表されたが、トップの大半は日本人だった。当初はやむを得ないのだろうが、中期的には現地の人材がトップを務めることを期待したい。

 2010年4月1日に就任する新ルネサスの経営トップには、「次の社長を誰にするか」という重責がかかっている。ひょっとしたら、これまで書いてきたことはとっくに理解しており、すでに新たな社長探しを始めているかもしれない。むしろ、そうあって欲しいと願う。

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(2010年 2月 2日)

[Text by 福田 昭]