第10回「工具メーカーを訪ねて」



 皆さんのような電子工作愛好家の方々と同様に、我々もさまざまな工具を使用します。しかし、工具を使いこなせているわけではなく、工具を使用するたびにいつも小さな疑問が浮かびます。「この工具の正しい使い方は、本当はどうなのだろう?」といったことです。

 そこで今回は、工具メーカーにお邪魔し、工具の正しい使い方について伺いました。取材先はプロ用工具で知られる「エンジニア」です。独自の“ユニーク工具”でもおなじみのメーカーです。

一般向けのエンジニア製“ユニーク工具”、ネジザウルスシリーズです。頭の潰れたネジや錆びて固着したネジなどを容易に外せるプライヤーのような工具で、現在は4種類が発売されています
ネジザウルスGT(PZ-58)の先端部。水平方向にも垂直方向にもネジを掴むギザ加工が施されています。これでネジの頭を捉えて回し、外します

 エンジニア製のユニーク工具としては、ネジザウルスシリーズ以外にも鉄腕ハサミシリーズやポケットベンダーなどがあります。我々もそのいくつかを使っていますが、その機能性には目を見張るものがあります。

鉄腕ハサミシリーズ(右下)とその刃先(左上)です。細い導線やLANケーブル、綿被覆コードなどさまざまなワイヤを切断できる特殊なハサミです。小型のほうのPH-50なら0.5mm程度のアルミ板をわりあいキレイに切ることができます
ポケットベンダーTV-40と、これで曲げた1mm厚のアルミ板です
エンジニアの方にポケットベンダーの使い方を実演していただきました。まずは曲げたい金属板(アルミ板を使用しました)をポケットベンダーにセットします
隙間ができないようにセットしたら、両手を使って目的の角度に曲げます
僅かな手間と時間でアルミ板を90度に曲げることができました
ポケットベンダーのパッケージの裏には、その使用方法が詳細に示されていますので、初心者でも容易に金属板を曲げられそうです
【動画】初心者にも容易……とは言っても特殊な工具ですので、実際にポケットベンダー初心者にアルミ板を曲げてもらいました

 こういった、ありそうで他にはない工具はどのような発想で作られているのでしょうか? まずはそのあたりを伺ったところ、製品開発についてユーザーの声を聞くということに力を入れているそうです。

 アンケートで工具の使い勝手を訊いたり、「こういった工具が欲しい」という声を真摯に受け止めて新しい工具の開発に取り組んでいるとのことです。また、たびたびショップを訪れてニーズを調査したり、売り場店員の声を参考にするなど、工具の実使用者からの要望をできるだけ製品に反映させるようにしているということでした。

株式会社エンジニア代表取締役社長である髙﨑充弘氏。工具の開発方針などについてお話をいただけました。明るく気さくな社長さんです
株式会社エンジニア営業部の城賢志氏。個人ユーザーや販売店から“生の声”を集めて製品開発に活かすのが重要であることをお話いただけました

 エンジニアは1,000種類以上の独自工具を開発・販売しているファブレスメーカーです。多くはプロ向けの工具ですが、我々が使う身近な工具──ドライバー、ニッパー、ラジオペンチ、ピンセットなども多々作っています。そこで、単刀直入に“工具の正しい持ち方”について質問してみました。

 例えばニッパーです。我々は「ニッパーのこの面をこちらに向け、このように手を被せて持って使う」というような単一の答えを期待していました。しかし、メーカーからの返答はこれとは違うものでした。

 具体的には「工具の種類と使う人の手によって持ち方や使い方が変わるのが自然です」ということでした。ニッパーの刃の向き、刃を支えている部分のカーブ、グリップ部、そしてユーザーの手の大きさなどにより、扱いやすい持ち方がそれぞれある、というわけです。また「どちらかと言えば、工具の形状や機能に応じて、手のほうが工具に合わせるように持つことになるのが一般的です。未来には、手の形状に合わせてくれる工具が出てくるかもしれません」という答えも得られました。

エンジニア製ニッパーの一部。それぞれ違った形状で、違った機能性を持っています
左から、パラレルニッパーNZ-10、ミクロカッターNZ-12。どちらも、手首をひねらず(腕を上げずに)に対象を垂直に切断できるニッパーです
ミクロカッターNZ-12の先端。刃先を基板と平行にしてのリード線切断を快適に行えます
株式会社エンジニア製造技術部主査の川合真之介氏。我々一般ユーザーが知り得ない工具利用のコツから始まり、作り手だからこそのノウハウを多々お話ししていただけました

 続いて、工具を快適に使うためのコツなどを訊いてみました。まず、購入方法です。自分に合った工具はどう見つけるか?

 これに対し「これがいちばん難しいですね。使ってみるしかありませんが、同じ種類の工具でも、いくつも使っていくと善し悪しや自分に合うかどうかはわかってきます」とのことでした。

 例えば、最初は100円ショップのニッパーを使っても違和感は感じません。しかし、徐々に不満や違和感が出てくるかもしれません。「刃の部分によって切れ味が違う」「もっと精密に切りたい」などです。そこでもう少し良さそうな工具を使ってみると、上記のような不満が解消できることがあります。それでも、工具に対する新たな要望が……このように工具使用の経験を通し、工具の善し悪しなどを見分ける目を培うのが早道だというわけです。

 また、ある程度工具を使い慣れると、工具を積極的に調整するのが普通になるということでした。極端な例を挙げれば、マイナスドライバーをネジ回し用ではなくこじ開け用に使うため、先端をより薄く削るなども歴とした工具の活用法だということです。

チップカッターのNZ-03NZ-05。どちらも基板上のチップ部品を取り除くための工具ですが、ユーザーのアイデアや用途によって他の使い方をするのも「あり」とのことでした
先端はこのような形状になっています。右のNZ-05はキットのリードを切るのに便利そうです
NZ-03やNZ-05の場合、6角レンチにより刃の開き幅を調整できます。調整により、連続的な作業における効率が高まり、ストレスが軽減されるとのことです

 工具の使用に関して作法といったものはとくにないこと、それから工具の調整や改造など、工具メーカーらしからぬ(!?)お話が意外でした。ただし、これらには前提がありました。

 工具はユーザー次第でどのように“応用・活用”しても良いということでしたが、しかし、「工具の限界を意識して使って欲しい」ということです。

 製造技術部主査の川合氏は「例えばペンチで何かを叩いて、ハンマーのように使うことも、工具のひとつの使い方です。しかし、限界を意識せず過剰に強く叩けば、ペンチとして機能しなくなります。つまり壊れてしまうわけです」とおっしゃいました。言われてみればそのとおりですが、メーカーの方にそう言われると、なんだかチャレンジ精神がわいてきます。我々も限界を超えないよう、工具の新たな利用法を模索してみたくなりました。

 ところで、我々にとって、エンジニアと言えば汎用の圧着工具やワイヤストリッパというイメージがあります。圧着工具に関しては、パッケージ裏面に詳細な使い方がありますが、ワイヤストリッパについては疑問がありました。どのように使えば被覆導線からきれいに被覆を剥がせるか、ということです。これを質問したところ、小さなコツをお教えいただきました。

写真のワイヤストリッパは旧型のエンジニア製ですが、使用のコツは新旧同様です。まず、芯線の太さを確認し、適したストリップ穴に置きます
次に握り込みます。これで被覆がカットされています。ただし、この状態ではワイヤが若干斜めになっているため、このまま引き抜くと芯線に傷を付けてしまいます
芯線に傷が付くのを防ぐため、握り込んだ状態からほんの少しだけ、ワイヤストリッパの握りを開きます。ワイヤの傾きがなくなる程度、ごく僅かだけ、です
握り込んで被覆を切り、ごく僅か握りを開いたら、導線を引き抜きます。すると、このようにキレイに被覆を剥がすことができます。単線でも撚り線でも同様です
これらはエンジニア製の精密圧着ペンチです。それぞれコンタクトサイズ別ですが、汎用なのでさまざまなコンタクトを圧着できます
エンジニア製工具のパッケージには、工具の使用法を説明したものが増えています。精密圧着ペンチのパッケージ裏面にも、詳しい使い方がプリントされていました
精密圧着ペンチのパッケージ裏面を読めば、初心者でも圧着作業が可能? 圧着未経験者で実験してみました
初心者の場合、コンタクトを工具側にセットした後、そこに圧着する導線を通してカシメるという手順がより容易です
圧着の力加減を掴むまで1~2度失敗しましたが、3度目にはうまく圧着できました
株式会社エンジニア製造部の赤路丈氏。「使用するコンタクトと圧着ペンチのダイスサイズを合わせるのが大切です。また、圧着するワイヤ芯線の太さも、コンタクトに適したものがあります。これらの要素が合えば、圧着は難しい作業ではありません」とレクチャーしてくれました

 ほか、さまざまなお話をいただけましたが、作り手の話はさすがに説得力も現実味もあるというのが大きな印象です。プロトタイパーズでは、今後も作り手に対して鋭意取材を行っていきたいと思います。

 最後に、取材時に挙がったエンジニアのオススメ工具・用具をいくつかご紹介します。

「電子工作に使う工具で“初心者に必要”かつ“オススメ”は?」という問いに対して、マイキットKS-01が挙がりました。電子工作に向くサイズのニッパー、ペンチ、ピンセット、それから±のドライバーおよび精密ドライバーのセット品です
ポーチタイプのケース入りですので、持ち運びにも適しています
「電子工作に適したドライバーは?」と訊くと、意外にも精密ドライバーセットのDK-10が挙がりました。「電子工作などのホビーで使うサイズのドライバーは+の0番と1番です。調整用やこじ開け用に-も必要ですね。腕力で回すほど締める必要もなく、精密ドライバーと言っても先端は十分に堅牢ですので、これがオススメです」とのことでした
クリップライトPRO SL-90は売れ筋LEDライト(白色)のひとつだそうです。小型ながら明るく、照射部の自由度が高い製品です
こんなふうに使います
このようなケースが付属し、ライト本体および予備電池(CR2032×2個)を収納できます
ピンセットをいくつか使わせていただきましたが、我々は鉄腕ピンセット(先細タイプ)PT-16が気に入りました。剛性が高いので、チップ部品などを非常に挟みやすいです
左が一般的なピンセット、右が鉄腕ピンセット PT-16です。胴の部分が肉厚であることがわかります。ピンセット自体が歪みにくいので、極小部品を挟むときにパチンと弾き飛ばすようなことが少ないようです
ピンセットのお話を伺っているとき、製造技術部主査の川合氏から「こんなふうにピンセットの先が広がって(広げて)しまったらどうしますか?」との質問が。握っただけでは元に戻りません。しかし、川合氏は一瞬で元に戻してしまいました。
【動画】その答えがこれです。ピンセットの先端を合わせた状態で、付け根部分を少しねじる(曲げる)だけで元に戻ります。この方法を使えば、ピンセットの 開き度合いを自由に調整できるかもしれません。ただし「こういう方法もあるというお話で、メーカーとしては推奨しません。このやり方で、ピンセット先端が 合わなくなってしまう製品も存在します」との注意も。ただ、我々が試したところ、鉄腕ピンセット PT-16では数度この方法を行なっても問題はありませんでした