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Tunnel CreekにSodaville、Intelの組み込みAtomラインナップ



●一気にバリエーションが広がるAtom製品

 言ってみれば「エンベデッドIDF」だった。Intelは、4月13日より北京で開催した技術カンファレンス「Intel Developer Forum(IDF) 2010 Beijing」で、広い意味での組み込み系に焦点を当てた。CPUコアとしてAtom系コアを使った製品群だ。IDFでは、組み込み向けのAtomファミリの新製品「Tunnel Creek(トンネルクリーク)」を発表、携帯デバイス向けのプラットフォーム「Moorestown(ムーアズタウン)」についてもセッションを行なった。

 Intelが組み込み系をプッシュするのは、組み込みが次のカネのなる木だからだ。同社にとって、PCはすでにIntelの覇権が確立した市場であり、しかも成長が鈍っている。IntelにとってのPC市場は、釣った魚であり、守るべき市場であっても、攻める市場ではない。それに対して、携帯デバイスと組み込み系市場では、相対的に高性能なCPUの需要が急拡大している。ところが、市場で優位に立っているのはARMに代表される組み込み系CPUか、または市場そのものが立ち上がっていないか。だから、Intelにとっては攻めるべき成長市場である。

LPIAとbobcatがなかった場合(PDF版はこちら)
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 そのためのIntelの武器は、低消費電力かつ省サイズのAtom CPUコアと、多彩なSoC(System on a Chip)を可能にするプロセス技術オプションとCPU以外のIPブロック群。CPUアーキテクチャとプロセス技術の2輪で、IntelはAtomベースの携帯&組み込み向け製品を繰り出してきた。Atom系の製品のダイは、現在、6種類で、ディスクリートCPUからSoC製品まで幅広い。少品種大量生産のIntelとしては珍しい多品種展開を行なっている。

 下はIntelのAtom系製品の展開図だ。下位のPCであるネットブック/ネットトップから、携帯デバイス、スマートフォン、組み込み、デジタル家電まで幅広く製品をカバーしていることがわかる。2008年に投入した最初のAtom以来、Atom系製品のバリエーションは急速に増えている。

Atomファミリの派生(PDF版はこちら)

●Intel的なSoCソリューションとは

 携帯機器&組み込み市場では、SoC型のソリューションが重要になる。チップ点数を減らし、電力消費を下げ、ボード面積を減らすためだ。しかし、各市場毎に必要とする機能が異なるため、異なる機能ブロックを統合したLSIチップが市場毎に必要となる。

 しかし、これは、Intelが苦手とするアプローチだ。Intelは幅広い市場に向けた最大公約数的なチップを設計、少品種大量生産で市場をカバーすることで成功してきた。だからこそ、Intelは個別のニーズに対応することは苦手だ。

 そこで、Intelは、組み込み市場をターゲットにするため、自社の軌道を多少修正。市場ニーズに対応しながらも、Intel的な手法も残した解決策を編み出した。SoCに組み込み可能なIPを多数用意して、多品種少量生産で市場のニーズに対応するのではなく、各市場枠毎に最大公約数的な機能を統合した製品を用意するという手法だ。また、製品開発も、ダイのバリエーションは増やしても、設計のバリエーションは最小に納める努力をしている。Atom系製品のダイを比較すると、それがよくわかる。

●全部で6種類の異なるダイがあるAtom

 下は現在のAtom系CPUコアを使った製品のダイ一覧だ。左上が現在の45nmプロセスでのAtom系CPUコアである「Bonnell(ボンネル)」マイクロアーキテクチャコア。実際には、CPUコアに512KBのL2キャッシュを統合した機能ブロックで、サイズは13平方mmを少し上回る程度だ。現在のAtom系製品は、いずれもこのBonnell CPUコアをベースとしている。

Bonnellのダイ(PDF版はこちら)

 右上は、Bonnellコアを使ったディスクリートCPUである「Silverthorne(シルバーソーン)」。製品ブランドとしてはAtom Zシリーズとなる。Intelは、同設計のチップをネットブック/ネットトップ市場に「Diamondville(ダイヤモンドヴィル)」としてAtomブランドで投入している。また、組み込み向けにも、同ダイの製品を提供している。1種類のダイで広く市場をカバーするIntel旧来の手法が、第1段階のAtomの展開だった。

 しかし、昨年(2009年)から今年(2010年)にかけて登場またはアナウンスされたAtom製品群では、様相が変わった。Intelは、各市場向けに最適化したシステム統合型のAtom製品群を送り出しつつある。いずれもCPUコアに、市場に特化した周辺機能を統合しており、別ダイとなっている。

 図の上から2段目はネットブック/ネットトップ用の「Pineview(パインビュー)」で、ネットブック/ネットトップ向けのGMCH(Graphics Memory Controller Hub)の機能をCPUに統合している。Pineviewにはシングルコア版のネットブック向けと、シングルコアとデュアルコアの両バージョンがあるネットトップ向けの2種類がある。両者は別ダイとなっており、ネットトップ向けでは2つのCPUコアが搭載されている。

●各市場毎に異なる機能の統合チップを用意

 携帯デバイス向けMoorestownプラットフォームの「Lincroft(リンクロフト)」も、Pineviewとは別設計となっている。機能的にはSilverthorne(Atom Z)のMenlowプラットフォームの延長だが、より携帯機器向けに機能が振られている。そのため、統合した機能ブロックも、より携帯機器向けであるだけでなく、省電力化が進められている。

ウルトラモバイル向けプラットフォームの進化(PDF版はこちら)
Atomプラットフォームの進化(PDF版はこちら)

 IDF北京で発表された組み込み向けのTunnel Creekは、広汎な組み込み用途向けに開発された。完全なSoCではなく、コンパニオンチップが必要なソリューションだ。Intel自身もコンパニオンチップとしてIOH(I/O Hub)の「Top Cliff」を用意している。

 しかし、IOHとのインターフェイスはPCI Expressであるため、他社のチップをコンパニオンチップとして使うことができる。2チップソリューションで、他用途へのカスタマイズを実現するという発想だ。そのため、Lincroftとは異なり、PCI Expressなどがインターフェイスとして加えられている。Tunnel Creekも他のAtomとは別ダイで、やや大型化している。

Tunnel Creekの概要および対象のプラットフォーム

 この他に、デジタル家電向けの機能を統合した「Sodaville(ソーダヴィル)」(Atom CE4100)がある。こちらは、TVやSTB(セットトップボックス)系アプリケーションのために、グラフィックスコアやビデオデコーダだけでなく、セキュリティプロセッシング機能なども統合されている。ビデオ機器に必要な機能を全て統合したSoC製品となっている。

デジタル家電向けのAtom CE4100

 ちなみに、Intelの組み込み向けチップラインナップには、この他にネットワーク機器向けにパケット処理機能や暗号処理機能を強化した「Tolapai(トラパイ)」(EP80579)がある。こちらは、90nm版Pentium M(Dothan:ドタン)コアの製品だが、今のところBonnellコアのバージョンは見えていない。

●設計を派生させて製品バリエーションを増やすIntel

 これらのAtom系製品のダイを見て気がつくのは、その類似性だ。CPUコア部分が同じだけでなく、他のブロックも似通った部分が多い。Intelは45nm世代のBonnellで6種類の異なる設計を用意しているが、そのうち2種類は派生した設計だ。下の図は、その系統を図式化したものだ。

 まず、デュアルコアのPineview DCでは、左側につけたされたCPUコア以外の部分は、シングルコアのPineview Mとほぼダイレイアウトが同じだ。シングルコアの設計時にデュアルコアに拡張できるようにして置き、Pineview DCを派生させたと推定される。そのために、最初からPineview Mのダイの左側には、邪魔になるI/Oパッドなどが配置されていない。モジュラー設計でCPUコアを増やすのは、組み込みでは珍しくないが、Intelの場合はその単位が非常に大きいことがわかる。

 LincroftとTunnel Creekの関係も似たようなものだ。Tunnel Creekのダイの2/3の部分は、Lincroftとほぼそっくりだ。Lincroftをベースに、PCI Expressなどの付加機能を加えたものがTunnel Creekと見られる。もともと、Lincroftのダイの下辺にはI/Oパッドが配置されていなかったため、当初からここに機能ブロックを加えることを考えて設計されたものと推定される。Tunnel Creekは、市場としては、現在組み込み向けのSilverthorneがターゲットとしている分野を担当する。

 こうして見ると、IntelはBonnellでは最初のSilverthorneから、3種類の統合チップを派生させ、さらにそこから2種類のチップを派生させたことがわかる。

Bonnellのダイの派生(PDF版はこちら)

 Atom系製品を概観すると、Intelが極めて同社らしいやり方で製品バリエーションを増やしていることがわかる。できる限り最大公約数的なASSP(特定用途向け標準製品)を作り、その派生で別なASSPを作るという戦略だ。Intelは、昨年(2009年)3月にTSMCと提携、TSMCのプロセスの上にBonnellコアを移植、TSMCでAtomベースのカスタムチップを設計できるようにした。Intelが苦手なカスタム品は、TSMC製造で対応するという戦略だ。しかし、IntelのAtom戦略のうち、こちらのカスタム品の軸は、今のところまだ成果が見えていない。