元麻布春男の週刊PCホットライン

ペンとタッチに特化したプラットフォームを望む



 筆者がこの業界にかかわるようになったのは、もう20年以上昔のことだが、この間、手を変え品を変え、しつこくチャレンジされ続けているものの、商業的に成功できない技術をいくつも見てきた。その1つがペンやタッチ技術をユーザーインターフェイスに用いたPCだ。タッチパッドのように、補助的な入力デバイスとしてのタッチは、広く普及しているものの、キーボードやマウスに取って代わる入力デバイスとしてペン入力やタッチを使おうという試みは、未だ成功を収めていない。

 もちろん、成功していないにもかかわらず、チャレンジが続けられているということは、この技術に魅力を感じ、可能性を信じている人が少なからず存在するということの証であり、Microsoftのビル・ゲイツ会長もその1人だと言われている。Microsoftは、Windows 3.1のアドオンとしてWinodws for Pen Computingをリリースしたのを皮切りに、Pen Service for Windows 95、さらにはWindows XP Tablet PC Editionなど、通常OSのアドオンとしてのペンサービスを提供してきた。

 こうしたアドオンの提供では不十分と考えたのか、Windows Vista(Home Basicを除く)ではペンサービスをOS本体に統合、追加のモジュールを不要にすると同時に、Service Packやセキュリティパッチ等の点で通常OSと差が生じないようにしている。最新のWindows 7では、複数の同時入力に対応したマルチタッチをサポートするなど、この技術をこれからもサポートしていく決意が示されたと思う。にもかかわらず、「タッチ」をフィーチャーしたPCは、ごく一部のユーザーに支持されるに止まり、広く普及する兆しは今のところない。

●キーボードとタッチの相性
任天堂「ニンテンドー DSi」

 PC以外の分野を見ると、タッチ技術を用いたヒット商品があることに気づく。Palm Pilotに始まるPalmのPDA、任天堂のニンテンドーDS、AppleのiPhoneなどは、大成功の部類に入る。ユーザーが手書きやタッチ入力に拒絶反応を示しているのでないことは明らかだ。

 これらに共通する点の1つは、フルサイズのQWERTYキーボードを搭載することができない小型の機器であるということだ。最初からペン/タッチで利用することを前提に設計されており、アプリケーションも専用のものが用意される。同等のサイズでフルキーボード搭載を謳う同ジャンルの製品も存在するが、大ヒットにはなっていない。多くのユーザーにとって、あまりに小さいキーボードよりは、ペン/タッチの方が望ましい、ということなのだろう。

 これに対してペン/タッチをサポートするPCは、サイズ的に通常のノートPCより小さいわけではなく、キーボードを搭載するスペースには困らない。一時、キーボードを持たないスレート型(ピュアタブレット型)のTablet PCが市販されたことがあったが、市場で生き残ったのはキーボードも内蔵するコンバーチブルタイプだ。結局、マウスとキーボードを前提に開発されたアプリケーションを使う限り、ペン/タッチだけでは使いにくいのだ。

●ペンとタッチのコスト

 しかし、ノートPCにペンやタッチの機能を加えるにはさまざまなコストがかかる。デジタイザやセンサーを加えるお金の問題だけでなく、回転式ヒンジの重量、デジタイザを加えることによる液晶の見え方の問題、センサーやデジタイザの消費電力など、いろいろな点で犠牲を払わなければならない。

TouchSnart tx2

 先日紹介したマルチタッチに対応した日本HPのTouchSnart tx2の場合、標準時消費電力は約24Wとされているが、同じCPU(Athlon X2 QL-67)とチップセット(AMD M780G)を採用するPavilion dv6aの標準時消費電力は約21Wに過ぎない。液晶サイズはtx2が12型ワイドであるのに対し、dv6aは16型ワイドであり、バックライトの消費電力的には不利だと考えられるにもかかわらず、である。この消費電力の差の大半がセンサー/デジタイザを搭載することによるペナルティだとすれば、相当に大きいハンデだ。増大する消費電力をカバーするために、バッテリを大型化し、それがさらに部材コストと重量を増やし、タブレットとして使うことを難しくする、という悪循環からなかなか抜け出すことができない。

 結局、ペンやタッチをサポートしたPCは、そうでない普通のPCに対し、部品代、重量、消費電力の点でハンデを背負う。にもかかわらず、そのハンデを振り払えるだけの専用アプリケーションがない。逆に専用アプリケーションを整備するのであれば、Windows VistaやWindows 7のような汎用OSである必然性がなくなる。Windows上のOfficeのデータと互換性を持つアプリケーションが必要だとしても、Officeそのものが動く必要はない。それが必要なユーザーは、通常のノートPCを使えば済む。

●10年を超える手書きサポートの歴史

 冒頭でも記したように、汎用のOS上で手書きをサポートしようという試みは、もう10年以上の歴史を持つ。それだけやってもダメだということは、汎用OS(キーボード/マウスOS)上で手書き入力をサポートすることには、どこか無理があるのではないか、というのが筆者の考えだ。ペン入力やタッチ入力に可能性はあると思うが、それを開花させるには専用のプラットフォームが必要なのだと思う。

 汎用OS上でマルチタッチをサポートして好評を博した例としては、AppleのMacが挙げられる。が、これはあくまでもポインティングデバイスであるトラックパッドの拡張であり、キーボードを置き換えようとはしていない。この点でWindowsのペンサポートとは異なる。マルチタッチであろうと、トラックパッドだけで使えるようには、Mac OS Xも、その上で動くアプリケーションもできてはいない。そこをわきまえているからこそMacBook ProやMacBook Airのマルチタッチは使いやすいのだと思う。

 今、ちまたで話題になっているものの1つが、Appleが開発しているというウワサのタブレット型デバイスだ。Appleが発表していない以上、どんなものかは分からないが、筆者は「Mac」ではないだろうと思っている。次期Mac OS XであるSnow LeopardからPowerPCのサポートがなくなり、Intelのみとなることも、タブレット型デバイスがMacではないだろうと思う理由の1つだが、この種のデバイスでMacのアプリケーションがそのまま動くメリットをあまり見いだせない、ということが大きな理由だ。

 ハードウェア的には、Intel系ではなく、ARMかPowerPC系の組み込みプロセッサで、ペン入力はサポートしないのではないか(指でのタッチのみ)と予想する。ソフトウェア的にはiPhoneに近いデバイスで、さらに何か一工夫してあるのではないかと思っている。iTunesストアでデータを売ることを前提に、eBookリーダー的な機能を強化する、といった月並みな予想を超えた、何かを期待したいところだ。

 もっとも、だからといって、Windowsからペンサポートをなくせ、といっているわけではない。せっかく開発したのだし、わざわざ抜く必要もない。が、現状で続けても、大きな成果は望めないだろう。キーボードとマウスだけをサポートしたPCと同じプラットフォームである限り、ペンやタッチに特化したアプリケーションが登場してくる可能性は低いからだ。これまで10年以上出てこなかったものが、今になって急に出てくるわけがない。

 筆者がMicrosoftに期待したいのは、ペンやタッチに特化した新しいプラットフォームを開発し、それをTablet PCの後継にすると同時に、Windows Mobileの後継に据えることだ。現行のWindows Mobileは、10年以上前に開発されたWindows CEの影響をいまだに色濃く残している。あの当時はフルスペックのOSや、その上で動くフルスペックのアプリケーションが、ハンドヘルドデバイスで動くことが望めない時代だった。Windows NTから派生したOS、フルスペックのアプリケーションに似せて作ったPocketアプリケーションではなく、ハンドヘルド環境を想定したフルスペックのOSと、フルスペックのアプリケーションがなければ、iPhoneとは戦えないと思う。