山田祥平のRe:config.sys

ウルトラセブンとエイトマン




 お気に入りのアプリが、自分の持っているあらゆるデバイスで使えたらどんなに便利だろう。そんな願いがかなうようになるまで、あともう少しだ。MicrosoftがWindows Phone 8を発表、そのカーネルをPC用のWindowsと同じものにするという。これなら同じアプリが動いてくれそうだ。今回は、Microsoftが企てる「8」の世界を考えてみることにしよう。

●アプリとプラットフォームの関係

 中国では8という数字がとても縁起のいいものとされているそうだ。だから、Windows 8は7以上にヒットするという予想さえあるほどだ。そのWindows 8も、Metroスタイルアプリがまだ十分に揃っていない現状では、ただの使いにくいWindows 7にすぎない。やはり、キラーアプリがどうしても必要だ。

 PCの黎明期にそうだったように、使えるアプリケーションの数は、そのプラットフォームがいかに優れているかを示す指標だ。今も、iOSやAndroidのストアでいくつのアプリが入手できるかが競われているのを見ても、それがあまり変わっていないことがわかる。

 日本のPCでは、NECのPC-9800シリーズが懸命にアプリ開発ベンダー、いわゆるサードパーティソフトハウスをリクルートした結果、膨大な量のアプリが揃い、ハードとソフト、まさにクルマの両輪のように互いの価値を高めあい、ガラケーどころではないガラパゴス的仕様のパソコンを国民機とまで呼ばれる存在に仕立て上げたのだ。当時としてのNECの戦略は実に正しかったと今も思う。

 その一方で、自分が必要とするアプリが使えるなら、プラットフォームはどうでもいいといったトレンドもある。たとえば、ぼくはスマートフォンで天気予報を見るときには「そら案内」(Android版/iOS版)というアプリを使っているが、これはiOSとAndroid、両方のプラットフォームにアプリが提供されている。だから、どっちのデバイスを使っているときにも、お気に入りのアプリで天気予報を確認することができるのだ。皮肉な話だが、このアプリが使えないデバイスは、ぼくの手持ちデバイスの中ではPCだけだ。

 1日のうち、多くの時間をPCに向かって過ごしているので、スマートフォンで動くアプリがPCで動いてくれたらどんなにいいかと思う。でも、それはかなわない夢なので、PCの大きなスクリーンを目の前にしながら、小さなスマートフォンのスクリーンを凝視するということになってしまう。

 ただ、「そら案内」がiOSとAndroidの双方で使えるのは、アプリの開発元が両方のプラットフォーム用にアプリを開発しているからだ。人気アプリならともかく、個人が余暇を使って作るようなアプリではこれはなかなか難しい。だから、iOSでお気に入りのアプリがあっても、Android用にはそれがなくて、似たようなアプリを探すということがけっこうある。

 でも、同じバイナリが複数のプラットフォームで動くことが保証されれば、ストアのようなアプリ配布のプラットフォームさえ共有して、多くのユーザーにアプリを使ってもらえるかもしれない。つまり、プラットフォームのみならず、エコシステムも共用できる可能性が出てくるのだ。これは、開発者にとってもユーザーにとってもうれしいことだ。

●1度書けば2度美味しいMetroアプリ

 今のWindowsにとって最大の強みは、やっぱりそこで動くアプリケーションだろう。そして、同じアプリがHPのPCでもデルのPCでも、NECのPCでも、富士通のPCでも、パナソニックのPCでも動く。ユーザーは自分の好みのハードウェアを使い、好みのアプリを入手して使えるのだ。たとえPCを買い換えて別のベンダーのものになったとしても、以前から使っていたアプリはそのまま使える。

 これからクラシックと呼ばれることになるWindowsのデスクトップアプリは、こうしていわゆる王国を築いてきた。だが、Metroスタイルという新たなプラットフォームは、WindowsでありながらWindowsではない面があり、その世界をゼロから作らなければならない。なにしろ、豊富なクラッシックアプリがMetroスタイルでは使えないからだ。

 アプリの開発者は、Metroスタイルのプラットフォームが魅力的なものであれば、そこで稼働するアプリを作ろうと懸命になるだろう。その魅力は、ビジネスの可能性かもしれないし、そのプラットフォームを使うユーザーの数かもしれない。あるいは、充実した開発環境かもしれない。

 Microsoftはずっと、3スクリーン戦略を推進してきた。1つはTV、1つはPC、1つはケータイだ。Windows Phone 8の登場により、このうち2つのプラットフォームが統合される可能性が出てきた。1度書けば2度美味しいというわけだ。さすがはMicrosoft、開発者の気持ちをわかっているともいえる。

 ある意味で、Metroスタイルは、Windowsの新しいシェルであると同時に、他デバイスのエミュレータでもあるのかもしれない。カーネルが同じである以上、どっちがネイティブかという議論はあると思うが、考え方としてはそうだと思う。Microsoftがこういう方法をとった以上、AndroidもPCで動くエミュレータアプリを用意しなければならなくなるかもしれない。

●Surfaceが意図するものとは

 今週流れたニュースで興味深かったのはMicrosoftが同社ブランドのハードウェアとして「Surface」を発表したことだ。同社がハードウェアビジネスに参入するということで、業界は大騒ぎになってもいるのだが、実際のところはどうなんだろう。Googleでいえば、Nexusシリーズのようなもので、個人的にはリファレンス機に近いような存在ではないかとも思う。

 そして、このハードウェアでも、当然、Metroスタイルアプリは動く。これは、Microsoftが提示した「ハードル」のようなものなのではないだろうか。Microsoftはこれまで通り、Windowsを各社にOEM供給するわけで、WindowsハードウェアがMicrosoftの独占になるわけではない。だから、OEM各社は、このSurfaceよりも優れたハードウェアを作りさえすればいいのだ。それだけのことだ。

 以前、OSを作るMicrosoftと、アプリケーションを作るMicrosoftが同じ会社では、公正な競争ができないといった議論があった。当然、Microsoftのみが知る情報のもとにSurfaceが作られるようなことがあったら同じようなクレームがつくことになるだろう。そこは1つ、秘密があるとしても、OEM各社にはきちんとそれを伝えるようにしてほしい。

 個人的には、今回のMicrosoftのハードウェア参入には期待してもいる。Xboxのビジネスのように、独占ではなく、種々雑多なベンダーが競い合うハードウェア業界への参入に過ぎないからだ。まだ、実機に触ったわけでもなければスペックの詳細がわかっているわけでもない。でも、それが優れたハードウェアであればあるほど、そのことで、Windowsハードウェアの水準が上がることになる。

 これは、IntelがUltrabookのハードウェア要件を提示することで、一気にハードウェアの薄型軽量化が進んだことにも似ている。Intelは自社ブランドのUltrabookを出すようなことはなかったが、Microsoftはあえてそれをやる。ほおって置いたらMetroスタイルが普及するまで時間がかかりすぎるという危惧もあるのかもしれない。そのことが、どのようなかたちでPCシーンに影響を与えることになるのか、ちょっと目を離せなくなってしまった。

 いずれにしても、Metroスタイルを浸透させるには、少しでも多くの種類のハードウェアが必要だ。それこそが、アップルにはないMicrosoftの武器だからだ。パートナーとの共生をMicrosoftが捨てることはありえない。そういう意味では、Windows Phone 8も、Metroスタイルアプリを動かすためのハードウェアの1つにすぎない。Mirosoftが自社ブランドでスマートフォンを出したとしても不思議でもなんでもないのに、それをやらないのは、いろんな大人の事情があるのだろう。その大人の事情をWindowsが無視するとは思えない。