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業界震撼の「PC 3年保証」。マウスコンピューターはいかにして実現したのか

 2023年、創業から30周年を迎えたマウスコンピューター。そんな同社は今年4月、展開する5つのPCブランド「mouse」、「G-Tune」、「DAIV」、「MousePro」、「NEXTGEAR」の標準無償保証期間を、従来の1年から3年へと延長するという大胆な施策を打ち出した。

 どのメーカーもPCと言えば、その多くは1年保証だ。販売店側で独自の延長保証を行なったり、また法人向けPCでは3年保証が付属するケースはあるが、コンシューマ向け製品を含めた全製品で、メーカーによる3年保証が標準で、かつ無償で付属するというのは前代未聞だ。

 この画期的とも言える施策はどのような経緯で実現したのだろうか。この3年保証プロジェクトにメンバーとして参加した、同社品質管理本部の久米博氏に「3年保証のPC」について詳しく聞いた。

マウスコンピューター品質管理本部の久米博氏

3年保証のために新しく何かをやったわけではない

 PCを構成するさまざまなパーツの耐用年数は、決して一律というわけではない。それゆえ完成品であるPCの保証期間を設定するにあたっては、どうしても耐用年数の短いパーツに合わせることになる。多くのPCが1年保証となっているのは、そうした事情あってのことで、今回同社が導入したPCの3年保証は、品質の高さによほどの自信がなければできない施策だ。

 もっとも同社の30周年に合わせて華々しく打ち出されたこの3年標準無償保証、実現のために新しく何かをやったわけではないというからさらに驚きだ。

 「3年保証だからということで、私ども品管(品質管理本部)として、特別に何かをやったわけではありません。2011年頃、個人のお客様向け中心のビジネスから、法人企業向けビジネスへ広げるにあたり、お客様は製品ラインナップや価格の安さだけではなく、サポートサービスの体制や製品の品質・信頼性などを求められていると考え、それらを徹底した見直し改善を行ないました。

 10年ほどかけた改善活動の結果、不良率が下がり安定したことで、お客様からも品質に対して高い評価をいただいています。それならば3年保証を標準化しても特に問題はないだろうという結論になりました」(久米氏、以下同じ)。

 同社の品質管理本部では、おもに、工場で製造された製品の品質チェックや、万が一出荷後の製品に不具合が起きた際の原因究明・再発防止に取り組んでいる。約10年前の品質に関する大きな見直しを行なった時から、これまで10年以上に渡り製造不良、初期不良、年間不良といったそれぞれの項目で目標値を設定し、低い水準で抑えることに取り組んできた。これらは着実に成果を上げ、現在の不良率は低い水準に落ち着いている。そうした経緯もあり、3年保証を標準化するという話が社内で持ち上がった時も、特に驚きはなかったという。

 「(3年保証というのは)企業向けPCではすでに実績もあり、大きな戸惑いはありませんでした。ただ、基本的に同じ使い方がされる企業向けPCと異なり、個人のお客様はさまざまな使い方をされるという違いがあります。

 そのため、社内のさまざまなチームが3年保証プロジェクトという名のもとに集まり、価格やマニュアル、保証なども含めて見直しを行ない、トラブルの発生が懸念される点を1つ1つクリアにした上で、3年保証プロジェクトを開始するに至りました」

設計段階にまで立ち返って見直しを実施

 このように同社では、標準無償保証期間を3年に延長するのを機に、あらゆるプロセスの再点検を行なった。

 「3年保証と言っても、私ども品管だけですべての問題に対処できるわけではありません。そのため開発本部の方にも、設計段階で無償保証期間3年を含む5年間にトラブルとなりうる要因がないかというチェックはお願いしています」。

 パーツの仕入元であるパートナー企業との連携も重要なポイントだ。同社が取り扱っているパーツは、デスクトップPCであればマザーボードやビデオカード、電源、またノートPCであればノートのベア、さらにはメモリやストレージなど多岐に渡る。これらをパートナー企業から仕入れ、同社が組み立てを行なうことで出荷に至っている。

 これらは前述のように、長年に渡って改善が行なわれ、一定の成果が得られていたという。

ノートPCの天板を繰り返し開閉する装置
振動を与える装置
恒温槽。マウスコンピューターのPCはこれらの検証を通過している

 1つ1つのパーツについて不良率の目標値を設定し、その基準をクリアできなければ各パートナー企業にフィードバックを行ない、改善を依頼。現地工場に出張したり、テレビ会議を行なったりと形はさまざまだが、それらを丹念に1つ1つ行なうことで、不良率の低減を図ってきた。

 「納入前に問題が出ないよう、パートナー企業さんと連携していくことで、市場での不良を減らすようにしています」と、久米氏は十年以上にも渡る改善活動の狙いを語る。

長期保管が難しいバッテリの保証をどうクリアしたか

 3年という長期の保証を行なうとなった時に、同社の中でも真っ先に議論の対象になったのが、消耗品として扱っていたパーツの保証に対する考え方だという。

製造工場の部品ストック

 特に3年保証を行なう上で最もネックになったのは、ノートPCに用いられるバッテリだと久米氏は言う。

 「私がお客様の立場であれば、PCは3年保証なのにバッテリだけが1年保証では、残念な気分に感じると思うんですよね。ただ、バッテリはやはり消耗品であり使用期間が長くなれば劣化が進みます。そのようなバッテリですが、細かな点で保証条件は発生しますが、3年保証は行なうこととしています。

 そしてバッテリは、長期保管が難しいパーツなので在庫を多めに持っておけません。適切な環境できちんと保管することで長く持たせるよう心掛けていますが、社内的にはまだ課題としては残されていますね」。

 これらバッテリのほか、キーボードやマウスといった消耗品については、劣化/消耗そのものは保証対象外だが、通常使用において不良が発生した場合は保証対象となる。

 将来的には異なる製品でのバッテリ共通化など、設計段階での見直しを始めとした施策も検討中という。こうした全社的な施策を検討しているところにも、同社の本気度が見て取れる。

抜き取り検査で安定した品質を維持

 さらに同社の進んだ施策の1つに、完成製品の抜き取り検査がある。一般的に、完成品のPCに対する抜き取り検査は数%程度であることがほとんどだが、高い割合での抜き取り検査により、生産不良のチェックを実施。さらに現場へのフィードバックを行ない、組み立てプロセスの改善に努めている。

 「抜き取り検査で必要とされる数は、一般的にAQL(Acceptance Quality Limit:合格品質限界)で母数に応じて決まってきますが、我々の基準はかなり高くしており、年々抜き取り割合を増やしています。

 ただこれは、市場で問題が出ている項目や、お客様目線でのチェック項目を踏まえ、一定時間でどれだけ精査できるかを考慮した結果であり、決して数をこなせばよいわけではないと考えています」。

製造したPCの一部について抜き取り検査を行なっている
組み付けから各機能の挙動まで細かく検査する

 抜き取り検査の割合を引き上げたことで、以前はチェックをすり抜けていた生産不良が見つかり、それらが組み立て工程にフィードバックされるようになった事例は少なくないという。

 「たとえば、ネジを仮止めにしたまま締めるのを忘れてしまったり、コネクタの刺し方が甘かったなど、ヒューマンエラーを起こさないためにはどうすればよいかを生産本部で検討を行なっています。

 その上で、必要に応じて指示書に記載するなどして、誰が組み立てても同じクオリティの製品ができるよう仕組みを取り入れていった結果、市場不良も目に見えて減ってきました。お客様から修理の依頼が入ってくる以上、今後も品質を改善できる点は多くあると思っています」。

 これらの取り組みが不良率を引き下げ、それらが今回の3年保証の標準化につながったのは、まさに必然と言っていいだろう。

市場不良からのフィードバックも欠かさない

 こうして完成したPCは市場へと出荷されるわけだが、実際にユーザーが使い始めてから何らかの不良が見つかる場合もある。一般に市場不良と呼ばれる不具合だが、これらのフィードバックも欠かさない。

 「生産の段階では見つからなかった不良が、市場に出荷されたあと、お客様の手元で発生してしまう場合があります。これらはサービスセンターでお客様から寄せられた声を確認し、同じようなお客様からの指摘が何件か続けて上がってくるようであれば、パートナー企業に報告するべきなのか、開発にフィードバックするのかを品管で判断します。

 内容はハードだったりソフトだったりとさまざまですが、これらを各関連部門に対応してもらうというサイクルを繰り返しています」。

 久米氏は最近の市場不良の事例として、低温によりPCが起動しなくなった例を教えてくれた。

 「たとえば昨年の冬は気温が非常に低く、室温が氷点下まで下がったことで、PCが起動しないという報告が多く上がってきました。調べていくとマイナス環境下になると、バッテリの電圧が低すぎて起動しないことが分かりました。製品の動作保証環境は5℃から35℃までの環境なので、マージンをみて検査をしているのですが、昨年は想像以上に気温が低くなってしまったため。このような事例がありました」。

 こうした場合も、社内へのフィードバックは行なわれるのだという。「温度が高いのはさすがにバッテリがダメージを受けてしまうのでおすすめしませんが、低い方はできれば動いたほうが望ましいよねといった具合に、開発にフィードバックをしています」。

「マウスのPCって壊れにくいよね」を実感してほしい

厳しい基準や検査をクリアした製品だけが晴れて3年保証付きで出荷される

 こうした経緯を経て実現した「3年標準無償保証」だが、品質管理畑の長い久米氏にとっても、計画を初めて耳にした時のことを以下のように語る。

 「正直なところ、驚きはありました(笑)。量販店の延長保証を聞くことはありますけど、メーカーが保証というのは聞いたことがなかったので、この会社、すごいことやるなって(笑)。普通だったら案を出しても、企画自体が通らないんじゃないでしょうか。

 ただ品管という立場で見ていくと、製品寿命や不良率からして、決してできなくはないことは分かっていました。もちろん消耗品をどうするのかといった課題はありましたし、それを保証にどう盛り込むのかという話はありましたが、それらも含めてきれいに見直しをして、晴れて実現にこぎつけました」。

 一方で、近年のパーツの長寿命化も、3年保証を実現できた要因だと同氏は考えている。

 個々のパーツの信頼性が昔よりも伸びて劣化しづらくなっているのも、今回の追い風になり、3年保証でも大丈夫だろうという結論に至りました」。

 スタートからまもなく半年を迎える3年保証について、今後の展望について聞いてみた。

 「PCを長く安心して使っていただきたいという私共の思いからスタートしたのが、この3年保証プロジェクトです。お客様目線で言えば、やはり3年保証というのは大きいと思いますよ。自分も3年保証だったら買ってしまいますね。

 もちろんまだまだ改善できる部分はあると思っていますが、ぜひ手に取っていただき、マウスのPCって壊れにくいよね、というのを実感していただければと思っています」。