特集
Ryzen Threadripper PROの“自作PC”が映像制作で使われていた! STUDの岡田氏を訪ねる
2021年10月19日 06:45
Ryzen Threadripper PRO――それは誰もが憧れる世界最高峰とも言えるx86 CPUだ。最上位の3995WXは64コア/128スレッドでも最大4.2GHz駆動と、演算部が非常に強力なだけでなく、メモリは8チャネルで、PCI Express 4.0を128レーン備えるなど、足回りも破格のスペックとなっている。
今回、そのRyzen Threadripper PROを実際に映像制作の現場で活用し、なおかつそのPCを“自作”しているという株式会社スタッド(STUD)を訪れる機会を得た。代表取締役岡田太一氏(以下、敬称略)に、Ryzen Threadripper PROの魅力と自作している理由について聞いた。
たくさんのアプリの同時立ち上げには多コアが必須
――岡田さんの現在の仕事内容からお聞かせいただけますか?
岡田 ジャンルでご説明するのは難しいのですが、分かりやすくまとめると、リアルタイム3Dグラフィックスを使ったビジュアライズ全般をやらせていただいております。
より具体的にお話ししますと、昨今よく名前を聞くゲームエンジン「Unreal Engine」を使用して、映画とかドラマの映像制作、イベントや音楽ライブの会場演出、あるいは美術館、博物館のイベント展示など、なにかインタラクティブなものを作ることが私の仕事です。
――PCでどのような作業をやっていらっしゃいますか?
岡田氏(以下、敬称略) 私は肩書きとしてはテクニカルディレクターとして仕事をさせていただいているんですけれども、まず一番大きな仕事上の役割としては「フィジビリティチェック」と呼ばれる、こういうことをやりたい、こんな企画がある、こんなアイデアがあるというときに、それが技術的に実現可能かどうかを判定し、こういった技術、機材、予算でできますよとチェックする仕事です。このオフィスで本番に先立って実験して、機材の組み合わせや、その上で動くプログラムを開発し、実際にその仕事を現場で担当することが主な仕事になります。
――実際にどのようなアプリケーションを使うのでしょうか?
岡田 起動している時間が一番長いのは「Visual Studio Code」です。その次に「Unreal Engine」。それに合わせて、Adobeさんの「Creative Cloud」がらみ全般。中でも「After Effects」、「Premiere」、「Photoshop」、「Illustrator」。ほかにも「Autodesk 3ds Max」などの3Dソフト。あと「Blender」も使いますね。「Substance 3D」も利用しています。
――そのようなアプリケーションを使うにあたって、なぜ「Ryzen Threadripper PRO」搭載マシンを選んだのでしょうか?
岡田 一言では難しいのですが、いくつもいいところがありますよ。まず、分かりやすいところではコア数が多いことは非常にありがたいですね。
先ほど挙げたアプリケーションはそれぞれ1つ1つがそこそこ重いアプリです。私共の仕事では範囲の広い検証を行なうので、それらのアプリを全部立ち上げたりするんです。例えば普通の16コア以下のマシンだったら、「After Effects」を立てて、「Premiere」を立てて、「Photoshop」を立ててしまったら、それでおしまいになると思いますが、私たちはさらに「Unreal Engine」が入ってきて、「Blender」が入ってきて、レンダリングを始めちゃったりするので、もうコア数がえらいことになります。そのような意味で多コアのチョイスがあることが1つの大きな理由ですね。
もう1つが、そのような検証にあたり、PCI Expressバスにいろんな拡張カードを挿すことになるのですが、普通のRyzenや、Intelさんの普通のCore i7、i9系のCPUだとPCI Expressのレーン数が足りません。物理的にスロット数も足りないですし、仮に足りたとしてもx4、x4、x4、x2みたいな感じでバラされちゃったりするので。
Ryzen Threadripper PROだと7本付いていて、全部x16というのは非常に魅力的です。今回Ryzen Threadripper PROを導入した一番の理由はこれですね。
自作で“中身を把握”することの重要性
――Ryzen Threadripper PRO搭載マシンは、メーカーからも販売されていますが、そういう吊るしのPCを選ばずに、自作している理由はどこにあるのでしょうか?
岡田 まず、会社を経営している身として公式なお話を最初にしますと、もちろんコストの話があります。ただ、正直コストの削減ってそれほどでもないんです。
自前で組んだPCは、結構パーツの選定から組み立てまですべてやっているので、そのマシンがどうやってできているのかということをきちんと把握できています。このようなマシンは、現場に持っていって、音楽ライブや展示会で使うので、トラブルシューティング的な意味で中の隅々まで知っていることは非常に大事になるんです。ということで、自作かつ、1台だけではなくて、必ず複数台入れるようにしているというのが公式の返答です。
非公式的に言うと、昔から自作が好きなんです(笑)。私は今39歳になるんですけど、中学ぐらいの頃に初めて「IBM PC 370」というピザボックス型のDOS/Vマシンを親に買ってもらいました。そこから始めて、「DOS/V POWER REPORT」や「アスキー」を読んで、そのうち「ログイン」に行き、「テックウィン」に行き、Webで「PC Watch」とか、「アスキー」とかも見ながらやってきた身ですので。
――現場によっては、マシンを複数台持ち込むとおっしゃっていましたが、それは2台ですか? それとももっと持ち込んでいるのでしょうか?
岡田 場合によりますね。2台体制のところもありますし、必ず3系統用意せよというところもあります。大体、正副2系統が絶対必要ということにしていまして、1つのことをやる場合でも正副同時に動かして、なにかあったらすぐ切り替えられるようにしています。3系統用意せよって絶対言われる場合もあります。正副入れて、もう1台副を絶対入れるようにと言われています。
――バックアップが役立ったことってあるんですか?
岡田 幸いなことに、ここ5年、15年の間ではこけたってことはないですね。
――では、そのぐらい安定しているんですね?
岡田 安定はしています。ただ、現場でこけたことはないですが、必要なものです。
気になるRyzen Threadripper PRO搭載の実機
――それでは自作PCのこだわりの部分をご紹介いただけますか?
岡田 分かりました。こちらが「Ryzen Threadripper PRO 3995WX」のマシンで、64コアの方ですね。
――ちなみにこのケースは販売されているんですか? それとも特注ですか?
岡田 この外装は特注ですね。中身はFractal Designさんの「Define XL」です。
――これが正のマシンなのですか?
岡田 これは役割で言うと開発機です。で、こちらが現場に持っていくマシンです。
――この3台入っているのが、正、副、副という構成なんですね。すごいっすね。率直にお聞きしますけど、これって総額いくらなんですか?
岡田 ざっくり言うと開発機が300万円弱ぐらいで、現場に持っていくマシンがそれぞれ200万円弱ですね。
――なんか……夢がありますね。
岡田 GPUはどちらもQuadro RTX A6000で、メモリは開発機が256GB、現場用マシンが128GBという感じです。
――今一般的に自作PC界隈ではショップブランドのPCを買った方が安く上がる、自作すると高くつくと言われていますが、こちらのマシンは自作した方が安く上がるのですか?
岡田 まあ、ギリギリそうとも言えなくもないぐらいですね(笑)。
――(笑)。なぜそのような逆転が起きているのでしょうか?
岡田 ちょっと言いにくいのですが、メーカーさんってベースモデルはブランドごとにそれほど(価格は)変わらないじゃないですか。ただ、メモリを足すとすごく高いとか、GPUにすごいプレミアが付いていたりしますよね。なのでオプションを盛り盛りしていくと、結構高く付きます。
実は昔、HPのZシリーズで、「Z800」とか「Z820」を最低スペックで買ってきて、中身を全部入れ替えるとかやっていたんです。ただ、それだと結局自作マシンのベースを買っているだけだよなと。今回同じマシンを組めるものとして、レノボさんの「P620」が「Threadripper PRO」だったんですが、ちょっといろんな要件を考えると、もうちょっと自由度が欲しいなあというところがありました。
あえて空冷、電源ボタンは使わないなど、現場ならではの工夫の構成
――これって中身は見られませんよね?
岡田 見られますよ。
――あれ、簡単にはずれるんですね。
岡田 そうです。結構簡単にはずれます。
――それはやっぱり現場で何か起きたとき……あ、これは開発用ですよね。では、メンテナンス性を考えて、開けやすくしていると。
岡田 一応そういう体です。ただ、現場で箱を開けるというのは本当にやばい時なので、まず開けません。現場で箱を開けるぐらいの状況だったら、そもそも正副2台持ち込んでいるので、副に切り替えるというのが第一選択肢ですね。
――パーツはどのへんにこだわって選定したのでしょうか?
岡田 まずマザーボードはSupermicroをチョイスしました。元々Supermicroのマザーボードをいくつか使っていたので、「ものすごい業務向け」だということは分かっていたんです。そこで今回、「Threadripper PRO」用マザーボードにどんなのがあるんだろうと見てみたら、Supermicroさんが一番手ぐらいの時期に出していて。
10Gigabit Ethernetのポートがあったり、電源が入っていなくても外からリモートコントロールできる「IPMI」(Intelligent Platform Management Interface)機能が入っていたり、なにげにシリアルポートが付いていたり。これらが決め手でこのマザーを選びました。
それと、PCI Express 4.0 M.2 SSDの4枚挿しのボード「HighPoint SSD7505」に、「Samsung 980 PRO」の2TBを4枚挿しているんですけども、RAID 0運用で25GB/sを超えてくれまして、ちょっと昔のメモリのスピードだなと(笑)。それは感動したポイントですね。
――このマシンを見てすごく印象的なのが、「HighPoint SSD7505」以外全部補助電源が要るってことです。
岡田 要りますね。電源は今、「SilverStone SST-ST1100-TI」なんですけど、まあ凄い勢いで補助電源使いますね。マザーが補助電源を4発要求するんです。
――あと気になったのが、これ空冷なんですね。
岡田 はい。動かすので水冷が嫌なんですよ。とっても水冷が嫌いなんです。
――やっぱり持ち運びとかを考えると水冷はあり得ないですか。
岡田 そうですね。個人的にはちょっと厳しいかなと思います。こいつはまだ開発機だからいいのですが、現場用はドンッと置いたりしますから。
――ちなみに組み立てるにあたって注意してることはありますか?
岡田 最初に水道管に触りますぐらいでしょうか(笑)。注意深くやること以外は普通の自作作業だと思います。ただ、一般的な自作PCでは使わないパーツが多くあるので、どうしていいか分からないときがたまにあります。マザーボードのマニュアルを見てもよくわかんないんですよ。挿すことができますと書いてあるだけで、なんのために挿すのか書いていないので。業務用のパーツだとWeb上にも情報がないんです。そういうときは、試してみるしかないです。
――ちょっと気になったのですが、パワースイッチが抜けていますね。
岡田 これは運用上の都合で、この電源ボタンは使っていないんです。「IPMI」か、停電して電源が復帰したらすぐに起動するようになっているんですね。だから電源挿したら起動します。
――あー、なるほど。
岡田 電源ボタンも動かないようにしています。
――運用上の理由って具体的にはなぜですか?
岡田 このマシン自体をデスクトップPCとして机の隣に置くことはあまりなくて、リモートデスクトップでノートPCとかから入って使うことが多いんです。自宅から使っていることが多いのですが、ハングアップしたり、OSが固まったときに、何もできなくなっちゃうので、「IPMI」とか、電源ブチ抜いて、もう1回電源入れたら勝手に起動するようにしてあるんです。ありがたいことに、ほぼそういうことは今のところはないんですが。
これからクリエイター目指すなら、まず自作PCを
――ちなみにご自身ではどのようなPCを使っているんですか?
岡田 M1搭載の「MacBook Air」ですね。Ryzen Threadripper PROである必要はないので。自宅には今マシンは置いていません。「MacBook Air」からテザリングで入って作業できちゃいますから、自宅にマシンを置く理由はないんです。ゲーミングマシンが欲しいとなれば自宅に置きたいとなるかもしれないですけど、まずそのためには自宅に書斎を作らないといけません(笑)。
――書斎はないんですか? 私もないですけど。
岡田 ないですね。子供と奥さんが寝る寝室、それとリビング……以上です(笑)。
――それでは最後の質問なのですが、クリエイターを目指している若い方にアドバイスをお願いいたします。
岡田 今の時代のクリエイターって、どういう道を選ぶにしても、やはりコンピュータを使うことって多いと思うんです。何を作るかによりますけど、クリエイターと呼ばれている人達はコンピュータを使って物を作ることを避けて通れなくなっている中で、コンピュータ自体にもっと興味を持ってほしいというのがすごくあります。
最近スマホしか触ったことがありませんという人が多いですが、必ずしもAMDさんのCPUでなくてもいいんですけど、「Raspberry Pi」でもなんでもいいから、小学生、中学生ぐらいの頃からコンピュータというものに触ってみることはやってほしいなとすごく思っています。これから何十年そういう時代が続くかは分からないんですけど、コンピュータ自体に触れることはものすごいアドバンテージになると思うんです。
今でもまだ新しいものがコンピュータから出てきています。例えば昨今であればディープラーニングがそうですし、今はまだ形がないものもおそらくコンピュータを起点として生まれてくるでしょう。コンピューター自体に興味を持ってもらうという手段の1つとして、とても有用なのが自作だと思っております(笑)。
――よく分かりました(笑)。ありがとうございます。