2023年11月16日 14:00
空間に浮上、合体させた2つの液滴内の流れと流体分布の両方を、蛍光発光粒子を用いて可視化する計測技術を開発しました。これにより、各液滴内部の流体の移動を計測したところ、液滴が合体する際の表面振動によって引き起こされる内部流動が、流体の混合を促進させることが明らかになりました。
一般に、液体を扱う際は、容器に入れなくてはなりません。しかし、超音波を用いると、直径数mmの液体(液滴)を複数個、空間に浮かせて、容器の影響を受けずにこれらを混ぜることができる超小型試験環境「Lab-on-a-drop」が得られます。本研究では、このLab-on-a-dropにおいて、小さくて簡単には混ざらない2つの液滴を合体させる(混ぜる)技術、および、それらの混ざり具合を測る方法(選択的カラーイメージング法)を開発しました。
混ぜる技術としては、7×7の超音波振動子から、位相をずらして超音波を照射することで、任意の場所に液滴が浮遊可能なポイント(焦点)を作り出す、超音波フェーズドアレイを用いています。これにより、同一種類の液滴2つを同時に浮かせて、これらを衝突、合体させることに成功しました。
混ざり具合を測るためには、それぞれの液滴を構成する流体の動きを判別する必要があります。ここでは、赤と緑の蛍光発光粒子を採用しました。一方の液滴には紫外光を照射すると赤く蛍光する粒子を、もう一方の液滴には緑に蛍光する粒子を入れて、液滴が合体した際の各蛍光粒子の動きを高速度カメラを用いて、それらの混ざり具合を詳細に撮影しました。合体の際に生じた界面振動による流体の混ざり具合と、分子拡散による混ざり具合の違いを、混合に要する時間スケールに基づいて分析したところ、界面振動による混合が支配的であることが明らかになりました。本研究成果は、Lab-on-a-dropデバイスの応用とさらなる発展に寄与するものです。
■研究代表者
・筑波大学システム情報系
金子 暁子 准教授
本田 恒太 (システム情報工学研究群構造エネルギー工学学位プログラム)
・工学院大学工学部機械工学科
長谷川 浩司 准教授
■研究の背景
液体を持ち運ぶとき、私たちは瓶やコップなどの容器を用いますが、本研究で取り上げているのは容器を用いない「Lab-on-a-drop」と呼ばれる超小型試験環境です。これは、超音波の力で粒状の液体(液滴)を浮かせる超音波浮遊法注1)により実現することができます。液体の試験の際に容器を用いると、容器に付着した物質による液体の汚染や、壁面を基点として生じる融解や固化などの現象が、しばしば結果に大きな影響を与えます。一方で「Lab-on-a-drop」は、空中で自在に液滴の注入、浮遊、輸送、合体、蒸発、回収ができる可能性を秘めており、容器の影響を受けない試験の実施や、新しい材料の創出が期待されています。
しかし、マイクロリットルサイズの液滴はレイノルズ数注2)が小さいため、液体同士を均一に混ぜることは容易ではありません。また、浮遊液滴の内部の流動と混合メカニズムの関係については十分に理解されていませんでした。
■研究内容と成果
本研究では、超音波フェーズドアレイ注3)を用いて液滴浮遊を実現しました。7×7に配列した超音波振動子から位相が制御された40kHzの音波を発信すると、任意の位置に音の焦点を発生させることができ、各振動子の位相を500Hzの周波数で切り替えることで、同一種類の液滴(直径数mm程度)2つをそれぞれ浮かせることに成功しました。焦点間の距離を能動的に制御すると、浮遊させた液滴の移動や合体が可能です。
液滴内部の流れ場と濃度場を可視化するために、一方の液滴には紫外線により赤く蛍光するアクリル粒子を、もう一方の粒子には同様に緑に蛍光するアクリル粒子を、それぞれ同じ粒子濃度で混入させました。これに紫外線シートレーザーを照射し、各液滴成分の流れと混合の様子を高速度カメラで撮影して詳細に調べました(選択的カラーイメージング法、参考図)。
液体の分子サイズよりも数桁大きい直径10μmの蛍光粒子を用い、液滴が合体した際の混合ダイナミクスを分析しました。動粘度の異なる3種類の液体について、液滴の混合に要する時間スケールtmcを実験的に求め、粒子の拡散に要する時間スケールttrと流体の粘性散逸の時間スケールとを比較した結果、tmcとttrの間に強い相関があることを見いだしました。特に、動粘度の低い液滴では運動量移動が促進され、内部流れの影響によりtmcが短縮していました。今回検討したすべての液体において、液滴中の蛍光粒子の混合、すなわち、2つの液滴の混合が、液滴の合体から生じる内部流によって促進されたことが明らかになりました。
■今後の展開
本研究で提案した選択的カラーイメージング法により、液滴の局所的な領域内の濃度測定が容易になりました。今回は、同一種類の2つの液滴の合体と混合についてのメカニズムを解明しましたが、今後さらに、種類の異なる液滴同士の浮遊・合体・混合について研究を進める予定です。この手法を用いて、混合をより促進させるための適切な手段を確立し、Lab-on-a-dropシステムの応用とさらなる開発に役立つことが期待されます。
■参考図
7×7に超音波振動子を配列した超音波フェーズドアレイに40kHzの位相が制御された音波を発信すると、任意の位置に音の焦点を発生させることができる。各振動子から送信される音の位相を、フィールドプログラマブルゲートアレイ注4)を用いて500Hzの周波数で切り替えることで、それぞれに蛍光粒子を混入した2つの液滴を浮遊させることができた(左上)。振動中の液滴内の各蛍光粒子を可視化するとともに(左下)、ボロノイ図注5)を用いて蛍光粒子の数分率から混合の進行度を見積もり、液滴内の流れ場を分析した(右下)。
粘性の異なる3種類の液体を用いて実験した結果、液滴の混合に要する時間スケールtmcと、蛍光粒子の拡散に要する時間スケールttrの間に強い相関があること(右上)を確認し、液滴界面の振動により液滴内の混合過程を定量的に示すことに成功した。
■用語解説
注1) 超音波浮遊法(ultrasonic levitation)
超音波振動子と反射板(ガラス板など)の間に音響定在波(反射を繰り返して常に存在する波)を発生させ、音響放射圧(超音波から受ける圧力)により試験流体を空間に非接触で保持する方法。
注2) レイノルズ数(Reynolds number)
流体の性質を特徴づける代表的な無次元数。流体の粘性による運動を引き留める力に対して流体の慣性力の割合を示す。レイノルズ数が十分に小さい場合、流れは層流(規則正しい流れ)となる。
注3) 超音波フェーズドアレイ(ultrasonic phased array)
超音波振動子を規則的に配列(今回は7×7)したもの。複数の振動子から放射する音波の位相(時間)を電子回路で制御することにより、超音波を任意の方向に集束させたり、連続的な移動を実現できる。
注4) フィールドプログラマブルゲートアレイ(field-programmable gate array, FPGA)
ユーザーが、配線を何度でも修正・変更(プログラム)できる集積回路を指す。
注5) ボロノイ図(Voronoi diagram)
平面上に複数の点が配置されているとき、任意の点がどの点に最も近いかによって分割することで作成される図。
■研究資金
特になし。
■掲載論文
【題名】
Coalescence and mixing dynamics of droplets in acoustic levitation by selective colour imaging and measurement.
(音響浮遊における液滴の合体・混合ダイナミクスの選択的カラーイメージングと計測)
【著者名】
K. Honda1, K. Fujiwara1, K. Hasegawa2, A. Kaneko3, and Y. Abe3
1. Graduate School of Science and Technology, University of Tsukuba, Tsukuba, 305-8573, Japan
2. Department of Mechanical Engineering, Kogakuin University, Tokyo, 163-8677, Japan
3. Faculty of Engineering, Information and Systems, University of Tsukuba, Tsukuba, 305-8573, Japan
【掲載誌】
Scientific Reports
【掲載日】
2023年11月10日
【DOI】
10.1038/s41598-023-46008-z