ニュース
国立情報学研究所、日本IBMと研究契約し「コグニティブ・イノベーションセンター」を新設
~産学連携で新しい価値の創出に挑戦
(2016/2/16 06:00)
大学共同利用期間法人 情報・システム研究機構 国立情報学研究所(NII)は、2016年2月1日付で「コグニティブ・イノベーションセンター」を新設したと発表し、2月15日に記者会見を行なった。日本アイ・ビー・エム株式会社と研究契約を結び、同社の支援を得て、コグニティブ・テクノロジーの研究と社会実装に取り組む。IBMのQAシステム「Watson」や、アプリケーション構築管理のクラウド基盤である「Bluemix」などの独自技術のほか、後述の研究会に参画する各企業とも共同して、新たな価値創出に挑戦するという。
コグニティブ・テクノロジーとは「機械学習や自然言語の処理と理解、ビッグデータや知識ベースの構築と利用など知的情報処理の集合体」。コグニティブ・イノベーションセンターでは、特にビッグデータから学習して自然なインタラクションの中で、人間の認知や判断を支援する側面に主眼を置く。
センター長には、東京大学名誉教授で早稲田大学 基幹理工学研究科情報理工専攻 教授の石塚満氏を招聘した。石塚氏は「コグニティブ・テクノロジー」という言葉について、「IBMの定義とは必ずしも全てが一致しているわけではなく、学術的な意味も含めてより広く捉えている」と述べた。「人工知能」というと自動化技術としての側面が強調されがちだが、「コグニティブ」は、「コミュニケーションを通じて人間をサポートするというところに力点がいくぶんあると理解して欲しい」とした。
研究センターの規模としては、NIIで数名程度の助教やポスドクを雇用する予定で、とりあえず「3年でイノベーションの芽を見つける手前まで行きたいと思っている」という。
同センターでは、日本企業に参画を呼びかけて研究会を定期開催する。参加メンバーは、CEO(最高経営責任者)やCOO(最高執行責任者)レベルの企業の意思決定に関与する役員を想定している。研究会では研究成果やビジネス応用例などを提供する。
なお研究会そのものは、日本IBMが2015年、東京・丸の内に開設した「戦略共創センター」や、NIIで行なう予定だ。新しいビジネス・コンセプトの創造に取り組むと共に、有用性や実現性の評価を行なうためのデモシステムの開発も行なっていくという。具体的には今後決める予定で、詳細は未定。
2月時点での参画企業は下記のとおり。
- アルパイン株式会社
- イオンフィナンシャルサービス株式会社
- オリンパス株式会社
- 株式会社エイチ・アイ・エス
- 株式会社小松製作所
- 株式会社みずほフィナンシャルグループ
- 株式会社三井住友銀行
- 株式会社三越伊勢丹ホールディングス
- 株式会社三菱東京UFJ銀行
- キッコーマン食品株式会社
- キリンビール株式会社
- 第一生命保険株式会社
- 帝人株式会社
- DIC株式会社
- 東京海上日動火災保険株式会社
- 日揮株式会社
- 日産自動車株式会社
- 日本航空株式会社
- パナソニック株式会社
- 三菱自動車工業株式会社
- 明治安田生命保険相互会社
先に考えるべきは企業利益ではなく、社会の便益と幸福
会見で、NII所長の喜連川優氏は「コグニティブ・イノベーションセンター」という名前について、「産業界と一緒にイノベーションを起こすことがミッションだ」と述べた。近年話題のAI技術については「必ずしもプロパーのAI研究から生まれているかというとそうでもない」と現状に対する見方を示し、また「イノベーション、社会にとってのソリューションは1つの技術では作れない。多様な領域技術を融合することで、社会にとって意味のあるイノベーションに繋がる。そこで、敢えて人工知能センターという言葉を使わなかった。より広く利用可能な先端的なITを融合してイノベーションを起こそうというところに特化しようと考えている」と述べた。当面はビッグデータからの機械学習で、人間の認知や判断を支援する技術開発を起点とするが、必ずしもそれが全てではないとした。
また、喜連川氏は、大学共同利用機関であるNIIの持つ各大学への連携や、NII自体の持つ固有の人工知能技術を強調。ただ、各大学で取り組むだけでは、産業界のエンドクライアントと一緒に研究に取り組む機会はあまりないという。そこでIBMと共同で実問題を解いていきたい、と述べた。
ITは変化が激しいが、同センターでは「非常に幅広く問題を設定して、時代を読みながら機動的に具体的な取り組みを決めていく」ことを旨としており、「センターを運営しながらターゲットを絞り込んでいきたい。非常にエキサイティングな営みになると思う」と述べた。
喜連川氏は、「ターゲットは社会」だという。「社会にどれだけインパクトが当たられるかが一番求められているところ。今までは企業価値をビッグデータで、という取り組みが多かった。そうするとどうなったか。AIが仕事を取ってしまったらどうしようとか、自動運転車の責任はどこにあるのかといった話ばかりが前面に出てきている。そうではなく、最初から社会の便益を考えるべきだ。『こういう車が出てきたら幸福か』ということを先に考える」と語った。「現在のステークホルダーと一緒に考えることで、ソーシャル・アクセスタブルな技術ができる。何かを作って、どうやって社会に展開するか、社会のために何をしないといけないのか。起点をそこにして考える」という。
日本アイ・ビー・エム株式会社 取締役専務執行役員グローバル・ビジネス・サービス事業本部長のキャメロン・アート氏は、世界の企業・政府のリーディングリーダーは「コグニティブ」を採用しようとしていると述べ、「今回の取り組みが日本の社会、国民、企業を支援することになると確信している。それが参画の理由だ」と語った。具体的には、IBMからは技術を持った人材や、WatsonやBluemixなどの技術基盤を提供する。
なおIBMは2015年11月に「IBMグローバル経営層スタディ(IBM C-suite Study)」を発表しており、ここで世界の経営者が破壊的な技術革新が起こる現代でどのような認識を持っているのか考察している。
今回のNIIとのパートナーシップから期待するものは、売り上げ達成目標などではなく、あくまで産業界や大学、研究機関などで先端リーダーシップをとる人達の協業を通して生まれるものを、日本の社会に応用して欲しいと考えていると語った。質疑応答やぶら下がりでも、IBM側が考えるメリットについての質問が挙がったが、アート氏は、ソフトウェアやサービスを直接販売することのメリットよりも、研究や教育機会を提供することで、コグニティブテクノロジーそのものの認知度をあげることによる、副次的なメリットを期待していると述べた。またNIIを研究パートナーとして選んだ理由については、NIIの持つ高い「ビジョン」と、IBM単体だけで進めるのではないことによる「多様性」を挙げた。
センター長として招聘された、早稲田大学教授で国立情報学研究所の客員教授でもある石塚満氏は、今回のセンターの役割について、「政府系の人工知能研究は基礎的なところが重点。それに対して社会や産業への展開力や活用力から新しいイノベーションを見つけていく」と語った。また「日本の人工知能研究は層が浅い」とも指摘。ワールドワイドにビジネス展開しているIBMの枠組みを使うことで、社会実装しやすい研究を進めていくことの可能性を語った。ただし「Watson」は深層学習などでは研究用途では不足している側面もあり、必要なツールはその都度新規で開発したり、日本のベンチャー企業が開発しているものなども活用して取り組んでいくと述べた。
なお、各参画企業が、どの程度の参画をするのかや知財の扱いをどうするのかといった具体的なことについては、まだ話し合いをしている段階で未定。参画企業もそれぞれ思惑が異なるとのことだった。