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2030年稼働の「富岳NEXT」は、何に使われるのか?

 理化学研究所(理研)は、「富岳NEXT」の開発状況について説明。アプリケーションの観点から想定される具体的な用途を示した。

 富岳NEXTは、スーパーコンピュータ「富岳」の次世代機で、2030年頃の稼働が見込まれている。理化学研究所が、2025年1月から、開発および整備を開始。アプリケーションファーストを理念としており、既存のHPCアプリケーションでは、富岳の5~10倍以上の実効計算性能と、AI処理でゼッタ(Zetta)スケールのピーク性能を念頭に置き、50EFLOPS以上の実効性能を目指している。また、シミュレーションとAIの融合により、総合的には数10倍のアプリケーションの高速化を目標にしている。今後の「AI for Science」の発展を見据えた設計としている点も特徴となる。

 理化学研究所 計算科学研究センター 連続系場の理論研究チーム チームプリンシパル/理研 計算科学研究センター 次世代計算基盤開発部門次世代計算基盤アプリケーション開発ユニットリーダーの青木保道氏は、「2011年から稼働した『京』では、ゲリラ豪雨予報手法を開発したのに対して、富岳では東京オリンピック・パラリンピック期間中に、世界初となるリアルタイムゲリラ豪雨予報を実現した。富岳NEXTでは、これらの技術成果を用いて、地球規模の気候危機の解決を目指し、社会や都市のデジタルツインやAIとの融合により、政策の仮想試行および提言も可能になる。気象制御を実現できるのかどうかといったことにも取り組むことになる。

理化学研究所 計算科学研究センター 連続系場の理論研究チーム チームプリンシパル/理研 計算科学研究センター 次世代計算基盤開発部門次世代計算基盤アプリケーション開発ユニットリーダーの青木保道氏

 また、生成AIによる最適形状の提案などによる自動車設計の自動化、およびAIによる自動運転技術の確立が可能になったり、細胞内分子動態シミュレーションにおいては、電子状態を考慮したダイナミクスが可能になり、生体デジタルツインによる抗体創薬などが可能になったりする。これまで手が届かなかった成果を得ることができる」と述べた。

 130億パラメータの大規模言語モデル「Fugaku LLM」の事前学習では、富岳の11分の1のリソースを活用して1カ月強で完了。これを京で行なったとすれば10~15年かかったと試算している。これに対して、富岳NEXTでは、はるかに大規模な数兆パラメータ規模の大規模言語モデルの事前学習が2カ月以下で完了できると予測している。

 なお、現行の富岳では、量子コンピュータを接続しハイプリット計算の実証を進めているが、「富岳NEXTプロジェクトの中で標榜しているわけではないが、この流れは富岳NEXTにも継承し、その時点で最新の量子コンピュータとハイプリット計算を行なうことは現実性が高い目標だといえる」(理研の青木氏)との見方を示した。

現行の富岳

 富岳NEXTのアプリケーション調査研究グループでは、「生命科学」、「新物質・エネルギー」、「気象・気候」、「地震・津波防災」、「ものづくり」、「基礎科学」、「社会科学」、「デジタルツイン・Society5.0」の8つの分野を対象に、富岳NEXTによって、2030年頃に期待できる成果と、それに必要とされる技術要素について検討し、同時にその実現に向けて解決すべき課題を提示している。

 具体的な活用事例としては、「生命科学」では、多階層データおよびシミュレーションを、AIとLLMによって統合。富岳に比べて10倍程度の計算資源で稼働させ、GPUへの最適化を図りながら、個別化医療基盤や創薬基盤を構築しようとしている。100万規模の遺伝子変異に対するMDシミュレーションによって、個別の疾病メカニズムの解明と創薬を実現するという。

 「新物質・エネルギー」の分野では、富岳の5~10倍規模の数値計算が可能になることで、大規模磁性材料データベースの構築や、全固体電池および太陽電池材料におけるAI加速第一原理計算が可能になる。

 「気象・気候」においては、集中豪雨や台風予測の精度を大幅に向上させることができるとしており、リアルで、きめ細やかな気象予測が行なえるシステムを開発する。竜巻や雷頻度の予測、シナリオを網羅する確率予測、3次元高密度観測による高頻度リアルタイム予測を実現するという。AI代理モデルなどの加速によって、富岳に比べて5~10倍以上の大規模計算を実現することで達成する見通しだ。

 「地震・津波防災」に関しては、広域のマクロ地殻変動シミュレータと、特定領域におけるミクロな地殻変動・地震動シミュレータを組み合わせたマルチスケールシミュレータを開発。地殻変動や地震動の観測データと整合するモデルを構築することで、一定規模の地震が発生した後に、周囲の地震発生の推移を予測することが可能かどうかを検証する。ここでは、富岳NEXTのシステム特性に合わせた物理シミュレーションや、AIなどのデータ駆動型アルゴリズムを開発し、実装することになる。

 「ものづくり」については、HPCを活用した現象解明と、それに基づいた最適設計を、さまざまな産業分野における設計プロセス、製造プロセスに応用。製品のさらなる高性能化や、多種多様なニーズに対応した製品設計を迅速化することが期待できる。AIを活用したサロゲートモデルの構築などによって、設計空間探索の効率化が図ることで、課題解決のブレークスルーが可能だとみている。

 「基礎科学」では、富岳の約10倍の計算能力を用いて、素粒子、原子核、宇宙、惑星の各分野の研究を加速。宇宙や物質の成り立ちの解明に迫ることを目指すほか、銀河全体から分子雲内部構造までの一貫したシミュレーションも行なうという。宇宙に存在する多様な銀河の形成進化史にも迫ることができるとしている。ここでは、AIの活用によって成果創出を加速させる考えだ。

 また、「社会科学」では、LLMをベースとしたエージェントシミュレーションと連携し、さまざまな社会科学シミュレーションを実施。災害時などの特定状況下のみならず、平常時の人動シミュレーションを行ない、都市計画への応用などを想定。日本全国を対象とした自動車交通シミュレーションにより、災害影響の伝搬シミュレーションや、信号およびネットワーク、出発/到着地分布変更などのパラメータサーチによる特徴抽出を行ない、実社会の課題解決につなげる。

 「デジタルツイン・Society5.0」では、現行の高空間解像度計算よりも、100倍の高速化と、数100年規模の長期気候計算を実現。さらに、東京都心部の10km四方に対して、IoT機器のデータをリアルタイムに収集して、25cm解像度のリアルタイム風況デジタルツインを実現。現在のシミュレーションで達成できる典型的な解像度の約8倍の高精細計算を可能にするという。

 また、日本では、2035年に新車販売のすべて電動車にするという目標があるが、充電器の配置や電力網の整備、インフラにかかるコストや効果などを、デジタルツインによって大規模にシミュレーションしたり、自動運転車だけの世界になった場合の渋滞や事故のない社会をどう作り、それに伴う安全安心の効果とコストをシミュレーションしたりといったことも目指す。

自動運転車による交通シミュレーションの様子

 さらに、デジタルツインによって、災害時の通信インフラや道路インフラへの影響を、個人に根ざした形でシミュレーションをするほか、安全保障などの観点から低軌道衛星を活用した宇宙空間の高精緻シミュレーションも実現するという。

 理化学研究所 計算科学研究センター 大規模デジタルツイン研究チーム チームプリンシパルの山口弘純氏は、「地域や日本、世界を、デジタルツインとして仮想世界に再現し、人間社会全体を大規模に模倣することができる。

 話題を集めているAIエージェントは、人間社会において、自ら状況を理解して、人間の代わりに意思決定を行なうが、これをシミュレーションの世界でも応用して、個人や車両の行動を模倣することができる。だが、多数のAIを淀みなく動作させる必要があり、環境の模倣や実データ処理の仕組みも必要になる。ここに富岳NEXTの計算資源を活用することができる」とした。

 富岳NEXTは、理研に設置された次世代計算基盤開発部門により、開発および整備が進められている。

次世代計算基盤開発部門

 同部門は、次世代計算基盤に関するアーキテクチャやシステムソフトウェアなどのシステムの検討および開発を行なう次世代計算基盤システム開発ユニット、次世代計算基盤に関するアプリケーションの開発および支援、それを用いた協調設計(コデザイン)の検討などを行なう次世代計算基盤アプリケーション開発ユニット、次世代計算基盤に関する環境整備の推進、運用技術に関する検討および開発を行なう次世代計算基盤運用技術ユニット、先進的計算基盤に向けたシステム構築に必要な要素技術の開発および検討(調査研究)を行なう先進的計算基盤技術開発ユニット、次世代および先進的計算基盤に関する業務の推進や開発におけるマネジメント全般を行なう次世代計算基盤マネジメント室で構成。

 現在、理研全体でのガバナンスのもとで、外部有識者による技術評価委員会を含めた助言、評価、検討体制の構築を検討しているところだという。