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図面作成やRAW現像、仏像の制作現場でPC活用。京都仏師の作業工程を拝見

仏師の宮本我休さん

 ものづくりにPCが活用されるようになって久しいが、近年においては伝統工芸の分野でも使われるようになった。美術工芸品でPCを使うシーンとしては描画ソフトを使った製図や3Dプリンタによる試作などが想像できるが、実際にはどのように活用されているのか? 京都で活動している仏師の宮本我休氏にお話を伺った。

 宮本氏は京都市南区久世にある協同組合京都金工センターの一角に工房を構える。京都金工センターでは金属工芸や仏具の工房が軒を連ねる長屋の中の1軒だ。新規の仏像制作や修復、木彫刻作品や仏具、位牌などの彫刻も手がける。工房の2階が宮本氏の作業場で、壁面には図面、棚には大量の仏像が並べられている。デスクに置かれたPCモニターには、RAW現像中の仏像の写真が映し出されていた。

宮本氏の作業場

PCの主な用途は図面制作とRAW現像

――伝統的な仏像制作の現場で、PCをどのように活用されているのでしょうか。

宮本氏(以下敬称略):主に2つありまして、1つは仏像の図面制作、もう1つは写真のRAW現像です。

――図面制作では、PCをどのように使っているのでしょうか。

宮本:仏像制作工程の1つに「賽割法」(さいわりほう)というものがあります。材料となる木材にマス目を描いて、進行に合わせて線を引き直しながら、頭部や手足、体の各部位の大きさに狂いが出ないようにする造仏法です。これは日本に仏教が伝来し、たくさんの大仏が造られた時期に、用材の必要量を割り出すなどの目的でも用いられました。

 僕は鎌倉時代の仏師、快慶の作品の写真に賽割法を適用し、その黄金比を図案化することで、造仏に役立てています。PCを使うのはこの工程で、図案の拡大/縮小を行ない、場合によっては紙に出力して彫刻の資料とする方法です。写真の場合はパース(遠近感)がつくので、あくまでも参考程度ですが。

 図面制作の工程ではこのほか、あまり複雑でない部分を「Illustrator」のパスで描き出したりしています。すべてではないですが、例えば台座部分の蓮華の花(蓮華座)や後光(光背)がそれにあたります。

自分で作った仏像の「推し」ポイントは自分が全部知っている

――撮影した写真は、図面の制作以外ではどのような用途で活用するのでしょうか。

宮本:自分用の資料として利用するほかに、WebサイトやSNSにも掲載しています。仏像は受注生産なので、作ったものが手元に残らず、基本的にお納めした仏様を目にする機会はないものですから、自分目線でどのように像を見ているかも含めて記録に残しておきたいという思いがありました。撮影技術の勉強を始めたのもそれがきっかけです。

 現在、写真撮影については造仏の最後工程に組み込んでおり、すべて自分で撮影しています。

――仏像を仏師ご自身でこだわって撮影するというのは、一般的な工程なのでしょうか。

宮本:あまり聞いたことはないですね。僕の場合はもともと写真を撮ることが趣味として好きだというのもありますが、やはり自分の作品の魅力をいろんな人に知ってもらいたい、という気持ちが強かったのが撮影を始めた理由の1つです。

 写真を自分で撮るのも、結局のところ、お造りしている仏様の「推し角度」をはじめ、魅力的なポイントはすべて僕自身が把握しているので、撮影の技術さえ身に付けてしまえば、他人任せにするよりも確実に伝わると思って取り組んでいます。今では仏像の制作を始めた段階から撮影のときのライティングを考えたりしています。

取材時には撮影したRAWファイルの現像を行なっていた
撮影に使っているのはデジタル一眼レフカメラ「EOS 6D Mark II」
仕事場のすぐ横にある木材置き場の一角に撮影スタジオを構えている
図面制作やRAW現像に使っているPC。図面は必要に応じて紙で出力して使うという

PCを使う目的は工程の効率化

――実際の彫刻でPCを活用している部分はあるのでしょうか。

宮本:それが実は特になくて、仏像のクオリティに関わる部分は、昔ながらのアナログ作業のままです。PCを使うのはあくまでも一部の工程を効率化するためですね。例えば図面にマス目を引く工程は描画ソフト上で描いた方が手描きより速くて、時間にしておよそ2~3時間は節約になります。浮いた分の時間をより長く彫刻に取れるというわけです。

 ただし、これは別に僕が古いやり方に固執しているわけではなくて、結果的にノミ(鑿)と木槌に行き着いてしまうという話です。僕自身はむしろ新しい技術が生まれれば積極的に取り入れたいたちなので、これまでいろいろな道具を試してみたのですが、今でも時々使うのは電動彫刻機くらいでしょうか。ただ、木材は木目に沿ってノミを入れれば割れるので、結局その方が早かったりもするのですが。

――制作工程以外の部分でPCを活用しているシーンはありますか。

宮本:最近では、仏像のモデルを3Dプリンタに出力するという試みもしています。これも先程申し上げた通り、資料として手元に残しておくためです。制作の段階で仏像の写真はたくさん撮ってあるし、寸法も控えておくのですが、やはり実物がないと資料としては弱いなと思ったのがきっかけですね。あとは動画も触り始めています。

仏像が並べられた棚。中央の白い仏像は手元に資料を残す目的で3Dプリントした
木彫に使う彫刻刀。これでも全体の一部だという

ものづくりが見据える時間軸のスケールの違い

――宮本我休さんご自身についてお聞きします。仏師を目指したきっかけは何だったのでしょうか。

宮本:あるときに「十一面観音」という大きな仏像の制作に参加することになったのが直接のきっかけです。元々は服飾を学んでいたのですが、絵筆が持てるということで、仏様の服に彩色する仕事をいただいて、そこで垣間見たものづくりに衝撃を受けました。

 どういうことかというと、仏像彫刻って時間軸のスケールが数百年とか数千年という単位で、とんでもなく先のことを見据えたものづくりなんですよね。それまで僕が作っていたファッションの世界は、今年作ったものは今年限りで、次の年にはまた別のものを作る、サイクルの早いものづくりなんですが、仏像彫刻はその対極にあった。

 どちらが優れているという話ではないのですが、それまで僕は自分が死んだ後、まして千年後まで残るものづくりなんて考えたこともなかったし、まずそのスケールの違いに圧倒されたんです。その仕事の後すぐ師匠に弟子入りを申し出ました。

――現在、仏像制作に関連して、独自に取り組んでいることはありますか。

宮本:製作工程にPCを活用していることはもちろんですが、それ以外の部分では、表現にファッションの要素を取り入れているところでしょうか。「ファッション」と「仏像」って相反するものだと思われがちなのですが、僕にとっては共通点のある存在なんです。

 仏像として、仏様はさまざまな衣を纏っておられますよね。仏像では古くから衣のドレープ(自然な弛みやひだ)によってその実体を表現する試みがなされてきました。

 僕は長らくファッションを勉強してきたこともあって、人がどのように動けば布がどう変形するか、どのように動けばどのような陰影ができるのかがすべて頭に入っていますので、仏様の体の形やポーズに合わせて、より自然で写実的な布の質感を表現することができます。衣服を「人体を美しく見せるための装置」と捉えれば、こうした衣紋(えもん)表現にリアリティを持たせることが僕の独自性だと思っています。

韋駄天像。鬼から仏舎利を奪い返して帰還した直後の姿なので、まだ着衣が落ち着いていない衣紋表現が施されている
宮本氏の初期の作品となる十一面観音像

――仏像初心者に向けて、仏像の魅力を感じる上で注目すべきポイントを教えてください。

宮本:まずは造られた年代に注目してみてください。展覧会でキャプションのプレートを見ると、その仏様がいつ造られたものなのかが必ず書いてあるはずです。年代によって人々の美意識や造られ方、仏様の表情も違います。

 例えば平安時代に造られた仏様は、こちらをにらみつけるような、見ようによってはおどろおどろしいとも捉えられそうな、怖い顔をしています。平安時代初期は中国からさまざまな技術が伝わり、近代化していく途上の、比較的安定した時代でした。こうした時代、信仰の対象に人々が何を求めたかというと、自分たちのことを叱ってくれる、戒めてくれる存在を求めたんです。

 時代が下って平安時代後期、戦乱や飢饉が続いた厳しい時代では、自分のことを癒してくれる存在を求めました。この時代の仏様は愛らしい、ころんとした印象のお顔をしています。

 仏様のお姿は世相を反映しているんです。仏師の先輩方にお話をお聞きすると、平安時代初期の仏像とバブル期の仏像は似ていると言いますし、最近造られた仏様は平安時代後期に近いお顔をしている。面白いですよね。

 鎌倉時代には運慶や快慶のような新しい表現に挑戦する才能が生まれて、動きのある、筋骨隆々の像が造られるようになりました。鎌倉時代の仁王像をよく見ると、前腕の筋肉が発達している。これってどういうことかというと、おそらく当時の武士が自分の体をモデルに像を造らせたからなのではないかと思うんです。刀を振っている人って、前腕が発達しますから。

 このような時代背景について知識をつけた上で仏像を鑑賞していくと、その時代の人々が何を願って仏様をお造りしたのかに思いを馳せることができるのではないでしょうか。

 でも一番面白いのは、さまざまな形で千年以上も引き継いできた信仰を、明治時代の廃仏毀釈ですべて捨て去ることさえできた僕たち日本人という民族かもしれませんね。

工房の1階ではお弟子さんが仏像の修復作業を行なっていた
工房外観
ホームページに掲載している写真はすべて宮本氏自身が撮影している