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簡易水冷なんて飾りです!?偉い人にはそれが分からんのですよ

~“ホンキ”の冷却なのか“雰囲気”なのか。いま明かされる簡易水冷の事実

 特大のラジェータに大口径ファンを多連で搭載し、PCケース内で妖しく光るその姿はまるでドラッグレーサーのカスタムエンジン。自作PCのエンスージアストを自認するユーザーであれば問答無用で胸の高まるPCパーツが「水冷クーラー」だ。ただこれ、本当に効き目があるの? と問われると、即答しにくい部分もある。ここでは、最新の簡易水冷クーラーの性能がどの程度かを検証していく。

TEXT:長畑利博

ネットでよく聞くこんな意見

・CPUが新しくなってもTDPは同じだから空冷で十分
・多コアに空冷なんて軟弱。水冷じゃなきゃ冷やしきれないね。
・デカくてうるさい割には冷えないのでは? 意味あるの?

見るからに冷えそうな簡易水冷本当に冷えるのか?

 CPUの性能を最大限に活かすには、CPUに合わせたCPUクーラーの選択が重要だが、空冷方式なのか簡易水冷方式なのか悩むことも多いはずだ。基本的には大型ラジエータユニットがあることから簡易水冷のほうがよく冷える印象がある。

ところが、ネット上の評価ではネガティブなものも多い。こうした批評はある一面では正しい。ここ数年のCPUでは効率化と省エネがトレンドになっていたこともあり、じつのところわざわざ水冷方式を選ばなくてもCPUの熱に対する対策としては必要十分だったというのは、過去の本誌のデータを見ても明らかだ。

 しかしながらそのトレンドは変わるかもしれない。Intel、AMD両者ともにCPUのコア数が大幅に増え、前よりもよりも冷却に気を配る必要性が出てきた。とくにIntelの第9世代Coreシリーズは、14nmの製造プロセスのままコア数を増やしていることもあり、CPUクーラーの冷却性能の重要性が増すと思われる。そこで、ここでは、簡易水冷クーラーは最新の多コアCPUの実力を引き出す上で重要性が増しているのかを検証していきたい。

【検証環境】CPU:Intel Core i7-4790K(4GHz)、マザーボード:Micro-Star International Z97M GAMING(Intel Z97)、メモリ:CFD 販売 CFD ELIXIR W3U1600HQ-4(PC3-12800 DDR3 SDRAM 4GB×2)、グラフィックス機能:Core i7-4790K内蔵(Intel HD Graphics 4600)、SSD:Micron Technology Clucial BX100 CT250BX100SSD1(Serial ATA 3.0、MLC、250GB)、電源ユニット:Sea Sonic Electronics Xseries SS-1000XP(1,000W、80PLUS Gold)、OS:Windows 8.1 Pro 64bit版、室温:22.5℃、暗騒音:30dB以下、アイドル時:OS起動10分後の値、高負荷時:OCCT 4.4.1 POWER SUPPLYを10分動作させたときの最大値、OC時:全コアを4.5GHzに設定し高負荷時と同様、CPUの温度:HWMonitor 1.27のCPU TemperaturesのPackageの値、動作音計測距離:ケース正面から20cm、電力計:Electronic Educational Devices WattsUp? PRO、騒音計:カスタム SL-1370

計測対象クーラー

 今回の特集では簡易水冷タイプの実力を見るために6種類の製品を用意した。空冷方式では、冷却性能を重視した高性能タイプである「CRYORIG R1 UNIVERSAL V2」、コストパフォーマンスと性能のよさで定番とされている「サイズ 虎徹 MarkII」、Intel純正製品である「Intel BXTS15A」の3製品を選択した。

 空冷方式は製品ごとに形状違いが大きく異なるが、簡易水冷方式の場合、冷却に関する構造に差が少ない。今回のテストで使用しているAntec Mercuryシリーズでも、CPUに取り付けるヘッド部分は同じで、液体を冷却するラジエータとファンユニットのサイズが異なるだけである。ただし、そのサイズの差は性能に大きく影響する。

 今回は標準的な12cm角ファン3連ファンの上位モデル「Mercury360 RGB」、同じく2連ファンモデルの「Mercury240 RGB」、ファンが一つの「Mercury120 RGB」の3製品を揃えている。

空冷と簡易水冷とはこう違う

 空冷方式と水冷方式では、CPUの熱を移動させる手段が異なる。水冷方式では熱伝導率の高い冷却液に熱を移動させ、ポンプで冷却液をラジエータ(放熱部)に送り込み、ファンによって空気に熱を移動させる。必然的に水冷ではラジエータ部分が重要で、大きなものほど冷却に有利だ。とくに2連/3連ファンを搭載するような大型ラジェータの製品を使いたいなら、それが自分のPCケースに付けられないことには始まらない。

 ラジエータの装着に対応したPCケースを新たに買うにしても、使いたいラジエータの大きさ、ラジエータの装着部とマザーボードのレイアウトの関係などを考慮した上で慎重に選ぶ必要がある。

 また、水冷クーラーのファンやポンプを個別に細かく制御するのであれば、組み合わせるマザーボード側に水冷クーラーに対応した電源コネクタがあり、それをコントロールできるファンユーティリティも備わっているのが望ましい。こうした「取り付けられるか」と「活かせるか」という部分を導入前にきちんと考えなくてはならないところが、空冷CPUクーラーとの大きな違いになる。

8コアCPUをより冷やすのはどちらだ!?

 今回は物理8コアのCPUである「Core i9 9900K」を使ってその実力を検証した。テスト内容は、実際の使用環境を想定しケースの中にCPUクーラーを含むシステム一式を組み込む形で構築した。テスト内容については高負荷を連続1時間かけることで、どれくらい温度が変化するかを主眼にチェックしている。

 アイドル時については各製品とも極端な差はない。しかし、負荷をかけると大きな差が出る。Intel BXTS15Aは、OCをしていない状態であっても100℃近くにまで温度が上昇。またOC時には、4分ほどで設定した安全上限を超えてしまい、テストが自動停止してしまった。

 高負荷時の冷却性能が高いのはやはり360mmラジエータを備えた簡易水冷Antec Mercury360 RGBであることは確かなのだが、なんと空冷ハイエンドのCRYORIG R1 UNIVERSAL V2も同じ数値を示した。それどころか、OC高負荷時にはR1 UNIVERSAL V2のほうが1℃だけ低かった。

 また、定番空冷モデルの虎徹 MarkIIは高負荷時は水冷の下位2モデルより冷えたが、OC高負荷時にはいずれにも劣る結果となった。いずれのモデルもファンやポンプの回転数調整を行なっていないデフォルト状態のテスト結果であるが、今回集めた製品に限って言えば空冷のR1 UNIVERSAL V2が冷却力では最強だ。

そしてその動作音は?

 続いて各製品の動作音について検証してみよう。アイドル時の動作音については、搭載ファンが複数ある簡易水冷の上位モデルほど不利になりやすい。また空冷タイプがPCケース内に置かれているのに対し、簡易水冷はPCケースの天板や前面にラジエータのファンが位置するため、どうしても音が外に漏れやすく、人間の耳にも近くなる。低負荷時はそれほどではないものの、システムに負荷をかけると、Mercury360 RGB、Mercury240 RGB、Mercury120 RGBの動作音は、やや目立つ結果となった。

 しかし、それ以上に空冷のIntel TS15Aは動作音が大きかった。単純なノイズレベルだけではなく、9cm角というファン口径の小ささとファン回転数の速さ、風切り音の多さも影響していると考えられる。

 単純な動作音の比較で言えば、虎徹 MarkIIがアイドル時、高負荷時、オーバークロック時ともに圧倒的に静かだ。これは回転数の上限が1,200rpmと低いファンを使用していることが影響している。

 また、最高の冷却性能を示したR1 UNIVERSAL V2は2個のファンを持つ構造であるため、虎徹 MarkIIのような静音性重視の製品にはおよばないが、OC時でも比較的動作音は抑えられている。

簡易水冷クーラーはPCケース内のエアフローにも注意

 簡易水冷タイプのCPUクーラーは、ヘッド部分にファンのないその構造から、CPUソケットの周囲にエアフローが発生しにくい。つまりVRMやメモリといった発熱部には風が当たりにくく、そうしたパーツの冷却には不利だと言われてきた。簡易水冷タイプのMercury360 RGBとR1 UNIVERSAL V2でVRMの温度を比較してみたころ、高負荷時で6℃、OC高負荷時で3℃、Mercury360 RGB使用時のVRMの温度が高い結果となった。

VRMまわりのエアフローに注意。CPUソケットの周囲にはVRMが配置されているが、高性能なマザーボードほどここに熱がたまりやすい。CPUの周囲にファンのない簡易水冷クーラーは、このVRM部の冷却が苦手だ
ASUSTeK ROG MAXIMUS IX EXTREMEはVRMの温度を表示可能な製品の1つ。今回のテストではモニタリングソフト「HWiNFO64」を使用してVRMの温度をチェックしている
【検証環境】CPU:Intel Core i9-9900K(3.6GHz)、マザーボード:ASUSTeK ROG MAXIMUS XI EXTREME(Z390)、メモリ:Kingston HX433C16PB3K2/16(PC4-26600 DDR4 SDRAM 8GB×2)、ビデオカード:GeForce GTX 1070 G1 Gaming 8G(NVIDIA GeForce GTX 1070)、SSD:CFD CSSD-S6T240NMGL(Serial ATA、250GB)、ケース:LIAN LI LANCOOL ONE、OS:Windows 10 Pro 64bit版、暗騒音:32dB、室温:20℃、動作音測定距離:ケース天板部から約15cm、アイドル時:ベンチマーク後10分後の値、高負荷時:OCCTのCPU:LINPACKを1時間実行した際の最大値、OC高負荷時:CPUを全コア5GHzにOCした状態(コア電圧は1.35Vに設定)でOCCTのCPU:LINPACKを1時間実行した際の最大値

こだわり? 新常識? ハイエンド空冷はあなどれない性能。8コア時代でも高い性能を発揮

 今回は、最新CPUを使って簡易水冷タイプと空冷タイプのCPUクーラーを、8コア/16スレッドという発熱の大きなCPU「Inte Core i9-9900K」をもとにPCを1台組み、OCCTというソフトで1時間連続の負荷をかけて検証してきた。これに加え、Core i9-9900
Kの全コアを5GHzに固定、電圧を+0.1V上げて1.35Vに設定するオーバークロック動作でも検証を行なった。CPUクーラーにとっては全体的にきつめのテストとなっている。

 VRMの温度などを見た結果、今回検証した製品の中でもっとも性能がよかったのは、空冷方式である「R1 UNIVERSAL V2」という結果になった。次点としては水冷方式で360mmの大型ラジエータを備えた「Mercury360 RGB」が続く。両者の冷却性能における差はあまりない。R1 UNIVERSAL V2は空冷方式の製品としては実売13,000円前後と高額であり、空冷の中でもスペシャルな存在だと言えるだろう。

 が、静音性には大きな開きがある。冷却と静音性の両立という意味では、R1 UNIVERSAL V2の勝利だ。

 結論としては、冒頭で触れたような「簡易水冷が必ずしも空冷よりよく冷えるわけではない」という指摘はある程度正しいことが証明された。ただし、すべての簡易水冷ユニットがR1 UNIVERSAL V2にかなわないというわけではない。

 本誌2018年12月号p.65の検証では今回と同じCore i9-9900Kを用いた環境で、CorsairのH115i PRO RGBがR1 UNIVERSAL V2を大きく上回る冷却性能を見せている(今回の検証とは測定条件は異なる)。現時点で言えるのは、ハイエンド空冷は360mmクラスの簡易水冷クーラーに匹敵する冷却性能を持ち、静音性に優れるという点だろう。

 簡易水冷においては、冷却能力に加えて、ケース内をスッキリ見せるという、トレンドに合わせた大きなメリットがある。今回の検証結果を踏まえつつ、自分のマシンにはどちらが合っているかをよく考えて製品を選んで欲しい。

告知

本記事は、DOS/V POWER REPORT1月号「特集 事実か、オカルトか。「PCの真実」を探る」からの抜粋です。この特集では、PCに関する噂や常識として流布されている事柄が根拠のある事実なのか、思い込みに近いものなのか、はたまた古い常識が新しい常識に置き換わったのかなどを、各種検証によって明らかにしていきます。