■後藤弘茂のWeekly海外ニュース■
ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)は、先週のE3(Electronic Entertainment Expo)でPSPの新バージョン「プレイステーション・ポータブルgo (PSP-N1000)」(以下PSP go)を発表した。
PSPからチップアーキテクチャ自体のアップデートは行なわず、ダウンロードビジネスモデルへと適合させたコンパクト版PSPだ。PSP goは、海外では今年(2009年)10月1日に、日本では11月1日に発売される。
SCEは、中間ステップ世代のPSP goを経て、その後で、チップアーキテクチャ自体を刷新した新世代携帯ゲーム機へと移るプランを持っていると見られる。SCEはPSPの次の世代のハードでは、チップ自体が大きく変わると説明したという情報もある。実際、PSP goの戦略には、中継ぎだとすると納得できる部分が多い。
これまでは、PSP goと、次のPSP2に当たる世代の情報が錯綜していた。しかし、実際には、2ステップの移行計画だと考えられる。PSP2に当たる世代のハードへ移る前の、PSP1.5相当の世代がPSP goである可能性が高い。
PSP1.5相当の中間ステップであったとしても、PSP goは重要だ。なぜなら、PSP goにはSCEの携帯ゲーム機戦略で、これから進む方向が象徴されているからだ。ビジネスモデルをパッケージ販売モデルからダウンロード販売モデルへとシフトさせる、フォームファクタをスマートフォンに対抗できるレベルに小型化する、開発コミュニティをより広範に拡大する。
SCEがPSP goで試みようとしている、こうした新しい方向は、次の世代にわたって引き継がれると推測される。
PSP goの最大のポイントは、これまでPSPのゲームコンテンツ配布メディアだった光学ディスク「UMD」を止め、ネットワークからのダウンロード販売モデルに切り替えたことだ。SCEの平井一夫CEO(ソニー・コンピュータエンタテインメント代表取締役社長兼グループCEO)は、E3に合わせて行なったプレスカンファレンスで次のように語っている。
「2年前に、我々は、コンシューマがデジタルテクノロジをより活用するようになっていることに気がついた。当然、我々はゲームパブリッシャやデベロッパ、そしてゲーマーを訪れ、どうすればPSPをよりよくできるか、聞いて回った。そのフィードバックは、設計チームへと戻され、彼らにPSPの設計とフィーチャ(仕様)を変更する方向性を与えた。
私は、PSPの次のステップの進化を公式に紹介できることを喜びと思う。PSP goはPSPの新しい進化であり、特にデジタルライフスタイルのために設計された。PSP goは、デジタルメディアライフに生きていて、ネットワーク経由のコンテンツダウンロードに慣れており、もはや物質的なメディア、UMDやCD、あるいはDVDなどを家やバックパックの中に持ちたいという欲求を持たない人のためのものだ。
PSP goのサイズはデジタルコンシューマのために作られている。PSP goは、オリジナルのPSP-1000より50%小さく40%軽い。16GBの内蔵フラッシュメモリに、多くのゲームやビデオ、音楽、そしてもちろんあなたの撮った写真を納めることができる。さらに、映画やゲーム、その他のコンテンツを、PSP goに内蔵されたWi-Fiを使ってPlayStation Networkからダウンロードすることができる」。
位置づけは明瞭だ。PSP goはネットワークに接続され、コンテンツをダウンロードすることに慣れた“デジタルコンシューマ”に向けたデバイスだ。PSP goでは、16GBと大容量のNANDフラッシュメモリを内蔵し、お荷物だったUMDドライブを置き換えた。これまでのPSPも、メモリースティックデュオを挿せばダウンロードができるが、PSP goではダウンロードだけになる。また、筐体を小型化するために、コントローラ部分はスライド式に収納できるようになっている。
しかし、PSP goは現行のUMDドライブを持つPSP-3000を置き換えるのではない。新しいモデルの追加となる。
「明確にしよう。PSP goは、PSP-3000やUMDを置き換えるものではない。我々は継続してPSP-3000をPSP goとともにサポートし販売する」(平井氏)
UMDレスのデジタルコンシューマ向けのPSP goと、UMD版PSP-3000を併売するSCE。その戦略の意図は明瞭だ。
まず、SCEが表立って表明していないにもかかわらず、PSP go自体の目的と仮想敵はクリアーだ。iPhone/iPod touchに代表される、新しい携帯型エンターテインメントプラットフォームに対抗することだ。iPhoneのようなデバイスを使い慣れているのが、SCE用語でのデジタルコンシューマだと言い換えてもいいかもしれない。
このことは、デジタルコンシューマ向けと説明されたPSP goのサイズを見れば明瞭だ。PSP goのサイズは128×69×16.5mm(幅×奥行き×高さ)、重量は158gで、液晶サイズは3.8型。それに対して、iPhone 3Gのサイズは115.5×62.1×12.3mm(同)で、重量は133g、液晶は3.5型。多少の違いはあるが、iPhoneとPSP goはほぼ同じサイズのレンジに入るデバイスだ。
同じことは価格レンジについても言える。PSP goの価格は米国で249ドルと、オリジナルPSPと同じ。PSPからUMDドライブを除いたのだから、16GBのNANDフラッシュを載せたとしてもPSP-3000と同じ169ドルでよさそうなものだが、SCEはPSP goに80ドルの価格差をつけた。この価格設定も、iPhoneと並べるとよくわかる。今週のWWDCでの価格改定の前は、iPhone 3G 16GB版は299ドル(AT&Tコントラクトは別)、iPod touch 16GB版も299ドル。このあたりを睨んだ上で価格を設定したとしたら、納得できる価格だ。
SCEにとって、携帯ゲーム機としてのライバルはすでに任天堂のニンテンドーDSではなく、携帯電話系デバイスとなっている。それは、最終的に、携帯電話や携帯メディアプレーヤーが、携帯ゲーム機というジャンル自体を駆逐してしまう可能性が出てきたからだ。また、米国市場では、これまでは大人があまりDSを持たず、子どもはDS、大人はPSPと棲み分けができていた。ところが、大人領域にiPhoneが入り込み始めたことで、PSPと競合している。
この状況で、SCEがiPhoneに正面から対決しようとするなら、携帯ゲーム機自体の、コンテンツ販売モデルやフォームファクタ、開発コミュニティへの支援など、全てを変える必要がある。おそらく、そのための第一歩がPSP goだ。
とはいえ、PSP goだけを見ると、戦略もハード自体も、中途半端な印象を受ける。PSP goではダウンロードモデルへ移りながら、その一方で、UMDドライブ搭載のPSPハードも併売して、UMDのパッケージビジネスも平行する。また、PSP goでは、フォームファクタは変えたものの、現行PSPからの機能面での拡張はなかった。ハードコアゲーマーが望む操作性のいいアナログスティックや、任天堂がDSiで追加したカメラなどの新インターフェイスの追加もなかった。
つまり、従来PSPとのハード互換性をできる限り保った上で、ビジネスモデルとフォームファクタの部分的な刷新を図ったのがPSP goだ。そのため、SCEのPSPビジネスモデルは、ダウンロードモデルへの移行に片足をかけつつ、元のUMDベースの流通モデルにも足を入れたままという中途半端なものになっている。また、現世代のゲーム機の最大のポイントとなっている、ユーザーインターフェイスの拡張にも、ハード面では一切手をつけなかった。
この中途半端さは、すべてPSPとの互換性のためだ。現行PSPに実装されていない機能は、PSP goにも実装しない。PSP goだけでしか使えない機能やソフトの存在を許して、互換性を犠牲にすることはしないという姿勢だ。すでに5,000万台を超えるPSPとの互換を、ハード的にもビジネスモデル的にも完全に保ったまま、ダウンロードモデルへと一歩踏み出す。もし、SCEがそうしなければ、せっかく命脈を保っているPSP市場を殺してしまうことになるだろう。5,000万超という台数は、SCEにとってある意味呪縛でもある。
おそらく、SCEがこの改革が完了し、完全にダウンロードモデルへと移行を終えるのは、現行PSPの呪縛を断ち切った次の世代のハードに移った時になるだろう。逆を言えば、今回のPSP goで思い切った移行を行なわなかったことが、SCEが次にPSP2を控えさせていることを暗示している。もし、SCEがPSP goで次の5~7年を乗り切るつもりなら、ここでもっと思い切った変化を行なっただろう。
しかし、SCEはPSP goで、既存のPSPの枠組みをできる限り保持する戦略に出た。互換戦略にこだわり、既存のPSPのフレームワークを壊さないように、注意深くPSP goという製品を位置づけた。機能の拡張を抑えたこの戦略からは、PSP goを長期的なプラットフォームにしようという意気込みは見えてこない。
しかし、PSP goが次のPSP世代への下準備のためと考えるなら、現在の戦略は合理的だ。PSP goの役割は、あくまでも既存のPSPプラットフォームを、ダウンロードモデルへ向けて拡張し、デジタルコンシューマに足がかりを築くためと取ることができるからだ。このアプローチなら、ビジネスモデルを完全に切り替える移行の痛みを、中間ステップで軽くできる。推測の通りだとすれば、SCEは、PSP goをステップに据えた、長期的な戦略を合理的に組み立てていることになる。もちろん、それが成功するかどうかは、まだわからないが。
そもそも、なぜPSPがiPhone/iPod touchに対抗しなければならないのか。それは、日本以外の世界では、風向きがすっかり変わってしまったからだ。今や、米国のゲームデベロッパのコミュニティにとって、いちばん熱いモバイルゲームプラットフォームはiPhone/iPod touchであり、そこにデベロッパが群がっている。
それを象徴するのが、今年3月に米国で開催されたゲーム開発カンファレンス「GDC(Game Developers Conference)」でのiPhone旋風だ。GDC冒頭のGDC Mobileのキーノートスピーチでは、大手ゲームパブリッシャーElectronic Artsを離れて独立系ゲーム会社ngmocoを設立したNeil Young氏が登場。「Why The iPhone Just Changed Everything」と題して、iPhone/iPod touchが、いかにモバイルゲーム市場を変えたかを講演した。
それによると、ゲームプラットフォームとしてのiPhone成功のポイントは非常に明瞭だ。iPhoneは常に持ち歩き、常にネットワークにつながっており、App Storeからいつでもコンテンツを買うことができる。そしてタイトル開発に必要な投資はMacintoshと99ドルの開発キットだけだ。そんなプラットフォームが、PSPはもちろんニンテンドーDSを上回るペースで台数を増して成長した。インパクトは大きい。
これまでも、携帯電話がゲームプラットフォームとして成長するという神話は何度も語られた。しかし、ベンダー毎のプラットフォームハードウェアの非統一性のため、それは非現実的だった。ゲームを開発しても、何百もの異なるハードに最適化しなければならず、ハードの最大公約数の性能水準へと下げなければならなかった。
そうした状況が、iPhoneとiPod touchの登場で一変した。統一されたプラットフォームが膨大なインストールドベースで存在し、そこに向けて、コンテンツを、安く、そして、あまり干渉されずに開発&ディストリビュートできる道がある。しかも、ハードウェアの性能は、現行世代のiPhone/iPod touchですら、前世代の据え置きゲームコンソールのDreamcast相当。さらに、Appleは、最初は閉じていたiPhone/iPod touchのオープン化を段階的に進めており、ハード自体の性能も引き上げつつある。
iPhoneが不発の日本では、iPhoneのゲームへのインパクトは実感しにくいが、米国では状況を塗り替えた。もともと欧米では独立系デベロッパや週末プログラマ人口が多いため、一気にデベロッパが殺到した。GDCでも1年で状況が一変して、iPhone中心へと話題がシフトしてしまった。
ただし、開発サイドの盛り上がりは、実際の市場自体を完全に塗り替えるには、まだ至っていない。タイムラグがあるため、市場の実感としては、iPhone/iPod touchがゲームプラットフォームとして急に追い上げつつあるという印象だろう。しかし、作り手の意識はすでに変わってしまっている。モバイルゲーム開発の現場では、すでに、携帯ゲーム機は「iPhoneに対してどうなのか」という軸で語られるようになってしまっている。
こうした状況にあるため、SCEは、iPhoneに対抗しなければならない。選択肢は2つ。相手の利点を取り入れるか、相手の持たない利点をより強めるか。今のところ、SCEが選んだのは前者のように見える。