後藤弘茂のWeekly海外ニュース

次世代PSP2までの長期戦略が見えるSCEの「PSP go」



●久夛良木氏が予言したAppleとの競合が現実に

 PSPを産み出した久夛良木健氏(現ソニー・コンピュータエンタテインメント名誉会長)は、2006年のインタビューで、SCEとビジョンが近い企業はAppleだと答えた。そして、2007~2008年より後の時期には、AppleとSCEの製品が競合する可能性があると示唆した。現実は、まさに、その方向へと進んでいる。PSPは、モバイルゲーム市場で、AppleのiPhone/iPod touchと正面から衝突している。久夛良木氏の“読み”がいかに正しかったかがよくわかる。

PSP go

 そして今、SCEは、対iPhone/携帯電話系デバイスの戦略を推進し始めた。その第1歩が、先週のE3(Electronic Entertainment Expo)で発表したPSPの新バージョン「PSP go」だ。PSP goは中間ステップで、その後に、PSP2に相当する新しい世代の携帯ゲーム機が控えていると見られる。SCEは2ステップでPSPを進化させる可能性が高い。

 PSP goは、今後のSCEの携帯ゲーム機戦略の方向性を反映していると推定される。つまり、PSP2世代への橋渡しとなる戦略的デバイス&サービスがPSP goだと推測される。

 PSP goに見えるSCEの携帯ゲーム機戦略は明瞭だ。それは、ゲームプラットフォームとして台頭してきたiPhoneなどに対抗することだ。そのため、PSP goでは、16GBと大容量のNANDフラッシュメモリを内蔵し、その一方で光学ディスクUMDドライブを外し、ダウンロード型のコンテンツ配信モデルを取った。

 筐体サイズと重量をiPhone並に削減して、コントローラ部分はスライドに収納できるコンパクトなものにした。フォームファクタとビジネスモデルを携帯電話に近づけたのがPSP goだ。SCEは、この改革を「デジタルコンシューマ」、つまり、デジタルコンテンツをダウンロードすることに慣れたユーザー層のライフスタイルに対応したものだと説明した。

●コンテンツの販売モデルがコンテンツの中身に影響する

 iPhoneに限らず携帯電話系デバイスの強みは、常時接続された携帯電話ネットワークを経由した、コンテンツのダウンロード販売モデルにある。いつでも、どこでも、思いついた時に、好きなコンテンツをダウンロードできる。このビジネスモデルの違いは、コンテンツの作り方にまで影響する。

 流通マージンが事実上なく、中古メディア販売も存在しないためロングテール販売が期待できるダウンロードモデルでは、タイトルの価格を思い切り低く設定できる。低価格で、コンテンツ自体のボリューム(内容)が小さいカジュアルゲームが、ビジネスとして成り立つ。そのため、小規模なデベロッパが、アイデアだけで勝負する、開発コストの低いボリュームの小さなゲームを開発しやすい。

 それに対して、パッケージ販売モデルでは流通マージンやパッケージコストがかかり、中古市場のためにロングテールが期待しにくいので、一定以上の価格をつける必要がある。そのため、コンテンツの内容も価格に見合ったボリュームにする必要がある。必然的に、開発規模が大きく、開発コストもかかる、大作指向になりやすい。

 このように、コンテンツの流通モデルは、コンテンツの作り方にまで影響する。そのため、パッケージ販売モデルから、ダウンロード販売モデルへの移行は、簡単には行かない。また、それ以上に、既存の販売流通からの猛反発も覚悟しなければならない。流通側にとっては売るディスクを奪われることは、死活問題であるため、その反発は猛烈なものになるはずだ。

SCEの平井一夫CEO

 そして、今回、SCEが選んだのは平行戦略だった。SCEの平井一夫CEO(ソニーコンピュータエンタテインメント代表取締役社長兼グループCEO)は、E3に合わせて行なったプレスカンファレンスで次のように述べている。

 「最も重要な点は、全てのPSPタイトルは、PlayStationストアを経由したデジタルディストリビューションだけでなく、UMDによるリテール販売も行なうように進むことだ。市場にある全てのPSPが、ストアのダウンロードコンテンツにアクセスできる。その一方で、多くの既存PSPオーナーが、依然として物理的な製品を買いたがっていることもわかっている」。

 既存のUMDベースのビジネスを完全に保ったまま、同じタイトルがダウンロードもできるようになる。タイトルは、従来通りUMDで発売されるが、同時にダウンロードでも発売される。少なくとも、従来UMDで発売していたようなボリュームのタイトルについては、両方の販売形式で提供される。既存の流通網をなだめながら、ダウンロードモデルを本格化する。それがSCEが明かした戦略だ。

●2つのビジネスモデルの併存は移行の痛みを軽くするためか

 2つのモデルを併存させることは、ダウンロードモデルの利点の半分をなくしてしまう危険をはらんでいる。まず、同じコンテンツを、ダウンロードとディスクメディアの両方で流通させるとなると、価格設定はディスクに引きずられる可能性が高い。また、SCEが両立させる姿勢を維持するなら、ダウンロードだけのタイトルを、積極的に育成するかどうかも疑問が残る。

 パッケージ販売とダウンロード販売の両立はゲーム機ベンダーにとって悩みのタネで、各社ともディスクコンテンツとダウンロードコンテンツの間に壁を設けることで対応している。つまり、ディスクで販売するものは同時にはダウンロード販売せず、その逆も行なわないという姿勢だ。それによって、ディスクはコンテンツ自体のボリュームが大きな高価格ゲーム、ダウンロードは小ボリュームの低価格ゲームと切り分けてきた。もちろん、例外もある、例えばSCEのタイトルには両販売形式が平行したものもあるが、これが基本だった。しかし、PSP go以降は、その壁を崩すようだ。

 SCEがPSP goで取った併売戦略は中途半端に見える。しかし、ダウンロードモデルへの移行が難しいゲームにとっては大きな一歩だ。そして、これが、将来のダウンロードオンリーのモデルへの移行のステップと考えるなら、納得できる戦略となる。

 例えば、次の世代のPSPでは、PSP goと同じくダウンロードだけのモデルにして、物理的な流通は完全にカットする。その場合、PSP goによってすでにコンテンツの流通はダウンロードに移行しつつあるため、いきなり移行するよりインパクトは少ない。さらに、既存のPSPタイトルが、ダウンロードモデルで提供されるようになっている。次世代PSPが後方互換性を持っているなら、既存のPSPタイトルをダウンロードプレイできる。

 この場合の疑問は、SCEが次世代PSPで、どこまでダウンロードモデルへの最適化を行なって行くのか。それは、PSPでのゲームやアプリケーションの開発支援に大きく関わってくる。

●ゲーム開発の垣根をどこまで下げるかが重要なカギ

 伝統的なゲーム機ビジネスでは、ゲーム開発への参入はハードルが高かった。ゲームを作りたいデベロッパは、ゲーム機プラットフォームのベンダーと契約を結び、高価格な開発キットを購入する(ゲームパブリッシャが間に入るケースも多い)。作ったゲームは、プラットフォームベンダー側の定めたスペックに適合するかどうかの審査を受ける。そのスペックには、解像度などのような技術的なものだけでなく、ゲームの倫理などについても含まれている。こうしたプロセスを経てゲームは市場に出るが、発売する時の価格にもある程度の枠がはめられている。

iPhone 3G S

 それに対して、iPhoneなどでの開発スタイルはちょっと異なる。まず、開発自体にかかる初期コストが違う。iPhoneを例に取ると、たった99ドル(開発キットのコスト)で開発ができるというのが売り文句だった。配信に当たって審査もあるが、伝統的なゲーム機のようなレベルではないし、ダウンロードモデルであるためボリュームも自由に設定できる。極端な低価格にも設定できるため、コンテンツのボリュームが極めて小さい、アイデア一発のゲームを作りやすい。

 iPhoneゲームが急激にバブルになった原因は、こうしたゲーム開発におけるハードルの低さにある。それが、特に欧米の独立系ゲームデベロッパを引き込み、ゲームの興隆をもたらした。もっとも、iPhoneモデルもいいことばかりではない。一歩間違えると、安かろう悪かろうタイトルの洪水を招きかねない。実際、iPhone/iPod touchゲームの現状は玉石混淆で、タイトルが多すぎて、よくわからない状況にある。

●PSP向けゲーム開発キットの価格を80%下げたSCE

 わずか1年ちょっとでのiPhoneゲームの興隆を目にしたSCEは、もちろん、その現象を詳細に分析したはずだ。携帯型のデバイスの場合は、軽く短時間でプレイできる、ボリュームの小さなコンテンツも重要であることも理解しているはずだ。

 その結果、今回のE3では、こうした流れに対するSCEなりの解答の1つを出してきた。E3のカンファレンスで平井氏は次のように述べている。

 「今年(2009年)のPSPのコンテンツの勢いを推進するため、我々はPSPツールキットの価格を下げる。具体的には、長期プログラムの一貫としてツールを80%値下げする。これで、個人を含めたより多くの開発者に、より素晴らしいPSPコンテンツを作ってもらえるようになる」。

 PSPタイトルを開発するための初期投資が、今までより80%も安くなる。この大幅ディスカウントは、地味だが重要なポイントだ。しかし、それだけで終わるかどうかはわからない。SCEが、将来、どこまでゲーム開発の垣根を下げるのか、どこまで解放するのか、それが、重要なポイントになる。例えば、MicrosoftがXNA Game Studio Expressを経由して行なっているように、契約デベロッパとは別に、低コストにゲームを開発できる道を設けるのか。Microsoftのモデルでは、審査はコミュニティにゆだねられている。

 ここでの最大の問題は、誰もまだ、何が正解なのか知らないということだ。確固とした成功モデルがなく、どんなモデルがフィットするのか、誰にもわかっていない。iPhoneにしても、Appleは試行錯誤でモデルを変えてきた。SCEも試行錯誤で進んで行くしかない。

 このほか、SCEはPSP回りのソフトウェアとサービスの環境も整えつつある。誰もが知っているように、AppleのiPhone/iPod戦略の強みは、デバイスハードウェアだけでなく、それを管理するソフトウェアと、コンテンツを販売するサービスが一体になっている点にある。iPhone/iPodとiTunesとストアの三位一体がAppleの強味だ。

 SCEは、もちろん、ここも同様に攻める。E3では、PC側の管理アプリケーションとして「Media go」を発表。PSPを統合的なエンターテイメントのプラットフォームにするための土台を整える。