後藤弘茂のWeekly海外ニュース
元TransmetaのDitzel氏が新会社で4,000コア以上のRISC-V CPUを発表
2017年11月29日 01:00
ヘテロジニアスマルチコア型のアーキテクチャ
元TransmetaでCPUに革新をもたらしたDave Ditzel氏がCPUの世界に戻ってきた。新CPUプロジェクトを引っさげて。
Ditzel氏は、現在、米国の新CPU企業「Esperanto Technologies」のPresident兼CEOを務める。Esperantoは、「RISC-V(リスクファイブ)」命令セットアーキテクチャのCPUを開発するスタートアップだ。現在、米国ではRISC-VベースのCPUのプロジェクトが多数登場しているが、Ditzel氏のEsperantoは、その中で、最高性能のCPUを目指している。
Esperantoが開発するのは、7nmプロセスで、4,000個以上のRISC-V CPUコアを搭載し、ワット当たりのTeraFLOPSで最高のパフォーマンス効率を実現するSoC(System on a Chip)。同社のSoCは、汎用のCPU命令セットアーキテクチャでありながら、グラフィックスやマシンラーニングにも高効率を発揮する。
このマジックを実現するために、Esperantoはヘテロジニアス(Heterogeneous:異種混合)マルチコア型のアーキテクチャを取る。具体的には、RISC-V系でシングルスレッド性能の高いCPUコア「ET-Maxion」と、高スループットに最適化してRISC-Vにベクタ命令を実装したCPUコア「ET-Minion」を組み合わせる。
ET-Maxionは、命令並列度を高めたアウトオブオーダ型コアで、64-bit RISC-V RV64GC命令セットを実装する。複数階層のキャッシュを搭載し、TileLink2オンチップインターコネクトで接続する。シングルスレッド性能はARMの最高性能コアを上回る見込みで、Linux OSを高い性能で走らせることが可能だ。そのため、ET-Maxion搭載チップはOSブータブルとなり、CPUを別途必要とするコプロセッサとは異なる。
ET-Minionは電力効率が高いインオーダ型コアで、64-bit RISC-Vベースでベクタ命令とベクタ演算ユニットを加える。また、ディープラーニング向けのテンサ命令やグラフィックス向け拡張も加える。クリーンな命令セットをベースとしているため、コンパクトながらスループットの高いコアになるという。
Minionを4,096個、Maxionを16個、7nmのチップに搭載
現在Esperantoが目指しているSoCでは、TSMCの液浸7nmプロセスで、高シングルスレッド性能のET-Maxionを16個、高スループットのET-Minionを4,096個搭載する。高性能な汎用コアと、高スループットコアを組み合わせているところは、PLAYSTATION 3(PS3)のCell Broadband Engine(Cell B.E.)に似ているが、規模が全く異なる。1コアのET-Maxionに対してET-Minionが256コアの比率だ。おそらく、クラスタ構成になっていると推測される。
また、SoCには、2種のRISC-Vコア以外に、グラフィックス向けの機能ブロックも搭載する予定だ。汎用コアに、特定分野に特化した拡張「Domain Specific Extensions」を加えることで、柔軟性と高効率を両立させるという設計思想だ。
Esperantoアーキテクチャ自体はコンフィギュレーションが容易であり、ET-Maxion x16とET-Minion x4096の構成は大型チップの例であり、モバイル向けの小規模な構成も可能だという。また、これらのCPUコアは、Esperantoの自社製品に使うだけでなく、他社にライセンスも行なう。たとえば、車載向けに高性能で低電力かつプログラム性の高いマシンラーニングチップを求められるなら、そうした用途にライセンスも可能だ。
Esperantoは、11月28日から30日まで米Milpitasで開催される、RISC-Vのカンファレンス「7th RISC-V Workshop」で、同プロジェクトの概要を発表する。また、RISC-Vコミュニティに提案する、RISC-V命令セットのベクタ拡張についても発表する予定だ。Esperantoの発表の詳細は、後ほどレポートしたい。
今回のRISC-Vカンファレンスは、米Western Digitalのキャンパス内で行なわれるが、Western DigitalはEsperantoに出資するほか、RISC-Vへの全面的なコミットを行なう。Western DigitalはFLASHストレージ側でのコンピューティングを推進しており、Esperantoのテクノロジはそこにフィットすると見られる。
RISC-VのBOOMオープンソースコアもEsperantoが管理
Esperantoが採用するRISC-Vは、University of California at Berkeleyで開発され、非営利団体のRISC-V Foundationによって標準化/保護/プロモートされているオープンなCPU命令セットアーキテクチャ(ISA)だ。RISC-V自体は命令セットであり、CPUコア設計自体をオープンソースで提供しているわけではない。しかし、RISC-VをベースにさまざまなCPUの設計が可能で、CPUコアへの実装は、オープンソースでも非公開でも可能だ。
RISC-Vは、CPUアーキテクチャの神様的存在であるDavid Patterson氏(Google, University of California at Berkeley)がバックにいることから、当初より注目度が高かった。Patterson氏は、来年(2018年)2月の半導体国際会議ISSCC(IEEE International Solid-State Circuits Conference)でも、キーノートスピーチにあたるプレナリセッションで、RISC-Vに至るCPUアーキテクチャの背景を講演する予定となっている。
こうした背景から、欧米ではRISC-V系プロセッサの開発ブームが始まっている。RISC-V Foundationには、Google、NVIDIA、Qualcomm、IBM、Samsung、Micron、Western Digital、AMDといった一般にもなじみのある大企業がずらりと並ぶ。Patterson氏がGoogleに加わったことから、GoogleのRISC-V採用も現実味を帯びてきている。NVIDIAも、GPUに内蔵するコントローラにRISC-Vを採用する。
現在、RISC-Vはおもに組み込み系やFPGA上に載せるコアとして浸透し始めている。しかし、RISC-Vアーキテクチャ自体は、高性能なCPUも可能だ。Esperantoでは、高性能コアのET-Maxionは、ARMの最高性能のCPUコアIPを上回る性能を目指すという。
RISC-V系でアウトオブオーダ型高性能CPUコアには、オープンソースの「BOOM(Berkeley Out-of-Order Machine)」がある。BOOMの中心となる開発者であるChris Celio氏もEsperantoに参加、BOOMは今後はEsperantoがオープンソースコアとてマネージするという。Esperantoは、オープンソースのRISC-Vで高性能CPUコアを実装するだけでなく、RISC-Vの規格化やプロモートにも深く関わって行こうとしている。