大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

ゲーミングPC「Alienware」が日本に侵攻!?
~デルが3年がかりで世界本格展開に挑んだ思惑



 デルは、プレミアム・ゲーミング・ブランドとして位置づける「Alienware(エイリアンウェア)」のゲーミングPC「Alienware M17x」を、6月3日午前11時に、日本国内で発売した。

 Alienwareブランド第1弾として発売した「Alienware M17x」は、17型液晶ディスプレイを搭載。「攻撃的なライン」と表現するアルマイト加工のシャーシデザインを特徴としており、NVIDIA GeForce GTX 280M(1GB) SLI構成を、日本で初めてノートパソコンに搭載可能としたほか、Core 2 Extreme QX9300を選択可能にするなど、最高峰のグラフィック能力やCPUパワーによって、ゲームを楽しむハードコアゲーマーをターゲットにした性能を実現している。

 最小構成価格は、239,800円からとなっているが、メモリ8GB、512GB(256GB×2) SSDなどを選択した最大構成では、87万円という価格設定になる。

Alienware M17xシルバー天板モデル天板は光るAlienwareのロゴ入り

●デル買収後も一線を画す

 もともとAlienwareは、'96年に米フロリダで、ハイエンドゲーミングPC専業メーカーとしてスタート。まるで火星人のようなエイリアンの顔をロゴマークに、ベンチャーならではの機敏さを生かして、PCゲーマーに注目を集めるハイエンド製品を投入し続けてきた。

 2006年には、デルが買収したものの、ブランドや製品開発、デザインは、デルとは切り離した形で、従来の仕組みを踏襲。米国や英国、オーストラリアなど世界6カ国に市場を限定して、Alienwareの直販サイトあるいは代理店を通じて販売していた。つまり、デル買収後もdell.comのサイトを通じた購入はできなかったのだ。

各製品のポジショニング

 一方で、デルは、XPSブランドのPCを用意。これをハイエンドゲームPCと位置づけていた。業界では、Alienwareとの棲み分けが注目されていたが、デルでは、2006年5月以降、XPSのポジションを、ゲームPCのみならず、汎用性を持ったハイエンドマシンという位置づけに徐々にシフト。現行のStudio XPSというブランドに移行してからは、その位置づけがより明確になってきた。

 そうした中で、改めてハイエンドゲームPCというポジションにAlienwareを位置づけることになったというわけだ。


●世界戦略から見るAlienware上陸の意味

 今回の日本へのAlienware上陸のタイミングは、単に、日本でAlienwareブランドPCの発売ということに留まらない。

 デルのグローバル戦略という、大きな視点から捉えるべきことだ。

 先にも触れたように、デルは、今回の「Alienware M17x」の発売とともに、Alienwareを、デル全体の製品ラインアップに組み込まれた、1つのブランドとして明確に位置づけた。ポジションは、個人向けPCの製品ポートフォーリオにおいて、最もハイエンドに位置づけられるものだ。

 これまでは完全に独立した販売体制であったものが、dell.comのなかから直接購入できるようにし、これまでの6カ国での限定販売から、日本を含む35カ国で、新たに販売を開始している。

 アジアパシフィック地域だけを見ても、従来はオートスラリアだけの販売だったものが、日本、韓国、台湾、中国、インド、シンガポール、マレーシアにも拡大。すべて、デルの販売ルートを活用して流通することになる。

日本/アジア太平洋地域コンシューマー事業本部マーケティングオペレーションズプロダクトマーケティングマネージャ・佐々木隆氏とAlienware M17x

 デル製品が全世界160カ国で展開されていることに比べるとまだ限られた地域での販売といえるが、「かつてのAlienwareの企業規模では、ここまではとても広げることはできなかっただろう。日本にAlienwareが上陸できたのは、デルによる買収による成果といえる」(日本/アジア太平洋地域コンシューマー事業本部マーケティングオペレーションズプロダクトマーケティングマネージャ・佐々木隆氏)というのも頷けよう。

 サプライチェーンも同様だ。デルのグローバルでの調達体制を活用することでコスト削減を達成。さらに中国のODMを活用した生産体制も、デルのグローバル体制によって実現されたものだ。

 また、日本語キーボードを設定し、日本語マニュアルを用意するといった日本市場向け仕様をラインアップできたのも、従来のAlienwareの体制では難しかっただろう。これはアジアや欧州の新規エリアでも同様のことが言える。

 2006年以降、Alienwareの技術者がデルの製品開発チームに入ったり、逆に、デルの技術者がAlienwareに入るという人事交流を行なってきたが、開発、調達、生産、マーケティング、販売、物流といった観点からも、デルのインフラやノウハウを生かした製品づくりが、今回の製品から本格化したといっていいのだ。

●基本姿勢は独立路線の維持

 だが、Alienwareの独立性を維持しようという姿勢も端々に見られる。

 例えば、Alienware M17xの筐体を見ると、どこにもDELLの文字は見当たらない。これまでのブランドイメージを崩さないように配慮しているのだ。

 「実際、ブランドについては何度も議論を重ねた。DELL Alienwareという候補や、Alienware by DELLという候補もあった。だが、Alienwareが持つ世界感を維持するという点でも、DELLという文字をブランドに加えないことに決定した」(佐々木プロダクトマーケティングマネージャ)という。

 また、技術やデザイン、訴求方法については、Alienware側が主導権を取ったという。

 確かに、最高構成で87万円という価格設定は、低価格路線を追求してきたデルの体制では、考えられない設定だともいえる。

 また、Alienwareが設立以来打ち出してきた、エイリアンが地球を侵略してきたというシナリオに基づいたメッセージ形態も継承。日本においても、日本での販売開始を、「侵攻開始」という言葉で表現し、エイリアンウェア・ランゲージという独特の文字も、本体やサイトではそのまま使用している。

 実は、エイリアンウェア・ランゲージは、アルファベット26文字と数字に、それぞれ当てはまる形で文字が設定されており、その紐づけを理解すれば読めるようになる。本体にも、「Alienware」や「M17x」といった文字がエイリアンウェア・ランゲージで書かれている。

 「ウェブデザインや広告デザインについて議論をする場合、初期段階ではどうしても文字ベースでのやりとりが多い。だが、Alienwareのミーティングでは、初期段階から完成度の高いイメージを提示しながら議論が行なわれた。その点でも、これまでのデルの手法とは違う、Alienware主導の形で、ウェブ展開、広告展開の議論が進められていった」(佐々木プロダクトマーケティングマネージャ)という。

 日本でも5月22日からスタートした専用サイトでのティザー広告は、エイリアンウェア・ランゲージが用いられ、さらに、発売までのカウントダウンを盛り込んだユニークなものとなっていた。

 「ミステリアス」が、訴求に向けてのキーワード。日本語で言えば、「ちょっと怪しい」ということになるかもしれない。その印象を前面に打ち出したサイトづくりになっている。もちろん、これもAlienware主導で企画されたものである。

本体裏面に書かれたエイリアンウェア・ランゲージ。筐体には「Alienware」、銘板には「M17x」と書かれている特設サイトもエイリアンウェア・ランゲージが用いられている

 そして、Alienwareの独自性を尊重する姿勢は当面変わらないようだ。

 テキサス州オースティンのデル本社に、フロリダにあるAlienwareを統合するという動きはなく、デルのメインストリーム製品とは異なった場所で開発を進める体制を維持しているのも、その表れだといえる。

 もちろん、今回発売された製品が、かつてのAlienware製品のデザインに比べると、やや落ち着いているという声もあるだろう。こうしたところに、万人受けするデザインに落ち着かせるというデルの手法が一部反映されているのかもしれない。

●期待されるデスクトップモデルの投入

 ところで、今後の日本におけるAlienwareの展開はどうなるのだろうか。

 ニュースリリースでも、第一弾と表現しているように、今後、ラインアップが増えていくことになるのは確かだろう。

 「ノートPCを第一弾としたのは、北米でもノートPCの人気が高まっており、今後はゲーマーもノートPCを選択するケースが増えるという傾向を先取りしたもの。市場調査でも、ノートPCに対する関心が高まっていることがわかっている。もちろん、AlienwareがゲームPCというカテゴリーを担うということを考えれば、1機種だけでは成り立たない。今後のラインアップ強化に向けて検討している段階」(佐々木プロダクトマーケティングマネージャ)とする。

 ハイエンドゲーミングPCとしての本来の機能を追求する上では、すでに北米で投入しているデスクトップPCの投入も期待したいところだ。

 佐々木プロダクトマーケティングマネージャは、「大々的なマーケティング活動を展開するというよりは、まずは口コミでの訴求に力を注ぎ、ゲームユーザーに間に、『ゲームをやるならば、これじゃないと』という暗黙の了解が生まれるような状況を作りたい。ゲームユーザーは、自作の場合も多いが、デルが提供する完成品としての品質の高さ、デザインの奇抜さ、妥協しないテクノロジーの搭載によるモンスター性能の実現といった点で、差別化を図りたい。今後は、日本のゲーマーからの要求も、Alienwareの製品づくりのなかに反映していきたい」としている。

 全世界へ本格展開を開始したAlienwareだが、初年度は世界規模で土台づくりの1年となり、大きな販売台数を見込んでいるわけではないようだ。だが、この1年の地盤づくりが、将来のゲーミングPC市場におけるAlienwareの存在感を左右することになりそうだ。

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(2009年 6月 8日)

[Text by 大河原 克行]