大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」
Windows 10、Cortana、そしてWindows Phoneは?
~いよいよ提供開始まで1週間、日本マイクロソフト・平野社長にWindows 10戦略を直撃
(2015/7/22 06:00)
「Windows 10は、Microsoftの変革を象徴する製品になる」--。2015年7月1日付けで、日本マイクロソフトの社長に就任した平野拓也氏は、7月29日に提供を開始するWindows 10をこう位置付ける。そして、「日本マイクロソフトの変革、パートナーの変革を進めるのが私の役割である。私が先頭になり、日本マイクロソフトの社員全員が、チャレンジャーとしての心持ちで、変革を進めていきたい」と語る。その変革を、製品という観点から具現化するのがWindows 10というわけだ。Microsoftが7月13日から、米フロリダ州オーランドで開催したパートナー向けイベント「Worldwide Partner Conference(WPC) 2015」の最終日に取材に応じてくれた平野社長に、Windows 10を始めとする製品や新たな技術への取り組み、そして、同社2016年度の事業方針などについて聞いた。
Microsoftの変革を象徴する製品に
--7月29日に、いよいよWindows 10の提供が開始されます。日本マイクロソフトにとって、この製品はどんな意味を持ちますか。
平野 Windows 10は、Microsoftの変革を象徴する製品になります。日本マイクロソフトでは、2016年度の重点方針の1つに、「これまでのPCを核とした考え方から、人を核とした考え方へ」ということを掲げています。Windows 10は、PCを軸として考えた製品ではなく、人を軸として考えたソリューションです。
また、ユニバーサルプラットフォームの実現により、1つのアプリで、IoTからスマホ、タブレット、PC、さらには大画面のデバイスまで、さまざまなサイズのディスプレイに対応し、価値を提供することができる。今後も、ユニバーサルアプリの開発がしっかりと進むように、情報提供の場を用意していきたいですね。
そして、Windows 10では、これまでのWindowsにはなかったことがいくつも起こります。7月29日のWindows 10の提供開始時点では、パッケージがないという中で、新たなWindowsが提供される状況が生まれます。つまり、私もパッケージを持ってポーズを取るということができないわけです(笑)。これは初めてのことです。
また、7月29日から、Windows 7および8.1のユーザーは、最新OSのWindows 10に無償でアップグレードできる。この仕組みも初めてのことです。このように、ローンチの仕方がこれまでと異なるのがWindows 10。むしろ、「ローンチ」という言葉も当てはまらないと言えます。
日本マイクロソフトは、2016年度の重点方針の1つに、「販売重視から、利用価値重視へ」ということを掲げています。Windows 10においても、「何本売れた」ということがKPI(重要業績評価指標)にはならない。何本売ったかというのは目指すところではないのです。ですから、これまでのように、「初日に何本売れました!」とか、「店頭に何時間前から、何人並びました!」ということがニュースにならないのがWindows 10の特徴だと言えます。では何を重視するか。それは、どれぐらいの数のお客様が無償でダウンロードしていただけるのか、ということになります。何人に試してもらえるか、触ってもらえるのかということが重視され、「売り上げ」には関係がない部分が重視されることになります。当然、訴求の仕方も、買ってもらうのではなく、Windows 10に触ってもらいたい方々に、いかに多くアプローチするのか、そのターゲットはどこなのか、ということが中心になります。
Windows 10では、機能やセキュリティなどの全てが常に最新の状況で利用できる「Windows as a service」という新たな世界を実現することを目指しますが、このコンセプトに則ると、これまでのWindowsの発売時とは、全ての戦略が変わることになります。
--ちなみに、7月29日は、平野社長はどこにいる予定ですか。
平野 これまでのWindowsの発売であれば、深夜の秋葉原とか、量販店店頭に出向くということになるのでしょうが、この新たな仕組みの中では、「いったい、私はどこにいればいいんでしょうか(笑)」ということになります。もちろん、量販店の方々を始めとするパートナー各社に出向いて、いろいろと話をしなくてはなりませんし、今年(2015年)秋から年末にかけて、Windows 10を搭載した新たな多数のデバイスが登場しますから、それに合わせて、どうやって盛り上げていくのか、ということも考えていかなくてはなりません。
ちなみに、7月29日には、私は確実に日本にいますので、東京・恵比寿で開催される公式ファンイベント「Windows 10 Fan Celebration Event」などを含めて、日本を盛り上げていきたいと思っています。
--Windows 10は、7月29日時点では、無償でのアップグレードが中心ですし、これまでのように、「新たなOSが登場したので、新たなPCを買ってください」という提案がしにくい環境にあります。Windows 10が、Windows 7のスペックで動作することを考えると、多くのユーザーが、昨年(2014年)4月のWindows XPのサポート終了にあわせて、PCを買い換えたばかりです。デバイスメーカーや販売店からは、「Windows 10では儲からない」という諦めの声も出ていますが。
平野 どの時間軸をもって、売れるのか、売れないのか、という判断の仕方の違いだと言えます。これも、Windows 10における新たな考え方の1つです。Windows 10の発売とともに、そのタイミングだけで盛り上がるかというと、そんなことはないでしょう。ただ、盛り上げた後の反動で、急に落ち込むのか、というと、そんなことにもならないと考えています。むしろ、安定した成長が描けると思います。
ここ数年、特需の反動という苦い思いを繰り返してきた販売店の方々にとっては、歓迎すべきビジネスモデルになるのではないかと思っています。「利用価値」をどのように提供できるかという点で、あの手、この手を次から次へと打っていくつもりですし、パートナー各社とも、あの手、この手を一緒になって考えていきます。その中で、「これは面白い」、「こんなシナリオがあるんだ」、「それならばこのデバイスを買おう」といった声が出てくるようにしたいですね。7月29日に全てを集中して、それで終わりというビジネスの仕方ではなく、短期間の1つの波で終わらずに、長い大きな変化の波の中で、あの手、この手を展開していくというものに変わっていくと思います。そうした新たな取り組みに挑むという点で、私も、Windows 10は、大変楽しみにしているんです。
Windows Phoneの国内戦略はどうなるのか?
--Windows Phoneの国内展開の基本的な考え方を聞かせてください。
平野 Windows Phoneは、多くの方から関心を寄せていただいている分野です。これまでは、「Windows Phoneを搭載したスマートフォンは、日本では出さないのか」と聞かれても、その回答にはかなり苦しんできましたが(笑)、マウスコンピューターさんやfreetelさんが、国内市場にWindows Phoneを投入しています。また、それ以外にも、さまざまなデバイスメーカーからご相談を受けたり、ご提案をいただいています。その中には、ワクワクするトピックもあり、それを順次発表していくことができると考えています。自社ブランドの製品投入については、私自身も期待しています。まぁ、私が期待しているというのもおかしな話ですが(笑)。いやぁ、これ以上は、ちょっとお話できません。
--Windows Phoneにも搭載されているデジタルパーソナルアシスタント「Cortana」の日本語化についてはどうですか。
平野 Windows Phone同様に、最近では、「Cortanaは、まだ日本語を話さないのか」ということをよく聞かれるようになりました。先週、日本語版を試してみたのですが、かなりいい感じになってきましたよ。少し前までは、日本語の発音がちょっと変で、「こんにちは」という発音も、「こん」と「は」にアクセントが置かれていたり(笑)。
ただ、子供が成長するように、発音もよくなり、だんだん賢いことを話すようになってきました。声の感じも最初はロボットみたいな感じでしたが、とてもスムーズになってきましたね。機械学習(マシンラーニング)によって、どんどん進化を遂げているのが分かります。どんどんこれを回していけば、良くなっていく。今はとくかく学習させるというところに時間を割いています。
個人的には、そのうち、関西弁を話せるようになると、面白いかなとも思っていますが(笑)。これはもう少し時間がかかるでしょうね。ただ、標準語については、私が聞いた範囲ではかなりのところまで進化をしており、日本語版の実用化に向けた準備が着実に進んでいます。Cortanaに対して、Microsoftは本気で投資をしています。1つの機能として留めるのではなく、本社CEOのサティアが打ち出している「プロダクティビティとビジネスプロセスの改革」、「インテリジェントなクラウドプラットフォームの構築」、「革新的なパーソナルコンピューティング体験の創造」という3つの「アンビション(野心)」において、重要な役割を果たします。他社の技術の場合は、閉じた世界の中でのやり方、あるいは言語処理に特化したものだったりしますが、Cortanaの場合は、ビッグデータの活用と機械学習によって、どんどん進化をしていきますし、言語の進化だけでなく、予兆などへの対応、IoTにも活用できるようになります。
今回、Cortana Analytics Suiteという製品を出していますが、これもCortanaの技術を活用して、Azureの利用を広げていくものになります。応用範囲を狭い場所に留めず、クラウド戦略のエンジンの1つに位置付けられるものが、Cortanaというわけです。
一方、Skypeトランスレーターの日本語対応についても、本社と緊密に連携して準備を進めています。これもサービス開始時期は言えませんが、私が期待している技術の1つですし、ぜひ、みなさんにも期待して欲しいですね。
--ウェアラブルのMicrosoft Bandや、ヘッドマウントデバイスのHoloLensの国内投入はどうなりますか。
平野 これらの製品についても、日本のお客様に早く届けられるようにしたいと考えています。そのための努力をしています。また、Surface Hubについても、国内への投入を予定しています。日本マイクロソフトでは、分散していた東京・調布の研究開発拠点を、品川本社に統合しますが、それに合わせて、社内のレイアウトを変更し、Surface Hubを30台設置する予定です。自らも検証することで、さまざまな用途提案に繋げて行く考えです。
2016年度の事業戦略はどうなるかの?
--日本マイクロソフトではテレワークにも力を注いでいますが、今後の取り組みはどうなりますか。
平野、今年も8月下旬に、テレワーク週間を実施します。テレワーク週間では、昨年からパートナーにもお声掛けをして、30社に参加してもらいましたが、今年は、より多くの企業に声をかけたいと思い、300社の参加を目標にしました。先日、集計をしましたが、既に400社の参加が決定しており、この勢いだと、最終的には500社規模になる可能性があります。テレワークへの取り組みは、政府との連携も重要であり、地方創生にも繋がる可能性もあります。今回のテレワーク週間においては、北海道別海町に、滞在型テレワーク拠点を開設するといったことも盛り込んでいます。
--日本マイクロソフトの2016年度(2016年6月期)における基本方針は何ですか。
平野 日本マイクロソフトは、「革新的で、親しみやすく、安心でき、喜んで使っていただけるクラウドとデバイスを提供する」ことを挙げています。特に、「喜んで」使っていただくことが大切だと考えています。一方で、Microsoftは、創業してから40年を経過し、日本で事業を展開してから30年、日本マイクロソフトに社名を変更してから5年を経過するという節目を迎えます。こうした歴史を振り返ると、Microsftは大きな成功を収めてきたと言えますが、一時期は、Windowsプラットフォームを守ることに経営方針が向かい、製品戦略や価格戦略などもそれに向かっていたと言えます。
しかし、昨年、米本社のCEOに、サティア・ナデラが就任して以降、過去の成功体験にとらわれず、チャレンジャーとして取り組むことを打ち出しました。その中で、競合と言われる企業とも手を組み、オープンソースに対しても積極的に取り込んできました。こうした取り組みを通じて、革新的で、親しみやすく、喜んで使ってもらうというところに軸足を置きたいと考えています。価値訴求は重要なテーマです。Windows 10も、価値訴求を重視することが基本方針となります。
東欧での3年の実績はどう活かされるのか?
--話は変わりますが、日本マイクロソフトの社長に就任する以前には、2011年7月からの3年間、Microsoft Central and Eastern Europe(CEE)のMulti-Countryのゼネラルマネージャーに就任し、東欧の新興国25カ国を統括しました。ここでは社内表彰を受けるなど、大きな成果を出したわけですが、この経験は、日本マイクロソフトの社長としてどう活かされていますか。
平野 ゼネラルマネージャーとして、東欧市場を3年間担当したのには2つの理由があったと思っています。1つは、私個人という視点です。これまでにも米国で仕事をした経緯はありましたが、ずっと日本でリーダーシップを持っていたわけですから、これとは別の「筋肉」を持ちたいなという気持ちはありましたね。自分のリーダーシップが本当に通用するのか、という「自分探しの旅」(笑)でもありました。もう1つは、会社の視点ですが、タフな環境でコイツはできるのかということを試された時期でもあったのではないでしょうか。その点では、育ててもらったという側面も大きいですね。
現地ではいろんなことがありました。日本とは全く状況が異なりますからね。そして、25カ国の中には、IT先進国もあり、ITが遅れている国もあります。
ある国では、違法コピー率が98%というケースもありました。ここでは政府も100%海賊版を使っていますし、最大手の銀行も100%海賊版を使っています。そこでこの銀行の頭取と副頭取と面会することにし、出張しました。ところが着いてみると、頭取は急に病気になり、副頭取は緊急の出張だという。日本であれば、「では、改めてお邪魔します」ということになりますが、この国ではそうはいかない。そこで、「頭取の病気が治るか、副頭取が出張から帰ってくるまで、帰りません」と言ったんです。まるで、借金取りみたいな感じですよね(笑)。
すると、見事、2分後に副頭取が出張から帰ってきましたよ(笑)。ただ、ここからも大変でした。正しいライセンスの利用などについてお話しをしたのですが、「国のカルチャーだから、そんなことを言われても難しい」と言うわけです。この国では、ソフトウェアの価値提案といった話だけをしても、ストレートには伝わらないのです。その国の社会や文化を踏まえた提案活動をしなくてはなりません。この時、「インパクト」を重視するということを強く感じましたね。正しくやる、しっかりやる、というのは日本では通用しますが、海外では通用しません。インパクトポイントを明確にし、それに向けてプロセスを作ることが大切だと。それが今の私の社長としてのやり方に繋がっています。
日本でも、正しく働く、一生懸命にしっかりとやっていても、たまにインパクトポイントを忘れることがある。それを明確にすると、プロセスが変わってくる。そして、スピードが速くなる。日本マイクロソフトは変革の中にあります。変革する時には、正しいことを最初に考えるのではなくて、インパクトポイントがどこにあるかを捉えた上で、正しいことに取り組んでいく必要があります。
--インパクトポイントを明確にするとは、どういうことを指しますか。
平野 例えば、マイクロソフトのイベントに来ていただいた方に対して、テレセールスを使ってフォローするのですが、その電話が届くまでに2~3週間かかっていました。それは手を抜いているわけではなくて、対象となるお客様が、以前にはどんなイベントに来場していただいた経験があるかといったことや、来場の際には、どんな会話をしていたのかということもデータベースと照らし合わせて、確認し、情報を持ってからテレセールス対応をしていたわけです。だから時間がかかるんです。
これは正しいことなんですが、お客様の視点からみた場合のインパクトポイントというのは、「欲しい情報を、今すぐに欲しい」ということになります。今までどのイベントに参加したことがあるということはあまり関係がなくて、今回、そのイベントに来場したのは、そこに欲しい情報があり、その情報を早く欲しいということなんです。そこにインパクトポイントを合わせると、24時間以内に、電話をすることがプロセスとして最優先されるわけです。
これは、今年3月に、社長就任の発表をした後、社内を見回して気が付いたことの1つで、すぐに改善しました。こうしたことはまだまだあると思います。いろんな場面で見直したいと考えています。日本マイクロソフトの変革の中では、「これまでのPCを核とした考え方から、人を核とした考え方へ」、「販売(ライセンス)重視から、利用価値(ユーセージ)重視へ」といった取り組みのほか、「プロセスからインパクトポイントに」、「説明することから、提案することに」といったことを掲げていますが、これらに込めた意味は、考え方をスイッチし、経営のやり方もスイッチしていきたいということなのです。これから日本マイクロソフトをもっと変えなくてはいけない。それが私の役割です。
--日本マイクロソフトは、これまでの過去4年間に3度、最優秀子会社として社内表彰されていますね。しかし、2015年度には、その前年のWindows XPのサポート終了に伴う需要増の効果が、世界各国と比べも大きかった反動もあって、かなり厳しい1年になったようですね。社内の中での位置付けにも変化があるのですか。
平野 日本は重要な市場と見ていますし、日本に対する投資の考え方などは、1年の業績だけで変わるものではありません。特に、今年の結果が厳しかったのは、ご指摘のように、その前年の特需により、PCが大幅に伸びたことの反動が影響しており、これに関しては、本社にもよく理解してもらっています。クリティカルなものだとは思っていません。
2016年度は予算のクリアは必達目標ですが、一番大切なのは変革をどれぐらい進めることができるのかということ。クラウドの売り上げ比率をどれだけ上げることができるのか、お客様の利用率をどれだけ上げられることができるのか、ということが重要です。そして、考え方を「プロセス」ベースから「インパクト」ベースにどう変えていくかと言った点です。
また、クラウドパートナーは、今年1年で1,000社増やして、3,500社の体制にする考えですが、ここでも単に数を増やすということではなく、変革したいパートナーといかに一緒にビジネスができるか、ということを重視したい。私も東欧のゼネラルマネージャー時代の3年間のうち2回を、新興国市場分野における最優秀子会社として表彰を受けた経験がありますが、今、日本マイクロソフトにとって、最優秀子会社を取ることが目的なのか、変革することが目的なのかというと、それは後者の方だと言えます。その結果として、最優秀子会社になれればいいと思っています。
社長1年目は、とにかく変革に取り組んでいきます。ただ、私が目指していることは、全て1年で達成できるものではありません。これまでの成功モデルを、次に成功モデルにどう変えていくかが重要です。樋口が作り上げてきた「顔が見えるMicrosoft」、「日本に根付いた日本マイクロソフト」の基盤の上で、変革を遂げていく。モビリティとデバイスに関しては、「喜んで使ってもらえる、親しみを持って使ってもらえる、安心して使ってもらえるMicrosoft」を目指したい。それによって、日本のお客様の国際競争力を高めるお手伝いができればいいと思っています。