大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

「PCは経営戦略の中核」。Dell会長兼CEOが発言

~日本ではAlienwareの販売拡大に挑む

Dell Technologiesのマイケル・デル会長兼CEO

 「PCビジネスは、Dell Technologiesにとって、重要な事業の1つ。経営戦略の中核を占める」――米Dell Technologiesが、2016年10月18日~20日(現地時間)までの3日間、米テキサス州オースティンのオースティンコンベンションセンターで開催した「Dell EMC WORLD 2016」の基調講演において、マイケル・デル会長兼CEOは、PC事業の重要性を改めて強調して見せた。

 一方、デル日本法人の平手智行社長は、日本におけるPC事業が急成長を遂げていることに言及。第2四半期の国内シェアは、クライアントPC全体でシェアが3.3ポイント上昇。コンシューマPCでは5.6ポイント増という大幅な成長を遂げたという。「今年度(2016年)上期は、世界180カ国の中で、日本の成長率と達成率はナンバーワンになった」と平手社長は胸を張る。今後は、日本におけるAlienwareの販売拡大にも挑む。Dell EMC WORLD 2016の会場で、デルのPC事業の今とこれからを追った。

EMCとの統合の裏でPC事業の強化に言及

 Dell EMC WORLD 2016の会期2日目に行なわれた基調講演で、マイケル・デル会長兼CEOは、PC事業がこれからも重要な位置付けを担うことを強調して見せた。

 ここ数年のDell Worldでは、デル会長兼CEOが基調講演のたびに、PC事業の現状について説明をしてきたが、今年の場合は、その説明の意味合いが違う。

 2016年9月7日に、EMCとの統合が完了して、わずか6週間後のイベント開催。当初は、「Dell World」だった名称が、「Dell EMC World」へと変更したこともあり、会期中は、EMCとの統合効果が、クローズアップされるのは明らかであった。

 実際、会期中に発表された新製品は、PCを含むクライアントソリューション部門からはゼロ。一方でエンタープライズソリューション部門からは、ハイパーコンバージドインフラストラクチャ製品や、オールフラッシュのストレージ製品など、EMCとの統合成果を裏付けるものばかりが相次いだ。

 それだけに、デル会長兼CEOが、基調講演において、「PCビジネスは、Dell Technologiesにとって、重要な事業の1つ。戦略の中核を占める」と語り、PC事業を重視する姿勢を改めて強調したことは、大きな意味を持つものとなった。

 デル会長兼CEOは、「Dellは、これまでにもPCの開発に積極的な投資をしてきた。それはこれからも変わらない」と前置きし、「IoTの広がりにより、エッジ部分ではさまざまなイノベーションが起きている。過去5年で性能や容量、速度は10倍になっている。15年後には、10×10×10となり、1,000倍も進化した技術が使われるようになる。その一方で、データセンターやクラウドに接続されるデバイスは、2031年には2,000億台に達するとも予測されている。こうしたことを考えると、さまざまな領域で、クライアントソリューションが活用される。このビジネスがますます重要になってくることが分かるだろう」と語る。

 成長著しいインド市場において、PCの人口普及率はわずか15%。今後、4億台のPCが出荷されるとも予測されているという。そして、PCは、Dell Technologiesが打ち出している「Internet of Everything」のハブとも位置付けられる製品であり、ここでもPCの成長余地が多いことを示す。

 デル会長兼CEOに続いて、基調講演に登壇したクライアントソリューション部門担当社長であるDell Technologiesのジェフ・クラーク副会長も、「タブレットが、PCにとって代わると言われたことがあったが、私はそうは思わない。PCにはPCの使い勝手がある。これからもなくなることはない」としたほか、「PCには、もはやイノベーションがない、あるいはまったく進化していないと思う人がいるのならば、ぜひ目を覚まして欲しい。マイケル(=マイケル・デル会長兼CEO)が示したように、PCの性能は15年ごとに1,000倍になっている。グラフィックス性能はそれ以上の勢いで進化している。これまでは、シングルディスプレイの環境で、キーボードやマウスで入力していたものが、複数のディスプレイを使用したり、ジェスチャやタッチ、ペンを使って、より自然に入力できるようになる。また、VR(仮想現実)やAR(拡張現実)も使えるようになるだろう。PCの進化はこれからもっと続いていく」と語る。

Dell Technologiesのジェフ・クラーク副会長

 Dell Technologiesの成長戦略は、EMCとの統合によって、エンタープライズ領域にフォーカスされがちだが、PC事業も、継続的に、重要な役割を担うことを示して見せたのが、今回のDell EMC Worldの隠れたトピックスだったと言えよう。

15四半期連続で成長を遂げるDellのPC事業

 DellのPC事業は好調だ。デル会長兼CEOは、「Dellは、15四半期連続でPC市場におけるシェアを拡大させた。最新四半期では、他社がPC市場におけるシェアを縮小させる中で、Dellだけが唯一市場シェアを伸ばした」とする。

 クラーク副会長も、「PC業界全体は縮小しているが、台数ベースで伸びている唯一の会社がDell。当社がPC事業に集中している証だと言える」としながら、「Dellが成長している理由は、顧客の声を聞き、仕事の仕方を変えたことにある。その結果、この2年間で品揃えがだいぶ変わってきた。この間、1,000個ものアワードを受賞しているが、私のキャリアを振り返っても、これだけ多くの栄誉に恵まれたことはなかった。Dell Technologiesの競合は、HP、Lenovo、Appleだが、Dellがもっとも伸びている理由は、他社に比べて幅広いポートフォリオを持っている点。ノートPC、デスクトップPC、シンクライアント、ワークステーションなどのほか、プリンタやディスプレイなどの周辺機器も数多く取り揃えている」とする。

 クラーク副会長は、具体的な成果として、いくつかの製品を紹介する。

 2016年1月に投入した「Latitude 13 7000」シリーズは、タッチ画面を搭載していながら、カーボンファイバーを採用することで、このクラスの企業向けノートPCとしては最小、最軽量を実現。さらに、「XPS 13」は300ものアワードを受賞した製品であり、11型サイズの筐体に13型のディスプレイを搭載。コンシューマ利用だけでなく、オフィスでも重視されている製品だとした。

Latitude 13 7000シリーズは企業向け13型ノートPC
CESでの受賞など数多くのアワードを受賞している

 また、ディスプレイにおいては、21型の画面に、同時に4つの高精細ビデオストリーミングを表示できる製品を用意。たくさんの情報を表示しなくてはならない金融機関や証券会社のトレーダーのニーズに対応するだけでなく、さまざまな分野で活用できる新たなカテゴリの製品として人気を博しているとした。

Latitude 13 7000シリーズと同じデザインを採用したXPS13
堅牢型ノートPCも製品化している
ディスプレイなどの周辺機器も揃える。北米ではナンバーシェア
ディスプレイを4つの画面に分割して表示する

 クラーク副会長は、「2017年1月に、ラスベガスで開催するCES 2017では、PCの新たな製品を発表する予定である。ここでは、R&Dの成果を、商品の形としてお見せすることができる。私は、チームが作りだしたものに誇りを持っている。1月のCESをぜひ楽しみにして欲しい」と述べた。

付加価値戦略に舵を切るDellのPC事業

 Dell Technologiesは、PC事業の中核戦略を付加価値路線に置こうとしている。

 デル会長兼CEOは、「Dellは台数でもっとも成長を遂げている企業だが、現時点では台数ではトップシェアではない。だが、売上高では既に一番になっている。多くの人たちが、台数シェアの指標を重視していることは知っているが、私は、売り上げの方を重視したい。台数で1位になるのは、比較的簡単なことである。Dellは、ベンツのSクラスや、BMWの7シリーズといった高級モデルを売っているのと同じで、競合他社は別のものを売っている。だからこそ、Dellは利益率が高い。そして、これまで以上に利益性の高い事業にしたいと考えている。そのためには、イノベーションに投資をすることが必要。投資をしなくては、これからも事業を伸ばすことができない」とする。

VRおよびARで新たな領域に踏み出すAlienware

 今後の付加価値戦略においては、Alienwareが重要なピースの1つになりそうだ。

 Alienwareは、ゲーマーから高い評価を得ているゲーミングPCのブランドで、今年、創業から20周年を迎えるとともに、Dellの傘下に入って10年を迎えたという。

 基調講演に登壇したAlienwareの創業者であるフランク・エイゾール氏は、「過去20年間は、さまざまなことがあった。水冷技術をいち早く採用したり、ノート型のゲーミングPCを投入したりといった取り組みのほか、最近では、目の動きをトラッキングする技術を採用。ユーザーがどこにいて、何を見ているのかをノートPCが理解したり、目の動きで認証したり、パワーをコントロールできる。さらに、2016年のCESでローンチしたノートPCは、有機ELを採用しており、これに一度慣れてしまうと、液晶には戻れない。コントラスト比が高い、ゴージャスな端末である」と語る一方、「Dellとのパートナーシップは、Alienwareにとって極めて重要である。我々は小さな企業であるため、活動には限界があった。だが、Dellとの連携によって我々のビジネスが増幅された」とする。

Alienwareの創業者であるフランク・エイゾール氏
Alienwareは今年20周年を迎えた(Dell EMC Worldの基調講演)
Alienware AURORA
Alienware ALPHA

 そのAlienwareが、今取り組んでいるのが、VRおよびARである。

 「これまでゲーミングの世界でVRを実現してきた。VRによって場所をテレポートしたり、いつの時代にも、誰とでも移動したりできる。言わば、スタートレックのホロデッキに入ったような気分になる。ホロデッキは、SFの世界のものだったが、それが今は現実のものになっている。Alienwareは、過去10年に渡って、VRにおける改善を行ない、今年のCESにおいて、VRへのコミットを発表し、Oculus Riftも活用できるようにしている。また、AlienwareのPCは、工場出荷時にはVR Readyになっている。新たなノートPCもVR Readyになっている」などとする。

 さらに、「VRとARは、ビジネスシーンにもインパクトを及ぼすものになる。医療分野での活用が想定されたり、住宅開発会社がVRを使って、まだ建っていない新築物件の天井の高さや壁の様子などを見ることもできる。VRは、ゲームだけのものではなく、将来のビジネスシーンに対して破壊的な要素を持っている。また、意思疎通の仕方やプレゼンテーションの仕方も変わるだろう。実際にその場所にいるかのようなシミュレーションも可能になる。一方で、ARも重要な取り組みになる。VRがテレポートを可能にする技術であるのに対して、ARは現実を補足する技術になる。ARに対応したグラスをかけると、現実の中にさまざまな情報を見ることができ、トレーニングや教育などにも使用できる。整備工場で働く人たちが、どんな車種でも、自動車の整備を練習することができる。このように、VRやARにおいては、大きなビジネスチャンスがいくらでも出てくるだろう」とする。

VRをビジネスシーンで活用する動きも(Dell EMC Worldの展示会場)

 クラーク副会長も「VRやARは、サービス、製造、医療、輸送分野などのさまざまシーンで使うことができる技術。これは新たなコンピューティングの方向であり、来年(2017年)1月のCES 2017では新しいものを発表できる」とした。

スマートフォン参入は誰も求めていない?

 その一方で、デル会長兼CEOは、スマートフォン事業への再参入にはまったく興味を示さない。

 「スマートフォンをやることはまったく考えていない」とデル会長兼CEO。「その理由は、世の中が、スマートフォンの会社をもう1社欲しいとは考えていないからだ。答えはそれほど簡単だ」と続ける。

 だが、その一方で、「モバイル環境でのビジネスには取り組んでいく。スマートフォンに保存する情報が増加し、それらの情報を仕事で使うようになっている。また、スマートフォンは購入した時には、何も情報が入っていないが、使い始めると、データセンターから全ての情報やアプリが提供されることになる。スマートフォンが1台売れるごとに、サーバーの需要がある。そこで我々は事業をやっている」とした。

急成長を遂げる日本のPC事業

 では、日本におけるPC事業は、今後どうなっていくのだろうか。

 デルの平手智行社長は、まず昨今の好調ぶりを強調して見せた。2016年第2四半期におけるデルの国内シェアは、クライアントPC全体で3.3ポイントシェアを伸ばし、そのうちコンシューマPCでは5.6ポイント増という大幅な成長を遂げているという。その背景にあるのは、パートナー戦略の強化だ。

デルの平手智行社長
日本におけるPC事業が急成長している

 平手社長は、「2015年8月に社長に就任して以来、パートナービジネスの強化に取り組んできた。パートナーを通じた販売実績は、前年比3倍に拡大している。コンシューマ分野だけでも、195%の成長となっている」とする。

 もう1つは、サポート体制の強化だ。「サポート体制については、社内の都合に偏りつつあったプロセスを見直し、業務の効率化よりも、日本の顧客の視点で求められるプロセスへと進化させた。ここでは、80人の現場マネージャーを配置し、15のタスクを展開。顧客にも入ってもらい、プロセスを改善した」という。

 同社社内による調査では、顧客満足度ポイントが半年で約5倍に上昇。日経コンピュータの顧客満足度調査でも、ノートPCにおいてナンバーワンを獲得。特にサポートに対する評価が高いという。「サポートに対しては、内部および外部の評価が上昇している」というわけだ。

 ちなみにメインストリームサーバーも、前年比1.2%増となっており、「1人勝ちの状況であり、EMCとの統合によって、この分野は、さらに事業を加速できる」と述べる。

 平手社長は、「今年度上期は、世界180カ国の中で、日本の成長率と達成率はナンバーワンとなった。現在、本社では日本を最重要投資国という位置付けに格上げしており、300人以上を超える増員も行なった。今後も300人以上の増員を図っていく」と、日本における事業拡大に向けて、強気の姿勢を崩さない。

 気になるのは、日本において生産体制を持っていない点だ。LenovoがNECパーソナルコンピュータの米沢事業場でThinkPadの生産を開始したり、日本HPが、昭島工場から日野市の東京ファクトリー&ロジスティクスパークに移転。柔軟なカスタマイズや品質向上、短納期化などのメリットを生んでいる。これに対して、Dellは中国・廈門(アモイ)で生産したものを日本で販売している。

 平手社長は、「現時点で、国内に生産拠点を置く具体的なプランはない。廈門で生産した製品は、5営業日で顧客のもとに届けることができる。また、パートナーとの連携によって、在庫を確保することができるほか、売れ筋の製品仕様で完成品モデルとして販売。これによって即納体制が整う。これまでの経験をもとに、完成品として在庫する製品の売れ行きにブレが少なくなってきた。カスタマイズに対応できる環境も整っており、廈門での生産体制でも問題はないと考えている」とする。

 当面は、中国生産の体制は崩さず、その仕組みをベースに改善を加えていく考えだ。

日本におけるAlienwareの販売に弾み

 一方で、新たな取り組みとして、今後、Alienwareの販売強化を視野に入れていることを明らかにした。

 平手社長は、「ゲーミングPC市場は盛り上がりを見せており、その市場においてブランド価値が高いAlienwareは、ビジネス拡大のチャンスがある」とする。平手社長が、Alienwareの取り組みに、公の場で言及するのは、社長就任以来、初めてのことだ。

 「これまでは店頭にハードウェアを展示するだけであったが、今後は、売り場の作り方や展示も見直し、実際に人気のゲームを試してもらえるような環境を作り、Alienwareの性能の高さを体験してもらいたい。それによって販売にも弾みがつくと考えている。使ってもらうことが大切であり、それがAlienwareの良さを、日本のゲーマーに理解してもらうことに繋がる」とする。

 コンシューマ市場でのシェアを高めているDell Technologiesが、Alienwareの販売を加速することで、コンシューマ市場における存在感をより高めることになりそうだ。

今後はAlienwareに触れることができる場所を増やすという(Dell EMC Worldの展示会場)