風穴江のカッティングエッジ

MeeGoがAndroidと競合しない理由



 日本時間の5月26日、待望のMeeGo v1.0がリリースされた。2010年2月にIntelとNokiaがそれぞれのMID(Mobile Internet Devices)向けOS開発プロジェクトを統合すると発表したことでスタートしたMeeGoは、わずか3カ月で「統合」を果たしたことになる。

「MeeGo v1.0 Netbook」を起動したところ。Dell Inspiron Mini 10v(Atom N270 1.6GHz)において、USBフラッシュメモリでブートすると、本体の電源スイッチをオンにしてから約40秒でこの画面になる。(BIOS初期化にかかる時間を除いた)OSのブートだけなら20秒足らずで使用できるようになる。サスペンド状態からの復帰も3秒ほど

 すでに3月末には、OSコアとミドルウェア群をまとめたものが「OS base」として公開されており、今回v1.0としてリリースされたのは、一般ユーザーを想定したGUIと各種アプリケーションを追加したものである。これでようやく、ユーザーとして利用できる、あるいは開発者が一般ユーザーを想定した開発を行なえる、フルセットのOS環境として形が整ったことになる。

 とはいえ、「v1.0」という数字から「安定した一般公開版」を想像するならば、それは残念ながら期待外れとなる。この「v1.0」というのは、このまますぐに製品に搭載できるクオリティになったという意味ではなく、あくまでも「MeeGo」をOS環境という形でまとめたものの第一弾ということを示しているにすぎない。

デフォルト設定のままでも、WebブラウザのChromiumで日本語ページの表示は可能。ただしデフォルトのままでは、日本語がきちんと表示されない場合もある

 今回のリリースに向けて内部的に作業していたIntelとNokiaの開発者たちを除けば、すべての開発者やユーザーは、このv1.0で初めてMeeGoとしてまとまったものを手にすることができたわけで、さまざまな環境で安定的に利用できるかどうかのテストも、ユーザーからのフィードバックによる使い勝手の向上も、すべてはこれから本格的に始まることになる。また、MeeGo対応アプリケーションの開発も、ようやく具体的なユーザーインターフェイスを想定した形で進めることができるようになった。いろいろな意味で、すべてはこれからなのである。

アプリケーションとしては、ファイルブラウザや電卓、エディタといったアクセサリから、地雷探しなどのゲーム、メディアプレーヤーやサウンドレコーダー、端末、パッケージ管理ツールなどなど、デフォルトで計34個が利用できるようになっている。「MeeGo Garage」という公開サービスを利用して、対応アプリケーションを簡単にインストールすることもできる。

●MeeGoが目指すもの

 MeeGoというOSがターゲットにしているデバイスは、今のところ

・Netbook
・Connected TV
・Handsets
・in-Vehicle Infotainment(IVI)
・Media Phone

とされている。これらに共通する特徴は、

・ユーザーがインタラクティブに操作する
・ネットワークに接続されている
・特定の用途にフォーカスしている

という点だ。逆に言えば、こうした特徴が鍵となるデバイスには、上記のリストには具体例として挙げられていなくても、今後のMeeGoが対応していく可能性は大いにある。

 なお、エンドユーザーが自分でMeeGoをインストールして利用することも実際のところそれほど難しくはないが、そういう用途は、MeeGoが目指しているメインターゲットではない。基本的にはデバイスメーカーによって採用され、プレインストールされてエンドユーザーの手に渡るという形が想定されている。その意味では、いわゆる「組み込みOS」に分類することもできるが、しかし、ユーザーにその存在を意識させることなく縁の下の力持ち的に働くOSとは異なり、MeeGoは、エンドユーザーに「MeeGoとしてのユーザーエクスペリエンス」をもたらすものとして明確に位置付けられている。前述のリストに「Connected TV」や「IVI」といった具体的なデバイス名が列挙されているのは、それぞれに最適化したユーザーエクスペリエンスをMeeGoとして提供するということに他ならない。実際、5月26日にv1.0としてリリースされたのは、これらの中の「Netbooks」だけとなっている。発表によれば、6月には「Handset」向け(のユーザーエクスペリエンスを搭載した)MeeGoがリリースされることになっている。

 さらにMeeGoでは、そこで動作するアプリケーションとして、デバイスと一緒に固定的に提供されるものだけでなく、ユーザーが後から自由にインストールできるものも想定されている。すなわちMeeGoには、アプリケーションプラットフォームという役割も与えられていることになる。要するにMeeGoは、「PC的な使われ方をする、PC未満のデバイス」のためのOSを目指していると言うことができるだろう。

■Androidとは競合しない?

 このように、「ユーザーエクスペリエンス」や「アプリケーションプラットホーム」を提供するという方向性や、携帯、可搬型のデバイスを明確なターゲットとしている点など、MeeGoがカバーしようとしている市場は、GoogleがAndroidで目指しているものと大きく重なっている。当初「Handset」向けOSとして始まったAndroidが、先日発表されたGoogle TVだけでなく(これはまさにConnected TVだ)、今やさまざまな組込機器に使われつつあることは周知の通りである。そしてHandset以外で使われるAndroidも、要するに「ネットワークに接続」され「ユーザーがインタラクティブに操作」するデバイスが想定されており、それらはまさにMeeGoのターゲットでもある。

 普通に考えれば、同じ市場に対して異なるアプローチを取ろうというのだから、そこには自ずと「競合」という状態が発生することになる。しかし、Androidとの関係についてMeeGoを推進する立場にあるIntel関係者にこの点を質すと「Androidと競合しようという意識はない」という答えが返ってくる。

 実は、MeeGoのベースとなった「Moblin」を開発しているとき、IntelはGoogleに、MoblinとAndroidの統合を持ち掛けたことがある。Moblinは、その名の通りLinuxカーネルをベースに、ミドルウェアやアプリケーションもLinuxディストリビューションなどで採用されている標準テクノロジを採用した「ネットブック向けLinuxディストリビューション」であった。一方Androidは、標準ライブラリやアプリケーション基盤は、一般的なLinuxディストリビューションで採用されているものと異なっているものの、OSのコアとしては同じくLinuxカーネルを採用している。すなわち、ミドルウェアやアプリケーション基盤を移植すれば、MoblinとAndroidを統合することはそれほど難しくはない。そして実際にIntelは、この話を持ちかけたときに、Atomプロセッサで動作するMoblinコアの上に、Androidのミドルウェアやアプリケーション基盤を移植し「Atomプロセッサ版Android」を構築してみせたのだという。

 しかし、その時点(おそらく2009年の半ば頃と思われる)では、GoogleはAndroidのハードウェアプラットフォームをAtomプロセッサにまで拡大する気はなく、Moblinとの統合の話は物別れに終わった。その後Intelは、ARMプラットフォームをサポートするLinuxベースのMID向けOS「Maemo」との統合を選択することになる。

 Nokiaが2005年から「Internet Tablet」向けOSとして開発してきたMaemoは、Linuxカーネルだけでなく、ミドルウェアやアプリケーション基盤も標準的なLinuxディストリビューションの技術を採用しており、ハードウェアプラットフォームこそAtomとARMとで異なるものの、「Linuxディストリビューションのような造り」という点ではMoblinと非常に良く似ている。パッケージ管理システムなど細かい点において違いがあったにもかかわらず、最終的に3カ月という短期間で統合を完了したのも、両者ともLinuxディストリビューションの標準技術をベースにしていたことが大きく貢献していると言えるだろう。そのようなMoblinとMaemoを統合してできたMeeGoは、やはり同様に、LinuxカーネルにLinuxディストリビューションで採用されている標準技術を組み合わせたアーキテクチャとなっている(実際のところは、ほとんどMoblinベースと言っていい)。

 つまり、以前にIntelがそうしてみせたように、MeeGoもまた、いつでもアプリケーションプラットフォームとしてのAndroidを「統合」することが容易に可能だということになる。Intelの関係者が、Androidと競合する意識はないと言ったのは、MeeGoのこうした「柔軟性」が背景にあるからだと思われる。今は別々のアプローチをとっているけれども、いつでもAndroid(のアプリケーションプラットフォーム)を包含できる――だからこそ、MeeGoにとってAndroidは打ち負かすべき競合相手ではない、ということなのだろう。

●MeeGoが生き延びるシナリオ

 先ごろ行なわれたGoogleの開発者向け会議で発表された「Google TV」は、Atomプロセッサベースのハードウェアに、Androidを搭載したものになるという。つまり、AtomプロセッサがAndroidのハードウェアプラットフォームとして公式に加えられたことになる。このことは、MeeGoを軸とするならば2つの考え方ができる。

 1つは、IntelがAtomプロセッサによる「Connected TV」(Smart TVとも)のOSとして(MeeGoではなく)Androidにフォーカスするのではないか、という見方である。そしてもう1つは、AtomプロセッサがAndroidの正式なプラットフォームとなったことで、大手を振ってMeeGoにAndroidのアプリケーション基盤を統合できるという見方だ。

 前者ならMeeGoは、少なくとも次世代TVという分野では微妙な立場に追い込まれることになる。後者なら、MeeGoというプラットフォームが、すでにある数万とも言われるAndroidアプリケーションおよび開発コミュニティを味方につけることになり、大きく飛躍する可能性を秘めている。その答えは、意外に早く明らかになるかもしれない。

電源ボタンを押すと、シャットダウンするかどうか問い合わせるダイアログが出る。また、Windowsキーでメニューが出るようになっていたり、USBメモリはコネクタに装着しただけで自動的に認識、マウントされ、すぐに使えるようになるなど、Moblin譲りということもあって、Netbookのハードウェアサポートはそれなりにきちんとしている