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ウォークマンがかなえた音楽を身にまとうライフスタイル

 音楽を聴くというスタイルに革命を起こしたデバイスといえば1979年にソニーが世に出したウォークマンだといって異論を唱える方はいないだろう。音楽を身にまとうというのにふさわしいライフスタイルを可能にした画期的なデバイスだ。

現代が見えていたかもしれないウォークマン

 ウォークマンのストレージはカセットテープだった。今にして思えば、ずいぶん劣化した音を聴いていたんだなと思うが、購入したLPレコードをせっせとダビングして、常に、何本かのカセットテープを一緒に持ち歩いていたものだ。それでも音質に不満を感じることはなかったのだから、不思議なものだ。

 ぼくは、1979年の7月、ウォークマンが発売された直後に最初のロットを購入した。2つのヘッドフォンジャックを持つウォークマンだが、ファーストロットはGUYS&DOLLSと刻印されていた。次のロットからはAとBになったそうだが、オレンジ色のHOTLINEボタンを押すと、マイクがオンになって環境音がイヤフォンから聞こえ、音楽を聴きながら会話も楽しめた。残念ながら、ぼくはその機能を楽しむことはついぞなかったわけだが、音楽をシェアするという考え方が、この当時、すでにあったというのは驚きだ。

 ちなみにこの年はアニメ映画の「銀河鉄道999」がヒットした年で、その宣伝活動の一環として日中アニメ友好団的なものを結成し、999円で中国にSLに乗りに行くというプロモーションツアーが企画された。上海と無錫という街を結ぶ鉄道を銀河鉄道に見立て、その区間の乗車中、列車内でいろんなことが起こるという企画だ。当時、ラジオ局でADのアルバイトをしていた関係で、そのツアーに取材のために同行したぼくは、買ったばかりのウォークマンを持って行った。到着した上海の空港の荷物検査で、係員がたくさん集まってきて、奪い合うようにウォークマンの音を聴いて、しばらく開放してもらえなかったことを覚えている。そのくらい衝撃的なデバイスだった。

 その約20年後、2001年にiPodが登場するが、ウォークマンの登場時ほどの衝撃はなかった。ぼく自身も初代は購入に至らず、2004年のiPod photoが出たときにようやく購入している。iPodが変えたのはカセットに始まり、CDそのものやMDへと変化していた音楽のストレージをHDDにして、それを身近なものにしただけだった。それはそれですごいことではあるし、その後、iPodはコンテンツパッケージのあり方に革命を起こすことになるわけだが、その時点ではまだ、明確な未来を提案できていなかった。

 いずれにしても、音楽を身にまとうためのデバイスと、かれこれ30年以上もつきあってきた。iPodも新モデルが出るたびに、1つは何かを買ってみたりもしていた。でも、2012秋のモデルチェンジでは購入に至らなかった。

 今、ぼくのiTunesライブラリにある楽曲は31,865曲で、約135GBを占有している。これが全部入るポータブルデバイスは、PCを別にすれば、今手元にある2007年に購入したiPod classic 160GBだけだ。それを超える魅力があるデバイスでなければ食指が動かない。そうはいっても、持ち運びやすい小さなiPodは何かと重宝するので、2010年にはクリップ付きのiPod nanoを購入しているが、それがぼくの手元の最新式iPodだ。

Bluetoothワイヤレスオーディオレシーバーを試す

 スマートフォンで音楽を聴けばいいのに、iPodのようなデジタルオーディオプレーヤー専用機にこだわるのは、これまで使ってきたスマートフォンの音質に、どうも満足できなかったからだ。もちろん、今も常用しているiPod nanoの音質が素晴らしいというわけではない。でも、今使っているスマートフォンは、明らかにそれよりも劣る。どうもオーディオ運がよくないらしい。

 最近、ふと思いついて、近頃流行のAAC対応Bluetoothワイヤレスオーディオレーシーバというのを買ってみた。ちょうど、ロジクールからUEのBluetoothヘッドフォン「UE9000」がリリースされ、それがAACに対応していて、試聴したところ、かなりクオリティが高く、Bluetoothオーディオの先入観がくつがえったということもある。

 これまでもBluetoothワイヤレスオーディオレシーバはいくつか購入しているのだが、通常のA2DPによる伝送で、SBCコーデックが使われているものばかりで、さすがにその音質には耐えられなかった。だが、今回購入したレシーバはAACに対応し、トランスコードせずにストリームが無線区間を伝送され、レシーバ側に到着した時点で初めてデコードされる。だから、送り側のデバイスのアナログサウンドクオリティに左右されないというメリットがある。

 購入したのはソニーの「DRC-BTN40」で、ちょっと前の製品だがNFCを使ってペアリングできるなど、目新しい機能も搭載している。最初のペアリングもタッチだけで済むし、電源オフの状態でタッチすれば自動的に電源がオンになって接続するし、接続時にタッチすれば切断する。また、ソニーらしくおサイフケータイにも対応している。

 肝心のサウンドはどうか。AACコーデック対応が、どの程度のものなのかを確認しようと、iOSデバイスに接続してみた。手元にあるAAC Bluetooth対応デバイスはiPod touchとiPad miniだ。ペアリングや、その都度の接続は手動になるが、音を出してみたところ通常のBluetooth接続とは異次元の音だ。これはもう元には戻れない。音の分離、キレ、立ち上がり、どれをとってもSBCとは大きく異なる。

 そんなわけで、しばらくホコリをかぶっていたiPod touchが復活するという状況になってしまった。こいつは購入時、ちょっとがんばって64GBを奢ったので、それなりの量の楽曲ファイルをローカルに持てる。また、Bluetooth PAN対応LTEルータとして丸1日以上バッテリが保つVerizon版iPad miniを持ち歩く際には、そちらで音楽を楽しめる。これもがんばって64GBにしておけばよかったと、ちょっと後悔だ。タブレットをオーディオプレーヤーとして使うのは、ちょっと大仰で煩わしいこともあるのだが、ワイヤレスオーディオレシーバーとの組み合わせなら平気だ。ちょっと気になったのは、本体のスイッチで曲送りをすると次曲の頭が途切れてしまうことがある点だ。せっかちに曲を送らず、素直にずっと聴いている分には関係ない。

 iOSに対して、手元のAndroidスマートフォンとペアリングして使ってみたのだが、やはり、SBCコーデックでは聴き劣りがする。これならイヤフォンを直接装着した方がまだマシというものだ。

次のイノベーションは何か

 結局のところ、サウンド面だけでいえば、オーディオプレーヤー内蔵のDACやアナログアンプと、ワイヤレスオーディオレシーバーであるDRC-BTN40内蔵のDACやアナログアンプのどちらが高品位かという勝負になるわけだが、個人的な感覚では、iPad mini > DRC-BTN40 > iPad nano という印象を持った。やはり、大きなデバイスは回路にも余裕があるということなのだろう。これだからアナログは凝りはじめるとキリがなく、そこが面白いところだ。ここはひとつ、是非Android OSでも標準対応してほしい。このクオリティならBluetooth対応のポータブルアンプなんてカテゴリも面白いものができそうだ。

 ウォークマンが音楽を身にまとうライフスタイルをかなえてから30余年、今、人々は、音楽をじっくりと腰を据えて聴くことが少なくなりつつあるともいう。ぼく自身も、気が散るので仕事中は音楽を聴くことはなく、楽しむのはもっぱら電車や飛行機での移動中だ。ウォークマンが生まれていなければ、そして、その後継としてのデジタルオーディオプレーヤーがなければ、もしかしたら、音楽を楽しむ時間はもっともっと短いものになっていたかもしれない。

 プレーヤーが通信機能を持ったことで、つまり、スマートフォンがプレーヤーとして使えるようになったことで、クラウドに置いた自分の楽曲ファイルをストリーミングで楽しめるようにもなってきている。プレーヤーのローカルストレージ容量も、あまり気にする必要がなくなりつつあるようだ。逆に、パケット流量を気にしなければならないというやっかいな時代でもある。

 いずれにしても、色々な条件が整ってきて、モバイルオーディオも、このあたりで、また1つ大きな変革が起こるんじゃないかと思うと、ちょっと楽しみだ。ウォークマンがもたらした、音楽を身にまとうというあの感じ。それに匹敵するようなイノベーションが起こってほしいと今思う。

(山田 祥平)