山田祥平のRe:config.sys

次の舟は誰が編むのか

 AIに期待される仕事として、既存文書や対話の要約がある。さらには、動画をテキストにしたり、そのテキストが長大なら、それも要約して適度なボリュームにする。なんだかテキストデータは、AIが処理する対象を人間が判読するための中間言語になっているようなイメージだ。ピュアテキストは人間が読むものではなくなり、そのまま廃れていくことになるのだろうか。

原作が手を変え品を変え

 「舟を編む」という作品がある。三浦しをん氏の小説だ。その後映画化され、アニメにもなり、NHK BS4Kのプレミアムドラマとしても放送された。2025年7月現在は、そのNHKによるTVドラマが「舟を編む ~私、辞書つくります~」のタイトルで地上波再放送されている。ドラマは各話45分間で10話完結だ。

 オリジナルの小説は光文社のファッション雑誌「CLASSY」に20回かけて連載された。それが同社の259ページの単行本となり、352ページの文庫本になっている。アニメはワンクールで11回の深夜アニメ枠だ。

 その後、TVアニメがコミカライズされ上下巻の単行本になったという。そして、2024年2月にドラマ化され、今はその再放送がオンエア中というわけだ。

 この話がどういう話かというと、野暮なので詳細は書かないが、個人的には映画を見て、ドラマは昨年見そびれ、今回のシリーズをキャッチアップしようとしている。オリジナルの小説は失礼ながら読んでいない。

 小説のページ数は300ページ前後だが、読んだとしたらたぶん4~5時間程度かかるだろう。映画は2時間13分で、アニメは30分枠が11回分だが実質23分とすると4時間ちょっととなり、ほぼ倍だ。そして、NHKのドラマは45分間×10回=450分間で、7.5時間ある。

 同じストーリーが方法によってこのくらい異なる時間で表現される。まるで相似形だ。ちなみに、そのストーリーをGoogleのAI、Gemini 2.5 Flashに要約させたところ800字近かったので、もっと簡潔にと指示したら、

出版社営業部の馬締光也が、言葉への愛情と才能を見込まれ、新しい国語辞典「大渡海」の編纂に携わることになります。辞書編集部の仲間たちと共に、気の遠くなるような作業と長い年月をかけ、言葉の奥深さと辞書作りの情熱を描きながら、ついに「大渡海」を完成させる物語です。

となった。要するにそういう話なのだが、身も蓋もない。登場人物が関わる「大渡海」という名の辞書は、言葉の海を航海する舟なのだが、「舟」というタイトル中のキーワードが「辞書」を示し、その「辞書」を「編む」ことが辞書作りであることは今ひとつ分からない。

 でも、分からないから聞いてみると、Geminiはちゃんと調べて教えてくれる。

ピュアテキストは滅ぶのか

 長い前置きになったが、調べることがちょっと多かったので、書くのにそれなりの時間を要した。Geminiがいなければもっと大変だったろう。でも、事実かどうかを確認するのにAmazonやWikiに頼ったので、最初からそうした方が結果的に短い時間で済んでいたかもしれない。事実の検算だが、原本に当たっていないので、本当に事実かどうかは分からない。

 冒頭に書いたように、今の時代、克明に事柄を記したテキストデータは億劫がられて避けられるようだ。長々とした説明をしようとすると、皆まで言うなとバッサリと切り捨てられ、要するにこうだという結論を簡潔に示すことがよしとされる。

 何のために人間は長大な文書として報告書や企画書といったものを書き上げるのかというと、それは、AIにウソをつかせないための下準備なのかもしれない。それが、AIが処理する対象を人間が判読するための中間言語になっているようなイメージだという見解の本質的な部分だ。

 最近は、何かを解説するWebページでは、そんなに短くないコンテンツでも、冒頭部分にその要約と目次的なものが添えられている。急いでいるなら、そこだけを読んでもいい。AIが要約したであろうものとはいえ、そのページを構成した人間が目を通しているのは確実で、ハルシネーションがあったとしても取り除かれているはずだ。

 だから、十分に信頼できる要約であり、より深く知りたいなら、その原点となった中間言語を読み解けばいい。それがすなわち本文だ。そして、多くの場合、本文を読まなくても要約だけで事が足りるということだ。

次の舟とその編集長

 Geminiの生成機能には、生成したリサーチからさらにコンテンツとして音声解説を生成するというものがある。これが秀逸で、リサーチ結果がラジオ番組のように男性と女性のかけあいによって解説されていく。音声の質もけっこうリアルだ。これなら長々としたためられたレポートを読まなくても、音声だけで内容がスッと頭に入ってくるかもしれない。

 だが時間がかかる。生成はもちろん、聴取にもだ。たとえば、Geminiが生成した調査結果のリサーチが1万2,000字程度だったとしよう。そこから音声解説を生成させると、5分間程度で約7分間の男女のかけあいが生成される。1万2,000字は400字詰め原稿用紙30枚程度だ。400字詰め原稿用紙1枚を音読すると日本語の平均的な音読速度は1分間強なので、レポート本文を読むよりかけあい漫才を聞く方が短時間で済む。

 文字は文字で、もっと短くと指示すればAIは嫌がりもせずに、希望の量に調整してくれる。逆に、人間は1.6倍程度までなら早送り音声を認識することもできる。音声だけなら「ながら読み」が危険な活動中でも安全に理解を促すことができる。クルマを運転しながらでも音声だけなら大丈夫だ。

 そして直近なら動画コンテンツだ。どんなに短くても文字を読むのは面倒という人が一定数いる。百聞は一見に如かずという言葉もある。よくできた動画は長大な説明文書よりもずっとコンパクトに真実を伝えるかもしれない。だから、YouTubeのようなプラットフォームは今後も進化し続けるだろう。

 動画ならテロップなどの文字コンテンツとの融合で音声抜きでも成立する。そこも有利だ。実は動画は、文字、音声、動画、静止画のすべてを積み込める新しいコンテナ舟だ。ただ、そのコンテンツを人間が作り続けるかどうかは別問題だ。

 結局のところ、最終的にはAIしか全文を読まないことが分かっていても、少しでも誤解、曲解を減らすために、詳細に文章を書き下ろすことができるのが人間だ。そこにある気遣いが新たな展開を誕生させる。

 インターネットは情報の海でもある。そこを渡る舟も編まなければならない。さて、その船長とは誰が適任者なのだろう。果たして人間なのだろうか。次の「舟を編む」は、そんなテーマを追いかけてほしい。