山田祥平のRe:config.sys

パーソナルリスニングを究めるヘッドフォン

 今、ITの世界ではAIが、もう何度目か分からないくらいにかつてない節目としての大きな変化をITそのものにもたらそうとしているが、変化という意味ではオーディオの世界も負けていない。歴史が古い分だけ、テクノロジーの進化はオーディオの位置づけにもコペルニクス的な展開をもたらしている。

スマートスピーカーのメーカーSonosが世に問う初のヘッドフォン

 米国のオーディオ機器メーカーであるSonos。スマートスピーカーで広く知られる企業だ。ここでいうスマートスピーカーはAlexaで知られるAmazonのEchoやGoogleアシスタントなどとはちょっと趣が異なる。

 具体的には、据置型の小型スピーカー、TVにリッチなオーディオ付加価値を付加するサウンドバー、どこでも好きなところに持ち運べるポータブルスピーカーなどがメインの製品群だ。同社のテクノロジーは複数の異なるスピーカー群をWi-Fiネットワークなどを使って有機的に接続し、どこの部屋でも音楽を楽しめるようにし、また、各社のストリーミングサービスを楽しめるようにした。今では当たり前のようにGoogle TVやEchoデバイスなどを使って各社のコンテンツサービスを横断的に利用できるようになっているが、その走りを提案した企業の1つだといってもいいだろう。

 そのSonosがヘッドフォンをリリースしたという。「Sonos Ace」がそれだ。トレンドの完全ワイヤレスイヤフォンではなく、あえてヘッドフォンを新しいカテゴリとして追加した。仕上がりが気になったので、同社にお願いして製品を試させてもらった。

 同社はこの新しいヘッドフォンを「初のパーソナルリスニング分野への進出」とアピールする。確かにスピーカーはパーソナルな趣があったとしても、複数の個人に同時にオーディオが伝わるので、パーソナル空間の構築というのは難しい。本当はどんなに大きな空間であっても、そのスイートスポットは限られたほんの小さなポジションだというのはナイショだ。

 スマートスピーカーのテクノロジーで一定のポジションを築いたSonosがヘッドフォンというのだから、Wi-Fiでつながり、ワイヤレススピーカーの概念をくつがえすようなヘッドフォンなのかと思ったら、意外にもBluetoothで接続するオーソドックスなヘッドフォンだ。Sonosデバイスには電源ボタンがないことが特徴的であることが知られているが、このヘッドフォンにはちゃんと電源ボタンもある。

 アクティブノイズキャンセリング、AptXコーデックなど、7万4,800円という価格が設定され、プレミアムオーバーイヤー型ヘッドフォンを名乗るに十分なスペックを備えている。もちろんマルチポイント対応だ。内蔵センサーは着脱を感知してオーディオの自動停止、再開等ができる。両端USB Type-Cケーブルでの有線接続によるロスレスオーディオはもちろん、3.5mmジャックつきのUSB Type-Cケーブルも同梱され、レガシーなオーディオシステムやピュアオーディオにも対応できる。

 かと思えば、TV用のサウンドバー製品とのシームレスな連携が可能で、パーソナルからセミパブリック、あるいはその逆へと両オーディオ空間を瞬時に切り替えるスワッピングのような使い方にも対応する。

レガシーインターフェイスによるハイテクとの対話

 機構として感心したのはイヤーパッドがマグネット式で簡単に脱着できることだ。長年の利用で劣化してしまったような時にも、別売りのパーツに容易に交換することもできる。取り外せることで手入れもらくそうだが、装着センサーが内蔵されているらしいことを配慮すると、ジャブジャブ洗うというわけにはいかなそうだ。

 左側のカップにはUSB Type-Cポートと電源ボタン、そしてステータスランプ、右側のカップにはノイズと音声のコントロールボタン、そしてコンテンツキーが装備されている。とてもシンプルだ。

 コンテンツキーはプッシュと上下スライドができる機構を持つボタン状のキーだ。1回押すと再生/一時停止、2回押すと次の曲、3回押すと前の曲、上下にスライドでボリュームの上下ができる。もう、どこまでもオーソドックスで、これ以上でもこれ以下でもないシンプルさがいい。迷いようがない。

 実際に操作してみて感じるのは、物理的に稼働するボタン類というのは、耐久性などの点では不利かもしれないが、ボタンそのものを目視できなくても手探りで触って操作することができるという安心感がある。これが手に馴染むということだ。

 小型化や軽量化、そして、大事なことだが壊れにくさ、そしてコスト、パーツの調達などを重視したことにより、かつての2つ折りガラケーがツルンとした板状のスマートフォンに移行したり、イヤフォンが完全ワイヤレスになり、その操作もタッチで行なうようになったような変化が起こるのだが、2024年というこの成熟したタイミングでSonosが世に問うのが古き良き時代の手に馴染む人と機械とのインターフェイスによる機械との対話だというのは興味深い。使っていてとても気持ちがいいし、使いやすい。本当に間違いようがないし、誤動作もない。

 同じ米国メーカーで、ノイズキャンセリングの老舗でもあるBoseのようなメーカーも、ここには迷いがあるようで、オーソドックスで昔からのBoseの王道操作方法を何も変えない「QC」と、タッチを取り入れた「QC Ultra」の2製品をラインアップしている。

 最新のテクノロジーにがんじがらめになったように感じるハイテク製品ではあるが、こうしたクラッシックな部分に、そこはかとないぬくもりを感じることができる。

究極のシンプルさに封じ込められたハイテク

 サウンドについては好みやイコライジングで大きく変わるだろうから深くは言及しないが、それなりのエージングを経て多少は聞き込んだ状態で、刺激のないやさしい音に仕上がっていると感じた。

 音量が小さいときには、さほど特徴的な印象がないのだが、ボリュームをどんどん上げていっても、強烈な刺激を感じることがなくリッチでバランスのいい仕上がりだ。そして疲れない。かといって音空間の分離という点で不満を感じるわけでもない。十二分にリッチなサウンドだ。

 重量は312gで、ちょっと重く感じるかもしれない。1,060mAのリチウムイオン電池を内蔵し、ANC稼働の状態で最長30時間の再生ができる。充電時の推奨は15Wで、0%からの完全充電には約3時間かかるが3分の急速充電で3時間の連続再生ができる。本音を言えばこの製品重量ならバッテリの交換ができるようになっていてもよかったと思う。イヤーパッド同様にバッテリもまた消耗品だからだ。

 スマートスピーカーのメーカーが作る最初のパーソナルオーディオ空間のためのギア。それが今回の製品「Sonos Ace」だ。製品のバージョンアップで、2024年後半には、同社のホームシアターサウンド体験を提供するTrueChinema対応が予定され、将来的にはBluetoothのAuracastなどへの対応も視野に入っているという。

 シンプルで何の主張もないように見えて、その内部に秘められたポテンシャルは高い。