山田祥平のRe:config.sys

デバイスがコンテンツに興すムーブメント

 新しいカテゴリのデバイスの登場は、コンテンツの将来についていろいろな想像をさせられて楽しい。たとえば、著作者が自分の作品の読まれ方、見られ方を規定するといった将来もあるかもしれない。たとえば、いっさいの書き込みを許さないといった著作者人格権の行使もありだろうし、映像コンテンツであれば等速を超えて再生してはならないとか、Xcm×Ycm未満のスクリーンで見てはならないといった具合だ。

大きなKindle端末

 Amazonが、手書き入力機能を搭載した10.2型スクリーンのE Inkデバイス「Kindle Scribe」の販売を開始した。スタンダードペンが付属し、また、消しゴム機能やショートカットボタンを装備したプレミアムペン付属のモデルもオプションで選択できる。どちらのペンもバッテリなしで使える。

 スクリーンは10.2型だ。これまでのKindleではOasisの7型が最大だったので、かなり大きく感じる。面積比では2倍強だ。もっとも、サイズが大きくなった分、重量も増えた。188gのOasisに対して433gとこちらも2倍強だ。

 個人的には、Oasisにあったページ送りとページ戻しのための物理ボタンが装備されていないのが、ちょっと残念だ。当然、充電ポートはUSB Type-Cだ。OasisがMicro USBなのでこれはうれしいが、代替できる性格の端末ではない。あちらはあちらでUSB Type-C化を急いでほしい。

 スクリーンサイズは、一般に一度に得られる情報量に比例する。ただ、これは文字で構成されたコンテンツの話だ。自分の好きな文字サイズで800字表示されていたものが1,600文字表示されるとうれしいかどうか、という判断になる。視力に応じて限界まで小さくすればたくさん表示できる一方で、一度で見れる視野からはみ出して視線の移動がわずらわしいと感じることもあるからだ。

 逆に、サイズによる情報量があまり変わらないコンテンツもある。マンガはその代表選手だろう。10.2型(約154×208mm)のスクリーンは、新書版コミックサイズ(112×174mm)やB6判(128×182mm)や四六判(128×188mm)よりも大きい。

 ただ、これは1ページサイズの話であって、紙の本のように見開きを前提とすると、小さく感じる。それを納得の上で見開き表示にし、そのサイズが小さいことに目をつぶれば、得られる情報の量は変わらない。

 紙出自のコンテンツは、当面、見開き前提で生み出され続けるものが多いだろう。だから、この手の端末はサイズ的にまだまだ小さい。コンテンツにはそのコンテンツ出自のサイズ感というものがあり、それが変わるためには、ものすごいエネルギーが必要だ。たぶん、人が生まれて死ぬくらいの時間軸では無理だ。

 だからといって、B5判や四六判の見開きサイズを実寸で表示できるスクリーンを持たせると、かなりの重さを覚悟しなければならなくなる。四六判のコミックは、重いものでも250gに満たないくらいだ。同様の世界観を得るためには、まだまだ端末は重いということになる。

 でも、そんなことはアッという間にテクノロジーが解決してくれる。人の一生ほどの時間はかからない。

手書きができるKidle端末

 今回のKindleは、ペンによる手書きが目玉機能となっている。ただ、ここに大きな期待をしてはいけない。

 まず、当たり前だが手書きは黒だけだ。端末もモノクロだ。そして、手書きができる対象は、コンテンツによって異なる。

 一般的なKindle形式のコンテンツでも対応は異なる。大雑把にいうと、文字主体のリフロー対応Kindleコンテンツでは、メモを挟んで手書きで文字などを書き付けることができるが、コミックのように画像主体のものについては手書きによる書き込みができない。以前のKindleでも、メモやハイライト入力を許可していないコンテンツについては書き込みは無理と考えればよさそうだ。

 その一方で、取り込んだPDFについては、まるで紙の本のように好きな位置に好きなようにペンでの手書きができる。手書きKindleと聞いただけで、この使い勝手を期待していた方も少なくないのではなかろうか。

 結局、リフロー対応コンテンツでは、ページ内の座標を特定するのが難しいが、PDFについてはページレイアウトが固定されているから、それができるということになるわけだ。

 手書きでメモが書き込めるか書き込めないかで明暗が変わるように見えるが、たとえ書き込めたとしても、その内容で検索できるわけでもない。手書き文字はただの紙の上のシミにすぎない。ホンモノの紙の書籍のページにボールペンでメモを書き付け、そのページに付箋を挟んでおくというイメージだ。

 手書き対応Kindleということで、色付きのマーカーで重要な部分をマーキングし、その脇に思いついたキーワードなどを書き込むといった自由度の高い手書きを期待してもがっかりするだけだ。また、手書き文字をテキストデータに変換するような機能もない。

「線」用モバイル端末の上限サイズ

 いろいろと不便な点はあるにせよ、この大きなサイズのスクリーンでKindleコンテンツを楽しむことができ、関連付けたメールアドレスにPDFを送れば、それがライブラリに登録されて端末で読み書きできるこのサイズ感の端末は歓迎したい。

 個人的にはコミックは50型強の家庭用テレビのスクリーンで読み進めるのがもっとも楽しいと思うのだが、そんなに大きいと、電車の中でのひまつぶしに使うというわけにはいかない。気軽に持ち歩けるという点では、このくらいのサイズ、そして重さが限界ではないだろうか。

 ノートパソコンのように、カバンの中に入れて持ち運び、落ち着いた先で使う「点」のモバイル用ではなく、移動中にカバンから当たり前のように出して続きを読む「線」のモバイル用としては、できることとの損益分岐点を検討すれば、500g以下と10型程度というのは上限になりそうだ。

 すなわちそれはiPadなどのタブレットサイズになるわけだが、明るい所の方が読みやすいというE Inkの特性を兼ね備えたスクリーンの付加価値を考えると、いわゆる汎用タブレットとは異なる用途が与えられる存在として重宝するにちがいない。

シカケの自由はコンテンツを変えるか

 先日、Amazon Musicアプリの空間オーディオ対応がスタートしたが、ああしたコンテンツについても、もともとは2チャンネルオーディオとして制作したものが、AIの判断で空間オーディオに変換されてしまうことを嫌うアーティストだっているはずだ。逆に、空間オーディオとして制作したのに、それを強制的に2チャンネルステレオにミックスダウンされるのはいやだと考えるアーティストもいるだろう。古くは、ワイド画面用に、テレビ受像機で4:3のスクエアコンテンツが引き伸ばされるなどが問題になったこともあった。

 コンテンツは、当然、アーティストや作家のものだし、それをどのように楽しんでほしいかを決めるのは作者サイドであっていい。そのくらい傲慢でいいのだ。それではビジネスになりにくいといったことはあるにせよ、これだけは許容できないという一線をひくのは作者の自由だと思う。

 手書きのできる読書端末。今回の「Kindle Scribe」はそういう位置付けの端末だ。こうした端末の登場が、少しずつ、少しずつ、コンテンツのベースラインに変化をもたらし、突拍子もないおもしろいムーブメントにつながっていくのかもしれない。