イベントレポート

スマートフォンの「熱さ」がプロセッサの動作電圧を制限

タッチパネル付きモバイルデバイス用SoCの動作電圧を決めるフローチャート。上から順に、消費電力(P)、不良率(FR)、タッチパネル温度(T)が最大動作電圧(VMAX)を決めていく。IRPS2015の講演論文から引用した

 スマートフォンやメディアタブレットなどのタッチパネルディスプレイ付きモバイルデバイスは、高性能の大規模プロセッサ(SoC:System on a Chip)を搭載している。作業負荷によってはSoCが高温になり、タッチパネルが加熱される。タッチパネルが加熱されて温度が上昇すると、ユーザーがタッチ操作に不快感を覚えたり、タッチ操作が困難になったりする恐れがある。

 半導体の信頼性設計では、SoCの電源電圧や動作周波数などはSoCの長期信頼性を維持するために制限される。しかしスマートフォンやメディアタブレットなどでは、タッチパネルの温度が、SoCの電源電圧や動作周波数などを制限することがある。放熱の余裕の少ないスマートフォンでは特に、タッチパネルの温度がSoCの動作を制限することが少なくない。

 Microsoftの研究開発チームは、タッチパネル付きモバイルデバイスにおけるこのような関係を検討し、その結果を「国際信頼性物理シンポジウム(IRPS:International Reliability Physics Symposium)」(IRPS 2015)で報告した(講演番号3C2)。

タッチパネルの温度上限は45~50℃

 Microsoftによると、モバイルデバイスのタッチパネルは温度が最高で45℃~50℃にとどまるように設計されている。言い換えると、温度がこれらの値よりも上昇すると、ユーザーが許容できない「熱さ」になると考えている。

 タッチパネル付きモバイルデバイスのメインプロセッサ(SoC)は、電源電圧の値によって動作周波数の最大値(最大処理性能)がおおよそ決まる。電源電圧を上げると最大動作周波数が上がり、処理性能が向上する。ただし、電源電圧が上昇すると消費電力が増大し、発熱による温度上昇がSoCが動作不良を起こしたり、SoCの寿命を短くしたりする恐れが出てくる。またバッテリ寿命の観点からも、消費電力は抑えておく必要がある。

 講演では、これらの要素を勘案した時に、SoCの動作電圧がどのように決まっていくかのフローチャートを示していた。

 始めは、バッテリ寿命の仕様から、SoCの消費電力に許容値が生じる。動作電圧で決まる消費電力が許容値を超える時は、動作電圧を下げることになる。

 次に、不良率(単位時間当たりの不良発生率)の許容値が、最大電圧を制限する。消費電力の仕様を満足していても、不良率の許容値を満足していない場合は、動作電圧をさらに下げる。

 最後に、タッチパネルの温度の許容値が、最大電圧を制限する。消費電力と不良率の仕様を満足していても、タッチパネルの温度が許容値を超えていた場合は、動作電圧をさらに下げる。

タッチパネルとSoCの距離が大きく影響

 次に重要なのが、タッチパネルとSoCの距離である。SoCからタッチパネルを離せば、当然ながらSoCが許容できる温度が上昇し、最大動作電圧を上げられる。つまりモバイルデバイスの性能が高まる。ただし、距離を延ばすことはモバイル機器の厚みが増えることを意味するので、実際には距離を延ばすことは易しくない。

 もう1つは、放熱器具の有無である。ヒートスプレッダを挿入したり、放熱用ファンを取り付けたりすることで、タッチパネルの温度上昇を抑える。ただし部品コストが上昇するほか、放熱用ファンの取り付けにもモバイル機器の厚みを増やすという問題がある。

 Microsoftは、タッチパネルとSoCの距離(Zht)と放熱器具の有無が、SoCの許容温度(タッチパネルとSoCの温度差)にどの程度の影響を与えるかを調べた。タッチパネルとSoCの距離は0.5mm~1.0mmである。

 その結果、距離が0.5mmの時と1.0mmの時では、温度差が4℃前後あることが分かった。言い換えると距離を1.0mmに延ばすと、距離が0.5mmの時に比べてSoCの動作温度の上限を4℃ほど、上げられることになる。

 また放熱器具の採用によって、温度差は大きく広がる。ヒートスプレッダと放熱ファンの両方を採用した場合は、何も使わない場合と比べて温度差が8℃近く広がった。

タッチパネルとSoCの位置関係。左は放熱器具を使わない場合(ケース1)、中央はヒートスプレッダを挿入した場合(ケース2)。右はヒートスプレッダと放熱ファンを使用した場合(ケース3)。IRPS2015の講演論文から引用した
タッチパネルとSoCの温度分布。左上はケース1、右上はケース2、右下はケース3、左下はSoCである。IRPS2015の講演論文から引用した
タッチパネルとSoCの距離(Zht、水平軸)と、タッチパネルとSoCの温度差(ΔT、垂直軸)の関係。グラフの記号でΔTとあるのは放熱器具を使用していない場合(ケース1)、ΔT(hs)とあるのはヒートスプレッダを挿入した場合(ケース2)、ΔT(hs-fan)とあるのはヒートスプレッダと放熱ファンを使用した場合(ケース3)。IRPS2015の講演論文から引用した

必要に応じた電源のオンオフが有効

 タッチパネルの温度上昇を抑える手段にはほかに、電源のカットがある。モバイル機器の電源が入っている状態で、SoCの電源電圧を必要に応じてカットすることで、SoCによる発熱を抑える。モバイル機器の全動作時間に占めるSoC電源オンの時間を減らすことで、電源オン状態での電源電圧を上げて処理性能を高められる。

 モバイル機器の全動作時間に占める、SoC電源オンの時間の比率をデューティ比と呼び、デューティ比が100%と50%、10%の時に電源電圧をどの程度まで上げられるかを調べた。

 その結果、タッチパネルとSoCの距離を0.5mmから1.0mmに離すよりも、デューティ比を100%から50%に下げる方が電源電圧を上げられることが分かった。モバイル用アプリケーションプロセッサなどのSoCの動作条件と、タッチパネル機器のハードウェア設計におけるレイアウト条件を考える上で、重要な知見が得られたとする。

SoCの電源電圧がオンになっている時間の比率(デューティ比)。IRPS2015の講演論文から引用した
デューティ比と距離(Zht)の違いによる最大電圧(増分)の変化。IRPS2015の講演論文から引用した

(福田 昭)