NVIDIAは7月22日、都内においてGPUコンピューティングイベント「NVIDIA GTC Workshop Japan 2011」を開催した。昨年(2010年)までは「GPUコンピューティング」という名称でGPUコンピューティング関連のイベントを国内で実施してきたが、米国で行なわれているGPU Technology Conferenceのワークショップ(体験の場)を日本で設けるというスタンスに変わった。
ただし、内容の大枠は昨年までとあまり変わっておらず、基調講演に始まり、GPUコンピューティングのチュートリアルや、事例紹介、活用している企業/学術機関によるセッション、パネル展示が行なわれている。
基調講演には、NVIDIA共同創設者のクリス・A・マラコウスキー氏が登壇した。NVIDIAの創設者というと、同社CEOでもあるジェンスン・フアン氏の顔を思い浮かべる人が多いかも知れないが、NVIDIAはフアン氏、マラコウスキー氏、カーティス・プリーム氏によって1993年に設立された。マラコウスキー氏がこうした場に姿を見せるのは珍しい。ここ数年は常任業務から離れ、自宅で仕事を進めることが多かったのだという。しかし、今年(2011年)1月にリサーチ担当として請われ、常勤の上級副社長として復帰した。
基調講演の前半では、NVIDIA創設者の1人として創設時のエピソードを紹介。共同創設者の3人が、デニーズの隅の席で事業計画を作り上げていったことや、NVIDIAの社名の由来などを披露した。
社名の由来については、「3人のラストネームをつなげたものを考えたが、やっぱりシンプルなものがいい」、「いかにも狭いアパートでやっている小さい会社であることが分かってしまうような社名はよくない」などの経緯があり、一般的に使える名称として当初「envision」という社名が浮上した。しかし法律事務所に相談したところ、トイレットペーパーに使われていることが分かったため、最終的に「nVIDIA」という社名に決定した。
ちなみに旧ロゴでは「n」の文字が筆記体の小文字となっていたが、これはブランディングを行なう会社が“エヌ”ビディアと誰もが読めるようにデザインした結果なのだという。
NVIDIAの旧ロゴ。エヌビディアと正しく認識してもらうために、nの文字を筆記体にした | envisionという社名がトイレットペーパーに使われていたためにNVIDIAという社名になったことなどを紹介。下の写真は若き日のマラコウスキー氏とフアン氏だ |
●エクサスケール実現の課題は消費電力
続いてマラコウスキー氏は、NV1に始まる同社のグラフィックスアクセラレータやGPUの歴史を紹介。「当初のNV1やRIVA TNTなどのチップは固定フアンクションであり、デベロッパーに対する柔軟性はあまりなかった」のに対し、GeForce 3において「GPUのプログラマビリティがいかに強力であるかを示すことができた」とし、このようなプログラマブルなGPUが、PCやゲームコンソールなどで常識となっていったことから、非常に興味深い進化だったとした。
そして、現在のFermiでは統合型シェーダを用い、プロセッシングアーキテクチャのCUDAがある。これらは、より良いコンピューティングやより良いグラフィックスに対するニーズから生まれたものであり、この適用分野がゲーム以外に広がっていることについてマラコウスキー氏は「意義ある取り組みをすることが当然」であるとした。
例えば、GPUコンピューティングの活躍の場となっている科学技術の分野であれば、以前は理論、実験の組み合わせという作業が必要であったものが、モデル化しシミュレーションするというスタイルへの変化したこともGPUコンピューティングが貢献できるという。
そうした例として、創薬における分子のマッチング処理や、高度なテクニックを必要とする動いている状態で行なう心臓手術をロボットアームによってサポートするといったGPUコンピューティングの現在の活用事例を紹介した。
創薬における分子のマッチングをTeslaを使って高速化した事例 | GPUコンピューティングにより心臓の動きを予測し、ロボットアームによって動いている心臓の手術をサポートした事例 |
そして、こうしたGPUコンピューティングの取り組みの先にあるのが「エクサスケール」である。現在の最先端のスーパーコンピュータでは、数PFLOPS(Peta FLOPS)の演算性能を持つ(が、すでにEFLOPS(Exa FLOPS)の性能を持つコンピュータが次の目標として挙げられている。
マラコウスキー氏は「エクサスケールコンピュータを構築する方法は分かっているが、それをやろうとすると、かつてないほどの電力を消費してしまう」とし、消費電力が最大の課題であると述べた。
米国エネルギー省の目標値では20MW(メガワット)となっている。もしFermiでエクサスケールレベルのコンピュータを作るとすると、600MWという50万世帯分の電力に達し、電気代だけで年間数億ドルという単位の料金に達するという。これは現実的なものではない。
そこで、昨年、米国で行なわれたGPU Technology Conferenceにおいて示されたのと同じ、Fermiの2世代先までのロードマップが示された。Fermiの次の世代であるKeplerは今年年末に生産を開始すると明言し、ワット当たりの性能はFermiの3倍、その次のMaxwellはさらに3倍になると述べた。
ここ何年かは半導体プロセスの改良によって、より多くの演算がより少ないスペース、より少ない消費電力で実現されてきた。Keplerについても、Fermiの40nmプロセスに対して、28nmへシュリンクされる。しかしながらマラコウスキー氏は「プロセスの改善はあるにせよ、インターコネクト、ソフトウェア、OS、メモリやIOのヒエラレルキーといったアーキテクチャの改善も必要である」と述べ、ワット当たりの性能を改善していくにあたって、プロセス技術以外の面での取り組みが不可欠であるとした。
【お詫びと訂正】初出時、Fermiを32nmプロセスと記載しておりましたが、40nmの誤りでした。お詫びして訂正いたします。
ちなみに、Kepler、Maxwellについて「エクサスケールには近づける」とするものの、このチップによって実現できるとはしていない。先述の目標値である20MWでエクサスケールを実現できるのは、スライドでは2020年となっており(講演では2018年と述べた)、その先の世代になるという見通しを示している。
先月発表されたワット当たりの性能ランキングにおいて、Tesla搭載スパコンが上位にランクインしたことを示すスライド | 昨年のGTCで示されたものと同じGPUロードマップ。Keplerについては年末に生産開始とした | エクサスケールの課題は消費電力であるとし、20MWでの実現は2018~2020年ごろになるとの見通しを示した |
マラコウスキー氏はこうしたエクサスケールのコンピュータが実現すると、どのようなことが可能になるのかについても言及した。例えば細胞シミュレーション、プロセス工学、商業飛行機デザイン、創薬プロセスの分野でこの力が使われるだろうとしている。
また、TSUBAME2.0の設計を行なった東京工業大学の松岡聡教授との会談において、松岡氏にエクサスケールの可能性を尋ねたところ、セキュリティ、医療、生物学、安全性の問題、地球規模の気候、汚染、温暖化の問題など、さまざまな応用を即座に挙げたという。そして、「みなさんが熱意を持ち、提供されているテクノロジを使って意味のある形で大きな問題を解決して欲しい。みなさんにも、国、社会にもプラスになる。みなさんの技術が役立てる」と開発者に呼びかけた。
最後にマラコウスキー氏は、3月の東日本大震災に対してNVIDIA社内で基金を作り、275万ドルの寄付を集めたことを紹介。現在は子供たちのセラピーに少しずつ活用しているというが、この寄付金をどのように役立てるか検討しているという。そのアイデアを参加者に募った。
●国内におけるGPUコンピューティングの活動
基調講演に引き続き、NVIDIA日本代表のスティーブ・ファーニー・ハウ氏が日本国内のGPUコンピューティングの取り組みについて紹介した。ハウ氏は先月発表されたスパコンTOP500において、理化学研究所と富士通が共同開発した「京」が世界一になったことや、電力あたりの性能のランキングであるGreen 500において東工大のTSUBAME2.0が4位になったことを例に挙げ、「日本が持つテクノロジリーダーシップと、その実行力は素晴らしい」と述べた。
【7月27日訂正】記事初出時、Green 500においてTSUBAME 2.0が運用中のスパコンとして世界一という記述がありましたが、これは誤りです。お詫びして訂正します。
また、今回のGTC Workshop Japanのスポンサーのリストを挙げ、「ソリューションプロバイダのエコシステムが充実している」という点も日本におけるGPUコンピューティングの発展を示す一例として紹介している。
さらに、ハウ氏の招きで東京工業大学の青木尊之教授が登壇し、同大学の学術国際情報センターが実施している「GPUコンピューティング研究会」の紹介を行なった。この研究会は大学内で開かれているものではあるが、一般にも開放しており、実際に他大学や企業の人も参加しているという。
青木氏はGPUコンピューティング研究会への参加を呼びかけたほか、「TSUBAME導入時には考えられなかったほどGPUコンピューティングは盛り上がっている。今ではGPUコンピューティングに対して、将来的に技術が使われなくなるのではないかという心配をする人はいない」と、現在のGPUコンピューティングの普及に対する所感を述べた。
NVIDIA日本代表・米国本社ヴァイスプレジデントのスティーブ・ファーニー・ハウ氏 | 東京工業大学・学術国際センターの青木尊之教授 | 同大学が開いているGPUコンピューティング研究会。こうしたコミュニティが活発であることもGPUコンピューティング発展を示す一例 |
次に登壇したのは、NVIDIA Tesla Quadro事業部・マーケティングマネージャーの林憲一氏。GTC Workshop Japanの講演は、MicrosoftとIIJの協力でインターネットでライブ中継された。このライブ中継にもGPUコンピューティングが使用されているとして、その仕組みを紹介した。
講演の映像は、MicrosoftのExpression Encoderによってエンコードされ、IIJのサーバからマイクロソフトのSmooth Streamingを用いて配信されている。Expression Encoderは、Expression Encoder 4からCUDA対応を行なっており、このエンコードにTesla C2070を利用。これにより、5倍の性能を5分の1のコストで実現したとアピールした。
ちなみにMicrosoftのSmooth Streamingは、受信側にSilverlightをサポートするWebブラウザが必要になるが、IIJのサポートによりiOSやAndroidでも視聴可能な映像も配信しているという。
林氏はこのほか、GPUコンピューティングにおける最近の話題を紹介。5月にリリースされたTesla M2090やCUDA 4.0のほか、日本独自の取り組みとして「GPUコンピューティングソリューションファインダー」に言及。これはGPUコンピューティングに対応したソリューションを参照できるポータルサイトだ。ソリューションを提供する企業に対して、ここへの登録希望も募った。
NVIDIA Tesla Quadro事業部・マーケティングマネージャーの林憲一氏 | GTC Workshop Japanにおけるライブ中継の仕組み。CUDA対応のExpression Encoder 4を用いることで、コストパフォーマンスは25倍となった | GPUコンピューティングソリューションを検索できるポータルサイトを日本独自に展開している |
最後に、本イベントのダイヤモンドスポンサーである日本ヒューレット・パッカード(日本HP)の中井大士氏が登壇。同氏は「この場では製品の売り込みを控え、GPUコンピューティングの応用事例などを紹介したい」とし、同社とGPUコンピューティングとのつながりや、同社が関与したGPUコンピューティングの事例などを紹介した。
同社は1999年という早い時期から、GPU対応を進めていた分野に対してGPU中心のサーバー製品の販売を行なっていたといたという。最近ではTSUBAME2.0のノードに同社製品が使われたことでも知られる。中井氏によれば、このTSUBAME2.0との関わりが、同社においてGPUワークステーション・サーバー製品に対する勢いを増すきっかけになったとし、現在ではワークステーションからラックマウント型、ブレード型、マルチノードサーバー製品まで10機種を超えるラインナップを揃えているという。
早い時期からGPUサーバ製品に取り組んできたことからNVIDIAとの関わりも深く、現在ではHP Labsが、CUDA Research CenterとしてNVIDIAから認定を受けているという。HP Labsでは、データ解析やビジネスインテリジェンスのためのGPU活用をテーマに、大規模計算の研究を行なっているという。
中井氏はGPUコンピューティングの応用について、「GPUコンピューティングが使われ始めた当初には思いもよらなかった分野へも用途が拡大している」とし、同社が関わった事例を紹介した。
最後に中井氏は「GPUコンピューティングというものに可能性を感じて早期から取り組んできた。これは今後も変わらない」と述べ、今までどおりGPUコンピューティング環境の推進に力を入れていく姿勢を示して講演を終えた。
(2011年 7月 25日)
[Reported by 多和田 新也]