笠原一輝のユビキタス情報局

防水で世界最軽量、映像/音楽にもこだわった「Xperia Z3 Tablet Compact」

~ソニーモバイル、エンジニアインタビュー

 ソニーモバイルコミュニケーションズ株式会社(以下ソニーモバイル)が開発し、ソニーマーケティング株式会社から販売されている「Xperia Z3 Tablet Compact」(以下本製品)は、8型タブレットとしては世界最軽量となる重量約270g、薄さ約6.4mmを実現したタブレットだ。WUXGA(1,920×1,200ドット)の高精細ディスプレイを採用し、Snapdragon 801、3GBメモリといったハイエンド仕様が特徴となっている。

 ドイツで9月に発表されたIFAで発表されて大きな話題を呼び(別記事参照)、その時点では日本での発売に関して明らかにされていなかったが、10月に入ってソニーモバイルよりWi-Fi版が日本でも販売開始されることが明らかにされ(別記事参照)、11月7日より発売となった。

 本製品の開発に関わった3人のエンジニアにお話を伺う機会を得たので、インタビューの内容をお伝えしたい。「少しでも軽量を、そして少しでもいい音」をというソニーモバイルのエンジニア達のこだわりが、ソニーらしいタブレットを産んだのだ。

防水で世界最軽量を実現し、広色域ディスプレイ搭載、ハイレゾ対応

 本製品が初めて一般に公開されたのは、ドイツのベルリンで9月に行なわれたIFAの会場だった。その会場で本製品を見た筆者の率直な印象は、“薄くて、軽い”だった。というのも、薄さ約6.4mm、重量270gという数字が示す通り、現在でも8型タブレットとしては世界最軽量であり、最薄級(世界最薄ではない)だからだ。

 防水/防塵機能(IPX65/68)も特筆すべき点だ。「お風呂に入る時は防水カバーに入れればいいんでしょ」と思う人も少なくないだろうが、毎度ビニールカバーに入れるのは面倒だからだ。お風呂や台所などの水回りでタブレットを使いたいユーザーなどにとっては、大きなポイントになり得る。

 こうしたタブレットやスマートフォンの設計で、防水機能を実現するには、一般的に筐体の隙間から水が内部の電気回路に影響を与えないようなシーラーなどの防水剤で防水処理をする必要がある。このため、どうしても重量や薄さに影響を及ぼしてしまう。しかし、本製品は防水を実現しながら、他社製品より薄く、軽くした。

 本製品の特徴はそうしたスペックから分かる部分だけではない。ここで紹介したい特徴が2つある。1つ目がディスプレイだ。本製品に採用されているディスプレイは、1世代前の製品となる「Xperia Z2 Tablet」に比べて、より広色域のディスプレイが採用されている。

 もう1つはハイレゾリューションオーディオ(以下ハイレゾ)対応だ。ここで言うハイレゾは、“CDの音質を超えるオーディオ”という意味で、一般社団法人電子情報技術産業協会(JEITA)の定義(僚誌AV Watchの記事参照)によれば、サンプリング周波数、量子化ビット数のどちらかがCDを超えていればハイレゾだと定義されている。

 サンプリング周波数というのは、アナログの音をデジタルデータに置きかえる際の、サンプリング(標本化)処理を行なう時の頻度を示している。CPUと同じように周波数で表現されており、より高い周波数であればあるほど再現性の高いデータとなる。ただし、その分データ量は増えることになる。CDでは44.1kHzのサンプリング周波数が利用されている。

 量子化ビット数というのは、音の分解能を示しており、やはりこの数字が大きければ大きいほどより繊細な表現が可能になる。CDは16bit。つまり、ハイレゾというのはサンプリング周波数44.1kHz、量子化ビット数16bitのどちらかあるいは両方を超える方式で格納されているオーディオソース(および、それを再生できる機器の総称)ということになっている。

 ハイレゾは、AV業界では1つのトレンドとなっており、現在多数の製品が販売されている。これまでスマートフォン、タブレットやPCで楽しむ場合には、ハイレゾ用アンプと呼ばれる外部機器をUSB経由で接続して再生する必要があったが、Xperia Z3シリーズ(本製品、Xperia Z3、Xperia Z3 Compact)では、単体でハイレゾを楽しめるようになった。

 このほかにも、本製品には「PlayStation 4」(以下PS4)と接続してPS4のゲームをタブレットでプレイできる「PS4リモートプレイ」機能など多数のユニークな機能が用意されているが、本記事では主に機構設計、ディスプレイ、オーディオの3点に焦点を当てて、その秘密に迫っていきたいと思う。

ソニーモバイルが設計し、ソニーマーケティングから販売されているXperia Z3 Tablet Compact。8型タブレットとしては世界最軽量となる約270g、薄さ約6.4mmという軽量コンパクトを実現したタブレット。クアッドコアのSnapdragon 801、3Gメモリ、16GBないしは32GBのeMMCストレージが基本スペック
背面パネル、タブレットなのにNFCがちゃんと用意されているあたりがソニーらしさでもある
本体の左側面にはマグネット方式の充電コネクタ、microSDカードスロット、SIMスロットがある。日本向けモデルは、モデムは非内蔵なのでSIMスロットはふさがれている。
Micro USBコネクタ部分。防水機能に対応しているので、きちんと蓋がついている
本体の右側面にはヘッドフォン端子、電源ボタン、ボリュームボタンが用意されている。デザインはスマートフォンのXperia Z3と共通のテイストになっている
オプションとして用意されているBluetoothスピーカー、NFCにより簡単にペアリングが可能
スタンドにもなる純正ケース(別売)

背面の蓋を一体成形することで液晶を薄くしつつ強度を確保

 本製品が薄く軽く、しかも防水を両立できた理由として、ソニーモバイルコミュニケーションズ株式会社機構設計担当の伊東哲也氏は「鍵は液晶を薄くしたことにある」と説明する。と言っても、液晶モジュールを薄くするだけなら簡単だが、ただ薄くすると本体全体との強度が落ちる。しかし、本製品では「従来のXperia Z2 Tabletと比べて液晶モジュールは約2割厚さが削減されているが、同等の強度を確保している」という。どのように強度を確保しているのだろうか。

 その秘密は“ユニボディ構造”にある。「シミュレーションで問題がないかを確認したところ、背面のフレームと樹脂を一体的に成型するユニボディ構造を採用することで強度を確保できることが見えてきた」(伊東氏)。

 一般的なタブレットでは、表、裏それぞれのフレームに加え、枠がそれぞれ別に作られ、組み立て段階で貼り合わせられる。この場合、一体感が出なかったり、接合部の強度が課題となることがある。そこで、本製品では、裏面を周囲の枠と一体成形した。例えるなら弁当箱のような構造だ。その弁当箱の蓋に相当する部分が液晶モジュールで、これによって強度が出るようになる。

 この構造には別のメリットもあった。「防水の処理もかなり楽になった。ポート類などのために空けた穴の部分を処理するだけで、防水機構を実現できた」という。一般的に防水を実現するにはフレームを貼り合わせている部分にシーラーなどで防水処理を施しておく必要がある。ユニボディ構造なら、防水処理はポート類などを外部に出すための穴だけにしておけば良い。

 また、バッテリも本製品の強度に一役買っている。内部を見ると、バッテリが大部分を占めていることが分かる。Xperia Z2 Tabletでは、10.1型液晶ディスプレイを採用していることもあり、2セルのバッテリが採用されていたが、本製品では1セルのバッテリになっている。「2セルのバッテリにすると、セルの間が節になってしまい、強度が落ちる可能性がある。今回の製品では、強度の確保が課題だったので、1セルのバッテリを採用した」という。

 もちろん8型にしたことでスペース的に1セルしか入らなかったということもあるとは思うが、このバッテリは1セルでも比較的大容量になっており、形状も本製品に合わせてカスタマイズした特注品だ。

ソニーモバイルコミュニケーションズ株式会社機構設計担当の伊東哲也氏
左側が液晶モジュール、右側が“弁当箱”となっている筐体
底面部分(右側)だけを見ると、サイド部分を含めて一体的に整形されていることがわかる
バッテリは1セルで4,500mAh

“白さ”にこだわった広色域トリルミナスディスプレイ

 2つ目の注目点は広色域のディスプレイだ。現在のタブレットは、タッチ操作するという点で重要なユーザーインターフェイスだ。ソニーモバイルでは、Xperiaシリーズに採用しているディスプレイには“トリルミナスディスプレイfor mobile”というブランド名を付けてマーケティングするなど、表示品質の良さを強調している。

 本製品に採用されているWUXGAの8型ディスプレイは、高解像度であるだけでなく、広い色域に対応している。ソニーモバイルコミュニケーションズ株式会社ディスプレイ設計担当の伊藤史幸氏によると、今回の製品ではZ2世代から採用している広色域のLED液晶パネルを採用。これまでの一般的なLED液晶では、青LEDに黄色の蛍光体を当てることで白を表現していたが、今回採用しているLED液晶は青LEDに緑と赤の蛍光体を当てることで白を表現している。これにより、より広色域が表現できるようになっているのだ。伊藤氏によれば、sRGB比でXperia Z3と同等の広色域が表現できるようになっている。

 原理は単純な仕組みに思えるかもしれないが、実はスマートフォンのXperia Z3よりも大型の液晶を搭載する本製品では、さほど簡単な話ではないという。というのも、色域を広くしようとすると、トレードオフとして輝度が落ちてしまうのだ。その分バックライトを明るくして、輝度を補わないといけないが、バックライトを明るくすれば今度はバッテリ駆動時間に影響する。従って、そこをどのように調整するのかが、鍵となる。

 本製品では、その対策として環境センサーなどを利用したコントラスト調整を行なっている。具体的には、ユーザーが使っている環境に合わせて、照度センサーで環境照度を確認し、画素解析を行ない、画質に影響のない範囲内でコントラストを調整し、バックライトの輝度を上げなくてもちょうど良い明るさと感じるよう工夫をしている。

 まずこのコントラスト調整を行ない、それでも足りない分はバックライトを明るくすることで対処する。このほかにも、液晶の素子レベルで、開口部を従来よりも大きくしてLEDから出ている光を無駄なく表示させたり、パネルのメモリ機能を使って無駄な画像情報の転送を削減する仕組みなどが導入され、バッテリ駆動時間への影響を最小限にしつつ、色域を広げることに成功しているのだ。

 また、伊藤氏によれば、本製品では“白”にこだわった調整も加えているという。一般的な白の色温度は6500Kで「D65」と呼ばれ、1つの基準とされている。だが、日本のTVはこれより明るい9300Kが基準とされているため、6500Kだと人によっては黄色がかったように見える。伊藤氏によれば、「Xperia Z2 TabletまではD65に準拠していたが、今回の製品では9300Kに設定しています。ソニーとしての統一した画作りにするという意図もあるし、光学的に人間がより快適に感じられるのが9300Kだからです」という。

 実際、本製品を見てみると、一般的なタブレットに比べて明るく、鮮明な映像が表示できるようになっている。タブレットも、TVと同じようにコンテンツを表示する機器であり、液晶ディスプレイの品質が重要なのは言うまでもないが、本製品の高品質な表示はこうした数々の工夫に支えられているのだ。

ソニーモバイルコミュニケーションズ株式会社ディスプレイ設計担当の伊藤史幸氏
液晶モジュール部分、従来の液晶モジュールに比べて薄型になっている

ハイレゾの肝はソフトウェアとアナログ設計

 本製品の“ソニーらしい”部分を象徴しているのがオーディオ関連だろう。ほかのタブレットには見られない機能として挙げられるのが、ハイレゾ対応、そしてノイズキャンセリング機能対応だ。

 ハイレゾの音楽ソース自体は、株式会社レーベルゲートが運営するMoraなどが提供しており、ダウンロード販売を通じて入手できる。だがハードウェアの対応は遅く、一般的ではないが、本製品はハイレゾ再生を標準でサポートする数少ない製品の1つだ。

 なぜハイレゾ対応製品が少ないのか。ソニーモバイルコミュニケーションズ株式会社オーディオ設計担当の松本賢一氏によると、従来機種でも内蔵しているDAC(Digital Analog Converter)はハイレゾを受け入れることができていたが、OSが対応していないためだ。

 一般的なデジタル機器では、オーディオコントローラで処理されたデジタルデータは、DACへ送られて、アナログ信号へ変換されてオーディオ端子から出力される。DAC自体は96kHzなどの高いサンプリング周波数に対応するが、Android OSでは、ソフトウェアのオーディオシステムが48kHzなどの一般的に使われているサンプリング周波数に変換してからDACに送っている。そこでソニーモバイルでは、我々で独自にソフトウェアのオーディオシステムを拡張して、ハイレゾのままストリームをDACへ入力できるようにした。

 オーディオのソニーがやるだけあって、ハイレゾ対応というのはそれだけではない。「デジタルからアナログへのパスを作ることに加えて難しいのが、その先のアナログ周り。ハイレゾの帯域というのは非常に高い周波数であるので、アナログ回路に出したときにLの信号がRに混ざったりします。そこはきっちり回路を作り込んで、人間が耳で聞いて気持ち良い音にしています」(松本氏)。

 同氏によると、ソニー社内にはハイレゾのロゴを付けるための認証を得るための視聴による試験があり、そこに集うソニーの“耳効き”エンジニアのお墨付きをもらわなければハイレゾと名乗ることができないのだという。つまり、本製品を含めたZ3シリーズは、デジタル部分だけでなく、アナログの部分も含めてハイレゾの音作りを実現している。

 筆者は、あまり良い耳を持ち合わせていないが、本製品からソニーのハイレゾ対応ヘッドフォンに出力したハイレゾ音源と、普通のMP3音源の違いを聞かせてもらったところ、ライブを録画した音源だったが、音の広がりが明らかに違うと感じることができた。

 なお、ハイレゾというと、ハイレゾ音源でしか意味がないと誤解している人も少なくないが、本製品にはDSEE HXというアップスケーリング機能が搭載されてており、MP3など48kHz/16bit以下の音源を96kHz/24bitに補完する仕組みになっている。もちろん、あくまで擬似的に補完するだけなので、本来のハイレゾ音源には敵わないが、それでも音質は向上する。このDSEE HXはソニーのハイレゾウォークマンに搭載されていた機能で、それが、本製品を含むXperia Z3シリーズに搭載されているのだ。

ソニーモバイルコミュニケーションズ株式会社オーディオ設計担当の松本賢一氏
ヘッドフォン端子周辺。DACでアナログに変換した後も、LとRが影響を与えたりしないようにアナログ回路周りの設計にも注意を払っている

限られたスピーカーのスペースの中で片側を思い切って解放

 ハイレゾほど目立たないが、スピーカーにも音響メーカーのソニーらしいこだわりが詰まっている。

 こうしたモバイルデジタル機器でスピーカーが売りになるということはあまりない。というのも、音にこだわりがある人は、ハイレゾ対応ヘッドフォンを接続するだろうし、家で使うのなら外部スピーカーを接続するだろう。だが、本体内蔵スピーカーも高音質であるに越したことはない。

 本来スピーカーから良い音を鳴らすためには、それなりの開口部を用意することと、形状とスピーカーユニット自体の大きさ(具体的にはスピーカーの背面スペース)が重要になってくる。

 松本氏によれば、「タブレットの場合は、薄さ、軽さを実現する必要があるため、液晶モジュールとスピーカーを重ねて置くことができません。従って、液晶モジュールと入れ子になるので、ある程度場所も決まってきてしまいます。その中で、機構設計からもらえるスペースの中で最大限良い音にする摺り合わせが重要になってきます」とのことで、モバイル機器でどれだけいい音を鳴らすことができるかには、筐体設計のノウハウが重要になってくる。

 本製品では、カメラがない側のスピーカーはアンテナの下を背面容積としてもらっているが、反対側は場所がなかったので、思い切って背面解放型にし、基板の空きスペースを背面として利用するという大胆な設計になっている。それだと、左右のバランスが悪くなりそうだが、背面の容積が必要なのは主に低音だ。低音にはあまり指向性がないため、片方から出ていれば大きな違和感はない。加えて、その低音についても左右の差をなるべく少なくするように信号処理でチューニングを施している。

 それ以外にも、ソニーのお家芸とも言える信号処理や音質チューニングにより音を整えている。「タブレットは置き方によって音が変わってきます。そこで、さまざまなシーンを想定しつつバランスが取れるようにチューニングしています」と松本氏。

 確かに、他の一般的なタブレットが高音や低音が物足りないと感じることが多い中、本製品は低音も高音もそれなりに確保されていると感じる音で再生できていた。これぐらいなら、出張先のホテルで動画を見たり、音楽を再生したりという用途には充分使えると感じた。

 以上のように、本製品の内部設計の特徴を、機構設計、ディスプレイ、ハイレゾ、スピーカーの4つに焦点を絞って紹介してきた。いずれの点でもエンジニア達の深いこだわりが感じられる。

 タブレットと言えば、最近はどれも同じような見た目、同じようなスペックという製品が増えているために、スペックで選ぶことが多い。だが、本製品はスペックには見えにくい点で品質を高めている。タブレットを購入する際は、こういった点も考慮してみてはいかがだろう。

本体下部のスピーカーには、スピーカーの左側にあるアンテナの下部をスピーカーの背部スペースとして利用できるようになっている
赤く囲っている部分がスピーカーの背面スペースとして利用している部分。一方本体の上部になる青く囲っている部分のスピーカー部分にはそのスペースがない
本体の上部のスピーカーは周辺の基板部分に音を解放し、その隙間を背面スペースとして活用している

(笠原 一輝)